第30話 ゴールボール

 タカマリが言ってた通り、用具室の棚を見直してみると、ゴールボール用のゴーグルが6個あったので、そのうち3個を持ち出して、それぞれの頭のサイズに合うようにベルトを調節した。タカマリ曰く、全盲の人でも、一応、黒いゴーグルを付けるルールになっているようなので、礼君も付けることにした。また、5mの平均台1台だと、それなりに寝そべれば大体防げそうだから、3mの平均台を2台、全長6mのゴールとして並べ直した。

 本当は、ボールを投げるエリアの線、最初にボールをバウンドさせるエリアの線、守備側のエリアの線なんかが必要なんだそうだが、俺たちはずぶの素人だからその辺りは適当にして、ボールの速さもゆっくり投げるように約束し合った。そして、1対1で、お互いに3回投げ合いっこして点数を数えることにした。


 まずは、俺が投げてタカマリが守る1回戦目からのスタートだ。さっきは、守る方で耳を集中させることが肝心だったが、投げる方だって、ゴーグルを付けてある程度時間が過ぎると、どこがゴールの中心なのかわからなくなったし、守るタカマリが果たして左右どちらに動くのか、それとも動かないのかさっぱりわからないまま投げなければならない。

(ええい!とりあえず、ゴールの中心と思われる位置から左側に行くぞ)と俺はボールをバウンドさせないように転がした。投げてすぐにゴーグルを上にずらすと、守っているタカマリは女の子座りの状態から左側に身体を投げ出して伸ばした両手で俺のボールを止めやがった。


「おお、タカマリ、やるなあ」


「ふふふ 私、耳には自信があるのよ。聴力2.0なの」ゴーグルを上にずらしながらタカマリは言った。


「それは、聴力じゃなくて視力だろ!」


「ふふふ じゃあ、今度は私の番よ」とゴーグルを付け直してタカマリが言った。


(さっきの試し投げの時、タカマリは左側に投げたから、今度は右側か)


 と、思っているうちに、俺のわずか左側を鈴の音がしたような気がした。


「やった~!1点ゲット!」とタカマリの大きな声が聞こえ、子どもたちも歓声を上げた。


「やられた~ おい!桃子!お前は、俺のチームなんだから、やった~って言うな!」


「ああ、そっか。あきおじちゃん、しっかり~!」


(くそう、タカマリめ。次は、どうする。左右と見せかけて真ん中で勝負だ!)


「やった~!止めたよ~!」


「あゝ、またしても」


 結局、この勝負、3対0で高井家のリードとなった。


「清水君、家に帰ったら耳掃除しなよ。きっと、細かいコケとか詰まってんじゃないの~」とタカマリは笑った。


「よし。桃子、今度はお前の番だ。礼君のボールを止めてやれ!」


「まかしといて!あきおじちゃんは、そこでねてていいよ」と、桃子は自信満々に言ったが、これまた、3対0で礼君の勝ちになった。合計得点6対0で高井家の完勝となった。タカマリと礼君は抱き合って喜んだ。


「ももこ、れいくんにだったら、まけても、くやしくないも~ん」と桃子は笑っていた。


「これ、真面目にやると結構、面白そうだね」


「そうね。でも、地域学園の体育館にゴールボールがあるなんて知らなかったわ。これからちょくちょく来て遊ぼうかしら」


「来年、なんとかピックもあるし、礼君の通っている盲学校でもやるかもね」


「それを言うなら、パラリンピックよ。そうね、先生にも聞いてみるわ。仲間が増えれば、ブラインドサッカーも面白そうなの。あれは、結構、身体もバチバチ当てながらだから男のスポーツだわ」



 俺たちは、出した用具を全部、用具室に片付けて靴を履いた。


「あ、12時になるわね。玄関に行くわ。実はね、ピザを配達してくれるように頼んでいたの」とタカマリが言った。


「ピザ?それ、どこで食べるの?」と俺が聞くと「地域学園の2階に畳敷きの研修室があって、そこに持ち込んで食事してもいいことになってるのよ。研修室も予約しておいたから」とタカマリが言った。

 何から何まできちんと準備する女だと俺は思った。


「ちょっと、礼をよろしくね」


 そういうと、タカマリは小走りに玄関に向かっていった。


「あ、あきおじさん、このまえは、ハンカチどうもありがとうございました」そう言って礼君がハンカチをパーカーのポケットから出して俺に差し出した。


「ああ、そうだったね。いいんだよ」


「このハンカチ、せんたくはママがしたけど、アイロンはぼくがやりました。まがってないですか?」と礼君が言った。


「ああ、全然、曲がってないし、しわにもなっていないよ。どうもありがとう。しかし、上手にアイロン掛けたね」俺は、ハンカチを裏表にしながら感心して言った。


「れいくん、アイロンかけれるんだ~ すご~い。ももこ、やったことない」


「ももこちゃんだって、れんしゅうすれば、きっと、じょうずにかけれるよ」


「うん。こんど、ママにたのんでやってみるね」


 あんなに我儘で、なんでも親にやってもらって、少し気に入らないことがあるとすぐに泣き怒りする桃子が、礼君とこうして一緒に過ごしているだけで、どんどんと大人になっていっているような気がした。


「お待たせ~!ピザが到着したわよ。あ、礼、清水君にハンカチ返したのね」


「タカマリ、ありがとうな。しかし、礼君がアイロン掛けするなんてすごいね」


「うん。うちの両親がね、『早過ぎることなんてない。なんでもやらせろ』って言うのよ。礼だって、これから自立して一人で何でもできるようになっていかなきゃだしね。同じくらい子がテレビ見ている時間に、テレビじゃないことをやっているだけでもあるんだけど」


 そんなタカマリの言葉を桃子は黙って聞いていた。


「さあさ、2階に上がってピザを食べましょ」ピザが入っているビニル袋を上にあげてタカマリは言った。



 2階の研修室のドアを開けて中に入ると、タカマリが言っていた通り、6畳敷の和室だった。部屋の電灯を点けて、障子窓を開けると、まだ、強風で運ばれた雨がサッシに叩きつけられている外の風景だった。

 俺たちは、それぞれ座布団を敷いて、ピザと廊下にある自動販売機で買った飲み物で食事をした。

 食後に、部屋に備え付けられているトイレでタカマリの助けを借りながら礼君は用を足したので、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「ね、清水君、こんな近場で、地味な場所でも意外と楽しめるもんでしょ」


「ああ、そうだね。この子だって、おっきなショッピングモールとかゲーセンとか、そんなところばっかり行っているはずだから、こういうのもいい経験になってると思うよ。な?桃子?」


「でも、でも、こんどのときは、ぜ~ったいに、グリーンピアワールドね!」と立ち上がって腰に両手を当てながら桃子が言った。


「わかった、わかったよ。タカマリと相談して日にちを決めておくから」と俺は言った。


 自分が子どもの頃には、親は遊びに連れて行ってくれなかったし、俺は野球ばっかりだったから、まったくもって、親子で楽しむこと自体に疎い人間なんだと思った。

 そして、改めて、このタカマリが中学の時に俺をいじめ抜いた女だということを信じられないな、と思い返していた。

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