第5話【北方山岳機械化兵団第106部隊所属高速機動式多脚義体兵 灰男爵】





 我は、北方山岳機械化兵団第106部隊所属、高速機動式多脚義体兵である。灰色のボディと口調から、灰男爵という通称を部隊長より賜っている。

 まずは、我らが北方山岳機械化兵団第106部隊について知っていただこうと思う。それが今回の趣旨だと聞いている。ならば語らなくてはいけないだろう。

 まずはこの北方域の現状をお話する。現在、この北方域、旧居住兼旧国内最大規模の穀倉地帯。旧称、北海道には多数勢力が潜伏している。

 一つ、北から下ってきた、氷雪に閉ざされた旧露からの迷い人、鋼鉄の冷たい人々。

 二つ、空高くより降ってきた石礫の巨人。この星を生まれ故郷としない、彼方よりの来訪者。

 三つ、この一帯に生息する旧居住者達。

 それらの国外退去及び駆除が我々、極東北方山岳機械化兵団第106部隊の職務である。

 

 さて、この旧北方領域には大きな山岳地帯が存在する。地歴学的に見ればできたてホヤホヤなのである。原因と言えば前述した石礫の巨人たちの来訪の衝撃とのことである。

 なにせ群れを成して不法入国をキメたらしく、被害甚大とのこと。此処が居住不可認定されたトドメであったとのことだ。我の記録では、百と五百六十――何? それは必要ない? む……承知した

 兎も角。こうして無いものが出来た。それが現在の我々の勤務地である。

 ――さてまあ、こんなところであるが……勤務内容は口頭で伝えたものの、実際に目視して頂いたほうが理解できると思われる。

 ん? この後、直結式没入機ブレインストリーミングで脳から味わってもらうので問題ない? 

 ……ほほう。それはまた素晴らしい。我の蓄積データもプレゼントしよう。いやいや遠慮しなさるな。これはこの間、凶暴化した旧居住者達との戦闘風景を録画したものであるのだがな、とても良く撮れたのだよ。試しに……お、君は生体組込式端末バイオデッキを入れているのか。好都合であるな!

 

 

 

 

     ■■■■強制接続アタッチメント――没入イン■■■■

 

 

 

 

 ものは試し! 味わってみなされ!!

 

 

 ※ここからは生体系統のボディ、高Gへの耐性を持たない方、センシティブな映像が苦手な方等の利用をおすすめしません※


 ※なお、メッセージ再生時に中止は出来ませんので、ご了承お願いします※





         ■■■■状況開始リ・プレイ■■■■





 

 「おろろろろろろろろろろろろろおろろろろろろろおろろろろろろろろろろろろろろろろろろ!!!!」

 

 輝ける何かが口を通り抜けていく。神々しい何かは床にその領域を広げ、瞬く間にその姿を見せつけていく。黄ばんで、なんとも言えない溶けかけの何かと異臭の彩る生命のスープ。

 ボクは絶賛、はじめてのおうとであった。一人で上手にできるかな! じゃねえよクソッタレが! 最高にハイだよクソ野郎!!  嗚呼! 鼻孔を貫く酸味フレーバーと味蕾の未来を焼き切る胃酸とえずく度に零れる滂沱の涙、涙! これらは三位一体でボクを苦しめる!

 ああ、初めて食べた生体ボディ用固形燃料が……貴重な合成穀物が……合成加工肉が……。高かったのに……!! この残り少ない貨幣を費やしたというのに!! おのれ、貨幣文化! 資本主義! 赤の誇りを見せてやる!! 

 

 「あーやめとけった言ったのになー」

 

 口元に垂れる唾液を手の甲で拭って、ボクは声の方へ。頭上に視線を持ち上げた。生体眼球に映り込む風景は、今まで付けていた無機物に比べると鮮明さも精度も何もかも劣るけれど、どこか温かさを感じた。だがまあ不便だ。光量制御もままならないし、暗視もできない。これじゃあ不意打ちなんて喰らえば一発昇天だろうに。

 まあ、兎も角。それには同じ生体ボディに移った相棒の姿。何をトチ狂ったかは知らないが、男性思考型だろうに女性型の生体ボディを選んでいる。思考と身体のバランスどうなってんだろ。それがいいとかこの前言ってたのをふっと思い出して変態めとその時と同じ感想が脳裏をすっと過った。薄っぺらでタイトなスキニーが形作る豊満な下半身と下ろしたてのYシャツ越しにも目立つやけに大きな胸部を言葉順に視線を這わせれば、呆れ顔にたどり着く。まーたこれが大昔の雑誌モデルのように整っている。

 

 元々機関式エンハンスによる機械化を受けていたボク達はSF部からぶんどった生体式を今、代わりの宿ならぬ代わりの体として使っていた。生体式は大昔の人類と同様の脆さがあるため、不人気で人気だ。機械式には無い、生身特有の生理現象が味わえるのが人気の理由だとか。今丁度生理現象の一端を味わっているがどうにもボクには心地よくない。これ生理現象が気持ちいいとか昔の人類はトチ狂ってたに違いない。

 

 「生体ボディ向けじゃないのは見ればわかっただろーあれ」

 

 「チャレンジ精神が、健全な精神と肉体を育む……!ってこの間読んだ雑誌にあったぞ……!! 

 ……………はっ! まさか謀られた?! ボクを騙したな!! 許さねえ!!」


 汚泥の沼で絶叫。ちなみに現在地は白昼路上。旧日本国の趣豊かな中央府が下町風情の公園で人間もどきは絶叫していた。キーキーとなっていたブランコとシーソー。子供たちが集っていたジャングルジム。高く聳える砂場の大山。しかしもう誰も居ない。人々は皆々、目を向けない。目を伏せて、なるべく離れて去っていく。とても平和。この人間もどきさえ居なければ。


 「え、何、昼間からキメてんの?」呆れを困惑に変換すれば「ちょっとーそれ俺もやりたいって言ったじゃん」唇尖らせた。

 

 「いやキメてねえし。何言ってんのさ」

 

 全くもって遺憾の極み。ボクがそんな気狂いに見えるとは……関係性をもう少し考えておかないと……。

 

 「そういうの……イケないと思います!」

 

 「お前、脳核の螺子緩んでないか?」

 

 心底心配げな顔が返ってきた。ボク、なにかやっちゃいました? 溜息が聞こえた。

  

 「まあ……元々か……」それから「で、」と話題を打ち切るような口調「次はどうするの?」

 

 「……もう一回行くよ」

 

 ボクは深く深く、腹の底から息を吐っ――くっさ。自分の息くっさ!――て立ち上がるとキリッと涎と汚物塗れの顔を引き締めて。 

 「ハロワ」

 

 そう、只今ボク無職。ちなみに相棒も――――。

 

 「あ、俺仕事決まったんだよね」勝利宣言「許さねえ。ぶち殺す」

 

 Stand Up My Soul 奴に目にものみせてやれ。魂に刻まれたメロディ(即興)が輝きを放つ。

 殺す。今ボクの中におっ勃ったタングステンブレードはエクスカリバーの輝きを放つ灼熱の如きレーヴァテインである。どっちかって言うと後者の方が強そう。だけど知らない。それほどにボクは怒って光って高ぶっている。

 

 激突まで後数コンマ――とボクの肩にぽんと衝撃。

 

 「なんだよ邪魔――「警察です」――――お巡りさんこいつが悪いやつ――……」瞬間、指差し――伽藍堂。あるのは大気だけ。

 

 一瞬で理解。逃げやがった……!! あの野郎、ボクを見捨てやがった!! 裏切りに震える指先。言葉は続かない。ちなみに裏切りに走った自分のことは棚上げ。都合のいいのが取り柄ですとハロワで言ったら。パンフデータで物理的に叩き出されたのが今回の事の始まりである。

 

 「不審者って……まあ君か」当然とばかりの一閃ギロチン「じゃあちょっとお話、しよっか……」

 

 空っぽの笑顔がボクを見ていた。眼底にガラス玉みたいな目玉が収まっている。普通に怖い。だから、のこのこと連行されるしかボクには出来なかった。

 

 

 

 ++++

 

 

 

 ――この後、めちゃくちゃ留置所でカツ丼食った。

 

 カツ丼の値段=お巡りさんの慈悲=プライスレス。

 

                                                                ――配点:財布の中身。





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短編置き場 来栖 @kururus994

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