2章メイドは唐突に④

「街に出るのですか?」


 宴まで数日前になっても未だ不完全である作法の講義を中止して街に繰り出すことに、アメリアの顔が曇る。

  

「いやいや、これも宴の準備ですよ……宴に着ていく服を選ばないとだからさ」


 アメリアが主の言葉に不思議そうな顔をして、


「……? それならば仕立て屋を宮城に呼びよせればいいのでは?」


 そう返すが、横に居たスアピが豪快に笑いながら説明をしてくれる。


「わかってねえな~、都住まいのお嬢様メイドと違って辺境のこの場所じゃ専門の仕立て屋なんてもんは存在しねえんだよ」


「別に私はお嬢様では……」

 

 スアピの蓮っ葉な言葉にアメリアが顔を赤くして反論する。


 短い期間ではあるが、このやや鉄面皮なメイドにも人間らしい感情があり、そしてそれを目の当たりに出来たことでここしばらくの鬱憤が少し晴れたのかどっと皆が笑う。


「レ、レディーを笑うのは大変失礼なことなんですよ」


 少し顔を赤らめながらの反論は普段のしっかりとした姿から年齢相応の少女のように見える。 


 そしてそれがスアピとムランにとってはとても新鮮に見えるようだ。 


「そういうわけだからさこれも必要なことなんだよ、わかってくれたかな?」


 アメリアは砕けた態度の主に軽くお説教をしようかとも思った。


確かに言われたとおり専門の仕立て屋が居ないのならば街に出て購入することは仕方が無いのかもしれない。


 実際にムランはともかくイヨンとスアピの両名には宴に来ていくような服が無いのだから。


「……わかりました。でも買い物が終わったらすぐに教育を始めますからね」


 それでもさすがに冷静な教育者であるメイドに釘を刺されながらも街に出ることを許可された三人は大喜びで快哉を叫ぶ。 


「やったな~!久しぶりに外に出れるぜ!」


「お出かけ~!お出かけ~!」


「おいおい、二人とも無駄遣いはするなよ~」


 はしゃぐ二人と言葉とは裏腹にホッとしたような顔をするムラン。


それに対してアメリアは僅かに憮然とした表情をしながらも、準備をするためその場を離れていった。 




 ムラン達が治めている領地は複数の村と小さな街しかない。


そのほとんどが山と森に囲まれていて一部は荒涼とした乾燥地帯となっている。

 

 ムラン達の政庁はその乾燥地帯と森の境目辺りに置かれていて、王都へと直接向かっている街道とサンシュウという国境沿いの大きな街に挟まれていることで人口に比してもかなり発展していた。


 よってヨシュウの市場は辺境の地だというわりにかなり盛況であった。

 

「なるほど……大したものですね」


 市場の入り口に立ち、様々な品物が立ち並ぶ様を見ながらアメリアが感心したように声をあげる。


 国境地帯とはいえ、すぐ隣に国でも有数の大都市であるサンシュウから流れてくる多種多様な物品と街道に面していることにより様々な人が流入することにより市場にはあふれかえるほどの商人たちがひしめき合っていた。


 人々も種多様だ。


北方の地から来たであろう白い肌をした女性や黒く日焼けした南方の人間。


もちろん地元の商人達も皆が同じように決して狭くはない市場で大きな声を上げて商売に励んでいる。


「ここは我々の治める領地で唯一の市場だからね……王都とまでは言えないけどある程度の品物はここらで手に入るのさ」


 活気だっている市場を年齢相応の表情をして誇らしげに説明するムラン。


その姿にアメリアは口元を緩めながらそれを聞いている。


「機嫌は直ってくれたかな?」


「何が……でしょうか?」


 すでにスアピとイヨンは走り出して雑踏の奥へと進んで行っていてこの場にはムランとアメリアしかいない。


「いや、だって宮城を出るときには少し怒っている見えたからさ」


「……そんなことはありません」


 アメリアは彼から視線を逸らしながら否定する。


「いや~、スアピも悪気は無いんだよ。何しろあいつは……いやイヨンもだけど、ちゃんとした教育を受けさせてやれてなかったからさ……その……ひさしぶりに街にこれて嬉しかっただけなんだよ」


「別に怒ってなどいません……ただ」


「ただ……なんだい?」


 穏やかに彼女を見つめるムランから少し顔をそむけながら小さくアメリアは答えた。


「あそこまで喜ばれると……私の教え方がよろしくなかったの……かと、思っただけです」

 

 この賢いメイドは主が多少強引にでも街に繰り出してきた理由を理解していた。


 彼女がムラン達の元へと派遣された理由は礼儀や行儀というものを知らない主の従者への教育を依頼されたからだ。


 そのこと自体には異論は無い。


 確かに辺境ではあるけれど、自身が身に着けた知識や作法を教えることは代々従僕として様々な人間を輩出してきた名門サヌーラ家の家業の一つである。


 その長い歴史とまた培ってきた伝統に未だムランと年齢の変わらないであろう少女は誇りを持っているし、名誉とさえ思っている。


 だが、その仕事が喜ばれることだけではないこともまた理解していた。


 スアピやイヨンのようにその厳しい教育や指摘に対して反感をもたれることもあっただろうし、疎まれることだってある。


 誰とて自分の行動や所作を一つ一つ駄目だしされて愉快であろうはずがない。


 時には罵られることもある。


彼女の一族の中には仕えた主人の怒りをかって殺された者さえいた。

 

 『それでも主のために言うことこそが忠誠なのだ』と彼女の母も祖母も言っていた。 

 

 だが現実に目の前でそういうことがあって平気でいられることはまた別の話なのだ。 


「…ですから不満を解消させるためにここにやってきたのでしょう?」


 表情は変わらないが伏し目がちに答えるアメリアにムランはバツが悪そうに口を開く。


「まあ半分は当たりかな?」


「半分…ですか?」


 意外そうに自分を見るアメリアにじっと彼女の目を見ながら、


「確かにスアピもイヨンも疲れてはいたけれど、それが必要なことだと思ったから頑張っているんだよ。でなかったらとっくの昔にサボってスアピなら屋根の上で寝て、イヨンは隠れまわってただろうね」


「そ、それはムラン様の為を思って…」


「いや~それは無いだろうね」


 あっさりと否定するムランにアメリアは少し切れ長な目の形をまるくさせて絶句する。


 彼女の常識からすれば従者が主のために行動することは当然のことであってそこに疑問など持ったことなどなかった。 


 だからこそ自分の厳しい教育を嫌々ながらも受けているのだと思ったのだ。


 だが彼女と彼らの主はそうではないと言う。 


「あいつらはね本当に嫌だと思ったことなら絶対にしないんだよ。たとえ俺が命令したってね、そういう関係なんだよね…俺達って」


 少し困ったような顔をしながらも嬉しそうにそんなことを言う。


メイドの少女はどう答えていいかわからず、同年代である主の顔を見つめ続けている。


「好きなことは間違いないよ」


「えっ!い、一体何……を」


 突然の告白に顔を赤らめる少女に、彼は自分の言葉が足りないことに気づいたのか朗らかに笑う。


「スアピとイヨンさ……あの二人は好きな人間の言うことしか聞かないんだよ、だからさアメリアのことが梳きなんだよ、もちろん、俺もね。それだけは俺が保障する」


 そういって領主らしくなくニカっと顔を綻ばす。


「そ、そういう…ものですか?」


「うん!そういうもんだよ!」


 はっきり言い切られてしまい彼女はそれを否定できない。 


ただただ困ったように顔を赤らめながら小さく何度も頷いていた。


「あっ、そういえばもう半分言うの忘れてましたね」


「えっ?あ、ああ……そういえば」


 急に声を挙げたムランに気持ちを遮られる。


「もう半分はですね〜、イヨンの服を買いに行くためですよ」


 今度は目をキラキラさせて答えた。


「……はっ?」

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