副長の死による暴虐集団の誕生

「正気で言っておるのか!」


 陣幕の中でグラムの怒声が響く。


 ピンと貼られたテントがビリビリと震えるほどの大音量で周囲にいた兵士達が集まってくるほどだった。


「ちぃっ!何でもないから早く持ち場に戻れ!」


 グラムの怒声で兵士達がさっと去っていく。 


さすがは王国で屈指の部隊だ。


今はその精鋭さも反乱軍とされている今となってはただ空しいだけのものではあるが……。 


 静まり返った幕内で今度は少しトーンを落としてグラムがもう一度本気で言ってるのかと言う。


「ああそうだ……俺は本気だ」


 部下達が居ない現状、カンバルは同年齢の気安さで答える。


 グラムもそんなカンバルの態度を咎め立てしないでその真意を考える。


 だが、そんなことは無意味だと気づいて考えるのをやめてしまう。


 軍隊に入って数十年、ほぼ同じ場所で過ごし、同じ鍋から食事をし、同じ戦場で共に立っていたのだ。


 この男が小ざかしい企みなどするはずがない。


 だからこそグラム自身も彼を信頼して副隊長に任命したのだ。


 そしてその信頼する男があまりにも意外な事を言っているからこそグラムも周囲を考えずに声を上げてしまった。


「……降伏などしても処刑されるのは目に見えているだろう」


 降伏……、かつてわずか数十人で千人の敵に囲まれたときでさえそのような言葉を口にしたことない男がそれを言ったのだから驚くのも無理はない。 


「何か策でもあるのか?それとも中央の有力者と渡りをつけたのか?」


 もしそうだとしたら話は別だ。 


他国に亡命などしないに越したことなどない。


 かつての敵国に捕らえられて殺される危険も、また上手く亡命できても他国から来た将など厚遇されるはずがないことなどは解りきっている。


 ただそれでも死ぬよりはマシなのだから胡散臭いアッサームとその主の誘いに乗ったのだ。


 もしこの無骨な軍人だと思っていた無二の親友が意外な救命策を持っていて、それを実現できるのなら降伏の恥辱に塗れることも罵倒されることも耐えられる。


 期待した目で言葉を待つグラムに実直な副将はやはり無骨な性格のままだった。


「殺されるにしても王の御前に引きづられてお目見えがかなうことだろう。その時にでも我々の無実と王の慈悲を乞うて見ようではないか。仮に慈悲を賜ることもなくても堂々と処刑に殉ずれば部下達の命を救うことも出来るかもしれん」


 あまりにも純粋な言葉に言葉を失う。 そして失望の帳が心を覆う。 


 やはりこの男は戦場でしか生きれぬ男だ。


 副将とはいえ任せられるのは部下の配置と軍の指揮だけしか無い。


 中央との折衝は自分が全てやっていた。


それは物資の横流しや賄賂等の裏仕事のためだったが、強情で融通が聞かない性格のカンバルには任せられないこともあったからだ。


 こいつは中央政府の腐敗ぶりを知らない。


 確かに常に前線で待機していたので気づくにくいこともあるかもしれない。


出入りの商人や兵士達の話を聞けば自分達がかつて忠誠を誓った国など、とうの昔に消え去っていたということに気づいたはずだ。


 いやきっと中央に赴いて直接腐敗ぶり見ても目覚めることはないだろう。


 憤りはしてもきっと王が、側近の方が、と言って最後まで国家を盲信し続けるのだ。


 カンバルは胸を張って何の迷いも無く言葉を待っている。


 正直その愚直さ、清廉さが羨ましく見える。


 しかし国家の軍人という前に俺は一人の人間だ。


 中央に赴いて愚にもつかない小人に愛想笑いをし、何の功も無くただ金と血筋だけで上がってきた無能とも楽しげに談笑するフリをした。


仲間の屍を乗り越え、時にはあえて見殺しにしてきてまで戦ってきた自分達を野蛮人として見下すあいつらの為にかける命など無い。


 事ここに至って自分と友との差異がはっきりしてしまった。


 国家という大儀に友は忠誠を誓い、俺は国家という組織に誓いを立てていたのだ。


「その案には賛同できん……」


「……わかった」


 黙ってその場を去ろうとするカンバルに後ろから声をかける。


「だが、お前自身がこの場を去って奇跡的に王とお目通りできたならその案を試してみるのもいいかもしれんな」


 友が振向く。 何かを言いたげに唇を震わしている。


「敗北主義者のお前を今この場で追放する。どこにでも言ってお前のその馬鹿げた話をしてみるがいい」


 驚くほど場は冷たく静かとなっている。


 まるで教会のようだ。


 その中で数十年続いた友との離別はかつて中央で見た演劇のようで、軟弱で悪趣味と思っていたそれを思い出すのは何か不思議な気分だった。


「……長らくお世話になりました。必ず王の元へと辿り着いて見せます……」


 恭しく礼をするかつての友にグラムはただ一言「……ああ」とだけ返した。






 その言葉から一時間後、カンバルは単身馬に乗って山道を駆け降りていた。


 部下達はカンバルが直接に王の元へと走り、命を懸けて誤解を解くと言う命令を受けたと思い、砦を出るカンバルに口々に声をかけていった。


 中には妻と子供に……とこっそり手紙を渡してくる兵士も居た。


 あるいは王への手紙を直接書く者も居た。 


 皆の為にも絶対に王都へとたどりつかなければ……この命に代えても。


 当然のことながら本隊に見捨てられた敵部隊は離れた場所で休息を取っているようで、単騎で山道を降りているカンバルには気づきそうにも無い。


 総大将を失ったとはいえ、敵は数日で体勢を整え、今度はがむしゃらに攻めてくるだろう。


 そうなれば多勢に無勢、全員枕を並べて戦死することになる。


 そんなことなどは絶対にさせられん。 


戦場での死ならばまだ納得いくことは出来るが、反旗を翻しての不名誉な死など断じて受け入れられん。


 たとえ隊長であるグラムが何かを隠していたとしても……。


 元々あの男も自分と同じ不器用な性格……、上手く誤魔化しているつもりでも悪さをするにはどうしても徹底できないところがある。


 出入りの商人や不明瞭な摘発のことを考えれば何をしていたかは想像に難くない。


 本来ならば許せることではない。


だがあいつがどれほど国に、我が隊の為に働いてきたかを考えるならば、とても俺からは口出しすることは出来ん。


 だからこそ、仮に王への説得が失敗に終わったとしてもせめて名誉ある死を賜ろうと決意してこの案をグラムに出したのだ。


 それにしても……。


 闇に包まれた山の中で頬が緩むのを感じる。


 俺が気づいていたことを知ったらあいつ驚くであろうな……。 


 その姿を想像して思わず笑みがこぼれ、そして同時に昼間に戦ったあの若者達を想う。


 若さゆえの単純な忠誠、がむしゃらなだけの戦ぶり、それらが軍に入ったばかりの若き頃の自分達を思い出させた。


 ただ……ただ……無邪気に信じた理想の世界を……。


 命を互いに預けあえる友の存在を……。


 カンバルはグっと手綱をさらに強く握り締めてムチを走らせる。


 馬は一声鳴いてさらに速く走り出した。


 この馬も戦場を一緒に駆け抜けた友なのだ。


 人馬一体となって夜の山を走り抜けているカンバルの耳元で何かが鳴った。


 一拍遅れてグラリと視界が反転してゴツゴツとした岩肌が見え、その後に全身に激痛が走る。


 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、視界の隅で愛馬が倒れているのが見えてはじめて落馬したことに気づいた。


 どうしたことだ……いくら夜道とはいえ、こんなところで自分が倒れるとは……。


 もう一度立ち上がろうとするが……力が入らない。


 どうにか上体を起こすが、それも大変な苦労で、膝がガクガクと震えているのがわかる。


 おかしい……これは……あきらかに……。


 疑問に思考が捕らわれる一瞬を待っていたかのように何者かが後ろから切りかかってきた。 


 ガッキイイン! 一瞬の火花が山道を照らし、襲撃者の姿を映しだす。


 瞬間的に見えたその姿にカンバルは見覚えがあった。


 フードを被った小柄な体躯な若い男を……。


「……貴様、何故こんなところにいる?いや何故邪魔をする?」


 闇の中からは何も答えが帰ってこない。 


聞こえてくるのは虫の声と風が木々を揺らす音だけだ。


 一瞬カンバルは自分は幻覚を見ていたのかと思った。 


しかし彼の見たものは紛れもなく現実で、そして敵だった。


 問いかけの答えを返さずに刺客は攻撃を仕掛けてくる。


 暗闇の中でも正確に部位を狙ってくる攻撃にカンバルは苦戦しながらも、どうにか致命傷を避けながら耐え続ける。 


「くっ!これでもくらえ!」


 護身用に持っていた長剣で辺りをなぎ払うが何の手ごたえもない。 


少し先の方で着地するような音が聞こえただけだった。 


「……仕方あるまい」


 敵がとりあえず離れたのを確信し、懐から筒をとりだして先を岩肌で強く擦りつけた。


 瞬間、筒先から火花が出て包むような光が周りを照らす。 


 カンバルの部下の一人が作った手製の照明機である。


 道に迷ったときや遭難したときの為にと緊急で持ってきたものだが、まさかこんな状態で使うはめになるとは誰も予想していなかった。


 なにしろこんなものを使えば敵に発見される危険が高くなるからだ。


 しかしながら、この闇の中で奴と戦えば間違いなくやられてしまう!


 王に面会して反乱という誤解を解かなければならない今のカンバルには後先を考えている余裕も、視界の聞かない状態で倒せる相手ではないこともわかっていた。


「そこか!死ねえっ!」


 明かりと闇がぶつかり合うその境界に見えた敵のローブのすそ目掛け、一直線に剣を突き刺す……が、しかし手応え無く、剣先に貫かれたのはボロボロのローブ一つだけだった。 


「はずれ~♪それじゃさようなら~いつか出会う日まで♬」


 調子っ外れの歌が耳元で聞こえた後に全てが消えた。


 身体の感覚も冷たい夜の風も視界も全てが嘘のように消え去った。


 後に残ったのは何も無い……意識はあるが感情全てが欠落したように無くなる。


ただの虚無だけがあった。


 ああこれは……なんだろうか……。 疑問に答える様に誰かが耳元で囁いた。


「あんた達は反乱を起こした愚者として死んでもらうんだから余計なことしちゃだめだよ……そのためにあわてて追いかけてきたんだからさ」


 追いかけてきた?


 それじゃこいつは誰だ?


 あいつなら俺が出て行くことを知っていたはず……それより早く王都に向かわないと……そういえば何故俺は……ここで……思い出せない……ただわかることは……、


 「そう……死ぬんだよ、あんたは」


 そうか……これが……死か……。


 思ったよりは悪く……ない……。 ただ……これか……ら……。 


まるで死を観察するように刺客はカンバルの命が完全に無くなるのを見つめた後、カンバルの手から長剣を奪って刀身を掲げる。


「やっと死んでくれた……毒針は便利なんだけど時間がかかるのが難点なんだよねなるべく血で汚れたくないから心臓が止まってから切り離さないといけないからしょうがないんだけど~、それじゃ首を持っていこうとしようかな?」


 その時厚い雲に覆われていた月が出てきて周囲を照らす。


 月光に照らされた刺客は言葉どおりまだ少年だった。


 酷薄そうに笑った少年は一、二度素振りをしてから剣を振り下ろす。 


月はまた雲に隠され、その瞬間を隠してくれていた……。






 翌日の朝、ムランは重い足取りで陣地を歩き回っていた。


 陣地とはいっても所詮は素人なのと時間が無かったこともあって粗末な枝切れを地面につきさしたものというものではあったが……。


「いい考えは浮かんだかよ?」


 木々の隙間を飛び回ってスアピがムランの前に降り立つ。


 朝方にムランが周囲の偵察を命令していたのだ。


 ムランは暗い顔で首を横に振る。


 その姿を見ても彼の従者は『そうかい』と言って飄々とした仕草で笑う。


「まあなんとかなるんじゃねえか?」


「お前はいつもと変わらないな……羨ましいよ」


 そういいながらもムランの顔には笑顔が浮かんでいる。 


「ところで……あいつはどうしてるんだ?」


 その言葉にムランが困ったように額をかく。


「散々泣き喚いた後で今はぐっすり寝てるよ」


「全く……あいつこそどこに居ても変わらねえな」


「いい加減大人になってもらいたいんだけどな」


「まあ……無理だろうな。あいつはあのままでいるよ、きっと、ずっとな」


 沈黙が二人を包む。


 早朝の陣内には起きているものもいるだろうが、彼らの声は何も聞こえずただ小鳥がさえずり、風が吹いているだけだった。


「……それより敵さんの様子が変だぞ」


 急に真面目になった顔のスアピがムランを見据えながら話す。


「……どういう風に?」


 どう考えても良い話ではないことを察知してしかめっ面になる。


「まず砦の中にいた全員が外に出て物資の準備をしていた」


「討伐軍の本隊が退却し、しかも追撃を止められたとはいえ少数の俺達にわざわざ出張ってくるとは思えないな……退却を悟られないための偽装出陣の可能性は?」



 スアピが静かに首を横に振る。 そしてやや強張った顔になって答えた。


「砦の守備を空にして……本当に全軍でしかもわざわざ敵の隊長自ら、俺達を皆殺しにしてやるって宣言してたよ」


 陽光が差した山中に暗い何かが落ちるのをムランは感じ、目を閉じて空を見上げる。




「……脱走した兵の数は?」


「傭兵団中心におよそ四百人です」


「よし我が隊から馬の扱いが上手い奴を選んで、近隣の村と領主達に脱走した者たちが略奪狼藉を働くかもしれないから警戒するように通達してこい」


「はっ!しかしこれでますます領主達から疎んじがられますな」


「自前の兵を出さず、申し訳程度に物資送ってきた者達のことなど気にすることなどないわ」


「あっ……それと我が隊に組み込んでいた民兵からも一人脱走者が出ています」


「まあ、一人だけで済んだのなら僥倖だろうな……逃げた者の名前はわかるのか?」


「いえ……何人かに確認したのですが、誰も名前を知ってるものがおらず……そもそもどこの出身かもわからないようでして」 


「……まあいいわ、それで部隊の再編については何も連絡が来ていないのか?」


「い、いえ……将軍達からは何も……」


「ふん、味方を見捨てて逃げたあげくに反撃もせず主導権争いか……王国屈指の精鋭があきれ果てるわ」


 不満そうに吐き捨てる上官に部下は恐縮したように身体を縮こませていた。


「ガルム様、オルド将軍が面会を求めています」


「わかった……通せ。お前ももう行っていい」


 疲れたように溜息をついて返事し、報告していた兵士を下がらせる。


「ガルム将軍にお願いしたき義があります!」


 兵士と入れ替わりにオルドが顔を紅潮させて入ってくる。 


「おやおやオルド将軍、どのような話ですかな?」


 冷静な態度にオルドの頬にさらに紅が広がる。


「将軍の兵を私に貸していただきたい!お礼は戦が終わった後に十分に支払いますので!百……いや八十程でも構いません!私はトール殿から預けられたご子息を……部下である副官を助けにいかなければならないのです!」


 若々しく猛るオルドの剣幕を涼しげに流しながらガルムが手を顎の下に組んで見据える。


「ほう……我が兵を貸していただきたいと……副官殿を助ける為に……ですか」


「ガルム殿も気づいておられるでしょう!他の将軍達は兵達のことなど考えずにどちらが司令官になるかを争い続けている!このようなことでは王国の威信は落ちて、ますます賊軍を調子づかせるだけではないですか!」


 オルドの言葉に待機している衛兵も思うところがあるようで熱っぽい視線になっている。


 しかしガルムはきっぱりと答える。


「我が軍を貸す義理などは無い」


「なっ……貴方も他の将達と同じで自身の兵の損耗を考えて動かないおつもりですか!忠誠溢れる将軍と訊いていましたが、私の勘違いだったようですね」


「貴方は何か勘違いしておられる。総司令官が戦死した以上、勝利の後に恩賞を施す者が居ないということです。つまりは損失した物資、使った金銭、名誉すら保障してくれる者が居なくなってしまった以上、まずはその人間を決めることに何の問題があるだろうか?」


「…………」


「それに貴方に兵を貸したところで実戦経験の無い人間がまともに指揮が出来るとお思いか?士官学校で学ぶシュミレーションとは違うのですぞ?そのような将に兵を貸して無駄死にさせるわけにはいきませんな。優秀な兵は金銭とは交換できるものではないですからな」


 痛烈なガルムの反論に黙って聞いていたオルドがゆっくりと口を開く。


「……つまりは恩賞を保障してくれる者が出来れば兵を動かすことが出来るというわけですね?」


「ええ……それが出来れば兵を動かさない理由はなくなりますからな。まあ新しい司令官が出来るまで待ちなさい……若者は時には待つのも大事……」


 ガルムに最後まで言わせずにオルドは机に拳をたたきつけて黙って出て行ってしまう。


 その後姿を見送りながら、


「賢しい小僧だな」


 小さく呟いた。


 衛兵達は不満そうにガルム将軍の元へと集まってくる。


「ふん……お前達、出陣の準備だけはしておけよ、もうすぐこの戦は終わる……どちらにしろ賊軍は殲滅される運命にあるがな」


 真意を測りかねた衛兵達も、ジロリと睨むガルムの威圧に負けて慌てて出て行く。


 誰も居なくなった部屋でガルムは自身の剣を持って立ち上がる。


 そして自身の出陣準備を行うため出て行くのだった。 


その表情には気のせいか笑みを浮かべ……。 




カンバルの死は反乱軍の中で大きなショックとなって駆け巡った。 

 

首の無い状態で、兵たちの手紙の入った袋ごと砦の入り口に放置されており、来ていた鎧類は全て剥ぎ取られて裸に近い姿であった。


 おそらくは戦利品として奪い取られたものと判断したグラム隊の兵士達の怒りはすさまじいものだった。


 無論グラムも最後までわかりあえることの無かった友の無残な死に憤りの涙を流している。


「これが……これが……王国の兵のやることか……将をまるで野の獣のように全てを取って路傍にさらすことが……」


「心中ご察しいたします……グラム様」


 アッサームの冷静な言葉が余計に癇に障る。


 しかし副官が戦死した以上、ますますこれからのことを考えなければいけない。


 それはつまり、


「おい、お前の主人からの脱出用意完了の連絡は来たか……」


「いえ、これだけの大事なので時間がかかっているようで……」


「それは好都合……生き恥を晒す前に意地を出す必要がある」


「そうですか……しかしあのような蛮行をするようでは王国の規範も大分腐っているようです」


「……瓶の中の上部の肉が腐るならおのずと下も腐っていくだけよ」


「しかしよろしいのですか?本来はこの砦に篭って機を見て脱出するはずでは?」


「……お前は黙っていろ」


 賄賂の罪を犯し、反乱の汚辱を受けながらも最後にひとかけらだけ残った誇りが逃げるのを許さなかった。


 敗死の恐怖も刑死の屈辱も今は考えない。


 ただただ我が友の仇を討ち、敵を皆殺しにするだけを考えることにした。


 ふつふつと血が騒ぐのを感じ、全身に力がわいてくる。


 最も人間らしく、人の道に外れた衝動が全身に満たしている。  


 感情は繋がる。 末端の兵士の一人に至るまでグラムと同じ感情で包まれている。


 それは厳しいが尊敬すべき副長の死により、無実の罪を受けていたことによる戸惑いも死も超越してグラム隊は一つの暴力的な塊へと変貌したのだった。


 そう、敵を徹底的に殲滅する暴虐の集団の誕生だった…………。




 

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