2024年5月

息を呑む瞬間

 GWとはいえ、相も変わらずの“庭ーケーション”でやる気の無さをごまかしながらの仕事を午後やっていました。やる気の出ない仕事ですから、ネットやスマホの画面にちょいちょい浮気しながらになります。

 でも、家内の小さな書斎のデスクトップに向かっているよりは、不思議と、はるかに能率が上がるので庭ーケーションは有効であります。


 今朝は、2時半に起きて、支度をしてから車を飛ばして標高400m台の山の登山口を目指しました。数年前にも楽しめた馴染みの山で日の出と水を張った田んぼの水鏡を観るためです。

 数日前から天気予報をチェックして、この上ない条件であることを何度も確認していました。

 あと数キロで登山口、という地点で、真っ暗な前方にいくつかのライトらしい光が見えました。登山口前の駐車場に到着すると、すでに30台以上の車が停まっていました。皆、私と同じ考えの人たちの車です。


 キャップのつばにLEDライトを差し込んでから登り始めます。いくつかある登山道の中で最もポピュラーなのに一番の急登の登山道なので、10mも歩かないうちに息が切れ始めました^^; 

 杉木立の中の真っ暗な登山道をキャップのライトを頼りにフーフー言いながら歩いていると、後ろからザクザクザクと明らかにテンポの速い足音が近付いてきて「おはようございます」とドップラー効果混じりの救急車のサイレンのごとくその人の声がして私を追い抜いていきました。パっと見、私よりも10歳くらい年を取っていると思われる男性でした。登り慣れている方なんだろうけど、尊敬してしまいます。


 この山は、私が“学生”と呼ばれる約20年間、暮らした街の山で、地元の小学校の遠足は常にこの山の登山(小学校2年生から頂上がゴール)でしたから、どれくらいの勾配なのか、どれくらいのキツさなのかは勝手知ったるなんとかではあるけれど、数年ぶりに登ると、本当に、普段10kmランなんてしてるの?って疑いたくなるほどのキツさを感じながら足を踏み出しました。


 二合目くらいで、ザッザッザッと細かい足音をさせながら下ってきた人がいて、あっという間に私の横をすり抜けていきました。半袖短パン、バッグなしのそのいでたちからトレイルランのトレーニング男性だと思いました。「走ると止まらなくなるから絶対に走っちゃダメ」と小さいころから学校の先生に言われていた道ですが、まったくお構いなしです。当たり前だけど、その人は山頂まで登った後に走って降りてきているわけで、トレイルランガチ勢は、やっぱり、尊敬します。


 六合目くらいで杉木立がなくなって、キャップのライトが要らなくなる明るさになりました。登りのキツさは、まったく変わることなく、目の前の階段状になった登山道を見つめながら一歩一歩を渾身の力で踏みしめながらの登山です。

 すると、八合目くらいで、後ろからザクザクザクハアハアハアという激しい靴音と息遣いが聞こえてきたので、一人分しか幅のない登山道の端に寄って振り返りました。すると、二合目ですれ違ったトレイルランガチ勢の男性が再び登ってきて「ありがとうございます」というお礼の言葉を残して私の横をすり抜けていきました。おそらく、トレイルランをしている名もない普通の人なんだろうけど、パッと見、私と同世代くらいのその男性は、最早、人間業ではないと私は激しく尊敬します。


 頂上に着くと、ざっと50人くらいの人たちが東の方向を向いて立ったり座ったりしていました。私も、夜露なんて気にしていられないという感じで草地に座り込んで朝焼けの東の空と、朝焼けの弱い光線ながらすでに水鏡状態になった平野に広がる水田を眺めました。

 登山者のほとんどが、中年以上の方々で、グループやカップルで登ってきた方々でした。その方々は、登山の話やGWの予定などを大きな声で話し合っていたのですが、東の山の頂上部分がジワリと赤く染まり始めると、「来たよ」「出るよ」と言い合ったかと思うと、潮が引くようにサーっと会話が消えてなくなって頂上一帯に静寂が訪れました。

 山の頂上部分に太陽が顔を出すと、スマホのカメラのシャッター音と共に、登山者の皆が息を呑んで見守っている空気が前から後ろから横から伝わってきました。

 朝焼けも、日の出も、水鏡も素晴らしかったけど、今回のこの登山では、私を含めた登山者皆さんの息を呑む瞬間の気配が一番の収穫でした。


 日の出や水鏡の写真は、Xにアップしましたので、よろしかったらプロフィール欄からご覧ください。

 

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