三年ぶりの帰省

 惑星『レオドフィア』では古くから戦争が行われていた。

 隣国へいち早く侵攻し、自国の領土を粘土の様に伸縮させる様な時代の中、他国へ一切の武力介入を行わない国があった。

 後に世界の心臓と呼ばれる『フィリア共和国』だ。

 大陸と繋がっていない小さな島国だったフィリア共和国は当時では取るに足らない小国として、また地続きではない島国という事もあり、率先して侵攻しようとする者はいなかった。

 隣国との領土争いが激しくなる中、北の大陸からやってきたとある国に、レオドフィアは瞬く間に支配されていった。

『ランドスタン帝国』

 北のシムガルド大陸に居を構えるその国は、他国にはない強力な武器『獣骸武器レムナント』を用いて圧倒的な力で領土を拡大させていった。

 工業技術に長けたランドスタン帝国が作り上げたこの獣骸武器は今まで剣や弓といった武器が主だった戦場に理不尽な力の差を突きつけた。

 武器内部に動力源を用い、刀身に熱を纏わせたり、弓の速度や射程範囲を大幅に強化したりと、その用途は多岐にわたり、そのどれもが従来の武器を大きく上回る成果を叩き出した。

 その力を以てランドスタン帝国は次々と他国に攻め入り、やがて前人未踏の大陸制覇まであと僅かとなった。

 無敵のランドスタン帝国は次の標的に今まで一切戦争に介入してこなかったフィリア共和国に白羽の矢を立てた。

 フィリア共和国の敗北を誰もが予期した。小さな島国が巨大な力の渦に成す術もなく飲み込まれていく所を誰もが想像した。

 ランドスタン帝国の国王、ジェネラル・フリードは東の大陸にある最後の大国との戦に要らぬ邪魔が入らぬようにと、まるで片手間の様に何百万といる兵の中から一万の兵をフィリア共和国へと侵攻させた。

 世界中が、小さな島国へ侵攻するランドスタン帝国を見送る事しか出来なかった。

 しかし、その三日後、世界を震撼させる出来事が起こる。


 一万のランドスタン帝国の兵隊がフィリア共和国に敗退したのだ。


 この事態はランドスタン帝国だけでなく、世界中を震撼させた。ランドスタン帝国を打ち破った事ですら驚愕するのに、あの圧倒的な力を持つ『獣骸武器』を相手に勝利したフィリア共和国の力に、世界中が驚きを隠せなかった。


『奴らは、獣だ……』


 フィリア共和国から帰還した兵士達は皆、口を揃えてそう言った。

 歴戦の兵士達の尋常じゃない怯え方に危機感を覚えたジェネラル国王は後日、全兵力を率いてフィリア共和国へと進軍する事を決意した。

 しかし、ここで再び予想外の出来事が起こる。

 兵力を整え、フィリア共和国の地に降り立ったランドスタン帝国を出迎えたのは、一万の兵隊を退けたフィリア共和国の兵士群──だけではなかった。

 そこには、文字通り世界中の国の兵隊が集まっていた。

 その数、ざっと百万人。

 見たこともない国旗や既に侵略し終えたはずの国の旗など、色とりどりの国旗がランドスタン帝国を出迎えていた。

 だがしかし、ランドスタン帝国の兵隊は五百万人。そう簡単に埋められる数の差ではないと、ランドスタン帝国は奮起した。

 そして。

 ジェネラル国王率いるランドスタン帝国と、フィリア共和国率いるフィリア同盟軍との歴史的大戦争が行われた。


 これが後の『れいじゅうせんそう』である。


 報告通り、フィリア共和国の兵達は常軌を逸した戦闘力を有していた。

 犬の形をした謎の衝撃波を放つ者、獣骸武器無しで火を放つ者、ただの弓矢や剣、槍などでは決して出すことのできないはずの威力を出す者……違いはあれど、どれもこれもがまるで化け物のような強さを振るっていた。

 そして、その兵隊達から時折立ち昇る謎の光が獣の姿の様に見えたのを、ジェネラル国王は戦慄と共に理解したという。

 次元が、違う。

 だれもがそう思った。

 しかし、フィリア共和国の兵達もランドスタン帝国の兵隊達も、力の根源は同じモノだった。

 鉱石『獣結晶ビーストクォーツ

 獣骸武器レムナントの動力源となっているこの鉱石は、獣骸武器の様にただエネルギーを放出するだけのものではない。

 そもそも獣結晶自体には殆どエネルギーは無いといってしまってもおかしくない。

この鉱石の本質は別の所にある。


獣力じゅうりょく


 人間はいにしえ時代じだいから進化を繰り返してきた。暗闇を照らす為に火のつけ方を、獲物を仕留める為に石を研いだりと、他の生き物にはない知能といえるものを活用して生き残ってきた。 しかし、人間も元をたどれば動物だ。

 ある意味どの動物よりも生きることに執着してきた種族ともいえる。

 故に、人間は心の奥底にとてつもない『生きる』力を宿している。

 その力の事を、獣力と呼ぶ。

 獣結晶はそんな人間の獣力を吸収し、操作する事を可能にする鉱石だ。

 当時のランドスタン帝国はその事実に気付かず、獣結晶を構成する物質内に微量に存在した獣力だけを使っていた。

 対して、フィリア側の兵士は自身の獣力を自在に操り、獣結晶を介して最大限の力を常に発揮していた。

 鉄の塊で木は斬れないが、鉄を研ぎ、研磨した刃物なら木を斬る事は出来る。

 同じ力でも、双方には明確な差があった。

力の真意に気付いている者とそうでない者の差はあまりにも大きい。数の優位など初めからなかったみたいに、戦況はあっという間に傾いた。

 戦いはフィリア同盟軍の圧勝だった。大きな痛手を受けたランドスタン帝国は国王であるジェネラルに全ての責任が問われた。玉座を下ろされ、代わりの国王が決まるや、ジェネラルの一族は揃って国外追放を言い渡された。

 追放されたジェネラルは用意された船に一族を率いて乗り込み、船で南下した先にあるヨーレイム大陸へと渡った。

 ここは大陸全体を深い霧が覆っており、大陸の周囲は小さな群島ばかりで船が着けず、だれもヨーレイム大陸がどんな所なのか知らない。 ジェネラルはこの深く先の見えない霧の奥へと消えていった。


 どす黒い復讐心を抱えて……。


 かくして、ランドスタン帝国の驚異から数々の国を救ったフィリア共和国は共に戦った世界の国々に獣力の存在と獣結晶についての知識を公開した。

 それと共に、同盟軍に参加した全ての国に停戦協定、並びに獣霊規定を結ばせた。

 敗戦したランドスタン帝国は領土を北のシムガルド大陸にまで縮小し、完全に外との交流を絶った鎖国状態に入った。

 こうして、獣霊戦争は幕を閉じた。

 再び幕が上がるのを楽しみにしているかの様に……。

 

     §      §      §


 いくら怒っているとはいえ、アイカが本気で殴る事はないと信じて(ホントに信じていただけ)しかし平手打ちの一発や二発は覚悟の上で、ハヤトは目を強く瞑った。

 しかし、一向に痛覚を刺激される様な衝撃は来ず、代わりに柔らかな感触と甘い香りがハヤトの胸に飛び込んできた。

 予想とは違った衝撃に対応が遅れ、ハヤトは背後の壁に倒れ掛かる。

 傍から見れば、薄暗い路地の壁際で抱き合う一組の男女の構図にしか見えない。

「アイ、カ……?」

 自身の胸に顔を埋めたまま動かないアイカに、ハヤトは恐る恐る声を掛ける。

「…………た……」

「え?」

「心配っ‼ ……したって、言ってるの……」

「……」

 アイカは俯いたままだったが、その体は小刻みに震え、声も濡れていた。

 その涙は誰の為に……いや、誰の所為で流した涙であるかは、容易に想像できた。

 ハヤトは小さく震えるアイカの体を優しく抱きしめる。

「……ごめんな」

「そんな一言で謝りきれるもんじゃないわよ、バカ……ッ」

「うん……でも言わずにはいられない。三年間、何の連絡もしなくて、ごめん」

 ハヤトはアイカを抱きしめる手に少しだけ力を籠める。アイカも嫌がる様子なく、むしろより強く額を擦りつけてきた。

 まるで、ここにハヤトがいるのを確かめる様に。

「よかった……無事でよかったわよ、バカ……」

「……おかげさまで、な」

 暫くそうして抱き合ったまま、二人は静かな時を過ごす。

 このまま懐かしい温もりを享受していたい衝動に駆られるが、そうはいかない理由をハヤトは思い出す。

「ところでアイカ……そろそろ離れないとマズいんじゃないか?」

「え? あ……」

 事の重大さにようやく気づいたアイカは慌ててハヤトから体を離し、周囲を見回す。

 周囲に人影は見当たらない。

「誰にも見られて……ないわね」

「やっぱりまだ騒動は続いてるんだな。見られたら昔みたいに騒がれるのか?」

「暫くはそうでもなかったんだけどね。全く、皆面白がっちゃって……」

 アイカは困った様にため息をつく。

 アイカの血族であるセインファルト家は、ハヤト達のいるフィリア共和国を建国した一族である。国名の由来にもなっている初代頭首、フィリア・レイス・セインファルトは女性であったにも関わらず、霊獣戦争を勝ち抜いた英雄として今も語り継がれている。

 そんなフィリア王女だが、文献によると生粋の娯楽家エンターテイナーだったらしく、様々なイベント事を開催しては民衆と楽しんでいたそうだ。

 そして、その娯楽は自身の家訓にも反映されており、セインファルト家の家訓にはこんな掟がある。


『セインファルトの娘は結婚の儀を行うその時まで、民衆に伴侶の正体を明かしてはならない』


 この掟は本来、『王族なる者、伴侶と定めた人物であれど、慎んだ関係を築くべし』といった淑女の精神論だったのだが、フィリア王女がこれではつまらないと大衆向けに改変したのが今の掟となっている。

 これだけだとまだ苦笑いを浮かべるだけで済むのだが、この掟には続きがあった。

『もし伴侶の正体が結婚の儀以外の場で民衆に露見ろけん した場合、その婚姻は白紙に戻す』

 といった物だ。

 この掟の所為で、セインファルト家の女性陣には笑い事では済まなくなった。

 しかし、娯楽エンターテイメントとしては大成功で、フィリア共和国にこの掟を知らない者はいない程、広く知れ渡る事となった。

 もちろん、アイカにもこの掟は適用されている。

 だが、アイカの場合は更に、他とは少しだけ違う。

 王族ともなれば子供の頃から婚約の話が挙がったりするもので、アイカも幼い頃から様々な国の王子や、貴族の者から求婚を申し込まれていた。しかし、アイカの両親はその全てを丁重に断っていた。

 アイカの両親はアイカの十歳の誕生日を祝う式典で、アイカの婚約者はアイカ自身に決めさせると公表した。さっそく記者がアイカに結婚相手の事を尋ねると、幼いアイカは両手を腰に当て、堂々と言った。


『私は既に結婚相手を見つけているわ! とっても強くて優しい人なんだからっ!』


 この爆弾発言にアイカの父親はその場で卒倒、さらにセインファルト家の掟が混ざり合い、いつしか民衆の中で一つの楽しみが芽吹いてしまった。

『アイカ姫の謎の王子様プリンス

 この結婚相手を何とかして暴こうとする記者や民衆のせいで、アイカに話しかける男全てが一度は話題に上がるほどの熱狂っぷりだった。

 しかし、当時十歳のアイカにそんなすぐに婚姻の儀は行える訳もなく、その時がくるまでの楽しみとして、民衆も報道陣も少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 しかし、最近になってアイカが結婚出来る年になったため、少しずつこの話題がくすぶり始めているのだ。

「ハァ……自分で撒いた種とは言え、どうしてこんなことに」

「見られなくてよかったよ」

「そうね。何せ、謎の王子様本人なんだものね」

 どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて言うアイカに、ハヤトは困った顔を浮かべる。

「やめてくれよ、王子なんて」

「光栄でしょ」

「王子様なんて俺のガラじゃない」

 アイカの視線から逃げる様に顔を逸らし、ハヤトは壁から背を離す。

「一応調べておくか……」

 そう言ってハヤトは右手を胸の高さまで持ち上げる。掲げた右手首には鮮やかな橙色の石が付いたブレスレットが巻かれていた。ハヤトは目を閉じ、意識をその石へと集中させる。

 すると、ブレスレットが淡い光を放ち、小さな球状の獣文字じゅうもじ──術式を展開した。

 術式を通してハヤトの意識は自分という個体を中心に、球状に広がっていく。壁や障害物を呑み込み、人間の力の源、獣力が周囲に存在するかを探索する。

 幸い、近くにはアイカの獣力しか探知しなかった。

「大丈夫だ。どうやら誰もいないみた──グッ⁉」

 瞬間、ハヤトの体を電流が走った様な痛みが駆け巡る。

 堪らずハヤトは傍の壁へと倒れ込む。

「ちょ、ちょっと大丈夫⁉」

「あ、あぁ……」

「その症状……獣力の制御は完成してないのね」

 頭痛に苦しむ様なハヤトを支えながら、心配そうな表情でアイカが言う。

「いや……実はそうでもないんだ。ただ、今の状態じゃ術式はご覧の有様だ」

「今の状態?」

「時間がある時に話すよ。先にベルニカの所にいかないと。どうする? 一緒に行くか?」 

 アイカに振り返りながらハヤトがそう言うと、

「やれやれ、仕方ないわねぇ。まぁ久しぶりなんだし? いろいろ土地勘とかも曖昧になってるだろうから、優しいアイカさんが付いていてあげるわよ」

 エッヘン、と擬音が付きそうな様子でアイカが胸を張る。

「そんな嬉しそう顔で言っても説得力ないぞ?」

「う、うるさい! ほら、いくわよ!」

 赤くなった顔を隠す様に、アイカは足早に歩き出す。

 ハヤトは久しぶりに再会した幼なじみの変わらぬ様子に安心し、三年もの間心配していてくれた事への感謝を込めて、言った。

「アイカ……ベルニカの家は反対だぞ?」

「…………」



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