第37話 仕返し

 「有難う! おかげで解決したかもしれない! 皿だよ! 皿みたいに薄くすれば水分も飛ぶし、カリカリ、パリパリになる。ポテトチップスだ!」


 そう言った悠真は早速調理に取り掛かる。


 「エレンとアイリスはスライサーで薄く切ってくれ。厚みは……これくらいだ。切ったらまた流水に直ぐにさらしてくれ」

 「かしこまりました」

 「ミモザは水を拭き取ってくれ。衣は今回は要らないが、しっかりと水を拭き取ってくれ。出来上がりがここで左右される」

 「了解っす」

 「フローラとルビアは低温でじっくりと揚げてくれ。ただし薄いから崩れやすい。あまり触らないように」

 「かしこまりました」


 ポテトチップスの量産に取り掛かる悠真は、自信を持って呟いた。


 「カリカリやパリパリがいいなら、これで文句は言わせない!」




 懇親会会場では、ブレットがルシアンに汚い笑顔で話かけている。


 「あの料理人、戻ってきませんな。逃げ出したんじゃないのか?」

 「はっはっは。娘が推薦する料理人がそんなことするはずがない」

 「それならいいんだがね。まぁ、できませんでしたって謝罪しにくるのを楽しみにしてるよ。ユタ家推薦の料理人がバーモント家に降参したと、笑い者になるだろうがな。はっはっは」

 (かなり時間が経っているが、ユーマ殿は大丈夫だろうか……。)


 表情には出さないが、そんな心配をしているルシアンの前に、悠真がポテトチップスを持って懇親会の会場に入場してきた。


 「大変お待たせしました。カリカリでパリパリのフライドポテトをご用意しました。形は違いますが、同じ材料、同じ調理法で作っております」

 「それではまずは私が頂こうかな」


 ルシアンが一口食べてみると、口の中でパリッと良い音を出すだけでなく、適度に振られた塩が芋の味を引き立たせている。


 「これも上手いな。カリカリでパリパリという条件をクリアするだけでなく、芋の美味さまで引き立たせているじゃないか」

 「有難う御座います」

 「皆も食べてみると良い。条件をクリアするための粗悪品ではなく、好みもあるが美味いぞ」


 ルシアンの言葉を聞いたユタ派の貴族達はポテトチップスに群がり、その食感と味を楽しんでいた。


 「これは素晴らしい」

 「さすがユタ家の推薦する料理人だ。これは新しい」

 「私もこちらがいいですね。いくらでも食べられそうだ」


 新しい食感も相まってか、相次いで美味しいと高評価を得ているポテトチップス。ブレットがそれに手を出した。


 「美味いな……」

 「ほぅ。ブレット殿もお気に召したようだ。さすが娘が推薦する料理人だ」

 「――ッ!」


 思わず美味いと呟いてしまったブレットは、自分の口の軽さを悔やんだが、一度吐いた言葉は呑み込めない。苦虫を噛み潰したような表情になっている。


 「王族の方々も既に退席されていることだし、そろそろお開きとするか。ユーマ、後日屋敷まで来るように」

 「かしこまりました」




 「ユーマは凄いな。その知識にあやかりたいよ」

 「私なんかより、実力で班長の座についている方が凄いですよ」


 片づけのために調理場に戻った悠真は、デザート班の班長と談笑していると、主任が笑顔で班長に近づいてきた。


 「おう、お前ら。今日はご苦労さん。懇親会はデザート班が凄い評判良かったらしいな。俺も担当主任として鼻が高いよ」

 「主任、こんなところでどうかされましたか?」

 「ああ、なんか料理長に呼ばれてるみたいでな。デザート班の評判が良かったから、昇進の話かもな。はっはっは」


 間違いなく独断でコンロの申請を取り下げた件だろう。


 (そう言えば解雇とか言ってたし、主任を見るのも今日までか……)

 「お前らも俺みたいに頑張って働いてると、いつかは主任になれるかもな。おっと、そいつがユーマだったか? 今日はご苦労さん。コンロ無くてもなんとかなっただろ。デザートでコンロ使うとかありえねぇよ」


 主任にも関わらず現場を一切見ていなかったのだろう。ユーマがコンロを使い、さらにポテトチップスを作ったことも知らないらしい。


 「お前が良ければ俺の下で働かせてやってもいいぞ。どうする?」

 「いえ、店もあるので遠慮させて頂きます」

 「そうかそうか。未来の料理長の下で働くのもいい経験だと思うがな。はっはっは」


 ここで、主任の性格を読んだ悠真のいたずら心が、悪巧みと共に顔を出した。


 「そう言えばポテトチップスを食べられましたか? 実はあれ、俺が開発したんですよ。貴族の方々にも高評価でした。ルシエル様に至っては絶賛されてました」

 「なに、あれはお前が開発したのか。ふむ……。あれは俺が教えたってことにしとけ。わかったな。料理長にもこの後そう伝えるから、口裏合わせとけよ」


 ――引っかかった。

 こうも上手く引っかかってくれると、悠真は顔がニヤニヤしそうになるが、必死でこらえていた。ここでばれたら面白くない。


 「わかりました。では料理長にそうお伝え下さい」

 「お前分かってるな。こういうやつが上手く出世するんだぞ。班長、お前もちょっとはこいつを見習えよ」

 「は、はぁ……」

 「なんだその気の抜けた返事は。まぁいいわ。そろそろ料理長のところに行ってくるわ」


 料理長の下へと進む主任の後姿が心なしか軽く見え、今にもスキップしそうな雰囲気を持っていた。


 「おいおい、ポテトチップスを開発したのはユーマだろ。しかも料理長もそれを知ってるのに、何を言ってるんだ?」

 「だからですよ。勝手にコンロの申請を取り下げた主任に、俺からのお土産を渡しただけですよ」

 「何を言ってるんだ……?」




 コンコン。


 「料理長、お呼びでしょうか」

 「来たか。なぜ呼ばれたかわかるか?」

 「そうですね。私なりに分析するとですね、今日の懇親会で私が担当していたデザート班の評判が良かったので、それに関わることでしょうか」

 「そうだな。デザート班に関わることは間違いない」

 「やはり! そうであるのなら、料理長が私に労いのお言葉をかけて頂けるのか、それとも昇進の話でしょうか」


 デザート班に関わることで間違いないと言われた主任は、ウキウキしながらそう答えるが、料理長から返ってきた言葉は、期待している言葉とは全く逆の意味を持つ言葉だった。


 「バカモン! 勝手にコンロの申請を取り下げたじゃろ。なぜ誰にも相談せずに取り下げたのか説明せい」

 「あ……えっと……それは……デ、デザートにコンロは必要ないと思いまして。それと他の主任がコンロが欲しいと言っておりましたので、取り下げたんですが……」

 「今まではデザートでコンロは使わなかったことは認める。しかし、だからといって誰にも相談せずに、独断で申請を取り下げた理由にはならん。なぜ相談せず独断で取り下げたのじゃ」

 「……えっとですね……どうせ取り下げるなら早い方が、他の主任も喜ぶかと思いまして……」

 「その結果が今日の予定変更じゃ。わかるか。お前の独断で申請を取り下げたから、デザート班に迷惑がかかっただけでなく、他の班にコンロを急遽空けてもらい、その班のスケジューリングも急遽組み立て直しじゃ」


 主任の広い額には大粒の汗が浮かび、そわそわと落着きが無くなり、料理長の話も終わりが見えず、このままではまずい……そんな雰囲気を感じ取っていた。

 そんな中、起死回生の話題を思い出した。それが止めとなると知らずに……。


 「り、料理長。お話しの途中ですみません。独断で申請を取り下げたことについては全て私の責任です。申し訳御座いません」

 「ほう、認めるか」

 「はい。申し訳御座いませんでした」

 「そうか、それならまだ一考する余地があるか――」

 「それでですね、実は今日のポテトチップスなんですが、あれをユーマに教えたのは実は俺なんですよ。先日俺の下に来て、何か凄いアイデアをくれと言うので、後輩思いの私としてはですね、ポテトチップスはどうだと教えた次第です」


 ドヤ顔で言い切った主任の目の前には、手を握り締め、プルプルと震えながら顔を真っ赤にした料理長がいた。


 「ほう、あれはお前が開発したというのか」

 「はい! 後輩思いの私が、無償で教えました」

 「そうか……。お前は全く現場を見ていないんだな」

 「えっと、どういう事でしょうか?」

 「今日、懇親会中にポテトチップスはユーマが開発したんだ。その場に私もいたんだよ。ユーマが誰にも頼らず、1人で悩み、苦労して作り上げたポテトチップスを、お前が開発し、お前が教えたと言うんだな」

 「え……そんな事聞いてないぞ……」

 「もうよい。クビだ。出て行け」

 「ちょっと待って下さ――」

 「さっさと出て行け! 二度と顔を見せるな!」


 椅子から立ち上がり、主任に向かって吐き出したその言葉は、調理場全体にまで響いていた。


 「くっくっく。爆弾が爆発したな」


 悠真は上手く仕返しができたと、笑顔で王城を後にした。

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