第19話 Mortification Ⅵ -Students-

ずっとずっと待ちわびていた

教師としての出勤初日を迎えた


出勤前 フェーニャは私を笑顔で見送ってくれる

リュドミラとユーリーも私を笑顔で見送ってくれる


これから私は教師としてエリートとなる

私もフェーニャもそんな未来を夢見ていたし

現実のものになると信じていた


その為にまずは良い教師になろう

私は改めて決意し やる気を漲らせた


学校への出勤途中 多くの子供達を見かけた

子供達は自分の子とはまた違った可愛らしさがあった

学校への出勤途中 同僚らしき人達を見かけた

彼等もまたフェーニャとは違った魅力に溢れていた


そんな彼等と共に良い仕事ができたら最高だ

彼等に頼られでもしたら尚最高だ

それがずっと続けば夢のよう


その為にまずは良い教師になろう

私はさらに改めて決意し 益々やる気を漲らせた


トクン トクン 燃え上がるやる気と共に

少し胸の鼓動が早まるのを感じた


学校に着くと校長が私を大歓迎してくれた

私が共産党員でかつ教育関連の委員長経験があることから

私のことを高く買って 最初から副校長の待遇をしてくれた


教育のエリートへの道が少し見えた気がした

教育のエリートへの道が少し近付いた気がした


その期待は非常に有り難かったが 同時に

その期待は非常に重圧でもあったが


負けたくはない 負けたくはない

私は強くそう思ったので


その為にまずは良い教師になろう

私は三度改めて決意し 大いにやる気を漲らせた


トク トク トク 燃え上がるやる気と共に

さらに少し胸の鼓動が早まるのを感じ

ハアッ ハアッ ハアッ 運動もしていないのに

呼吸が乱れていくのも感じていた


私は体の違和感を感じながら

最初の挨拶と自己紹介を思い描いていた


これがまず一番大事なことなのだ

これによって生徒達は私がどんな教師かを知り

これによって私の評価も下される


その為挨拶と自己紹介は

何度も考え 書き直し 練習した


私はその内容を最終確認しながら

教室のドアを開けて入り 教壇へ上り

生徒達の方へ視線を向けた その瞬間



私の頭の中は真っ白になった



子供達ノ沢山ノ瞳ガ私ヲ見テイル

子供達ノ沢山ノ瞳ガ私ヲ見テイル

ジロジロジロジロ ジロジロジロジロ

ジロジロジロジロジロジロジロジロジロジロジロジロ……


嗚呼 挨拶をしなければ 挨拶をしなければ 挨拶をしなければ

完璧に挨拶をしなければ 挨拶をしなければ 挨拶をしなければ

いくら思えども口元がガタガタ動くだけで

何も言葉として出てこない


嗚呼 授業をしなければ 授業をしなければ 授業をしなければ

完璧な授業をしなければ 授業をしなければ 授業をしなければ

いくら思えども手足がガタガタ震えるだけで

一歩も動くことすらできない


これではダメだ これではクズだ

このマイナスの状況を何とか返さなければ

罵られ 馬鹿にされる クズ教師確定だと

少し遠い場所で俯瞰した瞬間


私の頭の中だけでなく 視界も真っ白になり

その直後 一気に暗転した


私は気を失って倒れた

それが教師としての出勤初日の結末となった


私はベッドの上で白い天井を見上げ

みっともなく涙を流した


どうして生徒達の目の前で マトモな挨拶すらできないのだろう

どうして生徒達の目の前で マトモに話すことすらできないのだろう

このままでは何もできない ただのクズではないか


明日こそはこの汚名を返上しよう

明日こそは私の名誉を挽回しよう

その為に最大限の努力でやり直そう

強くそう決意したのだが


次の日になっても私の上がり症は何も変わらず

生徒達の前で頭は真っ白になり 何もすることができなかった

次の週になっても私の上がり症は何も変わらず

生徒達の前で頭は真っ白になり 何もすることができなかった


教師として彼等と共に良い仕事ができたら最高だ

彼等に頼られでもしたら尚最高だ

それがずっと続けば夢のよう


その為にまずは良い教師になろう

私は強く決意し やる気を漲らせていたのに


何をしようとしても 全てが空回り

何も為せぬまま砕けて散って そして終わり


これから私は教師としてエリートとなる

私もフェーニャもそんな未来を夢見ていたし

現実のものになると信じていた


淡い妄想が音を立てて崩れ逝くのを感じた

良い教師なんてものはどうしてもなれなかった


どんなに周到な準備をしたところで

上がり症のせいで 授業でそれを活かすことができなかった

どんなにやる気をもって臨んだところで

上がり症のせいで クラスが成り立たず 崩壊していった


ここまで酷い上がり症は今までになかったが

教師としてできていないのは真実


生徒達は何もできない私を陰で馬鹿にするようになり

その話が教師達にも伝わりゆくことで

教師達も何もできない私を陰で馬鹿にするようになり

間もなく私は校長に呼び出されることとなった


その時の校長の顔を私は決して忘れない

私を迎えた時とは完全に真逆な 氷のように冷たい目で

ありとあらゆる期待が死に絶えた顔をしていた その上で


あっさりと私の副校長職を解任した

さらに高学年の担任は向かないと言い

低学年の方へと回したのだ


お前には教育することはできない

小さい児童の子守りでもしていろ

そう言われたも同然だった


共産党員の期待の星から

教師陣随一のクズへ

転落はあっという間だった


嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる

嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる


ぐるぐるぐるぐる思考は巡り乱れ 思い出されその挙句

光は結局闇の中へと還って逝く


嗚呼 やっぱり私はダメだった

嗚呼 やっぱり私はクズだった

昔と何も変われていない

こんな私なのに


家に帰ると教師でいる私を誇りに思っている妻子がいる

本当の私はただのクズであるのに彼女等はそれを知らず

知らないからこそ幸福でいられている妻子がいる

その幸福を失わせてはいけない


そう思うと私は私の現状を誰にも伝えられず

伝えられないが故に 私は家族との間に

大きな隔絶の壁を感じるようになった


物理的には近くにいるのに

もうそれを感じられない

私は独りとなってしまった


嗚呼 今では妻子達の笑顔が遥かに遠い


普通の教師として 生徒を導くこともできぬ私は

このままきっとクズのまま人生を終えるのだろう


嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる

嗤い声が聞こえる 嗤い声が聞こえる


ずっとずっとなりたかった教師になれたというのに

いつの間にか人生の先に見えた光は失われていた

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