三年ぶりの帰省②

 フィリア共和国の首都、フェアリード。

 フィリア共和国の中心に居を構えるこの都市は中央が盛り上がった円錐型の形をしていて、頂上には巨大なフィリア城が建っている。そのフィリア城の周囲を取り囲む様にして、様々な建物が軒を連ねる形で広がっている国だ。

「ここも昔と変わらないな」

 アイカと並んで緩い坂を下りながら、ハヤトは立ち並ぶ建物を眺める。

 繊細な装飾が美しい上層の建物に比べ、ハヤト達がいる下層の建物は平凡な造りをしており、一見するだけで大きな違いがあるのが見て取れる。

「子供の頃は気付かなかったけど、王都と下町じゃ外観がこんなにも違うんだな」

「お城の近くに貴族や重臣が家を建てるから、自然と頂上から下っていくにつれて町の趣や構造もそこに住む人達に合わせて変化しているのよ」

 結果、丘の下にそれほど裕福ではない者達が集まる形となっている。

「これじゃあ下町の人間は王都に近付きにくいんじゃないか?」

 特にこれといった差別的な言動がある訳ではないし、下町の人間が上層地、王都へ行ってはならないという決まりがある訳でもない。

 しかし、どこか下町に住む者達を嘲笑する雰囲気があるのも事実ではあった。

「まるで視える格差社会だな……」

「それを考慮してかどうかは定かではないけど、私の通うフィリアリアセント徴兵学園は王都と下町の間に建設されてるのよ」

「……神聖なのか殺伐としているのかまるでわからん名前だな」

 呆れた声でハヤトがそう言うと、アイカは確かにね、と苦笑した。

「まぁどんな人であれ、あそこに集まった人は皆なりたいから来てるんだし、気にしないんじゃないかしら」

 ハヤトの前に出たアイカがくるりと体を反転させ、少し熱の籠もった瞳で言った。


「心の戦士、『霊獣士ビースティア』に!」


 霊獣士。

 人間の力の源、獣力を武器に変えて戦う戦士。

 初代頭首フィリア・レイス・セインファルトが考案し、今では世界中の国で力の象徴とされている。

 獣力の質や色、特性などは人それぞれであるが、霊獣士全員に共通する事が一つある。

 それは獣力じゅうりょくけいである。

 霊獣士が最初に覚えるのは獣結晶ビーストクォーツを通して行われる獣力の引き出し方だ。その際に、自分の力を濃縮するイメージを思い浮かべる事により獣力を引き出すのだが、この第一段階を完成させた際に、決まって何かしらの動物の型に獣力が具現化する。故に、この力の事を人は獣力と呼ぶようになったという。

 ある人は鳥だったり、またある人は馬だったりと、様々な動物に自分の力を無意識の内に具現化する。霊獣士本人も知らない動物に具現する例もあることから、なぜこの様に動物の形になるのかは未だ解明されていない。最新の予測では獣力の特徴に最も近い動物になるのではないか、と言われているが、それも予測の範囲を出るには至っていない。

 獣力じゅうりょくけいは大きく分けて肉食型か草食型かの二つに分かれる。

 肉食型は一般的に前衛向きの力の質を持っており、肉体の強化はもちろん、自身の獣力を集束、変化させた『獣武』と呼ばれる武器の性能を強化する術に長けていることから、前衛的な性質が強いとされている。現に、肉食型の霊獣士のほとんどが前衛を務めている。

 逆に、草食型は術式や獣力の操作に長けている。肉食型の獣力による自己強化よりも、術式による攻撃を得意とし、こちらは中、遠距離戦闘の性質を有している。

 一般的に分けた結果がこれだが、あくまで一般的な見方なだけで、例外は山ほど存在する。 

 例えば獣力型がゴリラだった場合、草食でありながらも自己強化に長けているということもある。つまり、草食型だからといって決して前衛ができない訳ではないのだ。

 つまり獣力型は肉食と草食だけではとても判断できないほど多岐に、複雑にパターンがあり、それだけ深い世界だと言われている。

 先の戦争でフィリア共和国がランドスタン帝国を圧倒出来たのは彼等の存在が最も大きい。

「己の心と向き合い、内に眠る獣力の化身『霊獣』を使役して戦う……そんな霊獣士に憧れて毎年多くの若者が入学するのよ」

 頬を上気させて言うアイカとは対照的に、ハヤトは乾いた笑みを浮かべる。

「……まぁ、憧れでやれるほど霊獣士は甘くないさ」

 どこか素っ気ないハヤトの言葉に、アイカは口を尖らせる。

「むぅ、何よ素っ気ない」

「何も馬鹿にしてる訳じゃないんだけどな」

 そう言い訳してもアイカにはお見通しの様で、ぷいっと顔を逸らして拗ねてしまうと、そのままスタスタと先へ行ってしまった。

 今の霊獣士は治安維持や危険な猛獣の退治などの仕事があり、更に優秀な霊獣士と認められた者は高い地位と待遇を約束される。

 認められる方法は様々だが、一番明確と思われるのが各地に数カ所存在する霊獣士育成校に入学し、上位の成績を収める事だとされている。

 その為、若者達から絶大な人気をほこり、毎年たくさんの若者が門を叩くのだ。

 しかし、ハヤトにはこの制度があまり良いものだとはどうしても思えなかった。

(霊獣士はそんな生易しいものじゃない……)

 ハヤトの脳裏に、薄汚れた硝煙が蘇る。視界は悪く、一寸先もはっきりと見えない。

 自分の足元には、何人もの人が倒れていて、そのどれもが体のどこかから大量の血を──。

(ッ……)

 過去の記憶を追い始めた意識を無理矢理振り払い、ハヤトは先ほどからチラ、チラ、としきりに後ろを振り返るアイカに追いつく為に歩調を速めた。

「それで、学校の方はどうなんだ?」

「とても充実してるわ。楽ではないけどね。一応、上位の成績を修めているわ」

 少し誇らしげに、アイカが胸を張る。

「はは、さすがだな。まぁアイカなら絶対上位だろうとは思ったけど」

「もちろんよ。国を代表する立場になる者なら、それに相応しい人物になる様に努力しないと駄目なのよ。わかってるのハヤト?」

「なんで途中から俺に対しての説教にすり替わってるんだ……」

 そんな風にお互い軽口を叩きながら、二人はこの空白の三年を埋める様に話し続けた。

 ハヤト自身、久しぶりにこの町に帰ってきて嬉しかったこともあり、何よりアイカが昔のままの真っ直ぐな性格で在り続けてくれた事が、嬉しかった。

 だから、他愛もない会話は二人が気付かない内に弾み、笑顔の絶えない時間となった。


      §      §      §


 住宅街の一角、小高い丘の上に立つ屋敷に来たハヤト達は、勝手知ったる動作で玄関の扉を開き、中へ入った。

「前から思ってたんだけど、ベルニカさんは何で王都に住まないのかしら?」

「ベルニカいわく、帰宅するのに毎回坂を上がるのがめんどくさいらしい」

「あ、あはは……ベルニカさんらしいわね」

 苦笑を浮かべるアイカと共に玄関を上がり、ハヤトは尚も奥へと進む。

「先に自分の部屋に行かなくていいの?」

「ゆっくりしたい所だけど、待たせると何言われるか分からないからな」

 めんどくさそうに言うハヤトに、アイカはまたしても苦笑を浮かべる。

 二人は廊下を進み、突当りにある扉を叩く。

 コン、コン。

「ハヤトだ。入るぞ」

 どうぞ、と部屋の中から発せられた返答を聞いて、ハヤトはドアを開く。

 最初にハヤト達を出迎えたのは、積みに積まれた幾つもの本の山々だった。

 部屋の両脇にある本棚に収まり切らない無数の本が、何冊も地面に積み立てられている。

 その本の山脈を超えた先に、ようやく光沢のある木製の机と背広の椅子が見えた。

 その椅子に座って書類を書いていた人物が視線を上げる。

 大人の女性だ。腰の上まである紫の髪に、菫色の眼。凹凸がはっきりしたプロポーションを黒と明るい紫のラインが入ったスーツで包み、唇は妖艶な笑みを浮かべている。巷で言う大人の色気がばんばん出ていそうなその女性の前に、ハヤト達は歩み立つ。

「遅くなってすまない、ベルニカ」

「気にしないでいい、呼び付けたのは私だ。どうだった? 三年ぶりの故郷は……って、さっそく愛しのお姫様とイチャイチャしているのか、この獣は」

「だれが獣だ。アイカとは町を見ているとき偶然出会ったんだよ」

 会って直ぐにこの台詞。慣れているとはいえハヤトはげんなりする。

 部屋に入るなりハヤトの事を獣呼ばわりする彼女こそハヤトの師匠にして、育て親のベルニカ・レクイシアだ。

 口元には常に笑みを浮かべていて、その姿はどこか魅惑的に映る。

「偶然も見方を変えれば運命となる……そうは思わないか?」

「そんな屁理屈は聞きたくな……おい、アイカ。何で顔赤くなってるんだ!」

「ふえぇ⁉ あ、赤くなんてなってないわ⁉」

「フフ……相変わらずのようだね、アイカ君」

「お、お久しぶりですわ、ベルニカさん」

 少し緊張した微笑みを浮かべてアイカが頭を下げる。

「そう構えないでくれ。君は私の娘みたいなものじゃないか」

「構えてなんていませんよ。久しぶりなんでちょっと緊張してるだけです」

 そういってアイカはニコリと微笑む。それを見てベルニカも満足そうに頷いた。

 ハヤトがまだ幼い頃、ベルニカが仕事で家を空ける時はアイカの家で過ごす事が多かった。

 アイカの両親とベルニカは昔からの友人で、頻繁に遊びに行っていた。ハヤトがアイカと遊んでいる間、いつもアイカの両親とベルニカが何かを話していたのを覚えている。時には楽しそうに、時には真剣に。

 その事もあり、ベルニカはアイカの事を実の娘の様に慕っており、逆もまた同じだった。

「最近はアイカ君も忙しいみたいだね」

「そんな……ベルニカさんに比べたら全然です。聖霊獣士グラスティアのお仕事、大変なんですか?」

 アイカは少し心配そうに、ベルニカを見つめる。

 霊獣士の中でも特に優秀と認められた者達の事を上位霊獣士ネオスティアと呼ぶ。その上位霊獣士の中でも、更にトップの者達にだけ与えられる絶対的な地位、それが聖霊獣士グラスティアだ。

 その存在は個人で世界に影響を与えると言われている。現在その聖霊獣士の地位にいるのはたったの四人だけ。その内の一人が妖焔ようえんの異名を持つベルニカだ。 

「これまでは中々に多忙だったが、最近ようやく落ち着いてきた所だよ」

「御身体にはくれぐれも気を使ってくださいね」

「ふふ、愛娘の言葉なら無下には出来ないね」

 二人は顔を見合わせて微笑み合う。

 その光景はまさに仲の良い母子の様だった。

「それで……呼び出した用件って何なんだ?」

 挨拶も一段落したと思い、ハヤトはやや強引に本題に斬り込む。

「なんだ、愛娘との久しぶりの再会だというのに……。かまってほしいのかい?」

「どこにそう思う要因があったんだよ」

「アイカ君を私に捕られたから?」

「子供か」

「アイカ君に私が捕られたからかな?」

「だから子供か俺は!」

「ふふ、そう怒るなハヤト。親からすれば子供はいつまでたっても子供だよ」

 睨むハヤトを、ベルニカはいつも通りの余裕の笑みで迎える。

「全く、せっかちな男だなキミは。まぁいい、本題に入ろう」

 ベルニカは窓際にある給湯機へ向かい、三人分のコーヒーを入れる。

「一度言ったが、これでキミの修練は終わりだ。しばらくはここで暮らすといい」

「ほ、ホントですかっ!」

 倒れるかと思う程、アイカが勢いよく身を乗り出す。そんなアイカに、ベルニカはこくりと大きく頷いた。

「まだ完全とは言わないが、それなりに獣力も使える様にはなったからね。昔みたいに偶発的な暴走はしないだろう」

「そ、そっか……よかったぁ」

 ベルニカの言葉を聞いて、心底安心した様子でアイカが顔を綻ばせた。

「でも、だったら俺はこれからどうするんだ?」

「そのことだが」

 コーヒーを机に置き、ベルニカはそのまま机に引き返すと、中から一つの封筒を取り出す。

 机の上に置かれた封筒の中央には大きな字で『フィリアリア聖徴兵学園 学校案内』と書かれている。

「ハヤト。キミは明日からアイカ君と同じフィリアリア聖徴兵学園に編入してもらうよ」

「「……え?」」

 ハヤトとアイカの声が、まったく同じタイミングで発せられる。

「本当、キミ達は息がぴったりだな」

「そ、そんな……息ぴったりだなんて……」

「いやいや違う! 今はそこじゃない!」

 頬を赤らめるアイカに素早くツッコみ、ハヤトはすぐさまベルニカに向き直る。

「なんで俺が今更学校に? 学校なんていった事ないのに……」

 突然の入学にハヤトは面食らってしまう。なぜなら、ハヤトは今までまともに学校なんて場所に行った事がないからだ。アイカが小学校に入学する時、ハヤトも一緒にどうだとアイカの両親に勧められたが、ベルニカもハヤトも学校には行く気も、行かせる気もなかった。幼い頃のハヤトは獣力がかなり不安定で、もし学校で暴走なんてしたらただでは済まないからだ。

「だからこそだ。学校という環境を知るのと知らないとでは大きな違いがある。それに──」

 不意に、ベルニカが優しい眼差しでハヤトを見つめる。

「元気よく学校に向かうアイカ君を寂しそうに見送っていたキミを見て、私はどうしても学校という場所に行かせてやりたくてな……少々無理を言って編入させてもらったんだ」

「ベルニカ……」

 言われてハヤトは思い出す。楽しそうに出て行くアイカを羨ましさと寂しさの入り交じった複雑な気持ちで送り出していると、いつもベルニカが頭を撫でてくれた。その頃の思い出が脳内に浮かび上がり──。

「まぁぶっちゃけキミを学校に放り込んであたふたする姿をみたいだけだったりね」

「最低な理由だな! そんな事の為に無理に編入させなくていいんだよ!」

 一気に霧散した。

「学校という未知の場に一人放り込まれ右も左もわからず狼狽える少年……次第に周りから奇異の視線を向けられ、それに気付くが現状を変えれないやるせなさと羞恥心で涙ぐみ……あぁ、なんて可愛いんだキミは。さすがは私が育てた子なだけはある」

「気弱か! ってかどんだけ歪んでんだ⁉」

「あ、それちょっと可愛いかも……」

「そういう時だけ入ってくるんじゃないッ! 本当なんなんだよ!」

 愕然とするハヤトを見て一通り満足したベルニカは、コーヒーを一口含んだ後、

「まぁ冗談はさておき、実際はアイカ君の護衛をしてもらいたいんだ」

「……護衛?」

 ベルニカの不穏な言葉に、ハヤトは眉をひそめる。

「アイカ君がとある組織に狙われている可能性があるからだ」

 ハヤトはアイカに振り向く。しかし、当の本人も困惑の表情を浮かべるだけで心当たりはなさそうだ。

「……その組織ってのは?」

「レネゲイド」

「ッ⁉」

 ベルニカから告げられた言葉にアイカは驚き、ハヤトの表情は険しくなる。

「それって、ハヤトの……」

「……あぁ」

 レネゲイド。霊獣戦争が終わっても未だ戦争を続けようとするランドスタン帝国の残党達が作った組織だ。戦争終結当初は大した力を持たないゲリラ組織だったが、近年になって急激に活動が活発化し、今では各国の犯罪者や荒くれ者達を仲間に加え、着々と力をつけている。

 そして、何より重要なのは、


「俺の両親を、殺した組織だ」


 普段よりも低い、感情の窺えない声音で呟いたハヤトを、アイカが心配そうに見つめる。

「ハヤト……」

「大丈夫だよ」

 そう言ってハヤトは笑う。しかし、その笑顔は何処か無理をしている様にアイカには映った。

 組織を率いている人物が誰なのか、それは未だ判明していない。

 だが、『そいつ』は確かに存在する。

 なぜなら、ハヤトの両親を殺したのはまぎれもなく『そいつ』なのだから。

「アイカ君も知っている通り、ハヤトは生まれて直ぐに両親をレネゲイドに殺されていてね……遅れてその場に駆け付けた私は見たんだ。まだ生まれたばかりのハヤトを抱きしめながら倒れる二人の姿と、その前に立つ漆黒の大剣使いの姿をね」

「そいつが、ハヤトの両親を……」

「二人を襲った理由は私にも分からないが、奴の持つ漆黒の大剣には大量の血液が付着していた……間違いないだろうね。それまで弱小組織でしかなかったレネゲイドが、その日を境に急激に力を付け始めたのも、恐らくその男が組織を統率し始めたからだろう」

 ハヤトはこの事実を当時その場に居合わせていたというベルニカから聞かされた。

 それと同時に、術式を上手く扱えないこの体質の原因も。

 ハヤトは目の前に置かれたカップを取り、一口含む。温かな苦みが口の中に広がり、複雑な気分を幾分か誤魔化してくれた。カップを机に戻し、ハヤトは気持ちを切り替えて話し出す。

「何で奴等はアイカを狙う? 奴等の目的は何だ」

「私も明確な目的までは分からない。だが、一つ心当たりがあってね」

「心当たり?」

 ベルニカは頷き、視線をアイカに向ける。

「アイカ君、もしかして私の課題を完成させたりしてないかい?」

 ベルニカの問いに、アイカは驚いた様に目を見張った。

「課題? なんだそれ」

「三年前、私とこの町を出る時に、キミはアイカ君に手紙を残したろう? 実はその時に私もアイカ君に手紙を出しておいたんだよ」

「そうだったのか?」

 ハヤトが尋ねると、アイカが首を縦に振る。

「えぇ、ハヤトの手紙と一緒に、ベルニカさんからも手紙を貰ったわ。その手紙にはベルニカさんから私への課題が書いてあったのよ」

「昔はアイカ君も一緒に稽古をつけていたからね。暫く帰らないからとびきり高度な術式の習得を課題として記したんだが……まさか、もう習得したのかい?」

 半信半疑といった風に尋ねるベルニカに、アイカはゆっくりと頷いた。

「……はい。つい最近ですけど、詠唱に私なりのアレンジを加えた結果、術式を展開させることに成功しました」

 ベルニカが心底驚いた様子で息を呑む。

「……これは驚いたよ。もしやとは思ったが……本当に物にしたとは」

「そんなに難しい術式なのか?」

「とても高度だよ。誰にでも出来る術式ではない。素質も必要だ。アイカ君の場合、その点は心配していなかったが……何より驚かされるのはものにした早さだ」

「手紙を出したのが俺と同時期なら、三年前だろ? 三年もあれば術式の一つや二つなんてことないだろ」

「大概の術式なら時間を費やせば誰でも出来る。だが、先ほども言った通り、この術式はそれら既存のものとはまるで格が違う。少なくとも、私の見立てではこの術式を完成させるのに十年は掛かると踏んでいたんだが……」

「じ、十年だって⁉」

ハヤトは驚愕に目を見開いた。

「何でそこまで時間が?」

「何せ普段使われている術式とは全く違う、新しい術式を必要とするからね」

「……それってつまり、一から新たに術式を作ったって事なのか?」

「時間が掛かるのも頷けるだろう」

 一種の発明と同レベルの偉業だ、とベルニカは手放しで称賛する。

「そんな高度な術式を課題にするってどんだけ意地悪なんだよ」

 アイカの苦労に、ハヤトは同情せずにはいられなかった。

「でも、それを三年で完成させるアイカもとんでもないな」

「私だけの力じゃないわ。ベルニカさんの手紙に書かれたアドバイスがなければ術式作りの取っかかりさえ見つけられなかったんだから」

 アイカはそう言って照れくさそうに笑った。

 昔からアイカは自己の名誉や功績をこれ見よがしに自慢したがる貴族や上流階級の中で育ったとは思えないほど謙虚で、優秀な成績や霊獣士としての素質が高いと褒められても、それをまったく鼻にかけなかった。屈託の無いアイカは周りからも親しまれ、愛されていた。

「……変わってないな、アイカは」

「む……それは褒めてるの? バカにしてるの?」

「想像にお任せするって事で」

「まったく、キミも変なところで素直じゃないな」

 無難な回答で逃げたハヤトにベルニカが呆れた笑みを浮かべる。

「話を戻すが、恐らく奴等の狙いはアイカ君が習得した新たな術式だろう。奴等に役立つような術式なのかは定かでは無いがね」

「奴等が狙うその術式って、一体どんな術式なんだ?」

「それはいずれ分かるよ。何せ、君は無関係とはいかない術式だからね」

 そういって意味あり気に微笑むベルニカに、ハヤトは首を傾げるしかなかった。

「とにかくだ。アイカ君には護衛ボディガードが必要だ。だが、四六時中護衛に囲まれていてはせっかくの学園生活が台無しになるだろう」

「だから俺が学校に編入してアイカの近くで学生に紛れて警護しろ、と?」

「既に編入の手続きは済ませてある。我が儘は可愛いが、今回は聞いてやれないぞ?」

「……まぁ、そんな話を聞いたら放っておく訳にはいかないけど、なんか釈然としないな」

「じ、じゃあハヤトは明日から私と同じ学校に行くのね⁉」

 ハヤトが了承の意を伝えると、アイカは勢いよく立ち上がり、キラキラした瞳で確認する。

「ま、まぁそういう訳だ。よろしく頼むな、アイカ」

 ハヤトは期待に満ちた視線を向けるアイカにそう言うと、

「えぇ、えぇ! こちらこそよろしくね、ハヤト!」

 アイカはとても嬉しそうに笑った。

 満面の笑みを浮かべるアイカに、ドキッ、とハヤトの心臓が跳ねる。妙に気恥ずかしくなり、ハヤトはアイカから顔を逸らした。しかし、逸らした視線の先にいたベルニカとバッチリ目が合ってしまい、ニヤニヤと冷やかしの視線を向けてくるベルニカを見て、やはりハヤトは釈然としない気持ちになるのだった。

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