2章メイドは唐突に⑨

「一つ確認させてください、貴方に勝ったならば、アメリアに謝罪していただけますね?」


 ダラン側から借り受けた細身の剣を鞘から抜き、刃を確認しながらムランは問いかける。

  

「ふん、いくらでもしてやろう、お前が勝てたなら…な」


 使い慣れた愛剣を豪快に振りながらダランは肯定した。 

 

 ここはルドブール屋敷の庭。


 豪壮に拵えられたその庭園は様々な花であふれていて、このような時でなければ見た者を陶然とさせる風景であった。


「綺麗なところですね…この地に来て日が浅いというのに」


「そんなに気に入ったか、ならばお前の死体をバラバラに刻んで肥料にしてやろう、その後にお前の父も一緒にな」


「それじゃそうならないようにしましょうかね」


 振り抜いた剣先をダランに向けるとユラリと構え、ダランも足を一歩踏み出して大きく構える。


 それが合図だった。


 両者同時に走り出し、激しく剣火を打ち鳴らす。 


 両者が刃をぶつかりあうたびに咲いた花びらが散り飛び、それらとあいまって鉄がぶつかり合うことで起きる火花が一つの花弁のようにも見えた。


「ど、どうして止めてくれなかったんですか!」


「止められねえんだよ、ああなってるときのあいつはな」


 そう言うとスアピは強く抗議するアメリアの頭に手をふわりと載せた。 


「な、何を……」 


「イイコイイコ」


 イヨンもその上から手を合わせて優しく撫でる。


「イ、イヨンさんまで!」


 いつもの二人との関係とは正反対にまるで兄と姉のようにニコリと笑って二人はアメリアの頭の上で撫でくりまわすので彼女はそれ以上は何も言えず、困ったように黙りこむ。


 まだ納得はしていないが、二人を信じて見守ることにしたのだ。 


 胸の前で手を組んで祈りながら。


 ムラン様、どうかご無事で……。 




 三人の従者と様々な人々が見守る中、決闘は未だ続いていた。  

 

「むんっ!」


 こちら側まで剣風が届きそうな剛力でダランは剣を振り回す。 


 その度に庭園に咲き乱れる様々な花が飛び散って彼らの疾駆する石畳の上に降り注いでいった。


 そしてそれをムランは器用に避けながら剣先をダランに向かわせるがそれらはことごとく弾き飛ばされる。


「どうした!散々でかい口を叩いた割には防戦してばかりではないか!」


 叩き割るような斬劇は足元の石床を二つに切り、その下の土ごと切り裂く。


「……………………」


 未だ決着はついてはいないがダランの方が一方的にムランを圧しているということをその場にいる誰もが理解している。


 その防戦一方な闘いを見ている者達は何とも居心地が悪そうな顔で、一部は可愛そうにという哀れみの感情さえ出していた。


「やれやれ逃げてばかりではないか」


「しょせん先日の戦で些少な手柄を立てて少々のぼせ上がっていただけなのでしょう」


「いくらルドブール卿が些か礼儀を失していたとはいえたかが従者のことで卿に逆らうからこんな目にあうのだ」 


 見物者たちは宴の雰囲気を壊したムランに対して非難めいたことを口々に囁きあう。


はやくどのような形でもいいからこの愚かな若者への折檻めいた闘いを終わらせてほしいという目をしていた。


 先ほどまでスアピたちと一緒にいた若貴族達も若干の冷笑を持ってムランを見ている。 


 ムランの味方は彼自身の従者達だけでアメリアは卒倒しそうに蒼白な顔色でムランの奮闘を見ていたが、ダランの攻撃がムランの袖口を掠って切り開いたのを見て我慢できずに駆け出そうとする。


 しかしその肩をスアピが強く抑えつける。


「危ねえから止めておけ」


「止めないでください!このままではムラン様が……」


 身体を引き寄せられアメリアが後ろに仰け反るがそれを受け止めて、


「俺たちの主人を信じろよ、絶対に大丈夫…ムランは勝つよ」


「うん…勝つ、ムランは負けない」


「で、でも…」


 スアピの腕から逃れようとしたその瞬間、ダランの剛撃に絶えられなくなったのかムランの剣がその中ほどから折れてしまう。 


「ムラン様!」


 アメリアの悲鳴と同時にダランは止めをさそうと渾身の力をこめた一撃を繰り出した。 

 

 アメリアは気絶するように目を瞑る。 


 そして一瞬遅れた後に「オー!」という歓声が耳に入った。 


 ああ…そんな…どうして…。


 絶望感に胸を満たされた彼女の足から力が抜けそうになったその時に彼女の頭の後ろから「ほ~ら、やっぱりな」という声が聞こえた。


「えっ?」


 思わず彼女が目を開けると庭園の道の上には誰かが倒れていた。 


 アメリアは最悪の想像をしたが、それがすぐに間違いだと気づいた。


 なぜなら様々な花びらで彩られたその場に立っていた人間は彼女より少しだけ背の高い若者の姿そのものだったからだ。    


 そして彼の足元で仰向けに倒れているのは間違いなくかつての主であるダラン=ルドブールであった。


「い、一体…何が」


「投げてやったんだよ、あの高慢ちきなオッサンをな」


 痛快を隠せないような顔でスアピがアメリアに説明をする。


 武器が折られたムランに対してダランが剣を振り下ろそうとしたその刹那、ムランは身体を入れ替えて彼の手を掴んで懐に入りこむ。 


ムランごと真っ二つにしようと力んでいたダランの身体はやや前傾姿勢になっていたためその勢いごと彼に投げられてしまったのだ。


「どうしました?続きをしますか?」


 冷たくムランに見下ろされたダランはすぐに立ち上がり、足元に落ちていた剣を拾い上げてもう一度剣を振り下ろす。

 

 がしかしそれも先ほどと同じように投げられてその巨体を床の上に叩きつけられてしまう。


「ぐはっ!」


 二度も投げられたことでダランが苦悶の表情を浮かべるが、ムランは変わらず足元のダランにまた問いかける。


「まだやりますか?」


「お、おのれ!」


 怒りに瞳を染めたダランが今度はなぎ払うように一閃するが、それをギリギリのところで避け、素早く彼に近づいて今度は足を払ってまた投げ飛ばす。


 そしてまた、


「まだやりますか?」


「き、きさま…このわしを」


 三度も固い床に全身をぶつけたダメージでフラフラになりながらもダランが四度攻撃をするが彼はまたムランに力強く投げられる。


 ムランは冷たく彼の頭上で、


「これで終わりですか?」


 という挑発めいた言葉を投げかける。


「ま、まだだ!」


 まるで決められたことのようにダランはまたまたムランによって床の上で大の字になって寝転ぶことになった。


「ま…だ…だ」


「ぐはっ!」


「こ…小…僧が」


「どはっ!」


 倒れたダランにそれ以上追い討ちをかけずに立ち上がるのを待ってからムランは彼をその体術で何度も床の上に転がす。 


 すでにダランの身体は埃と土に汚れ、自身が切り捨てた花びらもつけながら、荒い息を吐きながら立ちつくす。 


 そして彼をムランが容赦なく床の上に落下させる。


 予想外の出来事に見物者たちは何も言えずにただただ宴の主で大貴族の壮年の男が痛めつけられているのを見続けることしか出来なかった。


「えげつね~、あいつを本気でキレさせるからこうなるんだよ」


 さすがにスアピもやや同情的な口調になって目の前で泥まみれになる敵を憐れんでいる。


「も、もうよろしいのでは?これ以上はさすがに…」


 いくら決闘とはいえここまであからさまに痛めつけられては見るものも辛いだろう。


ダラン家中の者も黙ってはいない。


 おそらくダラン自身もその誇りにかけてムラン達を害そうとしてくるのは明白だった。 

 

 また彼女はまだ自分の主の行動に対して戸惑いを隠せなかった。


 オルドから貰った情報ではムランはとても穏やかで、争いを好まない人間と聞いていたからだ。 


 それがいくら怒っているとはいえ、大貴族を衆目で罵倒し、決闘をもうしこみ、あまつさえ衆人環視の前でここまで相手をボロボロにするなどとは出会ってからの短期間で抱いた彼への印象とはそぐわないものであった。


「お前もあの坊ちゃんも気づいてなかったんだろうがな…あいつ、怒ると凄え恐えんだぞ」


「そ、そのようですね…」


 冷や汗をかきながらのスアピの率直な告白にアメリアも同意する。


「イヨンは恐くない!」

   

 唯一二人の従者を否定するようにイヨンが感情の乏しい顔で宣言する。


「そりゃお前は恐くねえだろうさ」


 スアピの言葉にふんとそっぽを向くと、駆け出してムランの背中に飛びのった。


「もう終わり~」


 見せつけるような宣言をして彼の背中にぶら下がったイヨンにムランは、


「ああ、これで終わりだよ」


 と慈愛をこめた笑顔で振り向き、彼女の赤髪を優しく梳く。


 二人の下にいるダランは気絶したのであろうか? 


たまにうめき声をあげるだけでそれ以上起き上がることはなかった。

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