ラストHEAVY

Ohm

HEAVY

午前6時ごろ、慣れないホテルのベットの為か、いつもより早く目が覚めてしまった。

大会の準決勝だから緊張のせいかもしれない。

近くのリモコンを手に取ってテレビをつけてから、目を覚ますために部屋にある洗面台で顔を洗う。

キャリーバッグから出しておいた服に着替えながらテレビから流れる声に耳を傾ける。


『昨日の午後七時ごろ、テロ組織AKが北朝鮮で行われていたHEAVYの大会会場を襲撃しました。

重傷者三名 軽傷者二十四名

死者は一般市民七名 軍関係者三十二名

テロ組織AKの六人は全員死亡しました。

テロ組織AKによる襲撃はこれで六件目になりますが・・・』


HEAVY

俺が愛してやまない競技名であり大会の名前で、人が乗れるロボット『ウォール』を使った対戦競技だ。

火星で採掘された金属Bieを使用して作られた作業用二足歩行重機「ワーカー」を戦わせた事が始まりで監視社会になって娯楽が減ったこともあり世界中で爆発的に広がり専用の競技用二足歩行重機「ウォール」が発売されるほど広まった。

ただ、量産化され実弾を使用する競技である弊害がテレビで流れているニュースだ。

神永拓巳と自分の名前の書かれたキーを取ってガレージへと向かう。

HEAVYの大会会場近くにある競技用二足歩行重機ウォールが保管されているガレージに整備の為に入ると同じくウォールを整備している仲間が二人見えた。

入ってきた俺には気が付いていない。

近くのウォールで作業をしている茶髪の小峯雄太に声をかける。


「朝早いんだな」


雄太は顔をこっちに向けて、目線を戻しながら返事をする。


「みんな緊張してるってわけだ」


少し遠くのウォールのコックピットで作業している黒髪ポニーテールの寺山連は細かい調整をしているのか聞こえていない様子だ。

自分がガレージに来た理由を思い出して、自分のウォールがある場所に向かう。

ウォールに頭はなく、コックピットやコンデンサが積まれた四角い胴とその左右から生えた二本の腕、膝にあたる部分が曲がった足などが特徴的で、俺達が使うのは一般的に知られた量産型の電動ウォールだ。

俺のウォールには両腕にアンカーとアサルトライフル、後ろにジェットと追加コンデンサを装備している。

昨日の時点で装甲や配線は取り換えを終えているがシステム面での調整はまだなのでコックピットに向かう。

コックピットの中は両サイドに機体を操縦する銃のグリップのようになっているレバーと小さいタッチパネル、大量のボタンがあり、足元には二つのペダルがある。

前と左右の百八十度をモニターの役割もする強化ガラスが覆っていて、内部のスペースは一人が入る程度だが無理をすれば二人まで入れる。

左右のタッチパネルを操作しながら指を伸ばした時に押せるボタン四つとトリガー、親指で押す上部のボタン二つで細かい調整をしていく。

調整をしていると下で整備をしている雄太の声が聞こえて来た。


「負けたら今日がラストなんだよな」


俺もそれは分かっているが言う必要は無い。

解決方法なんて一つだ。


「勝てば決勝だ。

あんまり気負うな」


「無口で分かり辛い連からも緊張が伝わってくるくらいだから仕方ないだろ」


連は無口であまり人と話さない上に、俺達とも積極的に喋ろうとしないが、HEAVYの話になるとよく喋るので俺達は気にしてない。

外見は肩まで伸びた髪を後ろでまとめていて、顔立ちが良いからかポニーテールが似合っているが、それだけに話せない所が残念だ。


「無口じゃないし、ちゃんと受け答えもできる。

緊張もしてない」


コックピットのガラス越しに連が立っているのが見えた。

俺も整備が終わり降りると雄太も座っていた。

雄太は笑いながら連に言い返す。


「ここに来る時言ってただろ?

緊張で起きたってさ」


連の眉間にしわが寄った。

明らかに嫌そうな顔だ。


「俺は緊張したなんて言ってない。

慣れないベットだから起きたと言っただけだ」


「あれ?

そうだっけ?」


俺たちの会話は他愛もない事で盛り上がっていく。

話題が付きかけた頃に雄太が呟いた。


「今日は準決勝なんだよな」


連が笑みを含んだ声で言い返す。


「準決勝は俺らの本命じゃない。

今日勝利を勝ち取る事が前提条件だ」


連はそう言うが、俺たち国立都築工業高等学校は毎年準決勝で敗退している。

俺たち三人はずっと悔しい思いをしているのだ。

雄太が弱音を吐くのも仕方ない。


「まあ、やるなら気軽に行こうぜ。

なんかお前らも整備終わったようだし会場にでも行くか」


ガレージの近くにある大会会場は、悔しい思いで頭に焼き付いているのか懐かしいような感じがする。

係員にカードを見せて入り、会場の中心に行く。


「やっぱり、いつみても広いな!」


雄太はまるで自分の家のように明るく叫ぶ。

まだ誰もいない会場は薄暗くて冬だからなのか朝早いからなのかは分からないが、寒い。

HEAVYが行われる場所には百三十万立方メートルのとても広いBieで作られた箱状のフィールドがある。

このフィールドで勝つために頑張って来た俺達にとっては神聖な場所でもある。

このフィールドで行われる三対三のチームデスマッチで、敵を一時間半以内に全滅させれば勝利で、過ぎても残っている場合は三十分の短時間延長戦で、それでもダメなら残った機体数で決める。

数さえも同じなら機体の傷の具合で判断する。

横を見ると雄太と連は待ちきれないような笑顔を浮かべながら立っている。


「やっぱりここに居たのか。

最終チェック始めるぞ!」


後ろの通路から仲間の声がする。

どうやら最後の整備をする時間のようだ。


「了解!」


雄太は短く答えて俺達に笑顔のまま行こうぜと言って走っていく。

俺は連と顔を見合わせて仲間の所に向って歩き出す。

最後調整が終わりウォールの搬入も終わり、時間が過ぎていく。

試合開始五分前


「そろそろポッドに入ろう」


連にそう言われて遠隔操縦の為のポッドの有る場所に向かう。

この競技は実弾を使用するのでウォールは大きく損傷する。

なので安全性確保の為に遠隔操縦が基本だ。


「今年は一味違うことを教えてやるぜ」


雄太は去年負けてから練習量を増やしたからか、かなりの自信があるようだ。

自信があるのは俺も同じだがな。


「今年で最後か」


そう呟きながらポッドに入る。

試合開始一分前

自機との接続を確認する。

大会の熱気でこっちまで興奮してくる。


「手の震えが止まらない」


雄太の言葉に返事をする者はいない。

ただ開始の合図を待つ。


『3、2、1』


開始の合図の代わりに大きな爆音が外から聞こえて来た。

開始を知らせる合図よりも大きな音だ。


「なんだ?」


通信機から聞こえて来た連の言葉が、俺の感情を代弁していた。

ポッドのロックを手動で強制解除して開けると、外はパニックになっていた。

見渡してみると会場の一部が崩壊してそこからウォールが見えた。

そのウォールのスピーカーから低い声が聞こえて来る。


「さっさと運び出すぞ!」


その言葉を待っていたのか、次々とウォールが会場に侵入してくる。

全く現実味が無い。


「フィールドの中に逃げよう」


連の言葉で我に返り、ポッドから出てすぐフィールドの内部に繋がる扉を探す。

二重の扉を開けて中に入って後ろを見るとまだ雄太が残っていた。


「急げ、雄太!」


雄太が入るとすぐに上の観客席から強引に下りて来た人達が流れ込んできた。

入る人が見えなくなったところでドアを閉め、鍵をかける。


「一応これで安全だろ」


フィールドは実弾を使用するHEAVYの為に作られているから並大抵の事では壊れない。

連を見てみると、かなり考え込んでいるようだった。


「どうした?」


「AKって描かれたエンブレムが見えた」


俺は耳を疑った。

テロ組織AKは違うエンブレムを着けているが、大きく描かれたAKの文字は共通している。


「冗談はやめろよ」


「あの機体の腕をよく見ろ」


連に言われて分厚い強化ガラス越しに見てみると、確かにAKと大きく描かれたエンブレムが見える。


「相手がAKなら、フィールドが壊れるのも時間の問題だ。

弾は沢山あるだろうからな」


フィールドの中に逃げ込んだ人達も、皆死を待つだけと言う事だ。


「ウォールで戦おう」


隣に座っていた雄太がそう呟く。


「無茶だ。

数が違いすぎる」


連の言う通り相手はテロ組織だ。外にもかなりの数がいるとみて間違いない。

だが死ぬのを待つよりはマシだ。


「俺も雄太に賛成だ」


「本気か拓巳?」


何もやらずに殺されるのは嫌なんて理由だけじゃない。

自分の実力がどれほど通用するのか知りたい

そんな馬鹿みたいな理由もある。

俺と雄太は自分の機体によじ登って、コックピットに乗り込む。

本当の殺し合いと理解していて怖いと思うがどこか興奮している自分がいる。

コックピットの中身は遠隔操作用のポッドと変わらない。

乗り込んで待機モードから通常移動モードに切り替える。


「二人じゃ無理だろ。

お前ら馬鹿だからな」


連の声が聞こえて喜びがこみ上げて来る。

下の人達に声をかけて、合図をしたら一瞬だけウォールの搬入口を開けるように言う。


「試合の準備は良いか?」


「いつでもいいぜ」


雄太の返事と連が鼻で笑う音が聞こえて来た。

合図を送ると搬入口が音を立てて開き始める。


「さぁ、特別試合だ!」


レバーを前に押し込んで一気に加速して搬入口を通過する。

壊れた会場には数体のウォールが立っている。

気を引くために撃ってから外へとおびき出す。


「そっちから殺されに来てくれたか」


ご丁寧にもオープンチャンネルで声をかけて来るとは思わなかった。

会場の方を見て敵機の動きを確認すると自分達が出た場所とは違う方から外へと出ていた。

後ろを追いかけては来ないか。


「散開して叩くぞ。

しくじるなよ!」


「分かった」


「了解!」


三方向に分かれると予想通り敵も分散して向かってきた。

俺のところに三機、雄太と連に二機ずつか。

こっちに向かってきた敵は前に一機、後ろに二機の陣形で向かってくる。

レバーをもっと押し込んで最大まで加速すると、後ろの二機から離れた一機が早くも視界に入る。

アサルトライフルを牽制で撃つが速度は落とさない。

敵機と自分の距離が近づいてくる。

衝突まで約二十メートルほどの所で跳びあがり、少し下になった敵機を撃ち続ける。

建物が両脇にあるせいで避けれない敵機の上に着地してすぐに上に向かって跳ぶと、その後ろから来ていた二機が見えた。

二機の敵に両腕のアンカーを向けて射出すると狙い通りに胴体に命中する。

アンカーは銃身の下についているという特性上巻き取ると、アンカーの当たった場所付近に銃口が向く。

トリガーを引いて撃つと、最初の数発は装甲に当たったがすぐに敵機のコックピットにも命中する。

後ろの二機はやったが踏み台にした奴はまだ動けるか。

慣性で地面を滑りながらアンカーを回収して振り返る。


「機体に無理させ過ぎじゃないか?」


戦いを見ていたのか雄太がそう言ってきた。

二人は大丈夫なのか?

目の前にいる敵機は横の道路に曲がった。


「拓巳はあと一機だけか」


「相手の練度がこれなら二機は余裕だ」


連と雄太の余裕そうな声が聞こえてきて安心する。

敵機を追って道路を曲がるが、敵機は何を思ったのかどんどん後退していく。

もう終わり?


「六機やられて驚いたか?」


「いや、今度は集団だ」


機体を動かして大量に向かってきた弾丸を避けながらこちらも弾丸を撃ち込む。

どうやら三機を相手にしている間に移動していた奴らがいたらしい。

よく考えれば少数で来るわけないと分かったはずだ。


「なに!?」


無線から雄太の焦った声が聞こえて来た。

どうしたのか聞くよりも早く雄太の機体が目の前の建物に叩きつけられた。

雄太の機体から一本のワイヤーが外れて巻き取られていく。


「嘘だろ?」


まさか、ウォールを投げたのか?

驚いていると横の建物を突き破って敵機が現れた。

建物を突き破ってこれるほどの装甲なのか!?

衝撃が走って背中の方向に重力がかかる。


「これで一人さようならだ!」


ガラス越しに見えたのは銃口だった。

重い銃声が聞こえ、死んだと思ったが痛みはない。

スピーカーから”あいつ”の声が聞こえた。


「早く立て!

戦うんだろ?」


その見覚えのある機体は今日戦うべき相手だった私立天童高等学校の機体で、その色と腕の下に収納された大型ナイフは間違いなく楠原大雅の機体の特徴と一致する。

使い捨て装備なのか背部に設置されていたキャノン砲が切り離されて地面に落ちた。


「この大雅様が出てきたからには負けることは許さないぞ」


天童高校のリーダー楠原大雅は俺のライバルといえる。

そのライバルが俺を助けるために戦っている。

これほどうれしい事は無い。


「当たり前だ。

俺とお前は最高のライバルだからな。

他の奴に負けるわけにはいかない」


立ち上がって何も言わずに、前方にいる三機の敵の右側に回り込むと、大雅は分かっているというように逆の左側に回り込む。

大雅と二人なら多数が相手でも負ける気がしない。


「たった三機増えた程度で!」


三機増えたってことは、まさか他の奴らも助けてくれているのか?

嬉しさと一緒に闘気まで湧いてくる。


「大雅、最大速度でやるぞ!」


最大速度でアンカーを活用しながら縦横無尽に敵の周りをかけめぐる。

移動しながら途中で上に跳ぶと敵のウォールがコックピットを右へ、左へ向けていて、俺達を見失っていることが分かる。

トリガーを引いてアサルトライフルを撃ちながらアンカーを地面に射出して巻き取り、敵の真ん中に着地する。

目の前にいる敵機の周りを高速で旋回しながら弾を撃ち込んで、すぐに離脱する。

建物に隠れるとすぐに敵機の爆発音が聞こえて来る。


「もらった!」


大雅が建物から飛び出した。

腕に付いた大型ナイフで敵機の足を切り落とし、振り返って弾を撃ち込む。

爆発を見るこなく大雅もすぐに建物に隠れる。

さっきまで集まっていた敵機が分散していく。


「逃げたぞ、追え!」


最大速度で機体を走らせて追う。

速度を上げた機体を使ってきた俺にとっては敵機の動きは遅く見える。

同じ高速機の大雅と敵機を挟んで一機ずつ確実に破壊する。


「ヤバい!

右腕のミサイルが・・・」


「どうした連?」


連の焦った声と爆発音がスピーカーから聞こえて、途中で途切れる。

まさかやられたのか!?

今更の恐怖が込みあがってくる。


「連を助けに行ってくる!」


「僕が行こう」


帰って来た声は大雅と同じ天童高校の垣田斗真の声だった。

やっぱり大雅と同じチームのメンバーが助けてくれいているのか。


「大雅と君は敵を追ってくれ。

雄太は僕の周りの敵機の掃討を頼む」


無線の音をかき消すように外から装甲を叩く音が聞こえてくる。

横に動いて銃弾を回避して左腕のアサルトライフルを撃つが、発砲音が消えて弾切れと表示される。

近距離で仕掛けているせいで敵機は目の前にある。


「弾が無くても!」


左腕を敵機のコックピットに突き刺す。

休む暇も無く背面からの攻撃を示す警報が鳴り響く。

左腕を引き抜いて振り返ると、一発の弾丸が目の前の敵機のコックピットを貫いた。

周りを見ると遠くで背中から銃身が突き出た機体が手を振っていた。

天童高校の女性パイロット大神和か。


「拓巳、手伝ってくれ!」


スピーカーから大雅の声が聞こえて来る。

最大速度で進むと大雅の機体が見えてきたが、多勢に無勢で確実に押されていた。

敵は見えるだけでも十三機もいる。


「雄太、援護できないか?」


「こっちも攻撃が激しい!」


どうやら向こうも大変らしい。

だが一人で突っ込むのも・・・。


「私が援護してあげる」


スピーカーから和の声が聞こえて来た。

そういえば和のウォールは狙撃用だったな。


「頼む!」


遠距離からの援護射撃を受けながら大雅と合流して敵を倒すが、数には敵わず内部損傷を示す警報が鳴り続ける。

ウォールは機動力を取るために装甲を薄くしてあるから多対一は辛い。


「流石に、無茶し過ぎたな」


「どうした大雅!?」


「発電機がやられた。

コンデンサでも三十分しか持たない」


発電機がやられた?

発電ができないなら予備のコンデンサを利用してエンジンを動かすしかないが、三十分しか持たない。

こんな囲まれた状況で三十分しか持たない大雅を脱出させるなんて不可能だ。


「大丈夫です」


スピーカーから斗真の声が聞こえて、続けて爆発音が響き渡たり目の前の敵機を雄太の機体がショットガンで撃ち抜く。

向こうは終わったか。


「連は安全な場所まで退かせた」


「残りもたった数機だけです。

僕達の勝ちと言っても良い」


横を見ると斗真と雄太がいつのまにか歩いてきていた。

今のところは誰も欠けていない。

仲間が集まっただけで安心感が湧いてくる。


「拓巳の機体の左腕が壊れてるから、俺のウォールの左腕と交換しよう」


大雅の提案で俺のウォールの左腕と大雅のウォールの左腕を交換することになった。

機体を待機モードに変えて左腕のロックを解除する。

敵は何故か攻撃してくる様子は無い。

交換が終わりコックピットに戻って動かしてみると、少し重たい。

やはり調整無しだと左右のレバーで重さが変わってしまう。


「行けるか?」


「大丈夫だ。

大雅は退避だな」


大雅が退避しようとしていると全方位から弾丸が撃ち込まれ始めた。

急いで周りの建物に隠れて応戦する。

敵機は周りの建物も破壊するとでも言うように大量の弾丸を撃ち込んでくる。

ガトリングを装備した大型のウォールまで混ざっている。


「あいつら、怒ってるぜ」


雄太は遠距離の敵を弾が散弾のショットガンで狙うという器用な事をやりながら軽口を叩いている。

斗真は少しだけとか言ってなかったか。


「数機だけじゃないのか?」


撃ち込まれる弾の量と見えるウォールの数は少なくない。

攻撃が無かったのは分散してたやつらを集めてたからか?


「僕の見間違いだったみたいだ」


こんな状況で見間違いかよ!

大雅が退避できずに籠城していると、警報が鳴り始めた。

内部損傷の警報ではなく内部温度の高熱化を知らせる警報だ。


「高熱化?なんで?」


タッチパネルを操作して損傷具合を立体表示に照らし合わせると、いくつかの排熱ファンが赤く点滅して損傷を示していた。

排熱ファンが停止している!?

大量の敵機を相手に大雅と戦っていた時にやられたのか。


「ファンがやられた。

温度が下がらない!」


「この状況で!?

冗談だろ!?」


エンジンの温度が上がり過ぎるとコンデンサの爆発や弾薬などへの引火を避けるために強制シャットダウンが行われる。

この状況でシャットダウンされれば一瞬で蜂の巣になる。

音声解除出来るが引火して爆死なんて惨めな最後は嫌だ。


「勝てると思ったが、ジリ貧だな」


雄太の言う通りだ。

動けない状態で撃たれるのは軽量化の為に装甲を薄くしているウォールにとって最悪の状況だ。

どうにかしないと全滅する。

このチームの殲滅力に賭けてみるか?


「俺がHMモードで囮になるから、その間に大雅は退避してくれ。

他は殲滅を頼む」


「止めはしないが、死ぬなよ」


「お前も死ぬなよ、大雅」


HMモードは姿勢制御のガスを増やしてモーターを最大まで酷使する。

エンジンの回転数も倍に増やす為、発熱が激しい。

そのせいで背部の装甲を可動させてエンジンを露出させ外気にさらして冷却する必要がある。

今以上の高機動を獲得するがエンジンが壊れると死亡確定。

しかもエンジン露出でも排熱は追いつかない上に少しだけ時間が延びる程度だ。

シャットダウンされる前に終わらせられるのか?


「準備に入るから少し待ってくれ」


「了解」


タッチパネルで一度、疑似稼働モードに切り替える。

エンジンを露出させて、回転数を落とす為、急速冷却としても使用できる。

問題は待機モードを経由するせいで開始まで少し間がある事だ。

いつもはすぐの時間が長く感じる。


「早く」


装甲が可動する音が聞こえ、ゆっくりと内部温度のゲージが下がっていく。

画面に表示された情報が減ってエンジンの状態が表示される。

見た限りでは排熱以外に大した損傷はない。


「まだなのか」


スピーカーからは雄太と斗真と和の会話が聞こえ、外からは銃声と銃弾がコンクリートを削る音が聞こえて来る。

ゆっくりとゲージが減っていき、ようやく零になった。


「HMモードで起動する!

準備しろ!」


すぐにHMモードで起動する。

装甲が可動する音が聞こえてUIの表示数が減って最低限必要な物だけになる。

処理能力も高速化する機体に対応するために割かれたのだ。


「準備は良いか?」


「大丈夫だ」


斗真の返事を聞いてすぐに隠れている建物から飛び出して移動する。

移動の為のジェットの出力が上がっているせいで、後ろに引っ張られる力が強い。


「これは最高だ!」


今までやった事がないほどの高速移動で敵の間をすり抜けながら、銃弾をばら撒く。

継続戦闘能力を犠牲にして得た機動性と運動性は半端ではない。


「あいつ、HMを使ってるのか!?」


敵機の通信がオープンチャンネルになってるが、馬鹿なのか?

今までにない速度は最高に楽しい。


「もっと速くなるのか?」


もっと速くという好奇心が膨らむ。

被弾数の少ない背部と腰部の装甲を切り離すと、現在の速度を示すメーターが跳ね上がる。

やはり少しであっても装甲は重いか。

設定を変えずに動いたせいでロックオンが思った通りに動かない。

戦闘しながら隙を見てロックオンに使用している数値を手動で合わせていく。


「拓巳、今からそっちに向かう」


大雅は退避できたのか?

温度を確認すると結構高くなっていた。

コックピットの中が心なしか暑い気がする。


「親玉発見だ。

マーカー撃ったから見えるんじゃないか?」


建物の裏に隠れてタッチパネルを操作すると緑色の点と地図が表示される。

こっちに向かって来ているようだった。

親玉ってことは指示を出しているのか。


「排熱は大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃない」


俺のいる場所に到着した斗真に言われて内部温度のゲージを確認しなおすとかなり高くなっていた。

あと数分は戦えるはずだ。

残りの敵機を探して撃ち落としていく。

慣れないGに体が悲鳴を挙げている。


「拓巳、親玉がそっちに行った。

 しかも大型の爆弾持ってやがる!」


「拓巳、一旦逃げよう!

雄太から送られてきたデータを見る限り、僕が正しいならウォールなんて簡単にバラバラになる代物だ!」


「かなり怒ってるようだが、あれはやりすぎだ」


斗真が退くことを提案するが、親玉の速度はかなりのもので退いてる時間は無い。

親玉のところまでならHMで間に合う。

止められるか?


「逃げる時間なんてない。

俺が迎え撃つ」


敵の親玉が走っているすぐ横の道路に移って最大速度で向かう。

アサルトライフルを撃って爆弾を爆破させるわけにはいかない。


「使わせてもらうぞ、大雅!」


左腕の使わないと思っていた大型ナイフを展開して突き出す。

すぐに爆弾を手に持った一機のウォールが見えて来る。


「勇気あるようだな、ガキ!

特攻する奴は大好きだぜ!」


「そうかよ!」


ボスがオープンチャンネルで声をかけて来るが面倒なのでテキトウに返す。

敵機が撃った弾が右腕の脆くなった弾薬箱に当たり引火して爆発を起こした。

警告が鳴るが本命ではないと焦る自分を抑えて突っ込む。


「左腕さえ残っていれば!」


たとえ右腕のアサルトライフルが使えなくなっても、使う左腕が残っていればいい。

そう思っていると胴体にアンカーが撃ち込まれた。

雄太を投げたやつか!?


「まさか」


「そのまさかだ!」


機体が一気に上に引っ張られる。

アンカーが撃ち込まれた事は反応出来なかったが、敵機が照準に重なると同時に右腕のアンカーを反射的に射出する。

アンカーは何の問題も無く射出されて敵機に食い込む。

最高速度でアンカーを巻き取ると、敵機の背中に向かって近づいていく。

熱量が限界に近い事を知らせる警報が鳴り響く。


「熱量によるシャットダウンを解除!」


音声入力でシャットダウンを解除する。

解除による危険を知らせる音声が流れるが無視する。

ここで止めたら後悔するのは分かり切っている。

たとえ死んだとしても!


「残念だったな、ガキ!」


敵は表示を見てないのか何も気づいてない。

テロリストめ、気づいたら少しは驚くだろ。


「俺ならすぐ後ろだぜ!」


敵機の胴体を大型ナイフが貫くと同時に強い衝撃が伝わり、沢山の警報が鳴り響いて警告が画面に表示される。

それでもレバーを押し込み続ける。

これだけは離せない。


「悪の親玉は消えるのが鉄則だぜ」


「ただのガキに・・・」


大きい音が一瞬だけ聞こえたかと思うと、意識が飛んでいった。

気が付いて目を開けると、警報は聞こえずタッチパネルは黒くなっていて自分を映しているだけだった。

痛む体に鞭打ってハッチを開けようとするが、歪んでいるのか開かない。

そこで割れたガラスの隙間から出ようとすると、手を滑らせて道路に落ちて右肩に激痛が走った。

右肩を押さえてようやく体中から血が出ていることに気が付いた。


「痛いな。

結局、勝ったのか?」


顔を上げると大型の爆弾が目の前に落ちていた。

原形があるってことは爆発はしていない。

近くにいた俺が生きてるんだから当たり前か。


「あいつは?」


敵機のコックピットを見ると、大型ナイフが貫いておりガラスは血で赤くなっていた。

そのおかげで中が見えないのはありがたい。

いきなりウォールが横に降り立ったので驚いたが、そこから聞こえて来たのは雄太の声だった。


「大丈夫か、拓巳?」


雄太の機体は動くのが不思議なほどボロボロになっていた。

右手を上げようとして痛みが走った。


「大丈夫だ」


血まみれの左手を上げてそう言った。

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