2-4
先を行くエマが、下草をぎゅっと踏み分ける。
足元を人の腕くらいの大きさのあるトカゲが走り去っていったが、エマは特段驚きもせず視線だけでそれを見送っていた。
エマの薄い桃色の髪の毛が今日は頭の高いところで一つに結わえられている。
馬車を降りてからすぐに森へと入り、一時間ほどが経ったように思う。
道中エマに荷物を持つことを打診したが、また断られてしまった。確かに、そんなに大荷物ではないのだ。胸に抱きかかえれば、すっぽり隠れてしまいそうなリュックが一つだけ。しかも、荷物はあまり入っていないようでくったりとしている。宿で見たのは、あのしゃべりかけられていたガラス玉と、財布、タオル、水筒、カンテラ、二人分の食料とそれからタバコ位だ。荷物はもう少し入っていると思うが、そんなにも少ない荷物で、どんな生活をしているのだろうと気にもなる。
確か、町のギルドにいた冒険者たちは皆もっと大きなカバンで大荷物だったはずだ。
それとも、一人旅というものはこれくらい身軽なものなのだろうか。
しかも、今朝聞いた話では野宿を良くしていたというのだから驚く。その話を聞いて、出会った初日の泉での潔さや、宿で風呂を見て喜んでいた理由にも合点がいった。
ますますエマが分からない。
わかることと言えば恐らくエマが俺のことを愉快な仲間か弟子くらいにしか思っていないということだった。
そんな彼女はおもむろに草の中を掻き分けたり、木を揺すったりしている。
なにをしているんだろうかと思うが、エマの行動の理由はやっぱりわからなかった。とりあえず、エマの真似をして立ち止まると近くの草むらを掻き分けてみる。大きなカエルが慌てたように飛び出してきたが、魔物か動物かの違いが俺には判らなかった。
知らないことが多すぎる。
エマがちらりとこちらを見たのに気が付いて笑って手を振ると、彼女が不思議そうな顔をしてから首を傾げた。
何か見つけたのかと思ったが、エマが一人で頷いて
「少し休憩にしましょうか」
と打診された。
立ち止まっていたのは疲れているからと思われたらしい。
近くにあった倒木の上に座って、エマが小さく息を吐いた。
カバンを漁って中からタバコを取り出すと「吸っていい?」と俺に尋ねてから吸い始める。いつの間に火をつけたのかと思ったが、今のが魔法だったのだろうか。
俺の掌には飴玉が一つ落とされた。
訂正する。弟子どころか子ども扱いかもしれない。やるせなかった。
タバコを吸っているエマは無口だ。横顔を見てみるが、特に好きでタバコを吸っているのではないのだろうな、ということだけは分かる。それどころか、どこか高潔さを醸し出すエマの雰囲気とタバコの煙はちぐはぐな印象がある。
森の中は静かだった。人の喧騒もなければ、奴隷商にいた時の怒鳴り声や叱責もない。風が吹くとざわざわと森が蠢くが、それだけだった。
エマの方に時々視線を送りながら、少しだけ考えを巡らせる。
先ほど馬車の中でされた話は結構面白かった。まだ、おとぎ話を聞いたような感覚のままだが。
魔族というものについては少しわかったが、自分がそうであると言われてもあまり実感はわかない。一度だって魔法を使ったことがないのだから。突然、あなたは魔力が強くて、魔法使いに向いていますよと言われても首を傾げるしかない。さらに言うなら、魔法使いとは何なのかもわからないでいるのだ。エマは、会話の中で魔法使いと魔女というものを明確に分けていたから、別物なのだろうというのは理解できる。そして、エマはそのどちらにも属していないらしい。会話の中で魔物使いという単語が出てきていたから、きっとそれなのだろう。
魔法に対しての知識は会話では使わない言語で呪文を唱えることや、魔方陣を書いたりするといったうすぼんやりとしたものがあるが、それ以上は想像の及ばない世界だ。エマのような賢い人には魔法が似合うし、身近なのだろうとは思うが、それが自分にできるのかと言われれば、はっきり言って頷けなかった。
これ以上は知識がないので考えが進まない。目の前に教えてくれる人がいるのだから、素直に聞いてしまえばいいのだ。
「なぁ、質問があるんだけど……」
それも山ほど。
いつの間にかタバコの吸い殻まで片づけたエマが、俺の声に反応してこちらを向いた。
彼女が飲みかけの水筒を俺に渡しながら頷いた。
「歩きながら話しましょう」
とエマが立ち上がる。俺も水筒の中身を一口飲んでから立ち上がった。
また前を歩き始めるエマの雰囲気はどことなく楽しそうだ。魔法の話をしていた馬車の中では饒舌にしゃべっていたので、きっと魔法の話が好きなのだろう。エマの好きなものをまた見つけた気分だった。
「俺は、魔法使いになれるのか?」
「あなたなら、魔女にだってなれるわよ」
「魔女と魔法使いの違いってなに?」
「魔法使いは、目に見える魔法を使うのよ。例えば、炎や水、氷とか、爆発させたりとかね」
「やって見せてよ」
魔法を間近で見れれば少しは納得いくかもしれない、と思ったがエマが首を小さく横に振った。
「だめよ。私は魔力の量が少ないから。そんなにたくさん使ったら、魔物が倒せなくなるでしょう」
「魔物は、魔法で倒すのか……」
「私が魔物の腕を引きちぎれると思うの?」
「いいや?」
そんな小さい手と細い体では絶対に無理だろう。昨日の夜抱きすくめた体も、馬車の中で受け止めた肩も、握った手も小さく細かった。本当に、彼女が今から魔物を倒せるのかとすら思う。
腰に長い鞭がぶら下がっているが、それはきっと護身用なのだろう。
気を取り直して質問を続けた。
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