Dance in Apnea - 2

 物臭な僕だってたまには愛猫を連れて外へ繰り出す。

 エンバーミングされた愛猫はペットケージに入れれば先ず外で騒がれない。


 けど、僕が社長室から離れ、外へ踏み出すのはそれ相応の勇気が要った。

 胸が酷く動悸する。

 これから巻き起こる面倒を想像すると、どうしても手で胸を押さえてしまう。


 でも行かなくちゃ。

 これは生前の夫からの頼みだし、何より逡巡とするのは面倒だからね。

 エレベーターで一階まで降りて、受付嬢さんにタクシーを手配してもらった。

 黒塗りのタクシーに乗り僕はあるダンスレッスン場へと向かう。


 向かったんだけど、そこには誰もいなかった。

 今はお昼時だから、ダンサーのみんなは食事しに行っているのだろうと察した。

 僕はダンスフロアの片隅に在った丸椅子に座り、愛猫を外へ出す。

 愛猫の両手を持ち、フロアに流れているバラード調の曲に合わせて踊らせてみた。


 この曲は、何てタイトルなんだろう。

 帰ったらダウンロードして僕のお気に入りに組み入れたいぐらいだ。


 ここは三十平米ある僕の社長室と同等の広さで、街の近郊にあった。

 電気代を削減するためか、昼は室内灯を切っていて、窓から入る温かい自然光が心を癒すように木陰に合わせて揺れている。透明な質感をしている床はきっとリノリウム。

 僕は物憂げにダンスフロアの一角に座り、感じ入る情景に見惚れていた。


「貴方、ここに入る時ごめんくださいとか、お邪魔しますとか言わなかったでしょ。入る前は一言声掛けた方がいいよ。でないと単なる不法侵入や空き巣と変わらないから」

 そしたら唐突に声を掛けられた。

 僕に声を掛けたのは頸髄まで伸びた黒髪が美しい清潔な女性だった。


 僕は端的に、このバレエ団の責任者の所在を彼女に尋ねる。

「彼だったら今海外公演で外してる」

 ……何てことだ。


 僕が外出するのは一ヶ月に一度と定めている。

 だから今月はもう外に出たくないのに。

 酷い絶望感が押し寄せ、脱力した僕は愛猫を床に落としてしまった。

「……その猫、もしかして死んでない?」

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