第6話 記憶

「……ん」


 両親が見守る中幸哉は病室で眉間にシワを寄せた。


 そして、ゆっくりと瞼が開いた。

 それは早朝の事だった。


「ゆ、幸哉っ……! せ、先生……幸哉が幸哉が……」


 幸哉が目を覚ましたことに気づいた幸恵がナースコールで医師と看護師を呼び出した。

 意識戻り安心した両親の顔には笑みが浮かんでいた。


「幸哉さんどこか痛いところはありますか?」


 聴診器で胸の音を聴き、動向の開き具合など確認した医師は幸哉に問いかけた。


「……」

「幸哉さん、痛いところはありますか?」


 返答がない幸哉に、医師は再度問いかけた。


「……ぼ、僕のことですか?」

「そうですよ。どこか痛いところはありますか?」

「えっと……痛いのは頭が少し。あの……ぼ、僕は幸哉っていうんですか?」

「え……」


 幸哉の言葉を聞いた幸恵と幸哉の父、晴哉はるやから笑顔が消えた。


「ゆ、幸哉。私よ、お母さん。わかる?」


 幸恵は不安そうな顔をし幸哉に問いかけた。


「……すいません、わかりません」


 だが、幸哉からの返答は"わからない"だった。


「え、じゃあ俺は……お父さんだ」


 幸恵と同じく晴哉が問いかけるも幸哉は頭を左右に振るだけだった。


 それから幸哉は精密検査を受けた。


「診断の結果、幸哉さんは逆行健忘だということが分かりました」


 医師は幸恵と晴哉を別室に呼び出すとそう話す。


「ぎゃ、逆行健忘……とはなんですか?」


 初めて聞く言葉に戸惑いながらも幸恵は医師に問いかける。


「逆行健忘。これは記憶障害の一つです──……」


 それから逆行健忘の症状、今後の方針等の説明を受けた両親。


 幸哉の記憶障害は日常生活には問題なかった。


 だが、事故以前の記憶がなくなっていた。


「大丈夫だよ。きっと思い出すよ。もし、思い出せなかったらまた一から覚えていけばいいんだよ」

「晴哉さん……」

「俺達は家族なんだから」


 医師の説明を受けた2人はなかなか病室に行くことが出来ず待合室の椅子に腰掛けていた。


「よし、行くか」

「ええ」


 意を決したように2人は立ち上がると幸哉のいる病室へと向かった。


「入るわよ」


 病室のドアをノックし幸恵と晴哉は中へ入った。


「えっと……まず、あなたの名前は川上幸哉。現在高校2年生の17歳よ」


 幸恵は笑顔で幸哉に話し始めた。


「川上……幸哉。これが、僕の名前……ですか?」

「そうよ。それから私が幸哉のお母さん……幸恵よ」

「おかあ……さん」

「ええ。で、こっちがお父さんの……晴哉さん」


 幸哉に"お母さん"と呼んでもらえた喜びから涙ぐみながら晴哉の紹介をした幸恵。


「おと……うさん」


 自己紹介を終えた2人は幸哉に負担をかけないよう病室を後にしたのだった。


 幸哉が退院したのは翌日のことだった。


 そう、丁度夢乃が訪ねてきた日だった。




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