Pride of NPC

リューガ

NPC( never player character)

 NPC(non player character)

 ゲームなどで、プレイヤーの操作によらずに動くキャラクター。

 状況説明したり、背景のための存在。

 転じて、限定的な決定権を持ち、社会の中で働くAIを積み込んだ人型ロボット。

 私のこと。

 42年前。

 北陸の伝統技能と先端技術を持つ企業たちが、デモンストレーションとして私たちを作った。

 そのプロジェクトリーダーだった総合芸術家は言った。


『このNPCのNはNever、永遠です。

 これの最後のオーナーは、その親さえ生まれていません! 』

 その発表会で、踊ったのが私だよ。

 製作者の宣言どおり、複数の県のバックアップもあって部品提供はずっと続いてる。

 これなら100年先でも大丈夫そうだね。

 全てのスタッフの先見の明に感謝します。


 地方都市に特有の、田園風景や木漏れ日の路が美しい!

 私は朝のスクールバスを運転しながらそう思った。たしかに思った。

 このスクールバスは、町民も自由に使える。

 老夫婦から保育園児まで、それなりに多種多様な人が乗っている。

 それらのドラマに触れるのも、楽しみの一つだ。

 今も、ひとり乗って来た。

 一度「おはよう」と言えば、私を含めて5つくらい返事が返る。

 寂しいと思うかい?

 その心配は、この女子の中学生が来たらいらない。


 正樹 優辞(まさき ゆうや)はJCにしては、グラマー。

 バスケで鍛えた体もデカイが、態度もデカイ。

 今日も私の後ろの席にドスンと座った。

 ほらほら、話しかけてくるぞ。

 と思ったら、まず腰を浮かせて私の顔をのぞき込んだ。

 発車します。席についてシートベルトを締めてください。

 ほっ。従ってくれた。

 しかしさっきの表情、妙に憂いを帯びていたような。

 と思ったら、口を寄せてきてささやいた。

「ミオちゃん。当てて見せよう。マタニティ・ブルーだね」

 ……マタニティは妊娠。ブルーは、ゆううつ。

 ああ!

 私のオーナーである夫婦に赤ちゃんが生まれる。

 そのことを言ってるのか。

「残念! 私はセラミックの白と、金継ぎの金、漆の赤だけだ! 」

 私のボディは、陶磁器と漆器で彩られている。

 陶磁器の部分には割れ目が入ったから、金継がしてある。

 金継ぎとは、割れた陶磁器を漆と小麦粉でつなぎ、金ぱくで仕上げる修理方法。

 42年もたつと、いろいろあるんだよ。

 顔まで陶器と漆器だから、人間のような表情は作れない。

 それでも、どれも日本の伝統芸能だ。


「赤ちゃんを心配するのは親の役目。私は仕事の心配するのが役目。お互い、がんばってるんだ」

 私のオーナーたちは、高級レストランのシェフ。

 料理は自分たちでやりたいというこだわりがある。

 まったく、10年前にかけ落ちして、前のオーナーである夫婦の元に転がり込んできた高校生のカップルが立派になって。

 泣いちゃいそう! 鼻が高いよ!

 ……涙も鼻もないけど。

 私の出番は、夜のフロアスタッフだけだ。

 実は、このバスには独自のAIがあるから、勝手に走ってくれる。

 運転手さんは、通勤通学で多くの人が利用する時間帯だけの、バックアップとしてやっている。

 この後は、優辞ちゃんの中学校で管理AIの仕事がある。

 どちらもバイトみたいなもんだ。


 しかし不思議だ。

 今日に限って優辞ちゃんは何も話しかけてこない。

 ……話しかけてみるか。

「そうそう。最近うちの店のコーヒーを新しくしたんだ。

 また飲みに来てよ」

 優辞ちゃんは大人びている、とされたことなら、何でもしたがる。

 こうやって誘えば、必ず飛びつくはずだ。

 そして頼むのは、甘党のはずなのにブラック。

 のハズなのに。

「うん。考えとく」

 ……本当に、どうしたんだろう。


 お客が増えてくる。

 田園風景を抜ける。

 中学校は、もう直ぐ夏休み。

 朝から太陽が明るい。

 太陽は太陽電池で受け止められ、タイヤのホイールに電気となって送られる。

 ホイールの中のモーターは、快音でそう快!

 木漏れ日やトンネルに入ってもそれは変わらない。

 バッテリーも快調!

 最後に少し、人ごみや働きだす店など、街めいた雰囲気を楽しむ。


 この辺りに建つビルやスーパー、街っぽい建物は、すべて大山グループの持ち物なの。

 建設業を中心とする同族企業で、大山 喜代司(おおやま きよし)さんが経営する。

 多くの従業員を雇って、さらに多くの人々の生活を支えている。

 この辺りを、いわば城下町とする、地元の名士。

 うちのレストランにとっても、3代続いてのお得意様。


 でも、私はあんまり信用できないな。

 だって大山さんは、私たちの店で部下さんと食事していたら、いきなり皿を部下さんに投げつけて、馬乗りになって殴り続けたの!

 殴られたのは園田 大成(そのだ たいせい)くん。

 中学校のOBで、図書委員だったから、よく知ってる。


 原因は、ね。

 大山さんには、喜々(きき)言う娘がいる。

 その喜々ちゃんをお嫁さんにください。と大成くんがお願いしたから。

 うちのレストランのディナーに招待したのは大成くんのほうだった。

 きっと、勇気ある出費だったと思うよ。

 ……父親と言う物は、娘の恋人がどんなにいい人でも、絶対気に入らない。

 そう言う話は知ってる。

 でも、大成くんも喜々ちゃんもいい人だ。

 うちのオーナーたちは、前のオーナーに思いっきり祝福されて、店を切り盛りしている様子を知ってる。

 それを思うと、大成くんへの仕打ち信じられない。

 

 その時、オーナーの奥さんは、妊娠3カ月だった。

 そのあと大山さんは素直に謝って、大成くんも思う所があったのか、会社を辞めなかった。

 私たちの店との関係も、相変わらず接待などに使ってもらってる。

 でも、やっぱり気がかりだな。


 バスは中学校横の駐車場に到着。

 中学校は、ありふれた白くて四角い3階建。

 山を背にした、くらいが、とくちょうかな?

 この後バスは、AIが運転するか整備に回される。

 私自身はお客を下し、最後に忘れ物をチェックして。

 さあ! 中学校に向かおう。


 学校の管理AIは、要するに用務員さんみたいなもの。

 学校そのものにもドローン2機と監視カメラを持つAIはあるから、そのサポートだね。

 ただし、私は高級NPC。

 生徒に見せる情操教育のためにもいるから、体を壊しかねない力仕事は免除されている。

 メインは図書室司書や掃除。

 それにスクールカウンセラーの真似事だね。


 今日も、給食時間が始まって10分たった。

 図書室に、食事を済ませたせっかちさんから順に、やって来る。


 文芸部、古典部、マンガ研修部。

 ざっと30人。

 我が校の部活は文系が主力だから、図書委員の子が一緒でも、本の管理も大盛況!

 ガラガラ。

 そして私のもう一つの仕事。迷える子羊が戸を開けた。

「ミオ先生。珍しいお客様ですよ」

 今日の図書当番、加地ちゃんが呼んでいる。

 本当に珍しいお客様が、そこにいた。

 私が一人になるのも待たず正面からくる態度のでかさ。さすがと言うか。


 我が校のカウンセラーはいるけど、専門じゃない。

 自分の教科と顧問の部活がある先生だから、手が回らない。

 だから私が御用聞きみたいなことをする。

 自分の力で解決できたときは、報告を上げるだけという事もある。

「加地ちゃん。しばらくここをお願いね。

 (迷える子羊)ちゃん、図書準備室に行きましょう」

 今日の相談は、恋のお悩み。

 隣接された図書準備室なら、人はいない。

 古すぎるが、時々遠くの図書館に貸しだされもする希少本が並ぶ本棚。

 図書室を下支えする、貸し出し用QRコードと保護シール貼り機のような物。

 それと、銃弾も通さない10人入りのカーボン製シェルター。

 シェルターは、凶悪と言われる学校事件が起こるたびになされた整備の一つ。


 肝心の恋のお悩みだけど、プライベートのため、詳細を知らせるのは勘弁して。

 ただ、相手は困難に立ち向かおうとしている人。

 自分から選んだ道が障がいになり、それゆえに諦めようか、それとも何らかの勝負にでようか。

 その事は、覚えておいてあげて。

 これ以上の事は、同業者AIのネットワークにもあげてない。

 私の内部メモリーにだけ、詳細は残される。

 ただし、ネットワークには恋愛関連の問題が起こったことと、成功したか、失敗したかは書く。

 もし成功なら、そのファイルには協力が可能であることを意味する☆マークを付ける。

 こうすることで、他校のAIは、恋愛ごとなら私に相談できるのだ。

 この問題での私の☆の数は、5年で52。

 特に多いわけではないけど、同じような環境の学校からはときどき相談がくるよ。

「さて、伺いましょう」

 そうやって、思ってもいない事でもあり、いつもでもありえる事態に対処しようとした時、それは起こったの。


 バンバン、と。

 寒さ対策のガラスが2重になった窓も、天井までぎっしり本が詰まった本棚も、シェルターも関係なく、その音は届いた。

 その音を聞いた時、学校のAIは瞬時にそれが何かわかった。

 甲高い警告音が鳴り響き、有無を言わさない校内放送が続く。

『警報。警報。銃の発射された音が、記録されました。

 ただちに、外か、シェルターに、避難してください』

 野太い男性をイメージした合成音が繰り返される。

「いけない! 」

 この図書準備室にシェルターがあることは、みんな知っているはずだ。

 でも、ほとんどの生徒がこの部屋に入ったこともないはず。

「優辞ちゃんも叫んで! 図書準備室にもシェルターがあるよって! 」

 急いでシェルターを開きながら、そうお願いした。

「分かった! 図書準備室も、シェルターがあるよ! 」

 たちまち、図書館にいた生徒が駆けこんできた。

 校内放送の続きが流れる。

『銃を持った男が、給食室から不法に侵入しました。一刻の猶予もありません。

 急いで、避難してください。

 給食室に近づかないでください。

 窓などからも逃げてください』

 再び銃声が2つした。


 廊下ではまだ、多くの人が走る気配がする。

 その気配が突然、滞った。

 そうだ。この図書室は2階。

 この学校には階段が二つある。

 みんな給食室から離れた階段に殺到したからだ!

 

「キャ! 」

 人ごみの中で誰かが転んだ。

 小柄な男子の生徒の膝から、血が流れていた。

「痛い! もう歩けないみたい! 」


 大柄な生徒が、泣きじゃくるその子を背負い上げた。

「ミオ先生! 僕が運びます! 」

 池田 告春(いけだ つぐはる)くん。

 野球部のキャプテンだ。

 池田くんは人1人をかついだまま、階段を駆け下りていく。

 その動きは、俊敏そのものだ。

「やっぱり、かっこいいな」

 やってきた優辞ちゃんが、ほれぼれとそう言った。

 そうだね。

 彼がけが人を連れて行ったら、他の人たちも引きずられるように足を速めて行った。

 気配だけで人を動かす。あれこそヒーローだ。

 でも彼、小柄な子が好みなんだよな……。

「いや待て、なんで優辞ちゃんがここにいるの? 」

「それは、池田くんの声がしたから」

「そんなこと、してる場合じゃない! 」

 私は優辞ちゃんを図書室に押し戻して、戸を閉め、鍵をかけた。


 ……今、私が優辞ちゃんに不義理を働いたのは、秘密だ。


 その時、再び銃声がした。

 今度は、もっと近いところから。

「学校AIが、監視カメラの映像を送ってきた。給食室から」

 無人となった広い食堂。

 さっきまで食べられていた料理がそのまま残っていたり、床に飛び散ったりしていた。

 その真ん中で立っているのは、頭を丸刈りにした大柄な男だった。


 この街にある町営テレビ局にも、この映像は瞬時に送られる。

 重要度を考えると、テレビもメールも強制的に受診され、放映されるはずだ。

 近所の人。どうか、みんなに声をかけながら逃げきってください!


 男が、いらいらした様子であたりを見回し、走りだす。

「教室のある校舎に向かうみたい」

 前に突き出た黒い棒は、明らかに鉄でできている。

 映像を拡大すると、鉄の棒は2本で、上下に並んでいた。

「襲撃者は、散弾銃を持ってる! 」

 1本の銃身に、1発づつ弾丸を込められるやつだ。

 学校のAIも、散弾銃だと解析していた。

 そんなのは、わかってる。

 私のオーナーたちも、猟友会として山の中でジビエを狩るのを、いくらでも見てる。

「今、下に下りたら、鉢合わせするよ! 」

 図書準備室から、悲鳴と言葉が合わさった声がした。

「シェルターも準備室も、もういっぱいだぞ! 」

 みんな、全力で叫び声や泣き声を上げていた。

「仕方ない! ドアを閉めて! 」

 なぜか、優辞ちゃんが仕切り始めた。

「優辞ちゃん! どうするつもりだ!? 」

「シェルターにはいれなくても、天井まで詰まった分厚い本が守ってくれる。

 分厚い辞書を2冊ぐらい重ねれば、盾になるって、テレビでやってたよ! 」

 ……たしかに。

 こんな時にパソコンは無意味だ。

「散弾銃は広い範囲に丸い球をまき散らすのが一般的だから、貫通力は低い!

 自殺するつもりで顔を撃った人が、視力も失わずに生き延びた例もある! 」

 図書準備室のみんなは、優辞ちゃんに従うことにしたようだ。

 あんたも、なかなかのカリスマ性だな。

 で、私たちはどうするの?

 優辞は、私をじっと見つめている。

「まさか、私を盾に!? 」

 そんなことはなかった。

 私の後ろにあった分厚く大きい国語辞典。

 学校にある一番、大きい本に盾になってもらった。

 そして、窓際に並ぶイスと机の所に隠れる。

 廊下側には、背の低い本棚が並んでいる。

 でも児童向け文庫本ばかりが詰まっているから、隙間が大きい。

 大丈夫かな。とにかくそこに隠れた。


 私は頭の中から、有線でつながったスマホをだして優辞ちゃんに渡した。

 古いNPCのサポート用に、体内に入れられるスマホは便利だ。

 それで防犯カメラからの映像を見せる。

 優辞ちゃんは逃げられるスキを探すつもりらしい。

 目を皿の様にして見ていた。


「……襲撃者が、2階にきてる」

 声を潜めてそう言うと、悠里ちゃんも口をつぐんだ。

 こうなると、人間もNPCも関係ない。

 できるだけ縮んで、辞書の盾に隠れるだけだ。


 襲撃者は、無人の階段を上がってきた。

 その時、階段の上と下から2機のドローンが現れた!

 学校のAIは小さな守護者を使って、襲撃者の前後から殴りかかる!

 衝突防止用のシールドがついたドローンは、それなりに重い。

 正面から突っ込んだドローンを、散弾が襲う。

 2回発射された散弾は、その後ろにあった窓ガラスごとドローンを撃ち落とす。

 その大きな音に、襲撃者自身もたじろいだようだ。

 後から、もう1機のドローンが体当たりする。

 膝の後にぶつかり、バランスを崩そうと狙っていた。

 だが、重さにあまりに差があった。

 襲撃者はすぐに手すりを握って立つと、2階に駆け上がった。

 ドローンが追う。

 襲撃者は、散弾銃を野球バットのように振り回し、ドローンを殴った。

 弾切れの様だ。

 ドローンは放されたものの、あきらめず跳びかかる。

 襲撃者は銃を折り曲げ、空薬きょうを捨てる。

 胸のベストから新しい弾丸を込め、再び2回撃った!

 ドローンが、ふたたび窓ガラスとともに吹き飛ぶ。

 派手な音は、本当にすぐそばで起こったことだ。


 襲撃者が、戸のカギを散弾銃で吹き飛ばした。

 入ってくる足音がする。

 散弾銃に、弾を込める音も。

 この部屋も監視カメラはある。

 襲撃者は、図書室の真ん中に立った。

 そのまま周りを見回すこともなく、ただ立ち尽くしている。

 その場で、膝まずくように座った。

 そして、銃口を上に向けて床に下し、その上にあごを乗せた。

 最後に、引き金に手をのばして……。

「「うわああ!! 」」

 あまりの出来事に、私は大急ぎで立ち上がった。

 あとは、辞書を投げつけた!

 図らずも、優辞ちゃんも同じ行動をした。

 2人で投げつけた辞書は、まっすぐ襲撃者の頭に飛んでいき、当たった!

 その衝撃で頭がずれた。

 直後、銃声が2回、響いた!

 当たれば頭から血しぶきが……飛び散ってない!

「この野郎! 」

 いつの間にか、優辞ちゃんが駆けていた。

 直後、襲撃犯は本棚まで吹っ飛んだ。


「「「う、ウワアア!!! 」」」

 とどろき重なるさけびが、図書室を揺るがした。

 なぜか、図書準備室のドアがはじけ飛んだ。

 中から分厚い本が、機関銃のように飛んできた。

 隠れていた子供たちだ。

「ギャああ! 」

 モップを持って跳び出した子が、私を見て叫んだ。

「ミオ先生の頭が、割れてる! 」

 頭からたれたままのスマホを見て、割れてると思ったんだ。

 あわてて頭を収めるが、そのことは子供たちの怒りを止めることはなかった。

「この野郎! 」

 次々に飛んでくる本に、襲撃者は床にたたききつけられた。

「何でこんなことをするんだよ! 」

 さらに、モップやホウキを持った子供が取り囲み、袋だたきにする!

 優辞ちゃんがモップとホウキの間から、銃を引っ張りだした。

 他の子が羽交締めにしたら、銃弾が詰まったベストも奪う。

 両手両足をガムテープで縛るまで、みんな止まらなかった。

「私たちを見捨てなかったんだ」

 優辞ちゃんがみんなを見てジ~ンと涙ぐんでいた。

「そうだね」

 私も、心が熱くなるのを感じた。

 オーナーたちが結婚したり、子供ができたのを知った時にも感じた現象だ。

 それが私たちNPCの感動だ!

 あまりにもうれしいことが起こると、それに付随するいろんな状況が思い起こされて、コンピューターが過負荷で動かなくなる。

 一種のエラーだ。

 でもそれが、心地よい。

 これを装備してくれた製造プロジェクトに感謝した。


 その感動が、襲撃者の顔を見た時、不意に冷えていく。

「……大成くん? 」

 最後に彼を見たディナーの映像と、今の顔が完全に一致する。

「タイセイくん、て誰? 」

 優辞ちゃんは、銃を握りしめたまま聴いてきた。

「園田 大成くん。この学校のOBだよ!

 でも、なんて変わり様だ」

 髪を丸刈りにしただけじゃない。

 大柄に育ったはずの頬も、痩せこけて。

「これまでの死傷者は、ゼロ。

 誰も殺す気なんてなかったんでしょ?

 いったい何があったの? 」

 私が聴いても、大成くんは後手に縛られたまま、黙って座っている。

「あ、思いだした」

 優辞ちゃんが言った。

「この人、大山さんのお嬢さんにフラれたって、うわさの人じゃない? 」

 そうだよ。

 大山 喜々ちゃんは、大山社長の一人娘で、大成くんとは幼な染だ。

 うちのレストランの事件以後、自分で会社を興すため、この街を出ていったと聞いた。


「ふん。俺が聴いた話では」

 他の子も話しだした。

「大山建設の若い社員が、革新的なプロジェクトを社長につぶされたって。

 確か、隣町の図書館の建て替えだったかな。

 おおかた、その腹いせだろ」

 腹立ち紛れかな。


「私が聴いた話だとぉ」

 周りの子もイライラしながら、また話だす。

 そのどれもが、正確かどうかもわからない、うわさ話ばかりだ。

 何らかの理由を見つけないと、不安で仕方がないのかもしれない。

 当然か。

 何の意味もなく襲われたなんて、恐ろしすぎる。

 だが大成くんは、どんなに恐ろしげに言われても、相変わらず動かない。

 自分には、どんな行動を起こす権利はない、とでも言う様に。


 でも、あるうわさを聞いた時、それが変わった。

「その若い社員は大山社長の隠し子で、社長令嬢とは血のつながったきょうだいだから、無理やり別れさせられたって――」

「違う! 」

 大きな声。

 だけど、昔聞いた声より張りがなかった。

 年齢以上に、老けた感じだ。

「ごめんなさい!

 悪いのは、全部俺なんだ。

 俺が小学生以下の、想像力も、協調性もないから。

 子どもの様子を見れば、それを学べると思って。

 だから昼休みに来た。

 中学校を選んだのは、せめてもの自尊心だった。

 でもやっぱり俺はバカだ。

 何もわからなかったんだ……」


 一息にそれだけ言った。

 それから、また黙り込んでしまった。

 私は、彼が実はドッキリを仕掛けていたとか、実は偽物だった。という証拠を探した。

 でも、そんなものは、なかった。


「あの、ミオ先生」

 おずおずした声で呼ばれた。

 希少本を投げていた男子の一人。高松くん。

 今学期からの転校生だ。

「銃撃そのものは、僕が原因。だと思います」

 顔全体から、汗を吹き出しながら、話している。

「グラウンドの横の山を見ながら、散歩してたんです。

 そこで、じっとグラウンドを見つめる男の人を見付けたんです。

 その人が銃を持っていたから、驚いて大声をあげました。

 でも、僕が銃を見慣れてないだけで、この辺りでは猟友会でありふれた物じゃないかと思い直して……」

 本当に申し訳なく思っている様だ。

「あらためて、あいさつしようとしたら、大成さんが銃を撃ったんです。

 無我夢中で走りました。

 その時、クラスの友達が心配になって。

 学校に入る人もいたから、ついて行ったんです。

 考えてみたら、クラスのシェルターに入ってますよね」

 高松くんの告白で、優辞ちゃんは嫌そうな顔をした。

「ちょっとまってよ。なんで銃を撃たれて、申し訳なく思わなくちゃいけないの? 」

 私も思ったことを、怒りながら聴く。

「え? てっきり呼び止めるためだと」

「そんな人いるかよ! 」


「よく分かったね」

 皆の目が、正解と答えた人を探して動く。

 そのめは、大成くんに集まった。

 私は、怒りが込み上げてきた。

「ナイフを突きつけて、おとなしくしろ! なんて、物語の中だけだよ! 」

 素直に従っても良いことがあるわけがない。

 人を殺せる武器を突き付けておいて、おまえは殺さない。なんて、自己矛盾……はなはだしい……し。

 自分で言っていて、まだ、大成くんを信じたい気持ちがある。

 戦闘モードを積み込んだNPCなら、こんな気持ちは無縁なんだろう。

 私たちのシリーズは、一種類しかない。

 そうやって蓄積した経験も、一つの作品という考えだからだ。


 パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 ヘリコプターの風切り音も。

「ミオ先生! こちらですか?!」

 校長が先生を2人連れて来てくれた。

 校長は来年には定年するベテラン先生。

 彼も私と同じ、大成くんを教えた1人だ。

 シェルターが開いたらしい。

「俺たちが犯人を運ぶ!

 お前たちは先に行け! 」

 校長が、生徒たちを急かす。

「おい。そんな物騒なものを人に見せる気か?

 置いて行け」

 廊下に出た優辞ちゃん。

 彼女がニヤついたまま持った銃や、銃弾が詰まったベストの事だ。

 それらは、廊下の隅に置かれた。

「よく、頑張ったな」

 児童たちにそう声をかけながら、若い先生2人が大成くんを左右から挟んで抱え上げた。

「……ミオ先生からメールをいただいた時、ウイルスに侵されたのかと思った」

 そう言ったのは、校長。

 子供たちがいなくなったら、急に弱々しくなった気がする。

 それまでの強い仮面を脱ぎ捨てていたからだ。

「こうして目で見ても、信じられない」

 私も、つらいですよ……。


 でも、犯罪者を捕まえた、という興奮は、子どもの心から。

 特に優辞ちゃんの様な子からは消えないみたいだ。

「遅いぞ! 警察!

 犯人はこの正樹 優辞様が捕まえた! 」

 窓を開け、乗り出して手を振り回している。

 それにしても、ヘリコプターの音がどんどん大きくなっている。

 窓ガラスもびりびり震えるくらいだ。

 優辞ちゃんの声は、ほとんど外に聞こえてないに違いない。

 あの子は憎らしげに空を見上げて。

「……待てよ。あのヘリどこからきたの? 」

 言われてみれば。

 報道? 警察?

 どっちにしろ、こんなに早く来るはずがない。

 あ、そうだ。

「大山さんが、山奥の空き地においてたね」

 趣味のために。

 でも、それがなんでここに?

 有線放送を見て、野次馬?

 ヘリコプターの音は、学校の上で最大になり、そのまま動かない。


 外で道を監視するカメラが、メガフォンで叫ぶ、警察官の声をとらえていた。

『怪しいヘリコプターが、屋上に着陸しょうとしているぞ! 』

 カメラを上に向けた。

 白くて丸い、二人乗りのヘリコプターが見えた。

 軽自動車より小さな機体。

 屋根から四方に伸びた支柱が、それぞれ1つプロペラを支えている。


 なんだかまずい!

 とにかくそう思った私は、優辞ちゃんの襟をつかみ、後ろへ引っ張りこんだ。

「グえ、なによ」

 のどを閉めたから文句を言われた。

 

 その直後、ヘリコプターは完全に屋上に着地していた。

「間違いない。大山さんの個人で持ってるヘリコプターが屋上に下りました」

 一人、下りてきた。

 その顔はタオルか何かをまいて覆面していて、分からない。

 でも、その手に持っている物は。


「銃だ。屋上に銃を持った人がきた! 」

 その場にいた全員が、目を剥いて固まった。

「で、でも、警察じゃないの? 」

 優辞ちゃんが、珍しく声を上ずらせている。

「だったら一人で、しかも民間のヘリでくるなんてありえない! 」

「じゃあ、二面作戦ってこと!? 」

 大成くんを、にらんだ。視線だけで人を殺せそうな目で。

「それは分からない」


 大成くんが動きだした。

「うわあああ」

 本当に、動いているだけだ。

 優辞ちゃんにおびえたのかと思ったけど、その目はうつろで、優辞ちゃんを見ていない。

「うわああああああああああ」

 空間そのものから、殺意を感じたみたいだ。

 手足をばたつかせるので、私と校長も加わり、4人がかりで抑え込む。

「外に連れて行こう! 」


 屋上の人影は、出入り口に駆けると、ドアに何かを仕掛けた。

 カギがかかったままのドアに。

 そして、ヘリコプターに引き返した。

 ドアで、爆発が起こった。

 人影は、今度はヘリコプターの表面に仕掛けていた。

 カメラでは見えない。

 作業を済ませると人影は、手に箱を持ち、リュックを担いだ。

 そして、爆発で吹き飛んだドアから学校に入った。

 その直後、今度はヘリコプターが巨大な火の玉となって吹き飛んだ!


 燃料と鉄片、それに窓を割る衝撃が、学校の全てを覆い尽くす!

 まだ逃げきってない生徒や先生がいる。

 その悲鳴が校舎に反響する!

 その声を打ち消すかのように、また爆音が響く!

 火災報知器が鳴った。

「見て! 火が! 」

 優辞ちゃんが指差した。

 屋上への階段は、一階まで人つなぎに続いている。

 その階段が、火を吹いていた。


 監視カメラの映像を見る。

 いかつい背格好は、大柄な男のようだ。

 手に持っていたのは、ビール瓶を入れるコンテナケース。

 その口にライターで火をつけていた。

 それを階段に投げつけると、とたんに人を丸焼きにできそうな火が燃え上がった。

「火炎瓶だ! 」

 スプリンクラーが作動し、水がまかれる。

 だが男は、部屋にある本など、燃えやすい物にも火炎瓶を投げ始めた。

 黒煙が、カメラを覆って視界をふさぐ。


 間を置いて、もう一度爆発が。

「……部屋にダイナマイトを投げ込んでるんだ」

 大成くんはそう言って暴れ続ける。

 リュックの中身はそれか。

「社長が、僕を探してる!

 行かせてくれぇ! 」

 え? 社長って、大山 喜代司さん?


 3階から、生徒たちが駆け下りてきた。

 でも、その動きがおかしい。

 下に逃げる訳でもなく、いまだに逃げる人の波に逆らって、他の教室に散らばっていく。

 そもそも、5人しかいない。

 一人が、私たちを見て叫んだ。

「ここ! 2階の、図書室前にいるよ! 」

 そう階段に駆け戻り、3階に向かって叫んだ。

 と思ったら、今度は体を張って人の波を遮り始めた。

「来ちゃダメ! 来ちゃダメ! 」


 3階から、あの覆面の男が下りてきた。

 手には火炎瓶と、ライターを持っている。

 それに火をつけ、自分の後の踊り場に投げつけた。

 たちまち火が起こる。

「そんな! 襲撃犯の居場所を教えれば、みんな逃がすって言ったじゃない! 」

 覆面の男は、その訴えに耳を貸さなかった。

 今度はベルトに差した棒状のもの、ダイナマイトに火をつけた。

「逃げて! 逃げて! 」

 男に手を貸してしまった生徒は、後悔の表情で訴えた。

 人の波が、教室のシェルターに駆け戻る!

 ダイナマイトは下への階段に投げ込まれた。

 階段が打ち砕かれる衝撃にもかかわらず、覆面の男は平然と迫って来た。

 明らかに、なれている。


 男は、銃を構えながら近づいてきた。

 なぜか、左手を腰に当て、右手の指を引き金にかけたまま、銃を前後に揺らしている。

 大成くんは、へたり込んだまま、お尻をすりながら後づさろうとする。

「……何してるんです? 下がらないと」

 大成くんは、襲撃者のジェスチャーがわかるようだ。

 彼を抱えると、私たちはゆっくり廊下を後づさるしかなかった。

 優辞ちゃんは、1人で逃げるのは気が引けるらしい、

 私たちについてくる。

 窓の向こうでは、まだ火が燃えている。

 学校に飛び込もうとする生徒と先生を、警察官と一緒に他の生徒と先生が止めているのが見えた。


「こんなことをしても無駄だぞ」

 校長が訴えた。

「園田は誰も殺していない。

 むしろ学校を破壊して、明確な敵意をしめした、おまえの方が裁かれる! 」

 でもその訴えも、男には想定済みだったらしく、平然としている。

 この場で思いついたとしたら、すごい頭の速さだ。

 私たちが下がった分、自分は前進する。

 その横には、捨て置かれた大成くんの銃!

 それをつかんだ。

 捨てるわけではない様だ。

 一緒にあった大成くんのベストから弾丸を取りだし、銃に込める。


 この行動は、私にもわかる。

 銃には、それぞれ発射した弾丸に違う傷がきざまれる。

 銃身に弾がこすれるからだ。

 大成くんの銃を使って私たちを撃てば、大成くんの凶暴さを印象付けられる!

 この予想を、学校AIに私たちだけの通信でおくった。

 そして、思いついた作戦の概要も。

 一刻の猶予もない!


『そんなことは不可能だ。大山 喜代司』

 校内放送から、学校AIの声がした。

 今だ! 

 私は駆けだす!


 男はベルトで肩にかけていた自分の銃を背中に回している。

 大成くんの銃への装填の途中。

 棒立ちのまま、自分の名前を呼ばれて動きが止まった!

 私はそこに、頭から突っ込む!


 ガン!

 銃声が響いた。

 撃たれたショックで、胸の陶器パネルが割れた。

 でも、惜しくない。

 その裏にあるのはカーボン製の黒いパネル。

 漆器の部分も、カーボンに漆を塗ったもの。

 これは弾丸も通さない!

 頭から腹に突っ込み、しがみ付いてやる!

 そのまま、リノリウムの床に押し倒す!

 校内放送は続く。

『あなたの映像は、すでに警察に提出した。

 そこで解析すれば、覆面の下からでも骨格がわかる。

 すでに身元は分かっている! 』

 私はのしかかったまま、覆面をはぎ取った。


 ……やっぱりあの顔だ。

 大成くんに、オーナーたちの丹精込めた料理を投げつけ、おなかの子を失わせるかもしれない恐怖を味あわせた元凶!

「そ、園田ぁ! おまえの正体はわかってるぞぉ! 

 大学も出ていないおまえが、喜々と結びつくなど、あっていいわけないだろー! 」

 もう自分の運命に観念したのか、何でも言うつもりらしい。

「俺が発展させた街を、安心を、おまえが維持できるわけがないだろ-!!

 街が滅ぶぞー!! 」


 安心はお金で買える。

 そのお金は、自分が一人で稼いだと思っている。

 まずい事が起こると、相手を脅して、だまして。

 バレそうになれば、ごまかして。

 それが、こいつの正体か!

「もう、あきらめろ! 」


 私の言葉に、大山は耳を貸さなかった。

 大成くんの銃に装填は、終わっていた!

 私は銃を捕まえ、放り捨てようと体をひねる!

 でも、大山は予想以上に筋肉質だった。

 銃口がねじ込まれたのは、私のおなかの隙間だった。

 もう一発撃たれた!

 途端に、腹から左足の機能が失われた。

 火花が飛び散る!


 それでも、銃には2発しか弾は入らないはず!

 でも大山は、体を起こしていた私のすきを見逃さなかった。

 腰からナイフを抜いた。

 そのナイフは、私の首に突き刺さった!

 関節には、装甲はない。

 隙間から体に通じるコードが、何本も切られた。

 ここからも火花が飛び散る!

 ……だから何?

 なめてもらっちゃ困る!

 私の体は、分解メンテナンス中でも各部を動かす都合上、無線でもつながっている。

 私は、かわいく小首をかしげ、ナイフの刃を挟み込んだ。

 こうすると人間の力では抜けない。

「うわ―! 」

 一緒に右手を挟んだようだ。

 大山は全力で引き抜こうとする。


「そ、園田くん!」

 後ろから、悲鳴の様な声がしたので思わず振り向いた。

 そこには、大成くんが膝立ちになって立っていた。

 さっきより前にでて、その腹から血が噴き出していた!

 みんなを、かばったんだ。

 私のミスから!

「傷をおさえろ! 血が流れるのを防ぐんだ! 」

 校長が包帯代わりにするつもりか、シャツを脱ぎだした。

 残りの3人は周りから跳びかかるようにして、傷口をおさえている。

 

「ひ、ひぃいい」

 右手を私の首でこすられ、大山はさらに涙声になった。

 それでも、謝る気はないのか。

 左手で腰から何かを引き抜くと、ナイフで開いた私の首に押し込んだ。

 それは、みんなに知らせるべきことだった。 

「ダイナマイトを体に入れられた! 

 火花が引火すれば、爆発するよ! 」

 大山はなんとか、ねじ込もうとする。

 私が手を払ってもあきらめない。

 爆発すれば、みんなを巻き込む。

 飛びかかったのは、無謀だった?

 大成くんを巻き込み、私も離れるしかないの?


 後悔。それでも、問題を解決できない焦り。

 答えのない問題が、私を縛り付ける。


 その時、私の後から白い泡が、ものすごい勢いで吹き付けられた。

 これは、消火器の泡!?

 大山の顔が泡だらけになり、視界が奪われた。

 できたスキに、手を抑え込む。

 その時、後ろから手が伸びて、ダイナマイトを引きだした。

「優辞ちゃん!? 」

 優辞ちゃんの持つダイナマイトの、導火線。

 もうほとんど残っていない!

 それを見た優辞ちゃんの顔は、今にも泣きそうになっていた。


 優辞ちゃんが、ダイナマイトを階段に捨てた。

 爆発が起こる!

 この時、ナイフは私をむしばんでいた事を思い知らされた。

 爆風で首の関節がねじ曲がり、全てのセンサーが不調になった!

 それでも、大山を捕まえたこの手は離さない!

 生き残った右足でも、しがみ付く!

 傷ついた背骨も、まだつながっている!

 

 ねじ曲がった首の視界は、窓を見ていた。

 消防の放水が、ヘリコプターがまき散らした炎を消している。

 優辞ちゃんは、大成くんは、他の人たちは?

 見えない。

 崩れた階段から、たくさんの足音が聞こえてくる。

 そこで、マイクもカメラも限界を迎えた。

 何も見えないし、聞こえない。

 

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 次の日。

 私は証拠品として、警察署にいた。

 壊れた部分ははずされ、左足と全身のカバーを外したため、ほとんどフレームだけになった。

 車いすに乗って押してもらい、署内の会議室にむかう。

 そこへ向かうのは、私の意思だ。

 私の動画データはコピーできたけど、今回は、私自身から出力したい。

 そこにいたのは、大山 喜々。

 父親と幼な染の過去を知る人として、話を聞くため呼ばれた。

 大人になって、ますますきれいになった。

 そんな彼女は、一見落ち着いているように見える。

 ここにいる刑事さんは2人だけ。

 刑事さんが私から、事件の動画を呼びだす。

 喜々ちゃんは、それを見ても冷静さを、と言うか、氷の彫刻を思わせる静寂さを保っていた。

 それを破ったのは喜々ちゃん自身だった。

 私を見て聴いた。

「これ、精神テストとか何かじゃないのですね? 」


 私は、頭を下げて「これが真実です」としか言えない。

 ここに来たのは、加工された動画ではないことを示すためだ。


 喜々ちゃんは、懐かしそうに話しだした。

「わたし、父のせいで変なうわさばかり建てられました。

 ミオ先生もご存じですよね。

 友達のうち何人かは、父の隠し子だとうわさが立ったと思います。

 ある町会議員は、大山グループからわいろを受け取った。

 だから私の成績は良いんだ。とか……。

 それが嫌で嫌で、仕方がなかったです」

 しばらくの沈黙が続いた。

「でも、不思議ですね。

 大成が父の隠し子だといううわさを聞いたときは、ちょっとうれしかった。

 もしかしたら、兄妹として、ずっと一緒にいられるんじゃないかって……。

 プロポーズされた時は、本当にうれしかった」

 

 でもその結果は、知ってのとおりだ。

「その時はもう、父とはだめだと思って、自分の会社を興すのを速めたんです。

 その時、大成に言ったんですよ。

 君ほどのベテランが来てくれれば、心強いって。

 だけど、僕は社長を尊敬してるから。と言って、残ったんです」


 懐かしさに変わり、底冷えするようなさみしさが、しみだしてきた。

「父のことは憎んでいます。でも、孤独も知っていました。

 今のレベルまで会社を大きくするため、鬼か悪魔になるしかなかったと、何度も聞かされました。

 その結果は地域の安定にたしかに結びついていたと……今でも思います。

 大成も、父の元でそう言う面を学べば、きっと立派になってくれると……あれ、何言ってるんだろう」


 あわてたように、首をふる。

「ごめんなさい。父と大成くんの過去を話すはずなのに。

 わたしったら」

「それは、恥ずかしい事じゃないよ」

 私は、そういう気持ちにこそ喜々ちゃんに向き合ってほしかった。

「私のデータが友達の役に立たないのなら、友達との関係を壊す物ならば、自分から壊れてでもデータは破壊するつもりだった。

 私は、私らしくいたいから、学校にいるの」

 それから、さっき聞いたことも伝える。

「大成くん、すぐに帰って来るよ。

 今のあなたたちなら、きっと大丈夫」


 それを聞いた時、喜々ちゃんは目を見開いた。

 瞳の奥に星が輝く。

 握った手の中から、汗が噴きだすのが分かる気がした。

 言葉は静かに、しかしそのつぶやきには覚悟が込められていた。

「さて、これからどうしようかな……。

 重役たちに話して、おとうさんの会社と合併させようかな」


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 そしてまた数日後。

 ついに夏休みが始まった。

 私は家のレストランにいた。

 都市の騒音を遠く離れた、緑と海だけが見える岬にある。

 予約制ディナー専門なのも、今日は関係ない。

 海に向かって大きく開いた窓から、さんさんと太陽が降り注ぐ。

 今日は赤ちゃんの、お披露目会!

 主催は私だ。

 赤ちゃんの誕生を機会に、私のボディも新しくした。

 胸と腕のカバーを、ぬいぐるみみたいな白くてフワフワな物に。

 今、抱っこされてる赤ちゃんも、気に入ってくれた。

 小っちゃい手でナデナデしている。

 ここには、私に友達がみんないる。

 図書室の利用者達。

 文芸部、古典部、マンガ研究部、図書委員、先生。

 おしゃれして来てくれたみんなは、チョウか花か。

 総勢52人になって、とっても華やかだ。

 赤ちゃんを驚かせないため、声を潜めて近づいて、かわいさをほめたり、プニプニの肌を触っていく。

 

「本当に、みんなには感謝しかありません。

 そして、優辞ちゃんに」

 私を救ってくれた人の名を呼ぶと、皆が静まり返った。

 それまで当たり前だったモノがない寂しさが、冷たい風のようにみんなに広がった。

 あるテーブルには、彼女が好きだったケーキを、山盛りにしてある。

「ありがとう」

 そこに、優辞ちゃんはいた。

 おれた右手を首から包帯で下げてはいたけど、元気な姿で!

 となりには、告春君もいる。

 親しげに、ケーキを優辞ちゃんに運んでいる。

 大きなはずの優辞ちゃんが、餌をもらう小鳥みたい。

 そのほほえましさに、みんなの顔もほころんだ。


 優辞ちゃんが、赤ちゃんに声をかけにきた。

「かっこいいおばさんで、よかったね

 もし悪いことをしたら。……怖―いぞ」

 まったく、この子は私を何だと思っているのだろう。

 私は、ずっと考えてきた。

 この赤ちゃんにとって、どうあるべきかを。

「お願い。せめてアンティークとか骨とう品と呼んで」

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Pride of NPC リューガ @doragonmeido-riaju

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