第4話 巫女さんが巫女さんに巫女さんの仕事を教える

 あたしとシロカは社務所に戻る。

「手伝います。今のところ、すぐ帰ることもできなさそうですし」

 シロカは改めて言ってくれた。

 だけど……。

「一応聞くんだけど。お金のやり取りとかわかる?」

 シロカはきょとんとして、それから唇を尖らせる。

「わたしの世界をなんだと思ってるんですか。貨幣経済のない世界って、どんな世界ですか」

「ゴ、ゴメン……」

 何かあれば殺し合いな世界だから、強いものが奪うとかそういうのかもしれないって思ってた気はする。

「でも、そう尋ねたってことは。お金のやり取りをするんですか? そういえば、ここに並んでるもの、値札がついていますね」

 社務所でお授けする色々なものを見る。お守り類もそうだし、祈祷やお御籤の値段も壁に貼ってる。

「あたしたちがやるのは社務所のお仕事。お守りや破魔矢をお授けしたり……要するに販売ね。それにお御籤を引いてもらったり」

「破魔矢は使う巫女を知っています。すごく強いんですよ」

「これは人が死なない破魔矢」

「お守りというのは? それに、お御籤もわからないです」

「お守りもお御籤もわからない巫女さんというのに、驚くんだけど。お守りは……」

 改まって訊かれると、意外と説明に戸惑う。

「持ってると神様が護ってくれるお札みたいなもの。お御籤は簡単な占いかな?」

「占いですか!」

 突然身を乗り出してくる。

「すごいです! 神社で占いができるなんて。こっちの神社、いいですね!」

「好きなの? 占い?」

「朝の血液型占いから、雑誌の占いまで、好きです。本とかたくさん持ってます」

「神様いるのに?」

「神様は将来結ばれる芸能人のこととか教えてくれませんよ」

 芸能人と結ばれることを夢見てるとは思ってなかった。

「とにかく、わたしはここで参拝に来る人に、お守りなんかを売り……お授けすればいいんですね」

「そう。普通にお店とか知ってるみたいだから、大丈夫そうだね」

「電卓あります?」

「計算は苦手なの?」

「どちらかというと文系です」

 戦闘系では? と思いつつも、電卓を差し出す。あたしも計算は苦手だし。

「ありがとう。手伝ってもらえて、本当に助かる」

「いいんです。親切に色々教えてもらっていますし」

 にっこりと笑う。

 こういう笑顔を作るのが苦手なあたしには羨ましくて、でも気持ちいい笑顔。

「でも、この仕事量なら一人でも大丈夫な気がします」

 値札を確認しながら小首を傾げる。

「シロカの世界の神社に一般の人は来ないかもしれないけど。こっちはお正月に初詣のお参りに行くって習慣があるの。だから、こんな小さな神社でもたくさんの人が来るんだよ。もちろん、ここも大忙し。あんまりお待たせするわけにもいかないし……」

「本当にお店みたいですね」

「どちらかといえば客商売で合ってるかなー」

 断言すると怒られるだろうけど。

「カルチャーショックです。わたしの世界ではとても考えられないです」

「普通の人が神社に入るだけで死んじゃうなら、そうね」

「不平を述べただけで死ぬこともあります」

「あたし、大丈夫? 世界を超えて、殺られたりしない?」

「どうでしょう……。わたしには神様の考えはわかりませんから。ゴメンなさい」

「謝られるの怖過ぎる」

「話が戻りますけど。問題はたくさんの人が一度に来ることなんですね」

 シロカはチラリと鳥居のほうを見る。

「うん。あ! 殺すとかはやめて。ほんとやめて」

「この世界ではそういうのはダメなんですよね」

「世界観を押しつける子じゃなくてよかった」

「やってくる人と、この神社の縁を解いていけば、来る数が減ります」

「どういうこと?」

「この神社に関する全てと、切り離してしまうんです。その人はこの神社を見ても、認識できなくなります。気にしないものは、ないものと同じなんです」

「やっぱり怖い! それに、どちらかといえば客商売だから、本当にやめてほしい」

 あたしじゃなくて、宮司さんが泣く。

「うーん。それじゃ、半分だけ」

「納得しかけたけど、やっぱりダメ。人の考え変えちゃうようなのは」

「確かにそうかも。本来、この力は神様のために使うものですし」

 シロカさんが自分の手に目をやる。何の変哲もないきれいな手のはずだった。

「それじゃ、ここで一緒にがんばればいいですね。電卓もありますし」

「そうなんだけど……。もうひとつ、問題があるのよね」

 境内に目をやる。

 拝殿近くにある神楽殿。板張りの舞台になったそこが問題だ。

「時間になったら、あたし、神楽を舞いに行かなければいけないの。……神楽とかはある? 神様に奉納する舞いという感じだけど」

「もちろんです。戦闘用の神楽を使う巫女もいます」

「戦闘用は初耳だけど、とにかく伝わったならそれでいいかな」

「菊花が巫女舞いに行ってる間、ここはわたし一人になるんですね」

「うん。初めてで一人はきついよね?」

「初陣はいつも初めてです」

「そうきたかー」

「だから、ここは任せてください」

 曇りのない眼差しがあたしを見据える。不安な様子なんて一切ない。

「……無理は、しないでね。人数が足りてないんだし、宮司さんに相談して、今は巫女舞いなしでもいいと思うし」

「うん。ありがとうございます」

 目を細めた笑顔に、自然とあたしも口元を緩めてしまう。

 でも、時間は午前零時に近づいていた。

 とにかく、基本的な受け答えや、よくある注意点なんかを伝えておく。

 何年かやってた甲斐があった。

 零時五分前。

 あたしと、シロカは社務所に並んで立つ。

 不意に冷たい風が吹いた。

「さむっ……!」

 足元にストーブ、襦袢じゅばんの下にはヒートテックの長袖インナーを着込んで、110デニールの温感タイツもはいてるのに身体が震える。

「くしゅっ」

 シロカはくしゃみ。それから、照れた様子でこっちを見た。

「寒いよね。あ、シロカの世界も寒い?」

「こっちも大晦日だったし、寒かったです。わたし、あまり着込むこと、許されてなくて……」

 羨ましそうな目をする。

「ゴメン。もっと早く気づいてたらよかった」

「集中すれば大丈夫です。……くしゅっ」

 とりあえず、ストーブはシロカのほうに寄せておく。

「あの、シロカ」

 零時を迎えて、忙しくなる前に聞いておきたいことがひとつあった。

 別の世界から来たというのは、不思議な力を見せられても半信半疑。でも、ひとつ、確かなことがある。

「どうして、手伝ってくれるの? この神社のことはシロカには関係ないし」

 シロカの言うことが全部本当だと、世界すら関係ない。

「縁があったからです」

 迷うことなく答えた。

「こうして会ったことが縁なんです。実際に見ることもできると思いますよ」

 冗談めかした仕草で指先を向ける。

「それはちょっと」

 シロカはクスリと笑う。

「それに、困っている人がいたら、自分にできる何かをしようと思います」

 その言葉にも迷いはなくて、とても自然だった。

 折るとか折らないとか、殺すとか死ぬとか。そんなこと言ってるけど、シロカって子がどんな子なのか、わかった気がした。

 参拝客の足音や声が近づいてくる。

 時計が零時を示した。

 元旦が、新しい年が始まる――。

「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます」

 思わずした挨拶は、あたしもシロカも同じだった。

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