第13話 召喚と記憶



 舗装も何もない、砂利と土と草ボーボーの道のりの途中。

 崩れる気配などさらさらなさそうな晴天の下。

 モコを一旦フードから出して、アイテムストレージを開く。



 村でも出し入れを行ったが、ストレージのことを考えると、中身が目の前にぼんやりと浮かび上がるのだ。



 現在入っているのは、お金、剣、盾、村で着ていた服。

 そして、今回ストレージを開いた目的のアイテムだ。

 それは、黒く輝く水晶石。

 漆黒だが、クリアな光沢を持っている。

 見た目は加工前の原石で、岩石が土台のようにくっ付いていた。



 これが、シートに記入した【黒き男の召喚サモニスオブダークワン】である。

 ゲームでは、かなりのレアアイテムに属するものだ。

 イベント限定アイテム。

 これを使用すると、高レベルの自立型学習NPCを召喚及び永久的に顕現させることができる。



「呪文は、ええと――【召喚サモニス黒き男ダークワン】」



 必要な呪文を唱える。

 すると、黒く輝く水晶の表面を光沢がなぞり、地面に赤い魔法陣が現れた。



(確かゲームだと、ここでキャラの見た目を設定したんだっけ)



 ハルトはふと、ゲームプレイ時のことを思い出す。

 それはギルドの仲間と、恒例の鬼畜イベントに参加したときのことだ。

 景品は、【黒き男の召喚サモニスオブダークワン】を含む、しもべを召喚できる八種類のアイテム。



 それが、たったの八個。

 そのたった八個のアイテムを、プレイヤー90万人で奪い合ったのだ。

 グランガーデンはお世辞にもメジャーとは言えるゲームではなかったため、大手のVRMMOゲームに比べればプレイ人数は少ない。

 しかしそれでも、手に入れるのにはかなり苦労した。


 そして手に入れたそのあとは、個人の所有者を誰にするか、じゃんけん大会を開催。

 メンバー22人との戦いを制し、自分のものになったのだ。



 懐かしい。

 そんな風に転生前のことを回顧していると、やがて魔法陣の上に一人の男が顕現する。



 浅黒い肌を持つ長身。

 顔立ちは彫りの深いナイスガイ。

 黒々とした髪の毛、そしてあご髭。

 金ウールの肩章が付いたコートと、騎士装束を着込んでいる。

 中世と近世の間くらいの軍人を思わせるような出で立ちだ。



 一方、モコは突然人が現れたことに目を丸くさせている。

 もともとつぶらな瞳なのだが。



(あれ、この姿って確か……)



 目の前に現れた男は、以前ゲームのグランガーデンでメイキングした黒き男と同じ姿をしていた。



 そう、この姿は、



 ――ローエンさんローエンさん。どうして隠密系のキャラクターなのにこんな目立つ格好なんですか? 普通もっと忍者とかスパイとかそんな感じにするでしょそこ?


 ――いえ、確かにギルマスの言う通りですけど、それじゃあワンパターンっていうか……。それに、一見隠密キャラっぽくない方が、他のプレイヤーを騙せるかなって。


 ――おお! これは小生の中二魂を揺さぶる見た目! ……これが女キャラだったら完璧だったのに。くうぅ……。


 ――わ、私はいいと思いますよ! 男キャラ! かっこよくて色々捗ります!



 自分で見た目をいじくれるので、当時好きな要素をぶち込んだ結果だった。

 隠密系のしもべなのに、さながら将軍のように目立つ出で立ち。

 当初、メンバーからは不評の声が多かったが、意外とそれがハマって上手くいったのはちょっとした自慢である。



 途中でワル乗りして、指揮系の職業に就かせたのもいい結果となった。

 やがて魔法陣が消え、召喚された黒き男が跪く。



「――我が主の呼び声に応じ、ここに参上した」



 ――NPCが喋る。



 ハルトがゲームをプレイしていた頃はVR技術に限らず、AIや機械音声もすこぶる発達していたため、この辺りはそう驚くようなことではない。



 特定のNPCには人格が設定され、プレイヤーとのやり取りなどから学習して人格を形成するNPCもあったくらいだ。



 曰く、メーカーの変態技術の結晶。

 それでも、人間のように淀みなく滑らかにとはいかなかったのだが。

 目の前で跪くNPCからは、どこからどう見ても人間のような印象を受ける



 これもゲームと異世界の違いなのか。

 声も滑らかで、血が通っているように思えたため、ついつい驚いてしまった。



「創造主?」


「あ、ああ。悪い」



 呆けていたせいか、黒き男は怪訝そう。

 次いで彼の言葉に答えると、



「創造主。永きにわたりお呼びになられませんでしたが、なにか問題でもあったのでしょうか?」


「へ?」



 永きにわたり。

 お呼びになられなかった。

 それは、どういうことか。



 その言いようではまるで、以前は頻繁に召喚していたような感じではないか。

 それに、創造主やらそんな台詞、ゲームでは聞かなかった。

 これは、確認してみるべきか。



「えっと、お前ってその、ナイアルか?」



 ナイアルとは、ゲームプレイ時に設定した【黒き男】の名前だ。

 その姿と言葉遣いから、「これはもしかすれば……」と思ったのだ。



 訊ねると、ナイアルは眉をひそめる。



「その通りですが?」


「え、やっぱりそうなの?」


「……? それ以外になにがあるのでしょうか?」



 ナイアルは、困惑顔を浮かべている。

 それは、ハルトも同じだ。

 ナイアルは主人の戸惑いを察したか、



「失礼ながら創造主は動転しているご様子。一旦気持ちを落ち着けてはいかがでしょうか?」


「そ、そうだな……」



 ナイアルの忠言を受け入れ、軽く瞑想を行う。

 精神統一に関しては、格闘技と一緒にやっていたため、お手のものだ。



 すぐに気持ちを落ち着け、目を開けると、ナイアルがどこか感じ入ったような顔をしていた。



「創造主。お見事な瞑想です。揺らぎを一瞬で平静まで落ち着けるとは」


「いや、普通は心を動かさないのが肝要なんだがな」


「謙遜なされることはありません。他の者であれば創造主ほど見事にはいかないでしょう」



 ナイアルは、なぜかしきりに褒めそやす。

 そこまで褒められるようなことではないため、ハルトとしては気恥ずかしい。

 それはともかく。



「ナイアル。お前は俺がメイキングつくったしもべで間違いないな?」


「は。この身は正真正銘、創造主であるローエン様がご創造になられたものに相違ありません」



 どうやら、ナイアルも同一の存在として認識しているらしい。

 ローエンとは、線崎春斗がゲームプレイ時に使用していたアバターのネームである。



「記憶があるようだが、それに関していくつか質問したい。いいか?」


「なんなりと」


「作られたときの記憶や、呼び出された記憶があるってことは、グランガーデンを冒険したときの記憶もあるのか?」


「は。創造主に付き従い、創造主が所属していたギルドの一員として、グランガーデンを渡り歩き、共に轡を並べ戦いました」


「ちなみに印象的だった戦いは?」


「そうですね……【天へ杭打つ階スカイパイルラダー】最上階にいる天使との激戦や、悪魔たちとの戦い、ギルド【グングニール】や【☨超中二連合☨】との戦争などはすさまじかったかですね。それに、【Redred】リーダーの討伐、ああ! 【セブンスチャイルド】のルグスカと一騎打ちをさせていただいたことも――」



 ナイアルが突然、饒舌になり出した。

 そして、話は加速し止まらない。



「あ、あー、あのー、もういいんだか」


「っ、申し訳ありません。戦いのことを思い出し、つい熱くなってしまいました」


「大丈夫だ。構わない」



 恥入るように頭を垂れるナイアルに対して、落ち着いた声音を返す。

 それは、先ほどの瞑想直後と同じような平静ぶり。

 思案するように目をつむる。

 だが、内心はといえば、



(ど、どどどどうなってんのこれ……?)



 正直なところ、かなり動揺していた。

 確かにナイアルについては、仲間NPCとして、ゲームプレイ時は毎度毎度引き連れまわした。



 先ほど彼が例に挙げた戦いも、実際にあったことだ。

 だが、その記憶があるとはこれいかにである。

 彼と一緒に冒険したのは、【ゲームで】だ。

 この【異世界で】、ではない。

 記憶が引き継がれて、姿形も同じ。

 そもそもゲームのことが記憶として残っているということも意味不明だ。

 わけがわからない。



 ……わからないが、転生自体わけのわからない事象なのだ。

 ここはもう、そう言うものだと割り切った方がいいのかもしれない。



(要はこのナイアルは、俺がゲームプレイ時に手に入れた【黒き男の召喚サモニスオブダークワン】で作ったNPCキャラで、しかもそのときの記憶がある……)



「失礼ながら、私からもお伺いしてよろしいでしょうか?」


「え? あ、どうぞ」


「以前の創造主と顔つきと出で立ちが違うのは、どういうことなのでしょうか?」


「あーそれはあれだ、転生したからだ。一度死んで、生まれ変わったんだよ」


「……? 転生ですか? そもそも死亡状態になったのであれば、蘇生アイテムなどは使用なさらなかったのですか?」


「……うん。そうか、そうなるのか、そうなるよな」



 確かにNPCキャラであるナイアルからすれば、死亡=蘇生アイテムとなるだろう。

 リアルで死んだという点は、どう説明すればいいか。



 いや、確か自立学習型のNPCにも、プレイヤーに関しての基礎知識が事前にインストールされていたはずだ。

 グランガーデンのNPCにとって、プレイヤーは異世界の存在であり、魔王を倒すべく異世界から現れる協力者的な存在……だったか。



 そんなことを考えていると、ナイアルはふと何か思いついたような顔を見せる。



「――なるほど。創造主のいた世界で亡くなったということですね?」


「そう。それだ。俺たちのいた世界では、グランガーデンみたいに蘇生とかできなかったからな」


「そして、グランガーデンの世界で生まれ変わられた」



 なんとか上手いところに着陸できたらしい。



「それで背の大きさとか、顔とかが違うんだ」



 顔は転生前の春斗とそっくりなのだが。



「……ん? でもじゃあなんでナイアルは俺だってわかったんだ?」


「魔力が同じでしたので」


「……そうなのか」



 その辺りの機微はよくわからないので、空目するしかない。



「あと、いまの俺の名前はハルトだから、名前を使うときはそう呼んでくれ。あと、創造主も大仰すぎるから、主とかそんな感じで。あ……もしかしたらローエンの名前も使うこともあるかもしれないけどな」


「承知いたしましたハルト様」


「んで、そっちはモコ」



 そう言って、モコを指し示す。

 モコは話をしている間、尻尾を身体に巻き付け、丸っこくなって首を出す――通称【モコだるま】になっていた。



「確かこれは毛玉獣……でしたか?」


「もこっ」


「いまの俺の仲間さ」


「そうですか……やはり他の皆様は」


「いないな。まあ、それは仕方ないことさ」



 モコがとてとてとナイアルに近づき、手を伸ばす。

 握手のようなことがしたいのだろう。

 ナイアルもそれに気付いたか、小さな手を優しく掴む。



「もこもこ」


「モコ、よろしく」



 モコとナイアルが、そんなやり取りを終えた直後、



「ん?」


「も、もこっ!?」


「これは……」



 ふいに、近くから人の気配が感じられた。




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