第5話 戦闘職の巫女さんが社務所で働く話

 うちの神社みたいな小さな神社でも、大晦日から元旦に変わるこの時間からは地元の人でごった返す。

 境内は一年で一番の賑わいを見せていた。

 何もかもバラバラの参拝客たち。

 年配の人もいれば、グループでやってくる中学生ぐらいの子たちもいる。

 眠そうな目をした子どもを連れた親や、ぱっと見ただけで顔が赤いのがわかる酔っ払いもいる。

 行きに屋台で買い物をしてりんご飴片手の人もいれば、ポケモンGOしてる子もいる。人ごみで歩きスマホはやめといたほうがいい。 

 とにかく、たくさんの人たちが参道をやってきて、境内に並んで、拝殿でお参りしていく。

 帰りは人によってまちまち。

 お参りしたらそのまま帰る人もいれば、社務所に寄ってお御籤を引く人、破魔矢を求める人もいる。

 色々な人がいると言っても、そもそもの数が多いと、社務所に寄る人も自動的に多くなる。

 あたしとシロカはそんな参拝客に応じていた。

「お御籤は200円になります」

 シロカがお御籤の入った箱を渡し、お客がそれを振る。箱から出た棒に書かれた番号と一致する籤を渡すという、よく見る方式だ。

 シロカはもう慣れた様子だった。

 お守りを求められても、破魔矢を求められても、滞りなくこなしている。

 電卓を叩く時や、お札を数える時、少しぎこちないけどその程度。

 もちろん、あたしはあたしできちんと応対している。

 今のところ、お客さんの流れは速やかだった。

 たくさんの参拝客のざわめきの中、偶然、社務所の列が途切れた。

 ふーと、すぐ隣から吐息が漏れる。

 シロカがいつもの微笑を浮かべて、こちらを見ていた。

 眉が下がる。

「緊張しました」

 もう一度、ほっと息を吐く。

「緊張してたんだ」

 ぱっと見、そんなふうには見えなかった。

「もちろんです。こういうの初めてなんですから」

 そっと胸に手を当てる。指先はかすかにだけど震えていた。

「さっきはフォローありがとうございました」

「フォロー? あ、祈祷の受付の」

 お守りなんかとはちょっと処理が違うので、こっちで受け持った。 

 でも、フォローしたというほど大げさな話でもない。

「普通なら研修とか受けて、それからなのに。うまくやってると思うよ」

「そうですか? それならよかったです」

 シロカの口元が緩む。

「こっちの巫女さんはたいへんですね」

「そんなことないでしょ。戦わないし」

「たくさんの人と話すの緊張します。これが神輿みこしで攻め込むなら、肝も据わるんですけど」

「え? そっちの神輿ってどういうものなの? 神輿で何するの?」

「神輿はもちろん移動式の……あ、お御籤ですね。200円になります」

 答えを聞くまでに、接客に戻ってしまった。

 移動式の、何?

 気が逸れたけど、お御籤をお授けする。

 それはそれとして、あたしも移動式の何かな神輿のことを考えている場合じゃなくなっていた。

 壁にかかった時計は、巫女舞いの予定時間に近づいていた。

 また少しだけお客が途切れる。

「それじゃ、あたし、巫女舞いに行くけど……。本当に一人で大丈夫?」

「まだ自信はありませんけど……」

 シロカはぎゅっと両手を握る。

「でも、やってみます」

「今は中止してても大丈夫だと思うよ」

「理由があって、巫女舞いをするんですよね」

「理由かぁ……」

 言われて、改めて考えてみる。

 この神社で巫女舞いをする理由。

 巫女舞い――神楽は神様に楽しんでもらうために、神様に奉納する舞い。

 だから、それを神前で舞うのには意味があると思う。例えば、祭祀やご祈祷の中で舞うとか。

 でも、今日の巫女舞いは何かに合わせて舞うわけじゃない。あえて言えば、拝殿に対して舞うから、神様に対してって気はするけど……。

「多分、参拝客に見せるためかな」

 理屈で言うと、祭祀じゃなくて参拝客が来る時に巫女舞いが必要なら、普段、閑散としている時でも必要になる。どうして、お正月だけ巫女舞いをするかといえば、こういう理由に行きついてしまう。

 だから、さして意味はない――。

「それがこの世界の神楽の意味なんですね」

 シロカの世界では、戦う方法のひとつ。どういうふうに使うのかわからないけど。

 でも、あたしの世界では、この神社の元旦では、参拝客のためのもの。

「行ってください。ここは大丈夫です。人も傷つけません」

「社務所でそんな言葉初めて聞く」

 苦笑してしまう。

「それなら、お願い。でも、困ったことがあったら、呼んで。なんとかするから」

「うん。お願いします」

 ペコリと頭を下げて、シロカは接客に戻る。

 あたしは社務所の奥に引っ込んで、巫女舞いの準備をする。

 巫女装束の上から裾の長い千早を羽織り、頭飾りを着ける。

 そのまま社務所を出て神楽殿に向かい、上がっていく。

 あらかじめ用意されている榊を確認して、巫女舞い用の音楽を流すプレイヤーの電源を入れる。

 普通なら雅楽を演奏してくれる人がいるし、榊も手渡ししてもらえるのだろうけど、この神社は人手が足りなさ過ぎていつもこう。シロカの世界の神様なら、既に命を取りにきているかもしれない。

 ともかく、あたしは榊を手にすると神楽殿に立った。

 プレイヤーがゆったりとした雅楽特有の音楽を奏で始める。

 地上よりも少し高い神楽殿からの眺め。

 境内に並ぶ参拝客の向こうに、社務所が見える。

 シロカが参拝客の応対をしていた。

 それほど離れているわけでもないし、照明もついているのでその表情がよくわかる。

 こうして見ると、まだあまり慣れていないのがよくわかる。さっき、緊張しているって言ってたのも、本当なんだろ思った。

 お守りや、指定されたお御籤を探す時にちょっと手間取る。

 お金を数えるのがあたしよりも遅い。今、百円落とした。

 でも、シロカは笑顔だった。

 時々、参拝客と言葉を交わしている。何を言っているかはわからないけど、シロカは楽しそうで、話しているお客も目を細めていた。

 シロカと会ったのは一時間ぐらい前で、それからずっと微笑を絶やさないでいる。でも、あれは作っている笑いとかじゃないっていうのは、なんとなくわかった。

 ――あたしはどんな顔をしてたのかな。

 ちょっと目つきが悪い、自分の表情を思う。

 できる限り早く、効率よくお客さんを捌いていくことしか考えてなかった。

「ダメ……。集中しよう」

 口に出して、変な考えを振り払う。

 榊を手に神楽殿へと歩み出ていく。

 舞うのは豊栄とよさかの舞の一人舞い。

 ゆっくりと前へ進む。

 拝殿に一礼し、動き出す。

 両腕を広げ、榊を振るい、身を回す。

 プレイヤーから流れる雅楽に身を任せて、舞う。

 参拝のために並んでいる人たちの中に、こちらを見ている人がいる。

 巫女舞いなんかに興味なく、一緒に来た人と話している人もいれば、じっと拝殿を眺めている人もいるし、スマホを弄ってる人も多い。

 みんな変わらないのは、どこか楽しそうなこと。笑っていなくても、目元の表情や、足取りの軽さがそれを伝えてくるような気がした。

 去年も巫女舞いはしたけど、そんなことを考えた憶えがない。

 ふと、社務所のシロカと目が合う。

 参拝客の応対をしながらも、こっちを見ていた。目を細める。

 シロカは会ってから微笑を消さない。人の首をへし折る話をしている時とか、この世界から考えるとかなりおかしい死と隣り合わせみたいな世界の話をしている時も、いつも微笑んでいる。

 でも、今の表情はそれとは違う気がした。お客と話して楽しそうにしている時とも違う。

 胸の奥で何かが弾んだ気がした。

 足取りがいつもより軽いことに気づく。雅楽の音に合わせて、腕を動かすのが楽しい。

 プレイヤーから聞こえる録音の陳腐な音が心に染みてくる。 

 整理できない、不思議な感覚だった。

 舞い踊り、巫女舞いが終わる。

 拝殿に一礼すると、あたしは神楽殿を降りた。

 そっと胸に手を当てている。巫女舞いのせいか、それ以外の理由か、やけに心臓が高鳴っていた。

 多分、楽しかった。

 巫女のバイトでそんなこと思ったことなかったのに。

「巫女か……」

 シロカの世界の巫女は神様の代行者で、戦闘職で命のやり取りをする特別な存在。

 あたしの知ってる巫女はバイトで、ただのお手伝い。 

 でも、この世界の巫女ってなんなんだろうって、考えてしまう。

 神職でもなんでもなくて、不思議な力があるわけでもないあたしたちができること、やらなければいけないこと。

 いや、そんなの考えてる場合じゃなくて。

 社務所に人が並んでる。いつまでもシロカにお任せにしっぱなしってわけにはいかない。

 慌てて……と言っても、巫女がバタバタ走るわけにもいかないので、千早を揺らして歩き出そうとする。

 その時、鳥居のほうから甲高い声がした。

 子どもが泣きわめく声だと気づいた時、もうひとつ大人の怒鳴り声が響いた。

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