結 びょうめい

 かくも悍ましき人の業を見て、ぼくは「解離性障害」という病名が付いた。ただ、ここに至るまでも長かった。

 きっかけは、多分、リョウが死んだ直後だった気がする。ぼくはオーバードーズをしたために、子供病院の精神科を追い出された。野良のぼくが訪れたのは、深井病院だった。それも、一度目にかかった思春期外来は、あまり良い医者ではなく、ぼくは信用が出来なかった。当然、ちんこおばけの話もしなかった。病名をつけてくれたのは、今のぼくの主治医だ。

 さて、ここからぼくの歪んだセックス観の、その後の経過を簡単に纏めるとしよう。

 大変不本意に、非人道的に、鬼子母神的に、ダンスサークルを追い出されたぼくであるが、マチとツチからも離れたと言うことだ。ぼくのリストカットは増えたが、それ以降、ぼくの夢に、マチとツチが出ることはなくなった……ような、気がする。本当に覚えていないのだ。

 何故マチだったのか。何故ツチだったのか。ぼくはツチのことを好いていたが、何故そのツチと愛し合う妄想はなかったのか。それは十五年以上経った今でも分からない。

 その後、ぼくは高校に進学した。憧れの通信制高校だ。大学院まで通信制で出れば、学費が安いから自分で出し切れる。

 全日に進学した奴らには出来ないことが出来る。不登校だったことを誇れるようになる。それだけがぼくの希望だった。

 高校に進学したぼくは、何もかもが輝いていたが、病魔から解放されたわけではない。ぼくの歪んだセックス観が直されるのは、その後大学に進学して卒業し、、二個目の大学に入学し、その時期の入院の時、ぼくは初めて、主治医にこのセックスの妄想について詳しく話した。主治医は、かんつうとんかちの話は知っていたが、ちんこおばけの話は知らなかったのだ。主治医は笑うことも蔑むこともなく、真剣にぼくの話を聞き入り、そして結論を出してくれた。

 結論から言うと、ぼくがコンピューターウイルスのSM画像を見てしまった十三歳の時期というのは、社会倫理がどうとかいう問題以前に、生物学的に、心理発達的に、性に興味が出る年頃だという。ぼくは中学校に行っていなかったので、どこの他の皆もそうだということを知らなかった。トワイライトに、同学年がいなかったのだ。子供にとって、「一歳年上」「一歳年下」というのは、別のコミュニティであるから、「その年頃」として、同じグループになることがなかったのである。

 そうして興味の萌芽が出てきた頃に、運悪くウイルスのSM無修正画像を見てしまった。そのショックが認知を歪ませ、「セックスは暴力」というのが刷り込まれた。その後、リョウに出会い、やおいというものを嗜むようになるのだが、元々が「セックスは暴力」と思っているのだ。らぶらぶえっちなんて読むはずが無い。で、暴力としてのセックスばかり読むようになると、当然ソッチの知識ばかりが身につき、歪みが加速していく。

 そこに、元々症状として性器や存在しない筋肉や臓器に現れる「幻触」という症状が入ってきた。他の患者の症例までぼくは調べる勇気が無かったが、彼等よりも、レイプという性暴力、殺人の反芻という暴力が著しく現れたのは、その「セックスは暴力」という認識が大きく関係していたのだろう、とのことだった。

 いずれにしても、ぼくが変態だったのではなく、いや、やおいを嗜む腐ったオタクというのは何かしら変態性癖を持っているものだが、とにかくそういうことではなくて、ただただタイミングが悪かったのだ、という結論になった。

 それはつまり、ぼくがレイプもののBLを読んでいたことが悪影響を及ぼしたのではなく、ぼく自身に被虐趣味があったわけでもない。全くの偶然の生んだ病気であり、ぼくには何の落ち度も無い、ということだった。

 この結論が出たとき、ぼくはダンスサークルから追放されて十三年が経っていた。そんなにも長く、ぼくは自分は変態で、もしレイプされても被害者にはなれない、と思っていた。

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