勝手にバス運転手:幸福ゆき

ちびまるフォイ

幸福になりたいかーー!!

目が覚めたときにはハンドルを握っていた。

バスの運転などしたことはない。

けれど体が自然と次の動作を覚えているように運転していた。


「あ、停留所だ」


停留所に停まるとバスのドアを開ける。

待っていた人たちはぞろぞろと中に入る。


「あの、運転手さん」


「……あ、俺か。なんでしょう」


「このバスは幸福ゆきなんですよね?」


「へ? そうなんですか?」

「バスの表示に出ていましたよ」


乗客に言われて外に出てバスの表示を確認すると、

たしかに【終着:幸福ゆき】と書かれていた。


「おい、早く発進しろよ! こっちは早く幸福に着きたいんだ!」


「あ、す、すみません!」


いつの間にかすっかり運転者としての自分の立場が浸透していた。

道なんてわからないのでまっすぐバスを走らせていると、

また停留所でバスを待つ人達を見かけた。


「次、停まります」


バスを停めて客を乗せるとまた発進する。

その先でも停留所はいくつも見えてきたので、そのたびに拾っていった。


「次、停まります」


「おい運転手さん!!」


客から不満が出たのは数十個もの停留所で停まろうとしたときだった。


「なんでしょう?」


「停留所にいちいち停まるんじゃねぇよ!

 もうこのバスはどう見ても入れないだろ!?」


バックミラーで車両内を確認すると、

すでにおしくらまんじゅうほどに人がひしめき合っていた。


幸福ゆきのバスを途中下車する人など誰もいない。

停留所で人を拾うものだからどんどん増えていく一方だった。


「もう停留所なんて停まらずに進めよ!」

「そうだそうだ!」

「先に乗っていた私達が幸福になるべきよ!」


車内からは客の不満げな声が聞こえてくる。

発進しようと前を見たとき、停留所にいた人がガラスを叩いていた。


「ちょっと! どうしてドアを開けないのよ!」

「ずっと幸福バスを待っていたのに乗せてくれないの!?」

「不公平だ! 俺たちにも幸福になる権利はある!!」


あわあわと困っていると乗客たちは開いた窓から強引に入ってくる。


「おい! 勝手に入ってくるんじゃねぇ!」

「なんであんた達だけが幸福になろうとするのよ!」


「みなさん落ち着いて! 落ち着いてください!」


車内では取っ組み合いのケンカまで始まってしまう。

血の気が多い男たちを尻目に女が運転手のもとへやってきた。


「ああ、運転手さん。どうか話しを聞いてください。

 私は小さい頃から家は貧しくて、父親からの暴力を受けていました。

 なのにこの先幸福になることすら許されないんでしょうか」


「ど、どうしたんですか急に」


「私は少なくとも、あそこで争っている醜い客より

 ずっと品性があり、常識がありながらも

 これまで不幸な人生を歩んでいました。幸福になるべきだと思います」


「それは私にバスから降ろさないでくれと?」

「だって、運転手はあなたじゃないですか」


「そう言われても……」


女の抜けがけに気づいた他の客も自己PRを始める。


「俺なんて顔がブサイクだからとどこにも就職できず

 望まぬ借金をして極貧生活を送っていたんだ!

 俺こそが一番幸福になるべきだろう!」


「ボクには子供がいます。しかしそのどちらも病気で失いました。

 自分の命以上に大切なものを失った気持ちがわかりますか?

 どう考えてもボクはこのバスに乗ってふさわしいはずです」


「私は生まれてから一度もモテたことがないんです。

 親を含め誰からも好意を寄せられない寂しさがわかりますか!

 生き地獄を味わった私こそ、幸福になるべきですよね運転手さん!」


「そう言われても……」


俺も私もと運転席には人だかりができてしまう。

もう誰がどんな不幸エピソードなのか把握できてない。


「みなさん落ち着いてください。

 みなさんの不幸はわかりましたが、

 その度合を私が決めるなんてできません!

 不幸の感じ方なんて人それぞれでしょう!?」


「……」


「わかってもらえましたか」



「運転手が一番いらなくないか?」


「え?」


誰が言い出したのか、全員の視線が自分に注がれる。


「まるでみんなの人生を値踏みしているけど、

 あんたはそれをするだけ偉いのかよ!?」


「私はそんなつもりは……」


「そうだ! あなた何様なんだよ!」

「そんな偉そうにしている奴が運転していいわけない!」

「降ろせ! こんな奴よりふさわしい人がいる!」


乗客の目の色が変わり運転手の髪や服を掴む。

その力の強さにとても抵抗できない。


運転手はドアから外に不法投棄されるように捨てられてしまった。


バスは乗客のひとりが運転して去ってしまう。


「ああ、行ってしまった……幸福にはもう行けないのか……」


前を見ても、途方もなく遠い道が続いている。

後ろを見ても、遠い道が続いている。


次の停留所まで歩くことができるのだろうか。


ブロロロロ……。


遠くからエンジン音が近づいてくる。


「おーーい! おーーい! すみません!

 乗せてくださーーい!」


ちょうど横切りかけたバスが停まってドアが開く。

すぐさま運転席に近づいてお礼を言った。


「いやぁ、本当に助かりました。

 幸福ゆきのバスから引きずり降ろされて、もうどうしようかと」


「ハハハ。それは大変でしたなぁ」


「このバスも幸福ゆきなんですか。

 誰も乗客がいないようですけど……」


「いいや、このバスは回送じゃよ」


「幸福ゆきかと思いました。どこへ停まる予定なんですか?」


歳をとった運転手はなれた手付きで運転を続けた。


「なに、幸福までの道のりをずっと行き来するだけじゃ。

 幸福までの道のりこそが幸福だと私は思うんじゃよ。

 ……まあ、誰を乗せてもすぐに幸福で降りてしまうがね」

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