承 かんつうとんかち

 人間というものは、体験したことや、本で読んだこと以上のことを知るために、想像力を働かせるのだと思う。その想像力が乏しかったり、その想像力に説得力のある経験が無かったりすると、所謂ナンタラ警察と呼ばれる人に絡まれるのだ。

 ということは、死後の世界というのは、基本的に臨死体験や、死後こういう世界に行きたい、という願望によって生まれる概念であり、ひいてはソレは現世でぼく達が健やかな文化的生活を送るために必要なフィクションなのである。

 ぼくはこのエッセイはかねてより、そのような文化的生活には役に立たない、寧ろ不快な思いをさせると言うことを言っている訳だ。このSEXPOSUREは、「性の暴露」であり、その名の通り、ぼくの誰にも理解されないであろう不愉快な出来事を書き連ねているわけである。

 その中の一つがちんこおばけだったわけだが、実はもう一つ、ぼくを当時追い詰めていたものがあった。それがツチによる「かんつうとんかち」による殺人のリフレインである。

 概念は簡単。ツチが待ち構えている。ぼくの頭を金槌で殴る脳みそが潰れる。これだけ。その場所は、左側の後頭部、丁度頭のカーブが急になってくる辺りだ。そこの頭蓋骨が陥没する。

 これを幻触としてずっと、繰り返し繰り返し、同じ所を殴打される悪夢と感覚に悩まされた。

 当然ながら、頭蓋骨が陥没するほど殴れば死ぬ。まして脳みそが潰れて、その感触が意識に上るなんて事は有り得ないし、仮にその時に意識があったとしても、実社会にフィードバックすることは不可能だ。その意味で、ぼくのこの幻触は、「ありえない」ものだった。ツチは主に、いつも同じ所を金槌で殴り、ぼくを殺していたが、同時にぼくを犯すことにも熱心だった。ジェットコースターに乗って動けない状況で、臍から小腸をずろずろ引き摺り出された感覚は、十五年近く経った今でも覚えている。そしてそれらのことは、全てぼくが寝ている時か、起きているときか、そんなときに起きるのだ。かんつうとんかちを構えたツチは、大体ぼくの真正面から襲いかかってくる。後ろから襲いかかってくるということはあまりなかった。ちんこおばけはどちらかというと、後ろや足首のあたりからずろずろにじり寄ってくるのだが、かんつうとんかちは真正面が多かった。後ろから追いかけてきても、右側から襲いかかってきても、必ずかんつうとんかちはぼくの左頭の同じ所を殴ってくる。そこに触れれば、確かに、一日に二本のパック牛乳を飲むことで育まれたカチカチの頭蓋骨と、この頃はちんこおばけの所為で風呂に入れなかったので、べったりと油の付いた髪や、毛根周りのフケなんかの感覚もある。あるが、同時にそこは骨が砕けて、脳みそが潰れているのである。ではぼくは、その指先で脳みそに触る感覚があるのか、というと、そうでもない。ぼくはちんこおばけのことを言い出せず、日々不潔になっていくことを父に罵倒される身体を触っているという自覚があるし、そのように思っている。つまり、硬く頑丈な頭蓋骨と、粉々に砕けた頭蓋骨と脳みその感覚が、矛盾なく両立しているのだ。

 ううむ、こうしてみると、「矛盾が矛盾でない」というのは、実に恐ろしい世界だ。論理学が生まれたのも無理はないだろう。

 逆に言えば、矛盾が矛盾でないということは、精神疾患のサインなのかも知れない。

 心理学には「了解可能」という言葉がある。この「了解」とは、「承知した」ではなく、「理解した」である。

 例えばカウンセリングに、食べ物を食べない少女がやってきたとする。少女に何故食べないのか尋ねると、少女が「太るから」と答えたとする。これはごく普通の、誤った見識として世に広まっているものであるから、「了解可能」である。ところが少女が、「宇宙人が見ていて、それが気持ち悪くて食欲が失せる」と言った場合、これは「有り得ない」ので、「了解不可能」となり、彼女には精神医学による治療が必要となる、という、大雑把な指標である。このころぼくは、まだ信仰というものを持っていなかったのと、「存在しない臓器に、物理的に有り得ない刺激がある」というだけで、十分了解不可能だ。この矛盾は、当時の医学でも解決できるものだったと、ぼくは考える。といっても、その時十四歳だったぼくは、精神科の薬は使えない。妄想や幻覚を抑えるということは、早い話が脳の活動を抑制するということだ。それは発育途中の脳には物凄い毒なのである。

 しかし、カウンセリングや、虐待の二次被害に遭っていることを誰かに話せていれば、ぼくは医者にかかれたのだ。うむ、やはり子育てにおいては、他人の手を借りることが最も望ましいと言えるだろう。


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