閑話休題

バアルの回顧録

「バアル、お前は邪悪が過ぎる」

 

 それを言ったのはただの人間であった。

 バアルは悪魔だ。それも最高位と言っても過言ではない強さを持っている。だのにだ。その人間はいとも容易く悪魔バアルを退けて見せた。

 油断は確かにあった。人間は力の弱い搾取されるだけの存在でしかない、それはどこの世界でも変わらず、またバアルはその人間に倒されるまで絶対の力を誇っていた。

 

「お前の力を封じろう」

「これが神と名乗る者の力か、クックック……侮っていた」

 

 人間の名前はエリヤ、神を名乗る高位の存在の加護を受けてバアルとその信者達を相手にたった一人で戦い抜いた男である。

 この戦い以降、バアルの権威は落ちていった。

 悪魔の力は人の信仰に依存する、正確には悪魔に対する感情であるが、それが力の強い悪魔であればあるほど顕著である。信者の大半を失ったうえにエリヤによって力を封じられたバアルに全盛期の半分程の力も残ってはいなかった。

 だからだろう、二人目の人間に負けてしまったのも仕方ない。

 

「協力してもらおうか」

 

 その人間はソロモンと名乗った。イスラエルの王らしい。

 ソロモンもまた神の加護を受けていたが、それでもあえて悪魔の力を利用しようとする業の深い男だった。

 バアルはその強欲なソロモンの事が嫌いではなかった、ゆえにソロモンの横柄な物言いにも快諾し、彼の存命中は付き従った。

 ソロモンはバアル以外にも七十一体の悪魔を使役する程強大な力の持ち主であった。神の怒りを買い加護を失っても余裕の態度を崩さなかったのはそのせいでもある。

 彼は晩年、悪魔の召喚の仕方と使役の仕方を記したグリモアを残す。

 

 バアルはソロモンの死後、ソロモンの残したグリモアを使う召喚者達を喰らいながら世界各地を点々としながら暮らしていた。

 時が経つにつれてバアル信仰が失われてしまい、本格的に力の喪失を危惧したバアルは秘密裏に魔術教団というものを作る。ただのバアル信仰の焼き増しであるのだが、意外と効果があったようで二千年も存続する事に。

 

 

 

 そして十八世紀フランス。

 名前をサンジェルマンへと変えたバアルは、それなりに巨大となった魔術教団の運営を手放して密かにエリヤに奪われた力の回収を測っていた。

 これは二千年もかけてようやく半分の能力を取り戻して余裕が生まれたからである。

 

「ほう、これは面白い」

 

 ある日サンジェルマンは、デーモンハンターと名乗る者達と共に魔術教団のアジトの一つを襲撃していた。古巣を攻撃した理由はただの気まぐれである。

 しかしそのアジトの最奥で産まれたての胎児を見つけたのだ。

 更に胎児の隣には母親と思われる者の死体が横たわっており、調べてみると死んでからそんなに時間は経っていないようだった。

 

「ハンターの突入と同時に自殺したのでしょうね。しかしこの赤子は殺せなかった」

 

 赤子は男の子だった、手足をばたつかせ「あー」とか「うー」と唸っている。首がすわっているのでおそらく三ヶ月は経っている。

 だが何より目を引くのはその赤子の誕生経緯だ。母親の傍らには日記が置いてあり、それによるとなんと子供は悪魔と人間のハーフらしい。

 ハーフ自体はなんら珍しくもないが、悪魔というのがバアルと同じソロモン七十二柱の強大な悪魔だったのだ。

 

「普通は人間だと七十二柱の魔力に耐えられず死に絶えるのですが、余程悪魔と相性が良かったのだろう」

 

 死んでしまったのが悔やまれる。

 

「この子供も死なせるには惜しい、私が育てたいところですが……ここはやはり人間に育てさせる方が面白そうだ。

 この辺ならボーモン夫妻が引き取ってくれますかね」

 

 それからサンジェルマンは赤子を付近に住むボーモン家へと預ける。同時に万一赤子が暴走した時に抑えるための手段としてアジトでみつけた剣も渡しておいた。どうやら魔剣の類いらしいのでこれなら抑え込めるだろう。


「あの剣、微かですが私の力を感じた。一体何故」

 

 その答えを知るのはしばらく先になる。

 数年後、ついにエリヤが封じた力が何処にあるかを突き止めた。まさかの異世界であった。

 捜索のために呼び出した名も無い悪魔から聞いた話だが、確かに異世界を調べていなかったと納得した。まさかそんなとこに隠すとは思わないだろう。

 異世界のどこにあるかは具体的にわからなかったので、サンジェルマンは数の暴力によるローラー作戦にでた。

 

「砂の軍勢とは気の利いた名前ですね」

 

 砂の魔王と呼ばれる個体から吐き出される砂によって魔物が形成され、それが、集まる事で軍勢ができる。

 これらを用いてサンジェルマンは異世界を蹂躙しながら探索していった。砂の魔王も砂の軍勢も被害にあった人々が名付けたものだ。

 

 そこで2年ばかり放浪した後、とある極寒地帯にある博物都市にてついに目的の力が見つかる。バアルの力はその世界で魔晶石と呼ばれる物に変化していた。自分の半身が見つかった事に喜びを隠せないバアルは、砂の軍勢の到着が待ちきれず強引に消し去ってしまった。

 そのせいで翌日、バアルは改めて砂の軍勢を呼び出すための準備をしなければならなかった。軍勢の戦力は下がるが、直ぐに街を攻めるメリットがあるので良しとする。

 

 決行はその日の夜、順調に物事が進み、人々は砂の軍勢に対して絶望し恐怖した。それらの感情は悪魔バアルの力となる。

 バアルは自身への信仰を糧とするが、それは自分へ向けられる負の感情も含まれている。わざわざ砂の軍勢を使ったのも、人々に負の感情を持たせるためのものであった。

 

 そう、人々は絶望し、バアルの力は更に強くなる。加えて力の結晶である魔晶石を手に入れればどれ程のものになろうか。

 しかし、ここでもまた人間に敗れてしまう。

 

「バアルよ、人間に負けたのはこれで三回目になるの。一度目はエリヤ、二度目はソロモン、そしてクラウザー、油断して敵を侮るのが貴様の悪いところじゃ」

「何を! 私は負けていない!」

「そう思うのは自由じゃ、では朕は先に向こうへ行くでの」

 

 耳に痛い言葉を残してブエルは消えていく。

 

 マスター・クラウザーという人間がいた、この男はかつての二人のように神の加護をうけていないただの人間であった。

 ただちょっと魔法の才能があっただけだ、そんな人間に自身の心臓ともいえる魔晶石を再び異世界へと飛ばされてしまった。

 

「まだだ、まだ私の心臓が失われたわけではない。まだ私は負けていない、負けてはいない!! そうだ、ただ目的が遠のいただけにすぎない!」

 

 魔晶石こと力の結晶は壊れたわけではない、心臓と言っても等しいそれを探すため、再び異世界へ飛ぶ。

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