第24話 脳内アンダーグラウンド

 古代ギリシアの時代から脈々と続いているとしても、「絶対的な悪」である俺の脳は、性的倒錯の原因もその対処法も知ることなく、ここまで幾千幾万の妄想を俺自身に繰り広げてきた。

 妄想の手助けとなる材料は、お金が掛からない巷の小エピソードがすべてだ。ファミリーがよく集まりそうな公園やプール、日帰り温泉やスーパー銭湯の類なんかに日長一日居れば、時々、そのいくつかを手に入れることができる。

 ただ、裸や裸に近い姿が見つけられればそれでいいわけじゃない。キャーキャー言いながら走り回っている子どもには、基本的に興味は湧かない。強いて言えば、キャーキャー言って走り回った挙句に転んだり、親に叱られたりして泣いている子どもに俺は妄想の材料を求めた。しかし、そんな間抜けな泣き方をしている子どもは大抵、俺の趣味ではない粗野で、きかん坊風情の奴らばかりだ。


 俺の趣味は、色が白くて、柔らかそうな細い髪の毛をした男の子で、普段はピアノなんかを習っていそうな育ちも頭も良さそうな男の子だ。そして、そんな男の子が一人迷子になってシクシク泣いてしまっているような感じだと尚良い。が、しかし、そんな風情の男の子なんて今時、滅多にお目に掛れなくなった。ましてや、巷の公園やプールでなんかでは、ほとんど皆無に等しい。



 これは、俺の一方的な思い込みだが、世界中を見渡せば、そんな聡明な男の子を、きっと、お金で手に入れている輩が存在するものなんだろうと思っている。かの、我が国の歴史上の権力者が多数の美童を小姓として持っていたエピソードのように、きっと、家出少年や身寄りのない少年をかどわかしたり、金で囲ったりしている輩や組織が存在するんだろう、と。

 もちろん、俺はそんな輩や組織とは縁もなく、秘密のパスワードだって持ち合わせてはいない。パソコンの中にあるいくつかの画像だって、ネット上のどこかで拾った他愛もないメルヘンチックな画像ばかりだ。しかし、画像とはいえ、好みのタイプを目に焼き付けながら、俺が興奮するようなエピソードを脳内で加算することで興奮を高みに押し上げるにはなる。


 しかし、そんな二次元の刺激では満足がいかなくなった者たちの中から、性的犯罪に手を染めてしまう者が出てくるのだろう。

 実際に性的犯罪を犯してしまった主に10歳以下の幼児・小児の女の子を対象とした性的嗜好であるpedophilia(ペドフィリア)の者の認知はかなり歪んでいるそうだ。『どうせ大人になったら経験することだから、早めに僕が教えてあげただけ』とか、『教育的な指導の一環として接している』などと真顔で答える加害者も少なくないそうだ。彼らの多くは間違ったことをやっているという感覚がほとんどなく、『自分は正しいことをやっている』『指導している立場だ』という前提で性的接触を繰り返す。子どもだってイヤがっていないし、むしろ“望んでいる”と彼らの目には映るんだそうだ。そして、その一方的な思考は、他の性犯罪とは異なる小児性犯罪者特有の認知の歪みといえるだろう。また、だからこそ、行動変容が困難で再犯率も高く、治療が難しいとされているらしい。


 つい先日も、ある地方の小学校の現職の校長先生が未成年の少年を買春した容疑で逮捕された。SNSで少年と知り合い、校長の知り合いの男と共謀して他県のホテルでわいせつ行為に及び、送金決済サービスで5万円を少年に支払ったのだそうだ。勤務態度は、校長であるから至極当然に真面目で教育熱心、毎朝、校門で登校する児童らに挨拶をし、休日も保護者といっしょに溝さらいをするなど、保護者からの信頼も厚かった、という報道がされていた。また、そんな校長の逮捕後の取り調べでの供述は「性的欲望を抑えられなかった。ばれなければ大丈夫と安易に考えた」であった。

 性的対象が少年であれば、いい歳した既婚のおっさんは“自由恋愛”を求めることは叶わず、その欲望を満たすためには、たとえ、少年にがあったとしても、お金を支払うしかないない。仮に、その校長の性的対象が女性で、風俗店に行ってその欲望を満たしていれば、同じようにお金の支払いがあっても、逮捕されることも、報道されることも、誹謗中傷されることも、職を失うこともなかったのである。

 「裏切られた」とか「嘘であってほしい」とコメントしている当該校の児童や保護者には大変申し訳ないが、俺から言わせれば、普段の勤務態度や役職地位が、自身が持つ性的倒錯にはなんら関係がないに決まっているのだ。自らの性的倒錯と欲望を前にすれば、職業が校長だろうが大臣だろうが関係がなく、一人の男、であり、一人の性的倒錯者なのである。非難の対象から逃れられない秘密中の秘密の欲望をリアルに満たすか、二次元で凌ぐかのどちらかなのであり、その校長はリスクを背負ってリアルに満たすことを選び、そして、おそらく、これまでずっと、バレることなく満たし続けることができたその果ての今回の逮捕となった、と推測する。

 


 42歳になった俺はどうだろう。

 校長でもなく、社会的地位があるわけでもない俺は、これからどうなるんだろう。

 これまでなら、身も知らない子どもを脳内に登場させてこの歪んだ欲望を解消してきた。が、しかし、さっきの自慰では、俺は礼君を脳内に召還して高みを覚えてしまった。そして、その礼君とは、また、近々、タカマリや桃子を交えて会う機会があるのだ。

 何らかの魔が差せば、手が届いてしまう位置に礼君が居るシチュエーションが、今後、俺の目の前で繰り広げられるやもしれないのだ。

 

 俺は、どうすべきなのか。

 俺は、すっかり、自分を信じられなくなりつつあることを自覚しながらも、その目は、カレンダーの土日の数字を追っていたのだった。

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