第12話 旅の始まり……と


 人目を避けるため、すぐに村から出立したハルトは、村の近くにあった無人の小屋で一夜を明かし、翌日には動き出していた。



 ちなみにモコは、フードから降りて歩いている。

 四足歩行をしたり、二足歩行をしたり。

 村の外に出るのが滅多にないため、物珍しいのか。



 周囲を見回し、ちょろちょろと動いては、花や草を触ったり、もぐもぐしたりしている。



「――さて、ここから一番近い都市は……一番近くてもザガンか……」



 出しなに村長からもらった地図の写しを見ながら、街道……山野を切り開いただけの粗末な道を歩きながら、一人考え込む。

 差し当っての目的地と定めたザガンは、この周辺の地域一帯を治める貴族【マーシール伯爵】の居城がある城砦都市だ。

 アリウス村からは宿場町を三つ経由してやっとたどり着くことができる場所であるため、それなりに距離がある。



 そこでまずアイテムや情報などを集め、今後に活かそうというわけだ。

 アイテムに関しては回復アイテムなどの消耗品や、旅に必要なキャンプアイテム等。

 情報はこの異世界グランガーデンに関するものと、勇者についてだ。

 この世界で十六年生きてきたが、持っている情報と言えばほぼ村で手に入るものだけであった。

 そのため、知識としては少ない。

 ゲームの知識ならば、攻略情報からメタ的な設定、裏技や仕様までほとんど網羅している。



 だが、それらがすべて異世界と一致しているとは限らない。

 すり合わせが必要になる。

 地図の写しを見る限り、グランガーデンの地理はゲームとほぼ一緒。

 主要なダンジョンの位置や魔王の居城などは変わらないはずだ。

 ただ、国家や街などについてはかなり違いがあるため、確かめる必要がある。

 最後にベルベットの情報についてだが、それは語るべくもないだろう。

 旅費に関しては、すぐにどうこうなるようなものではないが――



(手持ちは……結婚費用に溜めてた分、大体1万ユキチノグチ。単位もゲームのグランガーデンまんまなんだな。…………この辺りはどうにかならんかったんかね)



 ハルトは、べこべこに凹んだ薄い硬貨を手の中で弄ぶ。

 家に隠してあったへそくり。

 ネーミングの元は諭吉さんと野口さん。



 もと日本人であるハルトにとっては、他人から単位を聞くだけで噴き出してしまうことにもなりかねない。



「……俺は金貨とか銅貨って呼称しよう。うん。実際硬貨使ってるしな」



 ハルトはゲームの設定に対しささやかな抵抗を決めることにして、これからのことを考える。

 当座の目的はザガンへ向かうことだが、ハルトの第一の目的は、王国からのベルベット奪還だ。

 世界的には勇者を戦わせて多くの人間を助けることが正しいのだろうが、そんなものはハルトの知ったことではない。



 婚約者として、できるだけベルベットを大変な目には遭わせたくはないし、極力怪我だってさせたくないのだ。

 彼女がゲームのグランガーデンにおける勇者……職業【勇者ブレイバー】である以上、【魔王ザ・デヴィルロード】との戦いは避けられないだろうが、であるなら自分の目の届く範囲にいて欲しい。



 だが――



(あの連中(クソども)の存在があるからな……)



 目下、一番の懸念事項を挙げるなら、カリスたちの存在だろう。

 王国では全員が英雄視されるほど強く、功績もあるらしいのだが――実際は巷で囁かれるような名声とはまったく異なり、弱者や平民を見下し、平気でいたぶるような下衆どもだ。



 そしてカリス本人も、ベルベットを自分のための道具として扱うことを憚らず口にした。

 当然、そんな連中と一緒にはいさせたくない。

 だが、ステータスに物を言わせすぐに奪還というのは、現実味のない話だ。

 準備は必須。

 だがあまり悠長にはしていられない。

 もっとも、カリスもおいそれと勇者には手出しできないはずであるため、猶予があると言えばあると言える。



 逗留時に、カリスが徹頭徹尾ベルベットのことを丁重に扱ったのがその証拠だろう。

 彼女を奴隷のように扱いたいのならば、表向き尊重しているポーズなど取らなくいいのだ。



 ということは、カリスが【貴族】として【平民】であるベルベットに横暴出来ない理由があるということになる。

 それはひとえにベルベットが【勇者】だからだろう。

 精霊に選ばれた存在というのは、この世界ではかなり重んじられる傾向にある。

 もし勇者を害して【精霊】の機嫌を損ねることになれば、どんな災いが降りかかるかわからない――というのが、この世界の常識なのだ。



 無論、【精霊】が人に何かをしてくるということはないのだが。



(俺みたいにメタな知識がないと、そういうことはわからないよな……)



 ゲームのグランガーデンにおいて、そもそも精霊は【啓示】――この世界で言う職業選定の儀のときに出て来るNPCだ。

 プレイヤーが職業を得るときの舞台装置でしかなく、それ以外になんら役割を与えられていない、雰囲気づくりだけの存在と言える。



 ゲームのグランガーデンには、自立型学習NPCと呼ばれるメーカーの変態技術の結晶とも呼べる存在があったが、それとは完全に違い、ほぼほぼインターフェース的なシステムなのだ。

 もちろん、異世界であるため違うということは十分にあり得る。

 ともあれだ。

 この世界の人間が精霊という存在を、神に近い存在として位置づけているのだとすれば、すぐにカリスがベルベットをどうこうするということはないはずだ。



 もしエルブン王国の首脳が【勇者】や【精霊】という存在を顧みずいるような者たちであれば、話は別だろうが。



「……街に行ったら、情報を集めて方針を決めようか」



 ベルベットが発ってから、すでに数日が経っている。

 ならば、ある程度の情報も転がっているだろう。

 おかしな噂があれば、王都へ突撃することも覚悟しなければならない。

 このグランガーデンという世界において、一人で大多数に攻め込むことには、多少なり不安があるが――



(……そう言えば、俺のステータスって結局どうなんだろ?)



 キャラシートで高レベルに設定したにしろ、現状それが正しいのかはいまだ不明だ。

 村人のハルトとして生活していたときに比べ、いまは大きな力は感じられる。

 だが、しっかりと確認する必要があるだろう。



「うーん……ゲームじゃ手元をタッチすればエフェクトのパネルが浮かんだけど、そういうわけにはいかないよな」



 ゲームと同じように、空をタッチするような仕草を取る。

 やはり思った通り、ステータスを見ることはできなかった。

 そんな中、ふと【鑑定眼】のスキルを用いてみたらどうなのかと思い付く。

 そして、試しに自分の身体の一部を鑑定してみると、




……………………


 NAME:ハルト

 種族基礎Lv.60

 職業:不死身の戦王ジークフリートウォーロードLv.20

 Lv総計80

 HP:5026

 MP:2217

 攻撃力:2262

 耐久値:1803

 敏捷:1993

 器用:2300

 特性:【不死】【上位魔術スキル使用可】【職業固有スキル使用可】【中位魔術スキル無効】【武器攻撃抵抗】【武術スキル抵抗】【異常状態無効】【全戦士系武具装備可】。

 所有スキル:【鑑定眼】【オーバークロック】【武威レベル6】【検知レベル5】等々。

 ステータス及びスキル、諸々盛々。


 ……………………



(…………やっべーなこれ、盛り過ぎたかも)



 【鑑定眼】のスキルによって、ステータスが空中に映し出された。

 それを見て、戦慄する。

 まずは職業の【不死身の戦王ジークフリートウォーロード】だ。

 最上位職のさらに上の、神話職マイソロジアス

 ゲームでは実装されていなかった職業だ。



 ただの演出、ゲームのバックボーンだと思っていたが、まさか細かな設定があったとは思わなかった。

 特性、不死。

 この時点で、破格と言っていい。

 ただそれでも、弱点がないとは言い切れない。

 殺されてすぐに復活するのか、それとも時間がかかるのか、殺されるということ自体ないのか。

 それが違うだけでも、自分の身体の使い方は大きく変わる。



 この辺りは要検証かもしれない。



(率先して死にたくはないんだけどなぁ)



 ステータスの数値については、ゲームのグランガーデンそのままだ。

 種族基礎レベルと職業レベル合わせて80。



 一方、異世界の戦闘を生業とする人間の一般的な基礎レベルは20程度、人類最高峰でも30~40程度がせいぜいだと聞く。

 これではあまりに開きがあり過ぎる。

 自称女神の話ではないが、本気で個人では最強とさえ言えるだろう。

 基本的に攻撃力や耐久の値は、他人と500以上の差があると見ていい。



 そのうえMPも古代魔術エンシェント大公級グランドクラスの魔術が20回も撃てるほどあるなど、本業が泣くレベルだ。

 自分のことであるが、最強過ぎて腰が引けてくる。

 しかも、リアルでは格闘技をやっていたため、異世界ではそれをかなり活かせるだろう。



 グランガーデンでは、武器がないことへのマイナス補正がないからだ。

 ここぞというとき以外はグラムや塞の盾を出したくない以上、これに関してはありがたい。

 もちろん職業を取っていないので、闘士モンク系のスキルについては持っていないのだが。



「だけど魔術スキルなぁ……」



 これについては、使いこなせるかどうかはわからない。

 ハルトも、ゲームをしていた頃は闘士モンク系の職業で、魔術スキルを使用できる【魔撃武闘王】という職に就いていたが、性格上あまり魔術スキルは使わなかった。



 どちらかと言えば、前に出て殴りに行きたいタイプなのだ。

 だがスキルを所有している以上、使ったときの感触は把握しておく必要がある。



「ま、やるだけやってみようか」



 そう言って、周囲を珍しそうに散策していたモコに呼びかける。



「モコ、ちょっと魔術スキル使うから、おいで」


「もこ?」



 モコがはしっこく動いて、身体を登って来る。

 そして、モコがフードに納まったのを確認。

 転生前にゲームで使ったように呪文を口ずさんでみた。



「――【暴れる炎レイジーフレイム】」



 呪文を口にした途端、空中に魔法陣が浮かび上がる。

 ゲームと同じエフェクトだ。

 すぐにそこから炎が生まれ、前方の空間をうねるように動き回り、最後に大きく弾けた。



「も゛っ! もももっ!」



 モコが驚き、首にひしっとしがみつく。

 ちょっと締まるが、それよりも、



(あ、これ面白いわ)



 魔法陣が浮かび上がる。

 エフェクトがかかる。

 そして、魔術スキルの発動だ。

 見た目はゲームと同じだが、感覚が抑制されていたゲームとは違って、こちらではちゃんと熱が感じられた。

 超常の力を手に入れたようで、気分が少し昂揚する。

 魔術に関してだが、少々呼び方が特殊だ。

 大まかになるが、下位の魔術スキルが、



 【男爵級バロンクラス】。


 【子爵級ヴァイカウントクラス】。



 中位が、



 【伯爵級カウントクラス】。



 上位が、



 【侯爵級マーカスクラス】。


 【公爵級デューククラス】。



 最上位が、


 【大公級グランドクラス】。



 となる。

 細かく分類すると、下下位、下上位、上下位、上上位などあるのだが、面倒くさすぎてプレイヤーはみんなあまり気にしていなかったのだが。



 ふと、貴族というものが存在する世界なのにもかかわらず、こんな呼称であるのはどうなのか、とも思う。

 公爵なのに公爵級デューククラスの魔術が使えないというのは間抜けな話のようにも思えたからだ。



「どうなってんのかね……っと。あとは……」



 そこでふと、シートに記入したもう一つのアイテムの存在を思い出した。




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