クリスマスを女/男友達と過ごして悪いのか

雛河和文

戦場のメリークリスマス(低次元)

 光源は間接照明とモニターの画面だけのほの暗い、決して広くはない部屋の中には、現代日本ではおおよそ聞くことのない銃撃の音や爆発音、時折人間のうめき声なんかが大きめの音量でこだましている。


 勿論街中のマンションのこの一室だけが、突如として紛争地帯の荒涼な大地や荒れ果てた都市部になった訳では無く。

 単にこの部屋の主とその友人が、そう言った土地を舞台にしたゲームに興じているというだけの話である。


 部屋の主たる、二十代になって少しという青年。

 黒髪で隠れた目元は酷い隈が出来、普段”こういう人種”と関わりのない人間が見れば、下手すれば日常的によくないモノでも使っているように見えるだろう。当然、頼っているものと言えば薬物ではなくエナジードリンクではあるが。


 一方、その主が眺める画面の前ではクッションに我が物顔でどっかりと座り込み、主と同い年の年頃の娘とは微塵も思えない有様でゲーム機のコントローラーを両手で握りしめ、世界中のトッププレーヤー達と鎬を削っている。

 一応フォローしておくならば、素の外見自体はそう悪いものではなく、きちんと準備をした格好で街でも出歩けば、軽薄な男共が二、三声をかけてくる程度ではある。……が、しかし、ものぐさな性格故に髪を切りに行くことすらやめて久しい見た目に、既に女子大学生の華やかさは無い。


 青年は娘が試合をトップの成績で終えたことを見ると、今日だけで何個目なのか分からないエナジードリンクのプルタブを起こしながら娘に愚痴っぽく声を掛ける。


「……おい、そろそろ諦めろよ。もうクリスマス本番も残り二時間切ってんだぞ。完全に企画倒れだろうが」

「……ほぅ。ここにきて降伏勧告とは、御身は余程私との戦いに負けるのが怖いと見える。しかしそれ即ち勝ち続ける私への恐怖の表れ。

 ――よかろう、降伏を赦す。代わりに約束の報酬を渡したまえ。なう。ますと。えいさっぷ」

「……疲れすぎてキャラおかしくなってんぞ。つか、そもそも”先にキルトップ逃した方がなんか適当にチキン奢る”なんて勝負自体闇が深すぎたんだよ。大概にしとけよ」

「むぅ……」


 お前いい加減にしろよ、と言わんばかりに、というかもう言ったようなものだが、いい加減眠気も限界に来ている青年はぶっきらぼうな態度だ。娘の方は娘の方で、目元を擦りながら青年から渡された飲みかけのエナジードリンクを傾ける。

 無理もない、クリスマスイブの更に前日たる十二月二十三日から代わる代わるぶっ通しでオンライン対戦を続けているのだ。それでもここまで最上位成績を逃さないあたり、彼らの技量――と、特に意味のない意地――は確かだろう。


「なんだよぅ。せっかくあんたが今年もクリスマスに一人でさびしーくしてるんだろうなと思って誘ってやったのに……人の気遣いを無碍にするなー!」

「余計なお世話だよ。つーかお前は人の金でチキン食いたいだけだろうが、何勝手にさも”腐れ縁の友達気にかけてます”面してんだよ。そんなだから未だに彼氏の一人も出来ねぇんだよ」

「それこそ余計なお世話だぁー!」


 うがー、と吠えて飛び掛かる娘。体力も限界に差し掛かってきている青年はそれを避けきれず、前傾姿勢で飛び込んできた娘の膝を鳩尾に食らいうめき声をこぼし、娘の顔が目前にあるので顔を左に向けつつ咳き込んだ。

 なお、恋人がいたことがないのはお互い様である。


「……お、お前……ごほっ、ミゾは駄目だろ……ごはっ、ごほっ」

「うっさい、気安く乙女の心を抉るのが悪い!」

「…………」


 「だったらもう少し見た目気にしろよ」と心中で全力でツッコんだ青年だったが、口にしようものなら第二撃が飛んでくるのは目に見えていたので心の中だけに留めておく。彼らの中では五年近く繰り返されたやりとりではあるが、物理的ダメージが伴うことは稀だった。


「てかほら、あんたの番。どうしてもやめたいなら負けてもいいけどー?」

「うっせぇ、賭けの終わりは次のお前の番だ」

「ほほぅ、言ったな?」

「見とけよ」


 そう言って娘をどけてソファから立ち、青年はコントローラーを握る。あまりにも繰り返し過ぎて今更緊張感も何もない。


 彼の敵は世界ではなく、隣で見下す幼馴染ただ一人。そう思うと先程までの眠気はどこへやらで、眼つきも、顔つきすらも変わった一人の戦士がそこにはいた。


 娘は彼の左横から、戦場に臨む幼馴染を見る。次に自分の番が来るまで、彼女に出来ることはそれだけだ。

 その面持ちは、愛する者を見つめる女のそれでは断じてない。「自分を越えられるのなら越えてみろ」という、ライバルそのものの表情だ。


 彼らが聖夜に張り合うようになって数年。彼らは「コイツにだけは負けたくない」という、見ようによっては下らないこと極まりない意地の張り合いを続けている。


 こうして今年のクリスマスも夜が更けていく。きっと来年も、再来年も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマスを女/男友達と過ごして悪いのか 雛河和文 @Hinakawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ