第4話 合流と疑惑

 中央間にたどり着くと、ハカセチームは陣を取っていた。


「収穫はいかほどに?」


 合流した瞬間に一声を上げるハカセさん。ヒメが答える。


「こっちはキッチンがありましたよ。

 もちろん食糧もたくさん。

 おまけに水も出るし」


「ご苦労さま。

 こちらは浴室があってお湯が沸いていたよ。

 大理石で豪華でしたね。

 男女別ってことではないけど、

 十分泳ぎ回れるくらい広かったね」


 お風呂はそっちにあったのか。


「あたし汗でべとべと。

 お風呂入りたいなぁ。

 でもこの服一着しかなさそうだし……」


 ヒメが肩を落としているとあねごさんがニッコリ、


「洗濯機と乾燥機も脱衣所にあったし、

 風呂入ってる時に、

 ぱぱっとできちゃうって」


 洗濯はできるけど乾燥は無理だろう。

 ヒメもそう思っていたらしく「ははは」と苦笑気味だった。


「乾燥機に入れている間は、

 バスローブを羽織っていれば大丈夫でしょう。

 それともう一つ気がかりなことが……」


 ハカセさんの目が暗くなった。


「ひょっとして誰か死んでいたんですか?」


 重くなった空気を読んでヒメが先手を取った。


「いや、地下に続く階段があってね、

 僕たち3人では不安なので、

 君たちと相談して行くか行かないか決めようとしていたんだ」


 意外にも深刻ではなかった。

 ぼくの左横で熊さんが腕組みをして、

 もぞもぞと身体を動かしていた。

 巨体の割には小心者だな。


「地下に行く必要あるんですか? 

 あたしお風呂入りたいんですけど」


 シャツの胸元を指で摘まんで、

 前後にバタバタあおいでいた。


「ヒメさん反対か。太朗くんは?」


 地下か……。ちょっと興味あるな。

 けっこうな屋敷だから財宝が眠ってるかもしれない。

 でも凶暴なモンスターが牙を研いでいるとも言いかねない。

 もしかしたら、

 この記憶を蘇らせる手がかりもあるかもしれないし、

 かといって、

 犯人の隠れ家ってこともある。


「考えすぎー」


 ヒメがジト目で決断を求めてきた。


「ぼくも行かなくていいと思います。

 みなさん精神的に疲れているようですし。

 明日に備えて休養を摂るべきかなって」


「そうですか。で、白さんは?」


 首を縦に2回振った。

 ハカセさんの質問が悪すぎて、

 イエスかノーかわからない。

 手間がかかるが、

 紙とペンを持たせるべきだったな。


「質問が悪かったね。白さんは地下に行くべきかな?」


 今度は上下に首を振って肯定した。


「5対1か。

 地下捜索は保留と言うことで。

 ではキッチンに向かいましょう」


「えっー! お風呂先でしょう」


 ハカセさんとヒメの意見が2つに分かれた。

 ぼくたちって、まとまりないな。


「よしわかった、

 男女別行動にしよう。

 それでどうかね?」


「太朗と一緒に入っちゃダメなの?」


 この気を及んで大胆発言。


 ヒメと一緒にお風呂! 

 身体の隅から隅まで洗いっこするのか? 

 けしからん。

 まだぼくたちは、

 そういう仲って決まったわけじゃないんだから。


 急に口の中の唾液が蒸発して、

 こめかみからは汗がだらだらと湧いてきた。


「太朗くん、お腹空いてるだろ? ほら行くよ」


 ぼくの手を握ったハカセさんは、

 キッチンへ繋がる廊下へ引っ張り出した。


「太朗、またねー」


 あねごさんと白ちゃんを両脇に、

 ヒメが優しくエールを送ってきた。


「熊さん、行きますよ」


 ぼけーっと立っていた熊さんは、

 夢から冷めたようにハッと我に返り、

 ぼくたちの後を追いかけてきた。

 まさか自分も入りたかったのだろうか。





 キッチンへ向かう長い廊下。

 ワインレッドのカーペットの上をハカセさんの後ろを歩いて行く。


「こちらにも廊下があるけど調べたの?」


 ハカセさんが振り向いて不思議そうにぼくに投げかけた。

 キッチンを突き当たり右手には廊下が続いていた。


「いいえ、行ってませんよ」


「ここにキッチンがあるってことは、

 こっちはリビングに繋がっているかも」


 口元を押さえながら推理モードに入ってしまった。


「気になるなら、みんなで行ってみましょうか?」


「太朗くん、頼んだよ」


「ぼくだけですか?」


「そうだよ。僕たちはキッチンで夕食の下調べをしてるから」


 ハカセさんは親指を立ててゴーサインを出してきた。

 その横では熊さんが必死で頷いている。


「勘弁してくださいよ。

 ライオンが野放しにされていたら、どう対処するんですか」


「太朗さんが二手に別れたときに、調べていないのが悪いベ」


 熊さんが強気で見下ろしてきた。

 ていうか、ハカセさんと話していたんだが。


「オーバーだな君は。

 その時は逃げてくれば済む話だよ」


 大きく口を開けてアメリカ人風に笑ったハカセさんは、

 「健闘を祈る」と口走って、

 ぼくの肩を2回叩いて熊さんとキッチンへ行ってしまった。


 すき間は空いてないのに、

 冷たい風が右から左へ通過した。

 ここは腹をくくるしかなさそうだ。

 大丈夫、ぼくの予感はハズレることが多いから。



 木製のドアを引いて顔を覗き込むと、

 長方形のテーブルが中央に木製の椅子が6つ囲んであった。

 やはりリビングだろう。

 薄暗かったので電気のスイッチを探す。

 ドア横に見つかりパチンと押す。

 天井のライトがニッコリ微笑んだ。


 「失礼しまーす」と謙虚に頭を下げて様子見。

 教室1個分の広さだろう。

 左側はガラス戸になっており、

 名も知らない草花が今も雨に打たれていた。


 それにしても殺風景だよな。

 テーブルと椅子の他にテレビ、電話と……。

 ん? ぼくは光のごとく電話の受話器を掴む。

 1、1、0をプッシュ。


「もしもし、もしもーし」


 返事がない。それどころか音すら聞こえない。

 電話機から線を辿っていくと無事に切られていた。


「誰だよ、こんなことをするヤツは!」


 怒りを吐いてくるりと反転すると、

 畳一畳分くらいの大きさの豪華なテレビと対面する。

 期待はしてないが電源押す。


 ……つかない。

 こんちくしょう! 

 椅子を逆さに持って、

 ぶん投げようとしたが、止めた。

 まいっか。明日までの辛抱だから。

 開き直ってキッチンへ行くことにした。





「ちょっと、なに抜けがけしてるんですか」


 キッチンへ入ると、

 真ん中のテーブルを囲んでハカセさんと熊さんが、

 食パンをむしゃむしゃ食べている。


「カビが生えてないか試食していたとこだぁ」


 熊さんは言い訳をして、

 イチゴジャムをふんだんに塗ってもう一口大きく頬張った。

 カビが生えてるって、

 別に食べなくても見ただけでわかるでしょうが。


「太朗くんもどうだい? お腹空いてるよね」


「はい、いただきます」


 無造作むぞうさにハカセさんは、

 1切れの食パンを手渡してくれた。

 少し抵抗があったが、

 お構いなしにマーガリンとイチゴジャムを並々に塗り潰して食べる。


「おいしいです」


 疲れ切った脳と、空っぽの胃袋が一時的に満たされた。


「食べてる途中で申し訳ないが、

 太朗くんは料理の記憶とかってあるかい?」


 一瞬考えてぼくは、


「いいえ、ありませんね」


「困ったな。

 じかに食べられるのがパンと生野菜と缶詰しかなくて」


 明日までしのげれば十分だろうって。


「でも女性陣だったら、いるんじゃないんですか?」


「あの3人で、出来そうなのがいると思うかね」


 ハァーとため息を吐いてハカセさんの幸せが逃げていった。


 あねごさんとヒメと白ちゃん。 

 あねごさんとヒメは料理をするタイプではなさそうだし、

 白ちゃんは幼すぎるから外しているのか?


「こんなのあったけど、見るけぇ」


 口を止めていたぼくに、

 熊さんからのプレゼント。

 1冊のファイルだった。


 残り1口の食パンを放り込んでペラペラとめくる。

 肉じゃが、カレー、イチゴタルト、ハンバーグ。

 これってレシピノートだ。

 誰のだろう? 

 ふと裏を見ると「福永定光ふくながさだみつ 」と書いてある。

 男性の名だ。

 と言うことは、この中の3人の可能性が高いってことだ。


「ここに名前が……」


「知ってるよ。

 僕も熊さんも心当たりがないんだ。

 潜在的に思い出すと感じていたんだが、

 太朗くんも的外れのようだね」


 ハカセさんの言うとおり、

 ぼくも何1つ感じなかった。

 だとすると、書斎にある男の名前だろうか。


 筆跡を辿れば3人のうち誰だかわかる気がするが、

 このレシピノートの文字は、

 パソコンでプリントアウトしたものなので、

 筆跡は諦めることにした。


「ところで、太朗くんが見てきた部屋はどうかね?」


「洋風のリビングでした。

 テーブルと椅子があって。

 そうそう、テレビと電話もあったんですけど、

 配線が切れてて使い物になりませんね」


「ありがとう。

 ここで食べるのもなんだし、

 リビングに食料を持って移動しよう。

 分担は僕が缶詰を持っていくから、

 熊さんは冷蔵庫から飲み物を、

 太朗くんは缶切りとパンとジャム類をお願いできるかな?」


 悪くない役割だった。

 ぼくが軽いもの担当だがら。


 リビングに移動したのは5分もかからなかった。

 中央のテーブルにピクニックのように広げ終えると、ハ

 カセさんは窓際に立って風流に外を眺めている。


 あとは女性陣を待って食事。

 特にやることもない。

 ぼくはハカセさんの横に立ち黄昏れることにした。


 夜のとばりもすっかり下りて、

 漆黒しっこくに染まり、激しい雨音だけが耳に障る。

 ハカセさんは、まじまじと外を見ている。 

 この景色のなにが興味をそそるのか理解しきれない。


「雨、止みませんね」


 心の中を探るために、何気ない話を投げかける。


「そうだね」


 視線を変えずに返事がきた。

 だが返答に困ってしまい、

 ハカセさんとの距離に沈黙の時が流れる。


「太朗くんは今日の出来事をどう思うかい?」


 窓ガラスに手を当てて、ハカセさんは言った。


「どうって言われてもに落ちない部分が多いですよ。

 記憶がないし、

 人が死んでるし、

 電話が繋がらないし、

 それに今日が何月何日かすらわからないし」


 口にするだけで不安が募るばかりだった。

 でもぼくはひとりではない。

 みんな同じの立場の人間がいる。

 もしひとりだったら孤独に耐えきれずに、

 土砂降りの雨の中を爆走してただろう。


「そうだね。不自然な部分が多すぎる。

 あの予告状の通りに僕たちは、

 この状況にはめられたって言わざるを得られない」


 口元をギュッと一文字に力を入れるハカセさん。

 怒りと悔しさが交わっているようだ。

 しかし気がかりなことが1つある。


「ぼくたちの記憶って、

 どうやって失われたんでしょうね?」


「本来、記憶喪失っていうのは、

 頭を強打して脳に障害が起きるパターンが一般的だからね。

 でも大量にアルコールを摂取せっしゅして、

 目が覚めたらぶっ飛んでるって極軽ごくかるい症状もあるし。

 きっと寝てる間に、

 薬でも投与されたんだろう。

 あ、これは僕の推理だから当てにしないでくれよ」


 確かにハカセさんの考えには一理あった。

 と言うことは、


「じゃあ、ぼくたちの記憶は元に戻るんですか?」


「それはわからない。

 特効薬があるかもしれないし、

 ないかもしれない。

 ふとしたことで、

 戻る可能性もあり得る。

 君は記憶が元に戻りたいと思うかい?」


 ズバッと言い切ったハカセさんの問いに言葉を失った。

 さっきまでは自分を知るために手探っていたけれど、

 自分という人間がどういう者なのか、

 真相がつかめないからだ。


 モルモットにされるくらいだから、相当な犯罪者かも。

 真実は知らないほうが、幸せってこともあるのか。


「重い話になってしまったね、すまない。

 にしないでくれ」


 ニッコリとはにかむハカセさんは、ぼくの機嫌を取りかかる。


「滅相もありませんよ」

 と首と手を左右に振った。


「こんなところにいたのかよ」


 あねごさんを先頭に、

 女性陣がバスローブ姿でリビングに覗き込んできた。


「あー、お腹ぺこぺこ」


 ヒメは能天気に腹を抱えている。

 白ちゃんは仏頂面。


「みんな揃ったことだから食事でもしよう」


 ハカセさんが手を叩く。


「男どもはお風呂に入らないの?」


 あねごさんは団扇うちわのように、

 手をバタつかせて自分に風を送る。

 け、結構大いきんだな。

 むっちりと盛り上がった胸元から、

 豊満ほうまんな谷間がくっきりと映し出されていた。


「ぼ、僕は食後で構わないんだが、

 ま、まあいざという時を考えて、

 固まって行動したほうがよさそうだし、

 く、熊さんは?」


 あねごさんの胸を意識していたらしく、

 ハカセさんの口調は、

 電波の不安定なラジオのように途切れ途切れだった。

 そういえば食料をここへ持ってきてから、

 熊さんの姿が見当たらないんだが。


「さっき食ったから風呂さ入るベ」


 部屋の奥にあるテレビの裏を覗いて、

 ゴソゴソと配線を手探っていた。


「ちょっと、

 あたしたちが入浴しているときに、つまみ食いしてたの?

 信じられない!」


 ヒメがぼくの口元まで接近して、

 警察犬のように小鼻を立てる。

 シャンプーの爽やかな残り香をかきわけたぼくは、


「毒味に決まってんだろ。

 全部食べたわけじゃないし、

 こうしてキープしてたじゃないか」


「ふーん、まいっか。

 食べたんなら、さっさとお風呂入ってきなよ。

 それとあたしたちの下着、

 今乾燥機に放り込んでるから、

 戻ってくるときに服と一緒に持ってきてよね」


「うん」


 これ以上の抵抗は無意味に近いので、

 素直に従うしかなさそうだ。

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