伝説の終わりと始まり

「でやあああっ!」


俺の最後の力を振り絞った一撃が魔王の体を貫いた。

世界中の人族や妖精たちから奪った力がその体から噴出してゆく。再び世界中に帰ってゆくのだ。


「ガアアアアアアッ!」


断末魔が城に響き渡り、魔王の体は灰とも塵ともつかぬものへ変わり地面に散った。

すべて終わったのだ。

俺は感慨に浸ろうとしたが神様は短気らしく天空から光が降り注いで威厳のある声が響いた。


「よくやった。ケンゴ。お前のおかげで世界は救われた。さっそくで悪いがもう時間がない。約束を果たそう」

「約束……」


俺はそれを思い出した。

地球で死んだ俺に神様的な存在は1つの頼みごとをした。ある世界に生まれた邪悪な者を滅ぼしてほしいと。神様が倒せよと言ったがそれはルール違反らしい。


「その願いを果たせばお前の死をなかったことにして現世に戻そう」


それが神様との取引だ。俺は喜んで同意した。ラノベ的な異世界冒険ができて生き返れるなんて最高だと。

それから俺はこの世界を回って冒険をした。およそ3年か。

仲間を作って魔王の城にたどり着き、今まさに大団円をむかえたわけだ。


「ケンゴ……」


俺が振り向くと涙をこらえる神官がいた。

名前はキーラ。治癒担当で俺たちの命を預ける優しいお姉さんだ。ちなみに隠れ巨乳で、俺がそれを知っている理由は内緒だ。


「兄ちゃん、もう行くの?早すぎるよ……」


妖精族のジーンも泣きそうな目をして言った。

小さい体だが100歳の知恵者で強力な魔法をぶっ放す。最初に会ったときにマントを燃やされて恨んだが風魔法でキーラのスカートをめくった一件で帳消しにしたのは良い思い出だ。


「仕方ないよ、ジーン。彼には彼の故郷があるんだ」


豚人族のオイクは済ました声で言うが悲しんでるのはバレバレだ。

頼もしい巨漢の戦士に見えるし、実際に身体能力もすごいのだが臆病な性格である。ブヒイというイビキが死ぬほどうざかったけど、ジーンがこいつの音を遮断してくれて助かった。


「みんな……俺……」


俺はこの世界に残りたいと言いたかった。

死ぬほど残りたい。でも、無理だ。

別の世界から人をそのまま連れてくることは神にとっても容易でなく、今も膨大な負担がかかってるらしい。限界を超えると何個かの世界が消滅するんだと。


「俺、お前らのこと絶対に忘れないからな!」

「ケンゴよ、すまないがそれは無理だ」


神様が無慈悲に言った。

おいいいい!


「お前は元の世界に返ったらこの世界の事を忘れているだろう」

「そんなあああああ!」


ふざけんな、糞ゴッドめ!

俺がどれだけ苦労したか知ってるだろ。


「嫌だああ!俺は帰らないぞおおおお!」


その辺の柱にしがみ付きながら俺は叫んだ。

前言撤回。やっぱりここに残るわ。運がよければこの世界は消滅しないかもしれないじゃん。

そんな俺を見てキーラはその目に涙が溜めながら優しげに言った。


「ケンゴ、あなたの世界にも待ってる人がいるんでしょう?」

「う……」


そう諭されると返す言葉がない。

そうだ。親兄弟を悲しませて別世界を楽しむなんて俺はそんなサイコ系主人公じゃない。


「大丈夫。私達を忘れないようにおまじないをするから」

「え?」


そう言ってキーラは人差し指を自分の唇につけ、それを俺の唇につけた。

純潔を守る神官にとってぎりぎりの行為だ。


「兄ちゃん、元気出せよ」


ジーンも無理して笑った。


「次に死んだら生まれ変わってこっちの世界に来なよ。俺、寿命長いから待っててやるよ」

「なんなら僕たちが天に召されたあとにケンジの世界に行けばいい。それは無理かな、創造主様?」

「可能だ。よかろう。お前たちが輪廻の中でまた再会できるように取り計らう」


オイクの質問に神様は言った。

3人ともそれを聞いて嬉しそうに笑った。泣きべそをかいてるのは俺だけだ。


「やったね、ケンジ」

「兄ちゃん、また今度な!」

「ケンジ、またいつか会いましょう……またいつか……また……」


キーラが堪えきれなくなって涙をぽろぽろ零した。

俺はそれ以上に鼻水をだらだら流して泣いていたが笑顔で別れるために涙と鼻水をふいた。


「みんな、ありがとう!最高の冒険だった!また会おうぜ!」


俺の体はふわりと浮き上がり、空の光に吸い込まれてゆく。

バイバイ、みんな。あばよ、異世界。

俺の冒険はこれにて完結だ!





ごぼぼ



ごぼぼぼぼ



ごぼぼぼぼぼぼぼ



口に押し寄せる水に苦しみながら俺はようやく思い出した。

俺、異世界転移を終えた直後だった。

というわけで……帰還してたった数時間で死ねるかーー!


真っ暗な視界に光が差し込み、俺は目の前に迫るワニの口に手をかざした。

「それ」が可能かどうかなど悩んでる暇はない。

俺は水流炎弾衝掌破という自分でつけた技名を思い出し、死に物狂いで念じた。ちなみに、水流炎弾衝掌破と書いてアクア・フレア・ボムズと読む。


血液とは別のものが体中を駆け巡り、手の平から「それ」が起きた。

ドーーーーンってな感じで水中で起きた爆発がワニの体を木っ端微塵に吹き飛ばし、俺をデスロールする背中のワニにも夢中で同じ技をお見舞いした。ごめんよ、ワニ。お前らの昼食にはなれない。


「ぶはあああっ!げほっ!げほっ!」


泥やら草やらいろんなものを口から出しながら俺が陸へ戻るとオークとカイラさんが口をぽかんと開けており、二階のジョンは「Cool!!」と叫んできゃっきゃしてる。

やれやれ、スマホは失ったが別のものを取り戻してしまった。


俺は3人の顔を順番に見回し、キーラとジーンとオイクとの思い出に浸りつつ神様に感謝した。ちゃんと約束を守ってくれたようだ。このためにフィリピンに送ったというなら何の文句もない。


「Who are you......?」


カイラさんは困惑しながら聞いた。

それくらいの英語は知ってる。「あなたは誰ですか?」って意味だ。

俺は誰か?そう言われたら答えは決まってる。


「勇者さ」



異世界転移かと思ったけど、ここフィリピンだ!  完

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異世界転移かと思ったけど、ここフィリピンだ! M.M.M @MHK

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