第26話 ダンジョンへのお誘い
悠真は今、ギルマスと面会し、新たに発生したダンジョンの情報を聞いている。
「リシテアには行ったことがあるか?」
「いえ、ないですが、新しいダンジョンはそのリシテアの近くなんですか?」
「正確にはリシテアに行く道中にあるエララという村だ。ここから乗り合い馬車で約2日の距離にある村なんだが、その近郊でダンジョンが発見された。つい先日の話だ。発生して間もないのでどんなダンジョンなのか情報はないが、1階層ではゴブリンが単独で行動していたらしい」
ゴブリンが単独で行動するダンジョンであれば、低ランクの冒険者向きのダンジョンではないかと考えた悠真は、セラとリリーが鍛えている孤児達にはちょうど良い修練場になるのではないかと考えた。
「ゴブリンが単独で行動するのであれば、Eランク冒険者のパーティーでも1階層なら問題無く行けますか?」
「そうだな。群れで行動しない限りはEランクでも問題ないと思うぞ。2階層でも魔物が群れで行動しているという報告はまだないらしい。Eランクの冒険者でも育成してるのか?」
「そうですね。先日孤児院で出会った孤児達がEランク冒険者だったので、ある程度育ってくれれば、孤児院の運営も少しは楽になるかと思って今セラとリリーが鍛えてますね」
「新人を鍛えてくれるのはありがたいが、無理はさせるなよ」
「気を付けますね。それでは後日、エララに行ってみようと思います」
街の外へ出るだけでもあれだけはしゃいでいたアドニス達が、ダンジョンに行くことになると知るとどれだけ喜ぶのか、それを想像すると嬉しくなる悠真だったが、まずはシスターに相談するべきだったと反省しながら孤児院へ向かった。
「……というわけで、一度アドニス達をダンジョンに連れて行きたいと考えていますが、アドニス達に伝える前にシスターに考えを聞いてみたいんですが、どうでしょう?」
「正直なところ、街の外へ行って魔物を討伐するのも今日が初めてだったので、それがいきなりダンジョンと言われると、あの子達が無事に帰ってこれるのか怖いですね」
シスターの言うことは正しい。いくら悠真達が同行するとはいえ、魔物の討伐になれていない低ランク冒険者がいきなりダンジョンへ行っても、無事に帰ってこれるとは言い難い。
「そうですね。ではもう少し様子を見てから声をかけてみます。自分達はしばらくそのダンジョンに潜る予定ですから、子供達を鍛えるのはチターニアに戻ってきてからになると思います」
スパルタかもしれないが、悠真達が同行できるときにダンジョンを経験した方が、今後の特訓や、魔物の討伐にも活きてくると考えていたのだが、シスターに否定されてまで連れていくわけにはいかない。
「すみません。出来ればこの話は子供達には秘密にしておいて下さい。ところで、そろそろ夕食の時間ですが、ご一緒にどうですか?」
「ルビア達が用意してくれていると思うので、セラ達が戻ってきたら俺達は帰ります」
「そうですか。ご一緒できれば子供達も喜ぶと思ったのですが」
「すみませ――」
「帰ってきましたー!」
タイミング良くアドニス達が帰ってきたようだ。応接室にセラとリリーを含む6人が入ってきた。
「ご主人様ただいま戻りました」
「戻りましたニャ」
「ご苦労様。どうだった?」
「このまま特訓すれば、早々には街の外で狩りが出来るかと存じます。ただしパーティーを組んでという条件付きではありますが」
「了解。ありがとう。近日中に俺達はエララへ行こうと思うので、そう思っておいて」
「承知しました」
「わかったニャ」
そんな話を悠真がセラとリリーにしていると、少し離れた所でシスターに報告していたアドニス達に、マリーが喋りかけた。
「お兄ちゃん達、ダンジョンに行くの?」
先ほどの悠真とシスターの話を横で聞いていたマリーが、アドニス達が居なくなると思ったのか、淋しそうにアドニスの手を掴んだ。
「マリー、お兄ちゃん達は行きませんよ。ちょっとあっちで夕食の準備を手伝ってきてくれる?」
「はーい」
トコトコとキッチンに走っていくマリーの後ろではアドニス達が興奮している。
「シスター、ダンジョンって何ですか!」
「ダンジョン行けるの? チョー嬉しいんですけど」
「僕はダンジョン怖いな」
「俺は行くぜ!」
「本当は秘密にしておこうと思ったんですけど、先ほど悠真さんに、あなた達をダンジョンに連れてっていいか聞かれました。でも、お断りしました。まだあなた達には早過ぎます」
「大丈夫です! 怪我してもリッシの治癒魔法がありますし、今日も魔物の攻撃全部避けたんです!」
「私も大丈夫なんだけど。お願い、ダンジョンに行かせて」
「俺も大丈夫だぜ! それに悠真さん達が一緒に行ってくれるんですよね。それなら絶対に大丈夫だぜ!」
「僕はダンジョン怖いな。でも行ってみたい」
シスターはこうなることを予想していたのか、ダンジョンの件を秘密にしたかったようだが、マリーのあどけない一言でアドニス達に知られてしまった。
「……わかりました。その代わり、危ないと思ったら絶対に引き返して下さい。それと悠真さん達が言うことを絶対に守って下さい。これが約束できないなら、ダンジョンへ行くことを許しません」
「よっしゃー!」
「ヤバイ! テンション鬼アゲ!」
「シスター有難う!」
「僕も頑張るよ!」
「悠真さん、すみませんがこの子達のこと、よろしくお願いします」
「最善を尽くします。アドニス達に言っておくが、これは遠足じゃないからな。俺達も最大限のフォローはするが、原則自分の身は自分で守ってくれ。それができないと判断したら直ぐに中止するからな」
「はい!」
4人が元気良く返事をしたことを確認し、明日以降もセラとリリーの特訓を受けてもらい、近日中にエララに向かうこと、1階層ではゴブリンが単独で行動していて、2階層でも魔物が群れで行動していることが確認できていないなど、ギルマスからの情報をアドニス達にも伝えた。
また、マリーが淋しそうだったので、出発までにそっちのフォローもアドニス達に依頼した。
それから数日、セラとリリーはアドニス達の特訓に出かけ、悠真はパティで新商品の開発に挑戦しているが、でき上がるのはプリンにかけるソースくらいだ。
現在は普通のカラメルソースに加え、少し苦味のあるビターソース、通常よりも少し甘目のスイートソース、イチゴソース、チョコソースがある。
「ご主人様、以前にご使用になられたパンですが、どうしましょうか」
「ん? ああ、すっかり忘れてた。持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
ダンジョンの準備のためアドニス達の特訓に付き合ったり、ダンジョンに行っている間に発売する新商品などの開発で、以前にパンで新商品を作ろうと試行錯誤していたことを忘れていた。
ルビアが取り出してきたパンは、すっかり乾燥して固くなっていた。
「やっちまったなぁ。これはもう使えない」
「賄いで使えないでしょうか」
「そうだね、賄いで使えないか、何か考えてみるよ」
そうは言ったが、乾燥して固くなったパンをどう使っていいのか良い案が浮かばない。プロの料理人であれば色々とその用途は思いつくのだろう。
とりあえずプリン用に作ってみたソースをかけてみると、確かに美味しいんだが、どうせならプリンにかけた方がもっと美味しく食べることができる。
それなら焼いてみようと、ローラーで薄く伸ばし、オーブンで焼いてみたところ、パリパリの食感になり、それにプリンのソースをかけて食べたところ、パリパリの食感と相まって、先ほどよりも美味しく食べることができた。
「とりあえず賄いはこれかな……」
手の空いているメイドに協力してもらい、残りの乾燥したパンを全て小さく千切り、ローラーで薄く伸ばし、オーブンで焼き始めたところ、えもいわれぬ香ばしい香りが店内に漂っていった。
「ご主人様、何をお作りになられているのですか? お客様が気になっているようでして……」
「ああ、ごめん。さっきのパンをオーブンで焼いてるんだよ。何か言われたら新商品の開発中ですって伝えといて」
その日の賄いとして、パンを薄く伸ばし、カリカリに焼いたものにソースをかけて食べたが、メイド達からは概ね好評を得ていたので、これをもっと詰めれば新商品にできそうだと感じた悠真だった。
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