第51話 宰相

 王城に到着した悠真は、薄暗く、ジメジメした地下牢に閉じ込められていた。


 「兄貴、こんな所から脱出して帰りましょうよ。俺なら一発で外まで穴開けますぜ」

 「待て待て。街にいるよりここにいた方が情報が入ってくるかもしれん。それに宰相と会うチャンスも作れるかもしれないし、とりあえずは静観するぞ。しばらく待って、何も状況が変わらないなら脱出するか」

 「かしこまりました」

 「了解ニャ。でもここ嫌いニャ」

 「兄貴に従うっす」


 この地下牢に捕えられているのは悠真達だけであり、見張りも地下牢の出口の詰所にしかいない。空室も多く、明かりはろうそくのみで、罪人がいないため異様な雰囲気だ。

 しばらくのんびりと地下牢で過ごしていると、昼前くらいだろうか、1人の兵士が地下牢へとやってきた。


 「おい、出ろ。宰相様がお会いになるそうだ」


 なぜいきなり宰相が? と思いつつも、タルクエクの領主が怪しんでいた宰相と、直接話せる機会を得られるのは僥倖とばかりに、素直に兵士の指示に従うことにした。

 宰相が待つ部屋へと連行される間、城内を観察しているが、調度品、すれ違う侍女、兵士など特に不審な点は見当たらない。


 「おい、キョロキョロするな」

 「すみません。貴方の様な王城で勤務するエリートの兵士さんなら珍しくないんでしょうけど、冒険者の私が王城に入れるなんて一生に一度くらいなんで、そこは勘弁してください」

 「あれ? 兄貴この前――痛てぇ」


 余計なことを言うなとばかりに、セラがカクタスの脇腹をつねったようだ。


 「ん? 俺がエリートだってか?」

 「街中ですれ違っていた兵士とは、まとってるオーラが全然違いますよ。一瞬でこの人は凄いなって思いましたよ」

 「そうかそうか。お前は人を見る目があるな」

 「人を見る目だけは自信がありますから」


 宰相の下へ向かう道中、少しでも話を引き出したい悠真は、ちょっと上機嫌になった兵士に宰相について尋ねてみることにした。


 「ところで宰相様は私みたいな冒険者になんの話があるんでしょう?」

 「俺も直接話してないからわからんが、お前を連れてこいって命令だ。お前何かしたのか?」

 「何かした記憶はないんですが……宰相様って怒ると怖いですか?」

 「怒ったところを見たことがないな。でも宰相様を見ていると、なぜか幸せな気持ちになるな。全てを投げ打ってでもこの人を守りたい、仕えたいって思えてくるから不思議だよ」

 「美人とは聞いていたんですが、そこまで美人なんですか」

 「俺の嫁さんも美人だぞ。ただ、嫁さんとは何か違う感じがする美人だな。心が暖かくなってきて、宰相様が全て! みたいな気分になってくるな」

 「そうなんですか。そこまで美人なら早く会ってみたいですね」

 「ああ、凄く美人だぞ。ただ、侍女達が言うにはそこまでじゃなく、普通にどこにでもいる女性という印象らしいが、男と女では美人の基準が違うからな」


 そんな話をしながら兵士についていくと、宰相の執務室の前に到着したため、兵士がドアをノックした。


 「入りなさい」

 「はっ」


 ドアを開いた兵士は一歩部屋へ入り、要件を伝える。


 「宰相様、連行した冒険者を連れてまいりました」

 「ご苦労様。もう行っていいわよ」

 「はっ。失礼します」


 腰まである長く綺麗な髪をした宰相に向かって一礼した兵士は、ドアを閉めて持ち場へと戻っていった。

 妖艶な衣装に身を包み、艶やかに微笑む宰相に目線を向けた悠真は、一瞬だがグッと心を鷲掴みにされ、魅せられるような感覚を覚えたが、他には特に異常を感じることはなかった。


 「そこに座って」


 そう促されたのは応接室にあるようなテーブルセットのソファーだ。執務机に手を掛けていた宰相は、反対側に座った。

 宰相の第一印象は、妖艶な雰囲気の美しい女性だが、さきほどの兵士が言っていたように陶酔するほどではなく、どこにでもいる美しい女性って感じだなというものだった。

 ソファーに向かいながら、宰相の執務室を観察するが、執務室にしてはおかしいと悠真は思う。

 机の上には一切書類がなく、棚には過去の資料や、執務の参考となる書籍なども見当たらない。花などは綺麗に飾られているが、この部屋で仕事をしているようには思えない。


 「観察しているようだけど、珍しいのかしら?」

 「どんなことをしてるのか、興味があるだけさ」

 「何もないでしょ。私何もしていないもの」

 「兄貴……」

 「わかってる」

 「さて、貴方達を呼んだ理由はわかるかしら?」

 「宰相様のことを聞き回ってたから……は違うな?」

 「違うわね」

 「そして俺を呼び出したが、本当に要件があるのは……カクタスだな?」

 「そうね。貴方はおまけかしら」

 「ご主人様をおまけとか、無礼にも程がある!」

 「失礼ニャ!」


 セラとリリーが悠真をおまけと呼んだことに憤慨するが、悠真がなだめると、悠真を誘惑するかのような仕草を見せながら、宰相が話を続けた。


 「そこまで解ってるなら、私のことも解ってるのかしら?」

 「そうだな。カクタスが言ってたからプレウム付近にいるとは思ってたが、まさか王城の中にいるとは思わなかったな。そして言うなら、まさか宰相とは思わなかったさ」

 「へぇ。パワータイプは感知系の能力は弱いと思っていたけど、それくらいはわかるのね」

 「俺をなめるんじゃねぇぞ! 兄貴、こいつムカつくっす」

 「アークデーモン……そんなやつが宰相なんかして何がしたいんだ?」

 「暇潰しよ。退屈してたから何か面白いことをしようと思って、手当たり次第に魅了をかけていったわ」

 「ほぅ。俺が入ってきたときに感じたのは、魅了スキルだったわけか」

 「そうね。女性には効かなかったけど、男性には効いていたのに、なぜか貴方は魅了されなかったわ」


 悠真が執務室に入ったと同時に、宰相は魅了スキルを悠真に対して使っていた。服装や雰囲気でその効果を上げていたにも関わらず、悠真には効かなかったのは、プレウムに向かってくる道中で、精神耐性をSに上げていたお蔭だろう。

 セラとリリーは女性だから効かず、カクタスは同格の悪魔だから無効化されたのではないかと悠真は推測した。


 「国王とか前宰相、貴族なんかは面白いようにかかってくれたのにね。お蔭でなかなか楽しい暇つぶしができたわ」

 「迷惑なやつだな。カクタスの方が数倍マシだぞ」

 「兄貴に褒められたぜ」


 笑顔になるカクタスだが褒められたわけではなく、むしろ憐れんだ表情でセラとリリーから見られている。


 「国王なんて、私に王位を譲るから一緒に居たいって、泣きながら懇願するんだ。前宰相も、私の前から消えてって命令したら、喜んで田舎に消えてったわ」


 タルクエクの領主が言っていた誤報や散在の原因はこの宰相だろう。魅了スキルを解除しなければ、テルクシノエの未来が無い。


 「その魅了スキルを解除するつもりは?」

 「はぁ? 今から戦争させるんだよ。それをそこのアークデーモンと楽しもうと思って呼んだのに、なんで解除する必要があるのか、理解できないわね」

 「まさか戦争は、お前が楽しみたいからやるのか?」

 「それ以外にどんな理由があると思ってるのかしら。貴方も魅了スキルにかかれば、駒として使ってあげたのにね」


 話し合いで解決が不可能と判断した悠真はソファーから立ち上がり、宰相に告げる。


 「話し合いで解決できないようなら、お前を討伐するしかないな」

 「あら、貴方にできるかしら」


 宰相がそう答えると、ドアが勢いよく開き、魅了スキルにかかっている数多の兵士がなだれ込んできた。


 「賊から宰相様をお守りしろ! お前らの命より、宰相様の命が大事と心得よ! かかれぇ!」


 悠真達に兵士が襲い掛かってきた。

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