クアッド平野防衛線⑤

「本気なの⁉」

「やるしかない、行くぞ!」

 アイカを胸の内に隠す様にして抱き寄せ、ハヤトは背中の翼に獣力を籠める。

 獣力壁が消滅すると同時に、ハヤト達は飛び出した。

 暴れ回る霊獣達の壁を一気に突き破る。

「ぐ、ぅ!」

 途端に襲い来る頭痛と眩暈に顔を顰める。意識が乱れた所為で『ビースト・リンク』も途切れ、ハヤトは背中から地面に滑り落ちる。

「だ、大丈夫かアイカ」

「うぅ、きもぢわるい……」

 ハヤトの上でアイカが辛そうに眉を伏せる。

「突破の際に獣力で出来るだけ干渉を防いだ。どうやら上手くいったみたいだ」

 でなければ今こうして話をする事も出来なかっただろう。

「それじゃあ泣き言は言えないわね」

 アイカは痛む頭を抑えながら何とか立ち上がる。

「急いで『ビースト・リンク』を繋ぎ直しましょう。早くロストを追い掛けないと──」

「あら、お呼びかしら?」

「「ッ⁉」」

 急いで振り返るが、既にロストは行動を起こしている。

「ふんっ!」

「きゃあ!」

 アイカの体を吹き飛ばし、霊獣が編み出した獣力の網に縛り付ける。

「逃げたと思ったでしょ? ざぁんねーん! あたしの買い物意欲を舐めないでほしいわね」

「くっ、このっ!」

 アイカが必死にもがくが、両の手足をぎっちりと固定されており、びくともしない。

「アンタは後回しでいいわ。まずはこの生意気坊やからにしましょう」

 ロストは倒れたままのハヤトを見下ろしながら言う。

「見てなさいお姫さん。今からこの男の喉を裂いてあげるわぁ」

 そう言ってロストは倒れたままのハヤトの上に覆い被さる形で膝を立てる。

「ハヤト‼」

「いい声で鳴くわねぇ。たまんない」

 青ざめた表情のアイカに、ロストは頬を上気させる。

「さぁ、坊やも見せてちょうだい。恐怖に彩られた最高の──」

 ロストの言葉が途切れる。

 数センチ下で横たわる少年の顔が気に喰わなかった。恐怖や焦燥、そういった感情とは無縁の、冷徹な瞳。

「……随分大人しいわね。諦めておねぇさんに身を委ねる気にでもなった?」

「そういう冗談は止してくれ。特にそこのお姫様がいる時にはな」

「余裕じゃない」

 ロストはハヤトの頭上に針の先端を向ける。鞭の柄頭にある針を突きつけながら、至近距離で睨みあう。

「ムカつく坊やね。ご褒美に貴方の霊獣は特別可愛がってあげる」

「折角のお誘いだが辞退させてもらう」

「この状況で坊やに選択権なんてあると思う?」

「そっちこそ勘違いするなよ」

「なんですって」

「お前の我獣特性は既に把握した。他人の霊獣を奪い、我が物とする『使役』の獣武。聞こえはいいが実際は本来の力を発揮出来ずに弱まった力しか扱えていない。捕獲できる数もそう多くない様だな。クラウスさんの情報通り五枠とみていいだろう」

「へぇ、良く調べてるじゃない」

「加えて先の戦闘で分かった事がもう一つ。どうやら複数の霊獣を捕縛することが出来るが使役できる霊獣は一体だけみたいだな」

「ッ!」

 ロストの表情が忌々しそうに歪む。

「上手く隠してたつもりだろうが、そんな致命的な弱点、ベルニカじゃなくても見破れる。複数の霊獣を同時に操れるというなら確かに脅威だが、一体しか扱えない、しかも弱まった特性しか使えないんじゃ大したことはない。底が知れたぞ、ロスト」

「……ふ、フフ。そこまで見破られるとは驚きね。坊や、名前は?」

「シノハラ・ハヤト」

「ふふ、覚えたわよその名前。ここまであたしを追い詰めたのは貴方が初めて」

 言葉とは裏腹に、ロストの眼は殺意に満ちている。

「確かに坊やの推察通り、あたしの特性には欠点が多い。単純な破壊力の高い霊獣を奪ってもその力は酷く劣化したものになる。あたしのペットが珍しい特性ばかりなのもそう言う理由からよ。でも、だから何? 上手く誤魔化してやって来たけど、それももう過去の話。坊やとそこのお姫様の霊獣は劣化しても尚、余りある力を秘めている。坊や達を始末すればアタシの秘密を知る者もいなくなる。本当、あたしってば運が良い」

「霊獣を奪った後、俺達を始末すれば済むから、か……残念だがお前の買い物とやらもここまでだ。お前の霊獣は今アイカを捕らえている。もう他の霊獣は出せない」

 ロストの霊獣は獣力で編んだ蜘蛛の巣にアイカを拘束し、その首元で不気味な紅い眼を光らせている。

 つまり、ロストはもう他の霊獣を呼び出せなくなっている。

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