第48話閑話 部活へ行こう。。。

「今日もゲキキモイね、もけくん」

前の席の真っ赤な髪の女性がソバカスだらけの顔で話しかけてくる。

どうせ今日も僕の机の上に花を活けてチーンとマジックで書いたのも彼女なのだろう。えっと小栗さんだったかな・・・?


まあ毎日のことなのでどうでもいいが・・・って爆音だ。


ブゥオン!ブウオン!!


教室の外でつまり廊下でバイクの音がする・・・うるさいなあ。

何台もバイクが校舎内を走っている。


「コラァ――!!貴様ら―――!!」


叫んでいるのは大和田先生か・・・。

ガラスが割れる音と怒号がこだまする。


つまり6高は今日も平和だ。


真っ黒い長髪で顔を隠しさらにその上から分厚い眼鏡をかけている僕の表情を読み取るのは誰にも不可能だろうが・・・この素晴らしい学び舎で学べることは何もない・・・部活へ行こう。


「今日もサボるの?もけくん退学になるよ・・・きっとたぶん」

「・・・」

いつも通り無視してさっさと校舎の階段を下りていく・・・霊眼で教師の動きは手に取るように分かる・・・。


一度も誰にも見られずに校舎裏を通り、用水路の上を渡り、テニスコートのフェンスを横目に見ながら春の林に入る。なかなかいい日差しだ・・・しばらくこのまま寝てしまいたい誘惑にかられるが旧美術講堂へ急ぐ。

寝不足にはわけがある・・・最近は如月葵と西園寺桔梗を交互に遠隔視しているせいだ・・・今も見ている・・・ほぼ起きているときはずっと観察中だ。如月葵が好き勝手動くせいで計算通りいくのか心配だ。


必要に応じてあれとあれをぶつけたりさらに勝った方とあれを戦わせてと・・・勝手な計画ではあるが・・・葵がちゃんと動くか甚だ不安だ。


植物も昆虫も結構好きだ・・・春はいいなあ・・・旧美術講堂が見えてきた。

まあどちらにしても今日の如月葵は余裕ないだろうが・・・。


「キエ~!もけ!関心である!間違いない!」

崩れかけている旧美術講堂の我らがZ班の部室から声がする。

ブロッコリーがいるじゃないか。


「アフロか・・・部活に勤しもうと思ってね」

「感心だぜえ!もけちゃんよう」

「こんにちは、もけさん」

「ああもけさん、昨日からサンダーマウンテンですよ」

うーん、授業中やでコイツ等。


旧美術講堂にはすでにアフロ、オールバッカー、青木君・村上君コンビの4人がすでにいた。


しかも麻雀中だった。


まあいいや。僕は定位置のPCの前に座る。

「キエ~!事件発生か?もけ」

感がいいね。僅かな・・・顔も見せていない僕の変化に気づいているのか。

麻雀はアフロの大勝の様相だ・・・この男は勝負事は強いのだ。


「また第3高校であろう?」

「さすが正解だね」

どういう感なんだ?冴えてるなあアフロ。


「ついさっき第3高校が姿の見えない敵に襲撃されてね」

「ふむふむ、続けてくれ・・・それロン!」

「ぐげえ・・・アフロさん、またですか」

「キエ~!青木・・・まだまだである」


今日何が起きたか第3高校で・・・。

ついさっき秋元未来が“ゲヘナ”の鏡の世界に飲み込まれたのだ。

異変には数日前から気づいていたが“ゲヘナ”の目的も分からず様子見していたのだが。


「キエ~村上!早よせんかい・・・なるほどなあもけ。また秋元未来か・・・あやしいのう。ゲヘナの間者ではないのか」「いやあ切るものがなくて・・・」

鋭いなんてもんじゃないなアフロ。そして村上くんは雀パイをどれを切るか決められないようだ・・・まあ性格だな。


それにしても僕は忙しいのだ、鏡の結界の綻びを探して“ドラゴンディセンダント”メンバーだけで入れるような術式を組む必要がある・・・賢い僕のことだ・・・20分もあれば・・・。


・・・術式を組むのは得意だ、多分この学園でもトップクラスだろう。いやそもそも新しい術式を造っている術者が霊眼で観察している範囲で学園に一人もいない・・・僕だけだ。

静かに論理的に考えるのは得意なのだ。小さな小さなころから。

大きな大きな屋敷で・・・5歳のころ父王はご自分が亡くなる前日に自分の死を匂わせる言葉を発し、そして僕は5歳児が思いつく限りの救命を考えていた・・・除細動器や薬剤、解毒薬等々だ・・・そんなものを突然自室に集め出した僕をメイドたちは笑っていた。そしてそのため父は毒殺されたが僕は生き残ったのだ、飲み込んだ毒入りジュースも少量だった。父のため用意していた活性炭が役に立ったわけだ。

殺されるのを予見していたかのような父はなぜそれを避けようとしなかったのか今でも謎だ。


人には役割があるといった父・・・。


そしてついでに思い出すのは母らしき人のことだ・・・母らしき人。

一命を取り止め警察病院に連行された一室で初めて会った女性、如月弥生。

父王に毒を盛ったのは誰か・・・中毒状態を脱していない5歳の僕と屋敷に入ることを許されない身分の如月弥生が疑われたのだ。この如月弥生が母なのだと言う、一度もあったことも喋ったことも触れた記憶もない女性。

顔はこわばり冷や汗でびっしょりだったのを覚えている。


数日後、警察病院の取調室で・・・文字通り取り調べ中に如月弥生は亡くなった・・・一度も僕と話さないまま。


そのころから霊眼の能力に目覚めていて自分の意思とは無関係に時おり僕は何かを見ていた・・・半ば強制に。

つまり離れた取調室で如月弥生が何をされていたのか13名の男性から何をされていたのか僕は見ていた。

13名の顔も名前も所属も覚えている。

次は僕の番だと思ったが犯人はあっけなく捕まった・・・屋敷にメイドは40名近くいたがそのうちの2人だ。1人は海で自殺・・・に見せかけて殺されており1人は今も服役している。お金に困っていたとのことだ。2人ともよく遊んでくれたメイドだった。


大きな大きな屋敷を追い出されて行ったのは大阪の特殊施設だ、ここで如月葵と出会った。葵は出生を隠されていた父王の4人目の子供ということだった。表向き如月葵は如月弥生の養女との説明だった。4人とも異母兄弟。施設長は父王に大恩があったのだそうだ・・・僕と葵の協力者だった・・・定年までは。


8歳の時に栃木県の山奥の竜王の墓地に軟禁されることになった。アビルという16歳のメイドと2人きりで・・・アビルは死刑囚の娘で父親は誰か分からいとのことだった。行き場のない・・・そう言う意味での似た者同士の僕とアビルは・・・心を開かず全く仲良くなかった。


もうすぐ呪殺される僕の役割はなんなのだろう。



―――結局、あああ夕方になってしまった。

江上明日萌の古代シュメールの魔法と、三守沙羅の真言を組み合わせるのは難解だった。

とてつもない難易度のパズルだった。

鏡の迷宮に入るのはすぐ解けたのだが内部は罠だらけなので、罠の全くないところを探して最終目的地である秋元未来たち女子生徒がとらえられている牢獄から侵入させることにしたのだ。

この芸術的術式を組めるのは世界でもそうそういまい・・・さすが僕だ。

鏡の迷宮にとらえられている女子生徒は秋元未来を除いて全員気絶している。未来はまわりの女子生徒を介抱しているようだ。

全くこの子は何がしたいのか。


「キエ~!ロンッ!」

むむ、集中していて気づかなかった。

コイツ等・・・僕が死ぬほど頑張って術式を組んでいる間ずっと麻雀をしていたのか。

平和か・・・テロ組織が攻めてきてるというのに・・・。

旧美術講堂には沈む瞬間の夕日が差し込んでいた。

まあ彼らに多くを望んでも仕方ない。


術式を葵の携帯端末にメールで送っておこう、ついでに古い友人の彼女にもメールしておこう。

これで秋元未来を救って終了・・・でいいのだが葵のことだ・・・敵の術者を探して暴れるかもしれないな・・・敵の目的が葵だけなのか・・・ほかに何かあるのか。


「くっくっく、もけ。悩んでおるのう。目的は集約していくものであろう」

(ゲヘナの目的は・・・現在の何かの破壊であるのであれば・・・いくつかの手段は・・・つまり過程は必要な・・・つかアフロ・・・超能力者か・・・)

「まあとりあえず対策はできたから・・・」

「うお―――またハコった!おれっち今日はついてね―――!」いや単純に麻雀が弱いからで運じゃないと思うけど・・・まあバカなんだよ。


ドッカァ―――ン!!


美術準備室で音がする!!

ま、まさか・・・ヤバいぞ!これは・・・。


全員の背筋が凍る・・・しまった覗いておけばよかった・・・無理か・・・ずっと葵を見てるし。

ああ、奴がやってくる。


ゆっくりと美術準備室のドアが開き・・・とうとう出てきてしまった。


ダークアリスだ!!


「ぅるせえんだよ!テメーラ!!」

食い殺しそうな目つきで出てきたのは真っ赤なビキニを着た長身の女性だ。

モデルのような体型・・・顔もモデルなみだ・・・目つきを除けば・・・。

Z班は彼女を除けば3年生、彼女は2年生である・・・。


「人にメーワクかけてんじゃねえよ!寝られねえだろ!!あぁん?燃やすぞテメーラ」

「ごめんね、ごめんね」「まあ怒るなよ、おれっちは悪くねえぜ」「ごめんなさい、銀河パトロー・・ぶあっ!!」3年生男子たちは口々に謝っている。青木君は何かを投げつけられた。


ああ、情けない。

しかしアフロはさすがだ・・・堂々としている。


げ!こっち見やがった・・・怖わ・・・ずんずん歩いている。


「キエ~!イチゴミルクが足りないのではないのか?黒川・・・」

「あぁん!!呼び捨てかよテメー」

「キエ~、村上、黒川殿にイチゴミルクを買ってくるのだ・・・」

「は、はい」

「イチゴミルクだぁあ?・・・まあいいだろ、さっさと持って来い、あたしは寝る。起こすんじゃねえ」

どうも納得がいかないのだがアフロ部長はもうちょっとキツク後輩を躾てくれないと・・・上級生としての・・・げ!

またダークアリスがこっち見た・・・怖わ・・・。


結局村上君が何度もコケながら美術講堂を出ていった・・・後輩への献上品を買うために。


やべえ・・・準備室にずっといたのか・・・。

そしてまたビキニ姿で・・・電気スタンドで肌を焼いているわけだ・・・イヤホンで音楽を聴いているはずだが何らかの理由で外れたか終わってしまったのだろう。

気を付けなければならないな。ダークアリス、ゲヘナより怖い・・・。


しかし電気スタンドでは肌焼けないのでは・・・。



―――20:00頃、第6高校旧美術講堂からずっと離れた第3高校・・・“ドラゴンディセンダント”の方は・・・やっぱり動きがあったようだ。“ドラゴンディセンダント”メンバーは軽く食事は済ませたようだ。校舎からやや離れて葵が帝をボコボコにした原っぱを抜けて林になっている場所に足早に入って行く。


「―――何者なんすか、姐さんのお師匠様って。とんでもないっす」緑川は小走りで走りながら葵に尋ねている。

「どういった能力・・・高度過ぎる気が・・・うち真言が使用できるなんて一言も」

「まじか・・・なんとかなるんか」ロミオはまだ腑に落ちないようだ。

「こんなとんでもない姫の姉御のお師匠様なら分かる気がするけど」レオナもいる。

「アスモちゃんも驚きであります・・・そのような信じられない術式を組むとは・・・神話の中でも数えるほどしかいないであります」

食事中に葵の端末にメールをして鏡の国の裏口の場所と侵入方法を細かく記載しておいたのだ。侵入にはアスモの古代の術式と三守沙羅の真言を組み合わせて複合魔法を形成する。異界化結界に穴を開けさせるのだ。


あとはまあなんとかしてくれ。


視界を肉眼に戻すと対面にアフロがいる・・・。

村上くんがイチゴミルクを買いに行くために麻雀のメンバーが足りなくなったために、僕がかり出されているのだ。


僕とアフロ、オールバッカ―と青木くんとで四角い麻雀卓を囲んでいるのだ。

デキソコナイの奴等のくせに熱いオーラがこの場には満ちている


しかし僕は手強いぞ・・・。

なにせ麻雀パイがすべて透けて見えるからな。


早速・・・。

「ツモ・・・」

「まじかよもけちゃん!強えーな」

「戦いの火ブタと水ブタが合わさるのです・・・」意味わかんねえ、青木君。

自腹でジュースを買って戻って来るまでに村上君の点棒をトントンくらいには戻しておいてあげなくては・・・。


代わりと言っては何だが。

この美味しそうな・・・とても美味しそうな村上君の焼きそばパンは食べてしまおう。

ああ役得だ・・・。


戦いは困難を極めた・・・。

麻雀パイが透けて見えるのにアフロに追いつかないのだ。


そしてずっとハゲの青木君がしゃべっている。誰も聞いてない。

「―――聞いてくださいよ。みなさん。こないだの第4高校の牝悪魔たちと第5高校の筋肉バカたちの戦争が地蔵峠でありまして―――その上、ガリバー兄弟が混乱して大戦争になって―――でもすごいんです―――ウフフフフ―――正義を執行したのです!この青木スパイシーレンジャーは―――倒れている牝悪魔どもの胸を揉んで、倒れている筋肉バカどもの財布から世界平和のために寄付してもらったのです。それだけではありませんので―――」

「キエ~!それロン!青木・・・そしてそういうのを火事場泥棒と呼ぶのである、間違いない」


それにしても恐るべき策士だ・・・雀士か?・・・緑アフロ隊長・・・敵じゃなくて良かった、今は敵だが。


ん?旧美術講堂の入り口で気配だ。

「ただいま。お帰りなさいって言ってるの。東の空でニャンブ―ちゃんカステラ食べたい」

村上君じゃなくて・・・裸足の女子高生が中空を睨みながら何かと会話しながら・・・部室へ入ってくるではないか。ニャンコブーメランという名前のウサギのヌイグルミの右耳を持って振り回している。


(ヤバい!尋常じゃない雰囲気だ。今日は会話できそうもないな)


星崎真名子はまっすぐ壁際に行く・・・この時間から部活動に参加か、まあ理解はできまい。


そして、そして麻雀はオーラスだ。

このままいけば2巡後のツモで僕が逆転勝利で終わりだ。

恐ろしい敵のアフロの背中がもうすぐそこだ。


決意が重要だ!

やってやる!


もちろん僕はすべての麻雀パイを透視している、この降魔六学園では魔力を使うのは禁止されていないのだから。


負けた方が悪いのだ。


「ポン!です!」


あ!青木くんが鳴いた・・・あれ?

麻雀パイの順番がずれる・・・あれ?


「キエ~!それロン!間違いない」

「・じかよ!アフロちゃんよお」

「えええええ!」

まじか・・・すべてを透視してさらに負けた・・・。

ポンさえ無ければ・・・青木君のポンさえ・・・。


っていうか緑川尊たちは未来みくを救うだけじゃなくってゲヘナの“祟鏡鬼(すいきょうき)”も倒す気か。

っていうかオールバッカ―、勝ち逃げ許さねえって麻雀も終わらないのか。


―――ややこしいな。む?なんかいるぞ!

強力な術者の反応・・・。中央区。スーツ姿・・・女性だな。年は30代と言ったところ。抑えているが非常に強力な闇魔法の香りがする。何者だ?・・・と言いたいところだがこのタイミングだとゲヘナ関係者かな。これほど強力だと幹部かもしれない。すこし探る必要があるか。鏡のダンジョンも要チェックだが。麻雀もまた始まる気配だ。


―――あ!忙しいなあ!

鏡のダンジョンで武野島環奈が調子に乗って・・・。かなりの数の魔族に襲われているが・・・。


眼前の敵を潰せ!“重積圧縮断層波”!!!!

「今度こそ隊長に勝ちます!!“青木ハカイビーム”!!」

向こうもダメだけど、こっちの青木君もなにかしてるダメだこりゃ・・・。


やっと大量にイチゴミルクを買ってきた村上君が戻ってきた。

麻雀はお役御免といったところだ。

「じゃあアフロ。ちょっと出かけて来るよ。テロ組織を潰してくる。村上君2位にしといたよ」

「キエ~!気を付けていくがよい」

「勝ち逃げかよ。もけちゃんよぉ」

「さすがです。もけさん。この青木スパイシー仮面の分まで正義執行してください」

「いってらっしゃいです。2位すごいです。ありがとうございました」

コイツ等・・・アフロ以外は・・・本当のこと言ってるって気付いてないんだろうな。


旧美術講堂を出た瞬間右手の感合印を発動する。

竜の召喚士にもどるわけだ、TMPAが跳ね上がる。

――――さてさっきのゲヘナ関係者を調べなくては、できれば印を・・・。んん?いや城嶋由良とアライアンス“ジュウェリーズ”も動いている・・・。第3高校へ向かっているようだ。何かあったか?この件に介入するつもり?

まあいい。

まずは中央区だ。


加速する。空中を音速より少し遅いくらいのスピードでぶっ飛んでいく。

能力を使うのはリスキーだが・・・少し高揚する。


見付けた・・・ゲヘナの関係者だろう・・・吸血鬼の可能性があるがバレずに偵察する必要がある。できれば身体に印を付けておきたい、葵や桔梗のようにいつでも覗けるようにだ。




―――数時間かかってようやく名前が分かった。このゲヘナ関係者は恐らく“香樓鬼(こうろうき)”だろう。黒いスーツの女性だ、醸し出す雰囲気は闇そのものだ。

“香樓鬼”・・・何かをしようとしているようだが今のところ全く分からない。


―――しかしそれよりも危なかった。

深夜“香樓鬼”を追っていてタイミング的には偶然見つけた。

「乾坤一擲・・・」と呟いて魔力を解放し巫女のような魔装鎧をまとい、魔族を追って本屋の2階に三守沙羅は飛び込んで行くのを。


飛び込んだ瞬間・・・。


“反鏡群現”!!!


と水属性の防御楯を5枚作るのと・・・「あっ!」三守沙羅の身体が業火に包まれて焼けるのが同時だった。


“空間覚醒移送”


黒衣という名をつけた忍者のような魔装を纏い“紫電”という名の光属性の槍を構えて結界内にテレポートした。

抗術の効果で熱は感じないが召喚士が一瞬で黒焦げになる威力だ。

侮れない・・・侮れないので手加減抜きだ。


右手の“紫電”で一閃薙ぎ払う。沙羅の身体を焼いている9体の火炎系魔族は一瞬で、恐らく僕を認識する間もなくこの世から消えた。


さらに抗術でスピーディーに鎮火する。


うーん、真っ黒く焦げた部屋で真っ黒い三守沙羅・・・生命活動停止している。

あんまり介入したくないんだが・・・仕方ない。


“光子覚醒降誕”


高度な蘇生魔法だ。

彼女は真っ黒だったがあっという間に再生というか生命が吹き込まれる。

吸血鬼化した穂村恵美は失敗したからな・・・。


どんどん皮膚も髪の毛もあっという間に青い光に包まれて回復して・・・回復して。


完全に全裸の三守沙羅が横たわっている・・・ああ全裸だな、どこから見ても全裸だ。


うん、全裸だ。


・・・ええっと、これは誰かに見られるとセクハラで訴えられるのでは。

魔族の結界をこのままにしてさっさと逃げよう。未来がこの結界を破って止めを刺すとは思えないし。権藤先生と安藤先生が接近しているしな。


本日2度目の。

“空間覚醒移送”


そうださっさと鏡の国へテレポートしよう。

忙しいな―――さて鏡の国の中は全員生きているかな・・・。

葵、緑川、カンナの3人が一番深く潜っている。

あれ?何者かの魔力干渉・・・エミリーだな。桔梗たちも入る気だな。

おっとダンジョンの中層・・・葵たちともアスモたちともずいぶん離れて・・・綺麗な金髪を振り乱してジェニファー1人でなかなかピンチだな。


キュ――ン!!


乾いた音がしてジェニファーの左肩が一瞬光り「うあっ!!」・・・出血した!石橋も一部破損する・・。

ジェニファーは数発魔術で遠距離から狙撃された・・・ん?どこから?どっちだ?そのままジェニファーは数体の魔族とともに谷底へ落ちていく。


―――超遠距離から狙撃したのはその岩窟内にある大きめの建物・・・寺院の屋根の上からだ。

「あたりましたぁ。由良さまぁ」

「さすがねリツコ・・・上手ね」

リツコに狙撃させたのか。しかしこれは見ようによっては囲まれていたジェニファーを救ったか?あの城嶋由良が?

おっと花屋敷華聯の魔力知覚だなジャミングしておこう。



―――少し由良たちから数百メートルほど下の方・・・下層でジェニファーの受難はまだ続いている・・・。

全身・・・傷だらけだ・・・金髪は血と粉塵でよごれている。先ほどの左肩の狙撃痕はすでに消えかけているようだ。ん?戦闘中にジェニファーは何か喋っている・・・。

「はぁはぁ・・・10歳の時・・・だったわけ。グランマに呼ばれて、あなたはその国へ行けば魔族に囲まれて死ぬ・・・なんて言われて。パパが怒ってた・・・」


ジェニファーが一番ピンチだがあとのメンバーは大丈夫そうだな。

今のうちにこの鏡のダンジョンのことを探っておくか。


――――――約1時間40分後・・・。

大津留ジェニファーはまだずっと戦っている。

中級魔族と一対一だ。

ひたむきないい目で戦う・・・。魔力を爪先に集中して右手の手刀を繰り出す・・・まるで命を絞るように・・・うん、いいファイターだジェニファー。集中力を切らさず・・・ノーミスでこの時間戦い続けるのはすさまじい。


“破魔覚醒五指弾”


奥の手かな・・・しかも勝つか・・・卓越したスキルと集中力だ。

そう・・・よく勝ったな中級魔族に一人で・・・ジェニファー・・・実力差を考えれば大したものだ。


だがボロボロの金髪美女は気絶だ・・・。死ぬ間際に中級魔族は他の仲間を呼んだ、強力な仲間だ。召喚士というトロフィーは魔族にとって重要なのだろうか、戦闘中は仲間を呼ばなかったからな。あるいは魔族にも何らかの流儀があるのだろうか。


そんなこと今はいいか。

中級魔族が何体もやってくる。このダンジョンの最大の難所なのだろう。

一瞬で彼女の肉体は消滅するだろう。


色々背負っている僕は介入するべきではないのだ・・・ないのだが。

ジェニファーも背負っているものがあるのだろう、彼女が見た目と裏腹に死ぬほど鍛錬しているのを知っている。彼女のひたむきさには感慨深いものがある。


“四界覚醒授臨”


姿を出すのは危険と知りながらいつの間にか僕は倒れたジェニファーの傍らに座り覚醒抗術を彼女の身体に張りめぐらせた。

この術は回復だけではない力の流れを変えるきっかけを作ることができるのだ、高度な術だ。

まあ彼女の能力が臨界に達しているからこそ使えるのだ。


さて、彼女は不思議そうに上半身を起こす、傷はほとんど回復しているはず。

そして僕は紫電を構えて彼女に背中を晒して迎撃態勢をとっている。顔はもちろん魔装鎧“黒衣”で覆われている。

いくらなんでも敵だとは思われないだろう。


「・・・わけがわからないわけ。これはあなたが?」

その問いに答える気は無い、代わりに構えている槍をさらに少し引く、敵が来るぞと伝えているわけだ。

飛来する何体もの中級魔族に気付いていながらジェニファーは自分の手足を見ている。

彼女の四肢はダイヤモンドかガラスを散りばめたようになってるのだ。キラキラ光る手袋にブーツと言ったところだろう。

魔装鎧を構築しにくい彼女の魔力だが要は力の方向付けだ。

「これが、あたしの力・・・なわけ?」


はあ・・・それにしても特殊魔装状態となり生まれ変わったジェニファーではあるが消耗している。あの中級魔族たちはほとんど僕が倒すことになるだろう。


やれやれ今日は忙しい。


―――もちろん余裕だった。

メンドウだったのでどうせある程度の実力はジェニファーにはバレるし最速で次々と中級魔族を屠ってやったのだ。ちなみにジェニファーももう一体仕留めていた・・・まさしく覚醒した感じだ。

「すごい!すごいわけ。あなた・・・あ、消えた・・・見失うなんて」

駆け寄ってきた時点でもう僕はいない、彼女の能力では知覚できないだろう。


この鏡の国で一番成長したのは大津留ジェニファーなのだろう。




―――とうとう最深部で葵たちは“鏡の巨人”との戦闘開始だ。

このダンジョンのボスと言っていいだろう。


“ドラゴンディセンダント”と“ホーリーライト”さらに“DD-stars”の混成パーティだ。余裕だろう。



如月葵と西園寺桔梗が“鏡の巨人”と戦うようだ。

まあすぐ終わるだろう。


―――

―――

―――

―――約3時間後・・・・。

いやあ・・・おまえら・・・ふっざけんな。

だから本体を倒さないと“鏡の巨人”は復活するんだよ。

奥の玉座に黒い小さな鏡があるだろ・・・。あそこの中だってば。

35回も倒して再生を繰り返して・・・アホか。


うーん。実はジェニファーの影の中に僕は潜んでいるんだけど。

もっかい介入するのか?今回忙しいな。


“空間覚醒移送”


さすがに内部構造までは良く見えない・・・罠があるかもだが・・・理論武装して行こう・・・数秒考えて、意を決し黒い小さな鏡の中へテレポートする。

おや?レトロな造りの一軒家の内部のような所だ・・・その2階建ての2階に自分は出現したのか?

まずいな・・・魔装が消えている・・・魔力が全く使えない。


赤いジャージ姿に戻ってしまった。先輩のお下がりのジャージは大きすぎるのだ動きにくい。

だがこの結界はつまり敵も魔力が使えないはずだな。


音を立てないように階下におりる・・・。

僅かに音がする、下にやっぱり人がいるな・・・。

敵が複数いる可能性は・・・この用心深さとこの結界内のありようからすると・・・低いか。


ゆっくり・・・ゆっくり慎重に・・・向こうが僕に気付いている節はない。

普通の家のリビングの長椅子に腰かけてレトロな形のテレビを見ている人がいる・・・後頭部が見えている・・・白髪だ。

テレビ画面は・・・なるほど、桔梗と葵が“鏡の巨人”と戦うのを見ているわけだ。


「くそが!なんじゃコイツ等は一体」


“鏡の巨人”は連戦連敗・・・文句も言いたくなるだろう。

しかし今の声・・・男性で結構な老人だな。

鏡のダンジョンを作り魔族を使役し、自身の召喚獣“鏡の巨人”をこの結界内で不死化している強烈な術者。


・・・ゲヘナの幹部、異界化結界の天才と言っていいだろう・・・祟鏡鬼だ。


うーん魔力はこの家の形をした結界内ではやっぱり使えない。

背中はがら空きでこの老人はテレビに集中・・・。


とあるものがキッチンに見えている・・・フライパンだ。

あれで後ろから殴るか・・・。


一度木製の廊下が少し音がして血の気が引いたが真っ黒い鈍器・・・フライパンのゲットだ。

こうなると・・・桔梗と葵・・・頑張って戦闘を引き延ばしてくれ・・・と切に願う自分がいる。全く人間なんて勝手なものだ。


リビングに細心の注意を払いつつ入る。

フライパンは右手だ。

この老人は何か飲みながらテレビ観戦しているわけだ。

全く後ろに誰かいるなんて気付いているそぶりはない。


行ける・・・後頭部を殴って終わりだ。


ドゥン!!


天井が見える・・・耳がボーンとして・・・何もかも白っぽく見える・・・。

何が起きたのか・・・。


「ふぁははは!」

爺さんの声だ・・・笑い声だ。

火薬の匂い・・・。爺さんがこっちへゆっくり来る。


ああ、そうか持っているのは猟銃か・・・撃たれたな。

焼けた匂い。長椅子ごと僕を撃ったか・・・バレてたわけだ。


「ふぁはは。最初っから気付いとるよ。ん~女か?」

息が吸えない・・・僕は男だとボンヤリ考えるが・・・身体の感覚がない・・・。横隔膜が痙攣しているようだ・・・結構冷静だな・・・視界がぼやける。


爺さんは猟銃の先で僕の髪の毛をかき分けて観察している。

「おおこれは美人じゃの。しばらく一緒に住むかの?まあ助からんじゃろうがな」


なんとか声を出そうと試みるが・・・口をパクパクするだけで上手くいかない。

「ん~~?一緒に暮らすか?命乞いかぁ?なんじゃ?なぁんじゃ?ん~~~?むふぅぅううううう?う?」

そして爺さんは猟銃を構えて僕に狙いを付けて・・・そのまま引き金を・・・いや・・・いや・・・前のめりに倒れた。


んー。


あー。


「あーあーあー・・・うん喋れるね」

あー痛てててて。


なんとか上体を起こす。

爺さんはおしりを突き出して前のめりに倒れている。


・・・ああ。よいしょっと。


よし立てた。

「血が出てないんだから。よく見ないと。“祟鏡鬼”さん」

倒れている爺さんは動く気配がない。


「あのね。僕の顔じゃなくって胴体を見ないと・・・防弾チョッキですよ・・・理論武装してるんで・・・予想の範疇でしたね」


そう、赤いダボダボのジャージの下に防弾チョッキを着ているのだ。

「僕は容易周到でね。それからなぜあなたが動けないかというと種明かしは神経ガスですよ。僕は毒には詳しいんです。もちろん自分には解毒剤を撃ってます。結構広いからここ。効果不十分だったらと心配していました」


ああっと、背伸びを一回する。

まあ胴体撃つとは思ったけどよかったよかった。


「僕は臆病でね。影の中にかなりの防犯グッズとか魔力を封じられたとき用の武器があります。まあ魔力を封じられる前に取り出す必要がありますけどね。すべて想定範囲内でした」


そう言ってまだフラフラするがテレビのリモコンを探す・・・多分これを媒体にしてこの鏡のダンジョンを運営しているはずだ・・・まあこのレトロ好きの老人がやりそうなことだ。


「うーん。これかな?」

僕は停止ボタンを押してみる・・・違うか。

こっちの青いボタンか?

あれ?違うか?


ん?テレビの中の“鏡の巨人”は健在だが・・・この感覚は。


そしてその瞬間、老人が飛び起きた!

「ふぁは!ぶぁかめが!」


ガリガリガリ!!!!


キッチンの壁を壊しつつ“鏡の巨人”が現れる・・・葵や桔梗が戦っているものより少し大きく強いな・・・。つまりあれば無限分身のようなものなわけか。

「本物はさっきの比ではないぞ!賊め!!」

確かに強いな。魔力無効化結界を解除してしまったようだ。

「クラウディア!殺しつくせ!」


・・・そしてまた爺さんは怖い顔のまま動かなくなった・・・。

「ふぁぁぁあ・・・ぁ・・・ぁあ?」


戦闘はもう終わっている・・・すべて予想の範疇だと言ったのに。

“鏡の巨人”・・・クラウディアは後ろから胸を刺し貫かれている。

僕の竜“モルネ”の頭部から歪に生えているダークロングホーンで・・・。


ゆっくりとクラウディアは崩れていく。


“追召喚覚醒魔方陣”はオートで発動するのだ、相手の召喚魔方陣内に同時召喚される。

対策をしていないと召喚獣を呼び出した瞬間に心臓を貫かれることになる。


テログループの大幹部である爺さんはそのまままた倒れた。

魔力で神経毒を中和したのだろうが、召喚獣を失い・・・一般人となり。

まあもう一度倒れたわけだ。


横たわっているが・・・呼吸筋がマヒすることは無いだろう・・・一度中和してるし。


パリン!

テレビ画面が割れる・・・。

霊視していると葵たちのいる大広間の奥・・・玉座で黒い小さな鏡も音を立てて割れる。

同時に大広間の不死身の“鏡の巨人”は巨体は・・大盾も大剣も皺皺(しわしわ)になり潰れていく。

「さよなら。祟鏡鬼さん。あなたとは一緒には住めません。あとあなたは助かりますよ」

さて帰るか。


カバンが置きっぱなしの旧美術講堂へテレポートする・・・葵たちも無事出れたようだ。


それにしても・・・業火に焼かれた沙羅・・・中級魔族に囲まれたジェニファー・・・ラスボスにいたっては見つけられないし・・・どーもこーも。

しかしゲヘナの目的が気になる・・・葵だけが目的なわけがない。祟鏡鬼は倒したが・・・まだまだ幹部は大ぜいいるようだし・・・香樓鬼がなにをしようとしていたのか・・・結局不明だ。


それに鏡のダンジョンはほとんど次元崩壊を起こさなかった・・・なぜか安定している。

そうそう“祟鏡鬼”さんは異界化結界のなかの特殊異界化結界にいるわけで、一般人である“祟鏡鬼”さんは絶対に外には出れないだろう。まあ食料もたくさんあったしフライパンもあるし・・・元気に暮らしていくだろう。


そして旧美術講堂で恐ろしいことに愕然となっている・・・。

朝7時だよ・・・。

まだオマエラ麻雀してるんかい・・・。

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