第29話 青いボール

「清水君、次は体育館に行きましょう」


 ミニSLの客車から礼君を抱き上げながらタカマリがそう言った。


「体育館?そんなのあったの?」と俺と桃子は顔を見合わせた。


「ここの資料館に併設されている地域学園の施設内にある普通の体育館だけどね」


「たいくかん、いく~!なにしてあそぼっかな~」桃子は、俺と繋いでいた手を放して、前でタカマリと歩いていた礼君と手を繋ぎ直した。


「タカマリはよく知ってるな、いろんなところ」


「ま、仕事上ね、いろんな情報が集まるのよ」


 そういえば、新潟市内で仕事しているとは言っていたが、タカマリがどんな仕事をしているのか俺は知らなかった。


「んと、タカマリって…」


「11時から1時間ね。さっきの受付で体育館を予約しておいたの。案の定、体育館は貸切よ」そう、タカマリは言った。


 地域学園は、元の鉄道学校の校舎を再利用した市民の生涯学習のためのいろいろな講座や研修が開かれている施設らしかった。施設マップを見ると、体育館のほかに、音楽練習室、陶芸室、弓道場、庭球場、相撲場、コミュニティFM局などがあった。


 タカマリが言っていたように、体育館はバスケットコートが横に2面、バドミントンコートが4面とれる中学校や高校にあるような普通の体育館だった。


「わ~!ひろ~い!」靴を脱いで体育館に入るや否や、桃子は礼君と繋いでいた手を放してフロアを走り回った。


「何して遊ぶ?用具室にボールとかたくさんあるはずよ」とタカマリは言った。


 用具室のドアを開けて入ると、バスケットボールやバレーボールがたくさん入っている鉄製のかごがあった。また、大きなバランスボールや何に使うのか一目ではわからないような遊具なんかも置いてあった。

 桃子は、青いバランスボールをフロアに持ち出して、両手で持ち上げては落として弾ませたり、蹴って転がして追い掛けたりして遊び始めた。

 タカマリは、運動会の大玉送りなんかに使うような赤くて大きなボールをフロアに出して、礼君をその上に腹ばいにさせて揺らし始めた。俺は、おそらく、高校の体育の授業以来に触るバスケットボールをリングに向けて何回かシュートしたが全く入らなかったので、適当にドリブルしながらタカマリや子どもたちが遊んでいる様子を眺めていた。


「桃子ちゃん、この大玉を礼に向かってゆっくり転がしてくれる?」とタカマリが言った。


「いーよー!じゃあ、れいくん、いくからね~ せーの!」と言って、桃子が両手で大玉を礼君に向かって転がした。大玉は、タカマリと礼君が立っている場所に真っすぐ転がり、両手を伸ばした礼君が大玉を止めた。


「礼!上手!どう?赤いの、近付いてきたら見えた?」


「うん、みえたよ。あかくなかったけど、かげみたいなのがちかづいてきたから」


「よし、じゃあ、今度は真っすぐ押して桃子ちゃんに返してごらん」


「じゃあ、ももこちゃん、いくよ~」そう言って礼君が両手で大玉を押した。大玉は、残念ながら桃子の立っている右側遠くの方に転がって行った。


「うま~い!れいくん!」桃子はそれでもそんなことを言いいながら大玉を追い掛けた。


「じゃあ、こんどは、ももこがころがすからね!れいくん、いくよ~!」桃子はそう言いながら、さっきとは違って勢いを付けて大玉を転がしたから(大丈夫か?)と俺は思った。


「礼!しっかり両手で止めてね!」タカマリは、礼君の腰を後ろから両手でつかんで身構えた。


 しかし、勢いづいた大玉を受け止められずに「うわあああ」と言いながらタカマリと礼君が後ろに倒れたので「あああ、だいじょうぶ~?」と言いながら桃子が二人に駆け寄った。


「ヌハハハハハ 大丈夫よ、桃子ちゃん」


「ももこちゃん、もいっかい、もいっかいやって!」礼君も笑いながら立ち上がってそう言った。


「よ~し、じゃあ、こんども、おなじくらいでおすからね~とめてね~」大玉を転がして元の位置まで戻りながら桃子はそう言った。


 そんな三人のやりとりを見ながら俺は用具室にバスケットボールを返しに行った。ボールをかごの中に入れて、改めて用具室内を見回すと、備え付けの棚に青いボールが一つ置いてあったから手に取ってみた。ボールはゴム製で、バスケットボールのような溝が付いていたが、バスケットボールよりもかなり重くて、振ると鈴の音がした。

(もしかして、これは…)そう思いながらボールが置いてあった棚にもう一度目を移すと、スキーのゴーグルみたいなのがいくつか置いてあって、試しにゴーグルを覗いてみると真黒くて何も見えなかった。

(前に、テレビで、なんとかピックの特集をやっていた時にこんなの使ってるのを見たな)


「お~い、タカマリ、ちょっと手伝ってくんないか?」俺は、まだ、大玉転がしをやっていたタカマリに声を掛けた。


「ん?何?清水君」


「あそこにある平均台を2つ出したいんだ」


「あ、いいね。支えてやれば礼にもできるかしら」


「あ、いや、その使い方じゃないんだけど。ちょっと、試してみたいことがあるから俺と一緒に運んでくれ」


 長さが5mほどで、同じ高さの平均台2つをフロアに運んで、一直線になるように横に並べて置いた。


「タカマリ、この青いボールを此処から平均台に向かって転がしてくれないか」俺はそう言って、青いボールをタカマリに渡した。

 

 俺は、横に並ばせて置いた平均台の前で、さっきの黒いゴーグルを付けてしゃがんだ。


「あ!ゴールボールね!初めて触ったわ。よーし、清水君、行くわよ~」


 そう言って、タカマリは(おそらく)転がした。テレビでは、転がるボールの中の鈴の音でボールの進行方向を判断して体を寝そべらせてボールを止める、はずなのだが、鈴みたいな音が俺の右側で聞こえたと思ったら、もうボールが俺の横を通過して平均台の下をくぐって行った。


「これは、難しい。タカマリ、今度はもう少し、ゆっくり転がしてくれ。あと、桃子、おいで!平均台の後ろに立って、ボールが転がってくる方向を右とか左とか言って教えてくれないか?」


「わかった~!」桃子は、2台の平均台の後方真ん中に立った。


「じゃあ、清水君、行くよ~」


 俺は、お尻を付けて女の子座りみたいな恰好にして、それでも耳を澄ませて身構えた。すると、「あきおじちゃん、みぎ!あ、ちがった、ひだり」って声が後ろからしたので、女の子座りの体勢から左側に身体を投げ出したらお腹にボールが当たった感触がした。


「ああ、止められた~!でも、清水君、ゴールボールって、ブラインドサッカーと違って声のアドバイスは受けられないのよ」


「ブラインドサッカーって、目が見えない人がするサッカーだよね?ええ?じゃあ、このボールの中の鈴の音だけが頼りなのか~」俺は驚きながらそう言った。


「そうなの。でも、ボールを投げるのも止めるのも三人でやるスポーツよ。この長さのゴールで一人は無理よ」


「よし、なら、今度は平均台を一つにして、アドバイスなしでやってみようか」


「あきおじちゃ~ん、ももこもやってみた~い!」桃子が両足で地団駄踏みながらそう言った。


「よ~し、そうしたら、清水家と高井家で親子対決しよう!桃子は礼君と、俺はタカマリと勝負するってのは、どう?」


「あ、いいね!それ、受けた!よし!礼!ゴールボールやるよ!」

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