第9話 魂と魂

 ミレーネに精神を侵され、肉体を操られてなおルインは必死に抗い続けていた。

 レイヴというかけがえのない友を己の手で傷つけたという事実は常人であれば心を折るに充分なショックを与えられるはずだったが、しかしその事が逆にルインの逆鱗に触れた。


「俺の体を返せ! お前のような魔人なんかに好き勝手させてたまるか!」

「なぜだ、なぜ抗える。お主はもう……」

「俺は、お前の器になる為に生きてきたわけじゃない! 俺の体を

……返せぇぇえええええっ!!」


 心の中で争う二つの精神体、ミレーネの操る闇の力がルインを蝕もうとするが、燃え上がるルインの怒りの炎は留まるところを知らない。

 闇の力をも凌ぐ程の苛烈な感情の嵐がミレーネをのみ込んだ。


「我の力がなぜ押し負ける。ぐっ……やはり長年の封印で本来の力が出ないのか……」

「このまま俺の中から消え去れ!」

「う、ぐぁ……」


 苦しそうな声で呻くイレーネ。

 それでもなおルインは溢れ出る怒りの感情をイレーネにぶつけ続けた。

 その時、一瞬イレーネの放つ闇の中にルインは別の何かを見た気がした。

 

「助けて……」


 今にも消え入りそうなか細い声がルインの耳に届いた。

 そしてその声は怒れるルインが思わず冷静さを取り戻してしまう程儚く美しい声であった。


「今の声は一体……まさかミレーネ、お前なのか?」

「我では、ない。我ではない……っ!」

「違う、お前の中にまだ別の何かが……」


 闇で満たされたミレーネの瞳の奥、一点の光をルインは見逃さなかった。


「そこに居るのは誰なんだ」


 ルインの呼びかけに応じるかのようにミレーネの内に眠る光は輝きを増し、闇のように黒かったミレーネの髪は美しい白に、ルビーのように赤い瞳は澄んだ青へと変わった。


「君は一体……」

「私の名はミレーヌ……マナリア国の王女ミレーヌと申します」

「マナリア国、聞いたことのない名だ。そういえばミレーネは俺のことをマナリアの民と呼んでいた」

「マナリア国とははるか昔に栄えた国の名、マナリアの民は生まれつきマナを自在に操る力を持っています」

「マナを自在に操る力、それが俺にも……」

「はい。ですがあなたはその力の使い方を知らないご様子。どうか私の手を取って」


 そういうとミレーヌは右手をルインの前に差し出した。

 ルインは恐る恐るその手を握った。


「大事なのは感覚です。力を使うという感覚を体で覚えて下さい」


 ミレーヌの手から温かい光が放たれ、その光はルインの手を通しルインの中へと流れ込んだ。


「これは癒やしの力、軽い怪我であればすぐに治すことが出来ます」

「温かい……これは、魔法なのか」

「少し違います。魔法とはマナを操る力を持たないマナリア以外の人々がマナを操る為に作り出した技術、全てはマナリア人に対抗する為に……」

「なんだって」


 そしてミレーヌは自らの過去を静かに語り始めた。

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