新年特別読み切り

雨宮羽依

第1話

「あけましておめでとうございますー!」


 エレナが両手をいっぱいに広げて飛び跳ねながら叫ぶ。その様子を見てエクスが苦笑いを浮かべた。


「エレナ、せっかくシェインに着付けてもらった着物が崩れちゃうよ」

「はっ! そうだね、あれ難しそうだったもんねー」

「そうよ! 「崩れたら言ってください」とか言うわりに、本当にそんなことになったら絶対ポンコツ呼ばわりするわ……」

「着崩さなきゃいいんじゃないのか……?」


 女子組の自由な振る舞いにレヴォルは戸惑うが、エクスの方は“こんなもの”だと悟っているようだ。


「けど、やっぱり着るものが変わると印象も変わるね。レイナたちは髪型も違うから余計にそう感じる」


 レイナは耳の横にくるんと輪を描いた髪に、エレナは小さな二つのお団子に、それぞれお揃いの金の刺繍が入った赤いリボンを結んでいる。


「タオのやつに着付けなんて器用な芸当ができたのも驚きね」


 エクスとレヴォルを見てレイナが言う。タオは桃太郎の想区出身なので和服に慣れて言えばそうなのだろうが、今まで洋装しか見たことがなかったレイナは驚きを隠せない。


「ねえねえ! なんかね、『お正月を過ごしてください』って!」

「『お正月』とは?」

「わかんない」

「あ! 私知ってるわよ!」

「レイナ?」


 レヴォルとエレナの会話を聞いていたレイナが手を挙げる。

 自信たっぷりにドヤ顔でレイナは少し離れたところに置いてある机の上の料理を指差した。


「オセチっていうジューバコに入った料理を食べる!」

「うん。そんなことだろうと思ったよ」

「何それ美味しそーっ!」

「うん。絶対言うと思った」


 レイナとエレナの食い意地はいまに始まったことではない。そういえば、もう一人の巫女も食い意地が張っていたが、特別な力を持つ者というのはみんなこうなのだろうか。

 レイナたちは“オセチ”が置いてある机に近寄るとすぐに異変を発見した。


「この机、なんか低くない? それに布がかけてあるよ……お布団?」

「ふぁかふぁふぁっふぁふぁいほへ」

「レイナ、飲み込んでから喋ろうね……」

「……こほん。中はあったかいのね」

「そう言ってたのか」


 レイナは“オセチ”にすでに手を出していたようで、料理を口に頬張ったまま喋るものだから何を言っているのか全く聞き取れなかった。

 机にかけてある布団をめくってみると、中はちょうどいい具合に暖かかった。


「これコタツじゃない? 前にティムが言ってたよ!」

「そういえば……。よく覚えてたな、エレナ」

「“コタツ”? ああ、タオとシェインが言ってたやつか」

「確か直に床に座って、この布団の中に足を突っ込むって――」


 言いながらレイナがコタツの中に足を入れる。

 ほどなくしてコタツの素晴らしさに魅了されたレイナが、ほかの三人にもコタツの中に入るように促す。


「う……、うおお、なんだこれ、あったかい!」

「ああ、この部屋は少し寒かったからちょうどいいな」

「ふへぇ~、こんなの出られなくなっちゃうよぉ……」

「でしょでしょー! あ、オセチ、取り分けましょうよ!」


 レイナが我慢しきれないと身を乗り出す。エクスは「仕方ないなあ」と笑いながらこれまた机上に用意されていた皿にオセチを取り分け始めた。

 だて巻きや黒豆、煮しめなど、まだ温かそうな料理はすごく美味しそうだ。

 レイナが煮しめの中の昆布巻きを口に運んだ。噛むたびに広がる出汁の味がレイナの味覚を刺激し、彼女を幸せへと誘う。

 その様子を見ていたエレナがふと思い出したように言った。


「ねえねえ、オショウガツって、オモチも食べるんでしょ? オゾーニにしたり、ゼンザイに入れるってティムが言ってたよ!」

「それがどんなものか分からないがな」

「オゾーニ……ゼンザイ……!」

「レイナ、よだれ」


 おせち料理を食べているにも関わらず、レイナの食欲はとどまるところを知らない。エクスに指摘され、慌てて口元のよだれを拭う。

 エレナとレヴォルがきょろきょろと辺りを見回すが、“オゾーニ”と“ゼンザイ”らしきものは見当たらない。その代わりに何か絵が描かれた木の板と鮮やかな羽のついた球や模様のついた円錐上の木のおもちゃ、大きな布に長い紐が張ってある何かを発見した。


「あれ何だろう……? おもちゃ?」

「ふぁかんふぁい」

「レイナ、何度も言うようだけど飲み込んでから――って、ここ、ご飯粒ついてるよ」

「もぐもぐ……ごくん、こっち?」

「いや、そっちじゃなくて反対側……」


 レイナは自分で取ろうとするが、鏡もなくてはそれは難しい。エクスが「仕方ないなあ」と言いながらコタツから身を乗り出し、レイナの頬に付いたご飯粒を取った。


「なんか……何だろう、レヴォル。わたしたちは何を見せられてるんだろう」

「エレナ、気持ちは分かるけど、エクスさんたちはアレが自然体らしいんだ」


 エクスとレイナに聞こえないようにレヴォルはエレナに諭す。それはシェインから聞いたことだった。「エクスさんと姉御と一緒にいるなら、覚悟しなければなりませんよ。あの二人のもどかしさと言ったら――」との彼女からの忠告は半分脅しだと思っていたが、そんなことはなかったということはあの二人の様子を目の当たりにすれば容易に理解できた。

 話題を転換しようとしたレヴォルがレイナたちに話しかける。


「あっちのおもちゃ、どうする? せっかくだし遊んでみるか?」

「え、まだオゾーニもゼンザイも食べてないじゃない」

「え」

「そうだよレヴォル。オモチっていうのはいろんな食べ方があるらしいんだよ」

「オゾーニやゼンザイだけでなく、イソベ、キナコ、アンコ――」

「はいはい、その辺にしとこうねー」


 テンションが上がり、マシンガントークを繰り出すレイナの口にエクスがおにぎりをつっ込む。その瞬間、レイナは黙ってハムスターのようにおにぎりを頬張り始めた。ただしさっきまでと違い、耳まで真っ赤になっていたが。

 レイナが大人しくなったのを確認したエクスはレヴォルとエレナに苦笑いを向ける。


「ごめんね、うるさくなっちゃって……」

「いや、それは構わないが……」

「エクスさんとレイナちゃんっていつもそうなの?」

「『そう』って?」

「なんか雰囲気が甘いというか……はたから見たら恋人同士だよ」

「えっ⁉ そんなことない、ない! 僕たちは普通に仲間で――」

「やっぱりシェインさんの言ってたことは正しかったな」


 レヴォルとエレナは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 部屋の中にはエクスからの『あーん』で顔を真っ赤にしたレイナ、新主人公とヒロインからいじられ(無自覚)慌てふためくエクス、そんな二人を見て苦笑いをするしかないレヴォルとエレナ……というなかなかにカオスな状況が出来上がっていた。

 こうして、新旧主人公とヒロインの正月はいつも通り過ぎていく――。



◆◇◇

「エクスさんと姉御はレヴォルくんたちの前でも変わりませんね……」

「だな。てかお嬢たち、食べること以外全く興味を示さねえってどうなんだよ」

「仕方ありません。それが姉御ですから」

「おチビも食い意地張ってるからなあ……王子サマもそれに何も言わねえし」


 シェイン、タオ、ティムの三人が、エクスたちがいるのとは別の部屋で話をしている。三人の集まるコタツの上にはレイナが食べたがっていたモチとみかんが置いてあった。


「にしても、餅を持ってってやらなかったのは失敗だったな。まさかお嬢があんなに餅に詳しかったとは」

「姉御は食べることには貪欲ですから」

「はは、違いねえ」


 ティムがそう言って笑うと、部屋に併設しているキッチンから少女の声が聞こえてきた。「きゃっ!」という短い悲鳴の後、少女がティムたちの方へ顔を出し、怒ったようにティムに言う。


「ちょっとお兄ちゃん! ずっと座ってないでちょっとは手伝ってよ!」


 ティムは面倒くさげに「へいへい」と返事すると立ち上がり、キッチンの少女のもとへと向かった。その様子を見て、シェインはふふと笑う。


「どうした、シェイン?」

「いえ……。ただ、こうしてきょうだい仲良く集まれるなんて、想像もしていなかったので」


 シェインが答えると、タオは微笑んで彼女の頭を撫でた。

 タオに頭を撫でられながら、ティムと少女がこちらにやってくるのを見たシェインは呟く。


「幸せっていうのは、こういうことを言うんでしょうね」

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新年特別読み切り 雨宮羽依 @Yuna0807

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