📖隠居した魔王と 天使のような少女で 来ない未来に思いを馳せる





「てめぇにゃ本当にすまねえことをしたって思うんだ」


 老いた眼光はだが曇ってはなかった。盤上の駒を進めながらめんどくさそうに頬杖をついて話す目の前のクソジジイに、ニコニコと笑顔を返し雑談ながら次の手を探す。


「またその話ー? おーさまは皆のえらいおーさまだから仕方なかったんだってば。私全然怒ってないでしょ」


「少しは怒れよ。てめぇどんなけ俺に殺されたと思ってんだ」


「そうして悪い魔女の罪を肩替わり。可哀想な魔王様。いいこいいこ」


「うぜぇ。殺すぞ」


「どうぞ。あなたのお気に召すまま。何度でも。それが必要な限り」


 老人は溜め息をついて目を伏せた。


「てめぇの減らず口はアイツ譲りだな」


「やめて。殺すわよ」


「はは。怒るとすぐ盤をひっくり返そうとする、悪い癖だ」


「あなたが簡単に世界をひっくり返しちゃうから、ゲームくらい私が壊してもいいでしょう、腕を退けて」


「やだよ。俺はこれでも生のない今を楽しんでいるんだ。付き合えよ」


 びくともしない盤を諦めて、出口のない完全なる負け勝負を再びみつめる。どこに何を配置しても突破口なんか用意されていない。


「あなたは意地悪で完璧で頭がいい。どうして勇者に勝てないの?」


「アイツしつけぇんだよ。疲れるんだわ。めんどくせぇ。それで結局敗ける的な?」


「しつこいわよね。いつまでもいつまでも。ほんとにバカなひと」


「何度世界をリセットしてもアイツは未だにてめぇを幸せに出来てねぇ。俺を倒しても呪いは解けねえ。バカに付き合わされる俺たちの身にもなれっつう」


「勇者がもしも賢くなったら、バカらしいって気付いて諦めてくれるかしら?」


「賢く? ならねえよ。バカは死んでも治らねえって知らねえのか」


「もしも。もしもよ。私のことなんて忘れて、普通に過ごしてくれていいの」


「てめぇも忘れてみるか? 少しは違う未来が始まるかもしれねえ」


「あなたは一人で全部抱えたままなのに?」


「構わねぇよ。それで変わりゃ万々歳。少しは罪滅ぼしになるってもんだろ」


「……ね。私たち。本当はどうするのが正解だったの」


「過去はもう戻らねえよ。今さら正解を知ったところでな。せいぜい次にいい選択肢が現れるのを待つしかねえ。チェックメイト」


「わかった。また次に私を殺しても自分を責めないでね。ちゃんとわかってるから」


 涙ぐんだ笑顔が光り霞んで消えた。


 一人残された老人は天を仰いで項垂れる。


「そういうとこ。てめぇのそういうとこがアレなんだよ。クソが。次はちゃんと幸せにしてやれやクソ勇者」



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