第3話 旅の魔法使い

 先程魔物の痕跡を見つけた場所へと戻ってきたルインとレイヴの二人、けれど先程まで見えた大気中のマナの乱れは既に収まっていた。


「マナの様子はどうだ?」

「既に収まってるよ。けどこれだけ痕跡を残してくれてれば迷うことはないさ」

「それもそうだな。また何か異変があれば知らせてくれ」


 魔物の痕跡を辿り進んで行くと、先ほどのようなマナの乱れがルインにはしっかりと感じられるようになった。


「マナが乱れだしたぞ。もしかしたら魔物が近いかもしれない。用心しろ」


 ルインはいつでも剣を抜けるように右手を剣の柄に添えて進んだ。

 レイヴもまたいつでも弓で魔物を射れるように矢筒から矢を抜いて構えた。

 二人が物陰を静かに進んで行くとやがて何かが暴れるような音が聞こえてきた。

 それは明らかに魔物が暴れている音なのだが、その音と混じり聞こえて来たのは二人が最も恐れていたもの……人間の悲鳴だった。


「いやっ! こっち来ないで!」


 その声は巨木の上から聞こえていた。

 どうやら魔物に追われ木の上に逃げたものの、足元まで魔物が迫って来ている為降りることが出来ないようだ。

 魔物は巨大な熊のようだったがその肉体は所々変異して分厚い甲殻に覆われていた。


「どうするレイヴ」

「俺がやつを引きつける。その間にルインは彼女を」

「分かった」


 レイヴは素早く回り込み弓を構えると少女に襲いかかろうとする魔物に矢を射かけた。

 狙いは寸分違わず魔物の目に突き刺さった。

 魔物は突如失われた視界に驚き、呻きながら激しく暴れまわったがレイヴは距離を取っていた為その鋭い爪は虚しく空を切った。

 やがて魔物は矢を射ったレイヴの方へ向き直ると、大きな咆哮を上げレイヴへと襲いかかった。

 その隙きにルインは木へ駆け寄ると急いで少女を木から降ろした。


「さあ、今のうちに早く逃げるんだ!」

「あなた達はどうするのよ!」

「あの魔物を倒す!」


 少女を物陰に隠すとルインは魔物に向かって駆け出した。

 レイヴは器用に魔物の攻撃を避けながら甲殻の薄い箇所を狙って矢を射るが、動き回る魔物が相手ではなかなか狙った箇所には当たらない。


「くそっ! こいつなかなか素早い」

「大丈夫かレイヴ!」


 ルインは剣を構えると走る勢いそのままに剣を魔物の腹部に突き刺した。

 しかし魔物の頑丈で分厚い皮に阻まれその刃は先端部分しか入らず、反撃とばかりに乱暴に振り回した魔物の爪がわずかにルインの左腕を擦る。

 ただそれだけのことでルインの左腕の肉は深く抉られ血が吹き出し、ルインは思わず呻き声を上げた。

 魔物はと言えば多少の傷を負ったものの依然として暴れ続けており、状況は全く好転していなかった。

 その時、先程助けた少女がルインのもとへと駆け寄ってきた。

 それに気付いたルインは慌てて制止したが、少女はそれを無視してルインに駆け寄ると、手に持っていた杖をルインの傷口へと向けた。


「な、なんで来たんだ!」

「あなた達に任せてらんないからよ。あなた達このままじゃあの魔物に殺されるわ!」

「だとしてもせめて君だけは逃げるべきだ!」

「さっきは油断して杖を手放しちゃったから逃げてただけよ。杖さえ取り戻せばこっちのものだわ! さあ傷口をこっちに向けて、そうそのまま動かないでよ。癒やしの光、ヒールライト!」


 少女は杖を傷口に向けたまま呪文を唱えた。

 すると杖の先端から光が放たれ、ルインの傷口を包み込んだ。


「これは一体何なんだ」

「これは魔法よ。そして私は魔法使いアーニャ」


 傷口を覆っていた光が消えるとルインの傷は見事に治っていた。


「さあ、反撃開始よ!」

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