第20話 A Piece of the Insanity Ⅰ

私がダメ教師の烙印を押されて以降

私は朝起きるのが嫌になっていた

仕事行くのが嫌になっていた


行ったところで生徒に馬鹿にされ 教師に馬鹿にされ

クズとして見下され 恥を晒すだけなのだが


家には教師でいる私を誇りに思っている妻子がいる

本当の私はただのクズであるのに彼女等はそれを知らず

知らないからこそ幸福でいられている妻子がいるから

重い体を引きずりながら 出勤し続けなくてはならなかった


暖かな妻子の微笑みとは裏腹に

氷河の如き冷たく凍った心で学校に向かい


生徒や教師の 侮蔑の言葉に晒される

屈辱の視線に晒される 嗚呼


嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる

嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる


こんな私にはもう

敬意を抱いてくれる者なんて殆どなく

こんな私にはもう

挨拶してくれる者さえも殆どない


ごく僅かな者だけが 分け隔てなく挨拶する

その中で私にもしてくれる それだけだ


そんなある日 私は数日振りに

ある女生徒から挨拶を貰い

喜びのあまり 気付いた時にはもう

その女性とを抱きしめてしまう

そんなことがあった


驚き固まるその生徒に私は

きちんと挨拶する素晴らしい子だと褒め讃え

良い子だと言いながら頭を撫でたのだ


また笑顔になり去っていく

そんな彼女の背中を見送りながら私は

挨拶を貰ったのとはまた別の

悦びを確かに感じていた


少女を抱きしめたこの腕が

彼女の熱を覚え 悦んでいる

彼女が触れたこの体が

彼女の熱を覚え 悦んでいる


彼女の熱が遠くなり 去っていくのが

彼女の匂いが遠くなり 去っていくのが

彼女の全てが遠くなり 去っていくのが

狂おしい程に惜しく感じられた


フフフフ アハハハハ

それは思わず笑いが零れてしまう

黒い罪の味だった


その罪の味はあまりにも美味しく 気が狂いそうで

私はその味さえ貰えるなら どんなことにも耐えられる気がした

でも その罪の味はあまりにも美味しく 癖になりそうで

私はその味ばかり考え 求めるようになり


気が付けば私は積極的に生徒と触れ合うようになっていた

良いことをすれば ちょっとしたことでも褒め 撫でたりして触る

悪いことをすれば ちょっとしたことでも叱り 抓ったりして触る


そうしている内にいつの間にか

私は朝起きるのが楽しみになっていた

仕事行くのが楽しみになっていた


行ったところで生徒に馬鹿にされ 教師に馬鹿にされ

クズとして見下され 恥を晒すだけなのだが

そんなことはもう どうでもいい


私をクズと馬鹿にするなら 罰に恥ずかしい所を触ってやろう

これは罰であり スキンシップであり 教育なのだ

逆に良いことをするなら 思い切り沢山撫で回してやろう

これは褒美であり スキンシップであり 教育なのだ


嗚呼 私は教師としてようやく花開いた

そう思っていたのだが


時が経つにつれて私の悪い噂が流れるようになり

私はまた校長に呼び出されることとなった


バスや電車の中で生徒の尻を撫で回した様を

同僚教師が見かけ 悪く悪く報告したらしい


痴漢というのは誤解だ これは教育なのだ

生徒と触れ合うこと スキンシップをとること

それが教育上いかに大切なのか訴えたが

私の言葉を校長は聞くことなく


私を迎えた時とは完全に真逆な 氷のように冷たい目で

ありとあらゆる期待が死に絶えた顔をしていた その上で


お前は教育者ではない ただの変質者だ

変質者は失せろ そう言って私を解雇したのだ


私の教育を校長は理解してくれない

私の教育を誰も理解してくれない 嗚呼


嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる

嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる


私は新たなルサンチマンを抱きながら

次の職場を探しに向かうこととなった


この現状を勿論妻子には言えないまま

妻子との隔絶を感じ続けたまま そして


ずっとずっと集団の中 独りのままで

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