ブエルの思い出

 ブエルという悪魔がいる。

 ライオンの頭の周りにヤギの足が五本生えているという奇抜な姿、一見すると気持ち悪いが、召喚した者に知恵を授け、また癒しをおこない、予言もする。

 そんなとても有り難い存在のブエルは、突然溶鉱炉の中に落っこちてきた。

 

「あっつぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 絶叫しながら燃える身体をのたうち回らせるも、何とか蹄を壁に引っ掛けたブエルは、車輪のように回りながら壁を登り始めた。当然その間も絶叫は続いている。

 

「とおっ!」

 

 巣から飛び立つ鳥のよう……とは言い難い見苦しい様で溶鉱炉から跳ねるように脱出したブエル、着地した先はキャットウォークらしくひんやりしていたので、そこでしばらく体の熱を冷ましていた。

 直前まで溶鉱炉にいたのだからどこに居ても冷たく感じるのは当然である。

 

「酷い目にあったのじゃ……はて、ここはどこじゃ?」

 

 周りを見渡してみる。頭上にはコークスが見え、その先にはベルトコンベアで運ばれている鉄鉱石が見える。溶鉱炉の存在といい、どうやらここはどこかの製鉄所のようだ。

 何故ここにいるのかは不明だ。そうこうしてるうちにどうやらここの管理者が来たらしく、キャットウォークを音をたてながら近付いてくる。ひとまず動かず何かの置き物のフリをしていよう。

 ゴワゴワの作業着と安全ヘルメットを付けた男がブエルの手前で立ち止まり、しゃがむ。

 

「確かさっき、溶鉱炉から出てきたな……きも」

 

 プッツンとブエルの中で何かがキレた。


「失礼な!! 朕はとってもプリチーなんじゃぞ!!」

「うわあ!! 気持ち悪いのが喋ったあ!」

「じゃからプリチーじゃと言っておろうがあああ!」

 

 ひとまず落ち着いて。

 

「取り乱してしもたわい、朕はブエルと申す」

「は、はあ。私はマークスと言います」

 

 このマークスと名乗る男、意外と順応力が高い。

 

「朕は悪魔での、ここに来る前はバアルという悪魔と戦っておったのじゃ」

「え、もしかしてデーモンハンターなんですか? 」

 

 デーモンハンター、聞き慣れない言葉である。また悪魔と聞いても驚かず、またすかさず先のような単語を出すあたり、もしかしたらこのマークスは悪魔に関連した何かに関わっているのではと推測される。

 なれば慎重に事を進める必要がある。

 

「デーモンハンターではないが、確かにデーモンと戦っておったの」

「じゃあこの近くにデーモンが」

「いや、次元転移でここに来ただけで、元の場所は異世界じゃ」

「異世界ですって」

 

 不意に、マークスの視線が鋭い物となった。何かの琴線に触れたのは確かに感じられたのだが、どうやらこのマークスという男は予想以上に悪魔と深い関わりがある。

 

「お主、異世界がわかるのか?」

「ええ、なにせ私はその異世界人ですから」

「なんじゃと?」

 

 信じられない、次元転移はあの博物都市でクラウザーが行った。転移システムとなった魔晶石もこちらに来ている筈だからあの世界から移動できたとは思えない。それとも他にも次元転移できる物があったのだろうか。

 

「一つ聞くが、お主はその異世界のどこから来たんじゃ?」

 

 ブエル自身、異世界についてはあまり詳しくはないが、基本的な地理はわかるので大体の地形を言えば嘘かどうかはわかるかもしれない。

 マークスは少しだけ息を吸ってから、おそるおそる吐き出した。

 

「博物都市、バリエステスです」

「なんと!!」

 

 後になってわかったが、このマークスはバリエステスの市長だったらしい、あのバアルとの戦いの時に次元転移に巻き込まれてこの世界に来たそうだ。

 そして彼がお世話になっているのはアーチボルト家というデーモンハンターの家系であり、勤めているのはアーチボルト家が経営してる工場だったのだ。

 何もかもが僥倖である。ブエルはここでバアルとの戦いに備える事にした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 ブエルとマークスは協力して破竹の勢いでアーチボルト家を発展させていった。

 具体的にはブエルの予知と知恵を駆使して今後発展する企業への投資や、シンプルに予知をギャンブルで利用してお金を大量に稼ぎ、災害を予知すれば事前にその場所から撤退し、また支援金や支援物資の準備を行っていざその時がくればそれを解放して社会的地位を向上させる。

 人道に反する事も数えきれない程やってきた。

 それでも二十年経つ頃には大富豪の仲間入りをしていたし、マークスがアーチボルト家の当主になったのも必然でもあった。

 

 マークスは自身が市長も勤めるマイソンシティの市庁舎にて、市長室の椅子に座って一服していた。傍らにはヒトデの姿に変わったブエルがいる。

 

「ひとまずバアルと戦うための最低限の準備はできたの」

「ああ、しかしあのバアルを倒すためには腕の経つ戦士がいる。こればかりはお金だけではどうにもならない」

「わかっておる。じゃがそれについては大丈夫じゃ」

「例の予知か、ニューヨークに腕の経つ三人と巨人が現れるという」

「まだまだ先の未来じゃがの、絶対じゃ」

「そうか、その三人の中にアレはいないのだな?」

「お前の子供のエヴァンじゃろ? さて、デブはおらんかったが」

「なら安心した」

 

 マークスの息子エヴァンは相当な愚か者として知られている。親が資産家だからと金にモノを言わせて好き放題しているのだ。マークスとしてもほとほと頭を悩ませている問題だが、長年育児放棄していたため今更教育しようにもやり方がわからない。

 せめて生きていればそれでいい。

 

「じゃ、朕はそろそろニューヨークへ向かうでの」

「ここは私一人で充分だ、ベルカ研でその知恵と予知を使って助けてやってくれ」

「うむ、それとエヴァンじゃがの」

「なんだ?」

「数年後、奴は劇的な変化を遂げるから楽しみにしておれ」

「どういうことだ?」

 

 ブエルはマークスの言葉を無視してその姿を消していく。あくまで予知の詳細は知らせないつもりらしい。

 やがてブエルの身体は完全に消え失せて跡形もなくなる。今頃はベルカ研のどこかに転移してる事だろう。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 


 それから数年後、ニューヨークではエンパイアステートビルで起きた惨劇ついて持ち切りであった。

 詳細は省くが、その事件で百人以上の人間が惨殺され、また本格的にデーモンの脅威が世界に知られるようになったのだ。

 ここベルカ研でも話題は専らその件についてである。最も彼等が気にしているのはデーモンとは別の事だが。

 

「ウィーク……ワイアット君はどうしてる?」


 表向きでは生活補助器具の研究してる部署の所長(通称ドクター)が、たまたま近くを通りがかった研究員に尋ねる。

 研究員は一度考える素振りを見せたあと、ゆっくり喋り始めた。

 

「はい、今日は学校に行ったようですが、終わると真っ直ぐお姉さんのお墓の所に行って、日が沈んだら家に帰って部屋に篭ってました。ここ約一ヶ月同じ生活リズムです」

「そうか」

「ウィークに変身した形跡もありません……あの、ほんとにウィークバンドを回収しなくて良かったのですか?」

「何度も言ってるだろ、放っておけと」

「しかしこのままではウィークシステムが民間人の手に渡ったままですよ、彼の事ですから悪用するとは思えませんが」

「構わないと言ってるだろ!!」 

 

 ダンッとらしくもなくドクターは机を叩き付けた。机が壊れるかと思う程の大きなた音に研究員だけでなく、その部屋にいた者全てが作業の手を止めてドクターを何事かとおそるおそる見つめていた。

 さすがに我を取り戻したドクターはこめかみを抑えながら小さく謝罪する。

 

「すまない……とにかく今は放っておくんだ」

「わかりました」

 

 すごすごと研究員が自分の持ち場に戻っていく。ドクター自身言いすぎたと反省している。

 ドクターは一度所長室に戻る事にした。ソファに座って缶コーヒーを飲み干して一息つく。空き缶を机の上に置いた。

 

「なあブエルよ、ほんとにウィークは彼でいいのか?」


 その呟きは空き缶にぶつけられた。より正確には空き缶の隣に頃がっているヒトデことブエルだ。

 

「そうじゃ、ミスター・ウィークが三人のうちの一人じゃ」

「例の予知、だがウィークは別人かもしれない」

「いや、間違いなくワイアットじゃ。具体的に理由を聞かれるとわからんとしか言えぬが、予知ではワイアットがウィークとなっておる」

「支離滅裂、幼い子供の説明のようだ」

「昔から予言者の言葉は大抵意味不明じゃろうて」

 

 それは予言する者が言っていいセリフではない。

 

「そうそう、三人と巨人の予知じゃがの、巨人はわかってきたぞ」

「それなら私にもわかりますよ、GOLDシリーズ最後の機体」

「GOLDMANじゃの、もうじき完成するんじゃろ?」

「あと半年あれば」

「うむ」

 

 ドクターは二本目の缶コーヒーを開けて飲み始める。日本人ではないのでカフェイン耐性が低い、ゆえに今夜は眠れないだろう。眠るつもりはないが。


「ウィーク、GOLDMAN、残る二人は」

「一人はデオンじゃ、こないだ奴の姿を見た時にピンときたわい、同時に朕と同じデーモンの匂いを感じた。おそらく奴は半悪魔デモニアックじゃろう」

半悪魔デモニアック……なるほど、それならあの強さも頷ける」

「そしてもう一人は、マスター・クラウザーじゃ」

「異世界の魔法使いでしたか、ほんとに来るんでしょうか」

「来る! 奴は必ず現れる。あの男は傲慢じゃがケジメはつける男じゃ」

 

 ドクターが聞いたところによれば、クラウザーという男はバアルと直接戦って敗北すれども生き延びた男らしい。

 敗北寸前にバアル諸共こちらの世界に転移したらしく消息は不明だが、そのおかげでバアルに余計な力を付けさせる事なく時間を稼ぐという戦果を上げた。

 悪い言い方をすれば、こちらの世界にバアルを押し付けたともとれるが、どの道向こうの世界でやることやったらこっちに来ていただろう。

 

「異世界の魔法使い、半悪魔デモニアックのデーモンハンター、道楽息子の金色メカ……そして、家族を失ったニューヨークのヒーロー。随分個性的なメンツが集まるものだ」

「ほんとにの」

 

 ドクターは三本目の缶コーヒーを開けた、来るべき日のために彼は研究と開発に勤しむのだ。予知とはいえ、民間人の子供を巻き込み、あまつさえ家族を死なせてしまった責任は自分にある、少しでも償うためにドクターは身を粉にする。

 

 ブエルはその様を冷ややかに見つめていた。止めるつもりはない、ブエルの目的は一つ、バアルを倒すこと。

 クラウザーの評価で言ったケジメをつけるというもの、あれは自分自身にも当てはめていた。ブエルとクラウザーが始めたバアルとの戦い、最早損も得もない戦いになるとしてもやらねばならない。

 最初に始めたのだから、最初に始めた自分達がケジメをつけるためにやりきるのだ。例えどれだけの人間を巻き込むのだとしても。 



閑話休題 ~完~

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