理不尽以外の何者でもねェのさ
結局のところ、賭博試合というのは見る人が見ればただの凄惨極まりない催しでしかないというのは確からしい。
誰が好き好んで殴り殴られる、血反吐吐きながらも戦っていられる。下手を打てばそこで御陀仏、そんな催しを催しだと笑っていられるのは人のやることじゃないだろう。
確かにそうだ、常識的に考えてしまえばそれが正しいのだということは、誰だって承知している。
承知しているからこそ、セイマは頭を悩ますしかなかった。
「こんなこと続けて何になるんです、これはただの人殺しショーですよ、そんなもの続けたって何ににもならんでしょうよ!」
語気を荒げて、若き青年は訴えかける。ああ、その青年の身なりというのは随分ときちんとしたものだ、きらりと輝きを見せる眼鏡に、シワひとつのない一張羅。首に下げたカメラや手に持つメモなどを見るに、新聞記者になりたてといったところか。
随分とちゃんとしたところに育って、ちゃんと学校にでも行ったお坊ちゃんなのだろう。それは、セイマにとってそのきちんとした身なりだけで、一目瞭然な話であった。
だからこそ、どうにもこの男には真剣に向かい合う気がせなんだ。
彼が現れたのは、今日も充実した試合を終えることができたと血を拭っている最中であった。
初めは、賭博試合で戦う男どもに惚れちまった女が来ちまったか、と苦笑いなどを浮かべた始末。時たまそういうのが別の闘技者の前に現れた、なんて話もあったからだろう。しかし、ドアを開けた第一声がこれだったものだから、セイマはもうなんともならない。
「もうやめましょう! こんなくだらない催しは!」
その目に滾るは、猛々しくもまだ青くささの残る怒りの炎。まさに正義漢という言葉がそのまま当てはまるような、そんな男だった。
そこからさらに舌を巻くは、熱烈な言葉の止まらないこと。余程この催しが許せぬのだろう、やれ残酷だ、やれこんなことをさせられてるのは可哀想だ、やれこれで笑ったり楽しんだりする人間の気が知れぬだ、それこそ言いたいだけのことを言いたいだけ捲し立ててみせる。
しかし、それはやはり正しいと言えば正しいのだ。そうでなかったならば、青年もこのように捲し立てやしないだろう。正しい故に、このような理不尽がまかり通ってるのを許せぬのだ。
……まあ、結局は俺もこいつと同じではあるんだよなぁ……。
素直に向き合う気のしない青年を見て、セイマは己を見る。そうだ、青年は理不尽が許せぬだけなのだ。そして、それはセイマも同じだった。そうでなかったならば、子供相手に金を巻き上げるチンピラに喧嘩なんぞは売って傷だらけになる過去も、横暴さすぎる雇主を殴りつけて仕事をパァにされた過去も無い。
彼の気持ちというのはわかる。わかり切って仕方ない。彼は、ただ理不尽を許せない。許せないからこそ声を荒げる。
「人が人を殴って、それを楽しんで何になるんですか! それに、この試合で死んだって人も多いじゃないですか! そんなこと続けてたって、なんの意味もないんですよ! そんなことを続けるなんて、ただの理不尽以外の何者でもない! 僕は、それを許すことができないんです!」
……本当に、良いとこに育った坊ちゃんだな。
理不尽、それは生きてきた世界によってまるっきり変わってくる言葉だ。ある人にとっては理不尽でも、ある人にとっては当たり前の話であったりする。ある人の理不尽は、ある人の生きていく術であったりする。
そして、青年の言う理不尽というのは、セイマにとっては生きてきた世界であり、これからも生きていく世界だった。
そう決めた世界だった。
「出て行けよ、あんたに話す言葉はねえぜ」
襟首を掴むや否や、セイマは青年を部屋の外へと投げ飛ばす。いきなりの所業に、青年は目を白黒させてセイマを見あげた。瞬間、背筋に奔るは冷たいもの。
「てめえにとってその言葉はな、俺にとっちゃ理不尽以外の何者でもねえんだよ。だからもう、言葉なんざ必要ねぇ。もしどうしてもと言うんなら、もう拳で語るしかねえな。……まあ、あんたにとっては拳を振り上げるってえこたぁ理不尽になるわけだから、きっとそんな機会無いんだろうけどな」
先ほどの青年の怒気とはまた違う、それこそ修羅場を潜り抜けてきた者しか発することができないような圧。青年にとってそれは、首元に切っ先を突き立てたかの代物だった。
さしもの青年も、もはや押し黙るしか無かった。その顔には熱気などもう見るべくもない。
「失せろ」
とどめの一声。
項垂れた青年は、もはや返す言葉なんぞありやしなかった。よろりと立ち上がる姿は、まるで軸を失ってしまったかのよう。顔は俯き、その眼は二度とセイマを写すことはなかった。
だが、それでもこの青年というのは諦めが悪いらしい。
「……絶対に……絶対にこんなこと、間違っている筈なんだ……」
そんなことをぶつぶつと繰り返しながら、彼は去っていった。圧に屈しながらも、その背中は依然納得のいかないところが滲み出て仕方なかった。
「流石に言いすぎちまったかな……」
彼の背中が見えなくなったところで、ようやく頭が冷えたのかセイマは天を仰いでため息を吐く。自らの短気さには、呆れ果てて仕方ない。これで割りを食った話も数えきれないというのに、どうにもこの癖だけは治りやしないところがあった。
それでも、癪に触ったのだ。
きっと、彼には一生理解することもできないだろう。その賭博試合で死に場所を見出した人間がいる者がいることも、最強を証明しようとその闘技場に骨を埋めた者がいることも、きっと理解できまい。
一から十まで奴らの話をしても良かった。自分がどう生きて、そしてどういう思いであの場に立つのかってのも話しても良かった。
だけど、彼は善い人間だった。善い人間だからこそ、こんな馬鹿みたいな話をしたって無駄だと思ってしまった。
「そうさ、そうなんだよ。ああいうのは悪いことは悪いと、間違ってることは間違ってると、そう一刀両断しちまうのさ。だから、俺らのことなんてなんもわかっちゃいねえのさ。まあ、人のことは言えねえけどよ」
その口振りは、まるで言い聞かせるかのようだった。事実、どうにもならないことを言い聞かせているのかもしれない。世の中には、そういうことが多すぎるわけで。
人が皆、理解し合うなんて心底馬鹿げた理想論。馬鹿は馬鹿なりに、その現実を理解していた。
「……いいさ、こういうヤな気分になった日にゃ、また喧嘩するに限る。もう一試合スポンサアに頼み込んでみるかね。奴のことだから、喜んで組んでくれるさ」
だが、世界がどうであろうと、誰がなんと口やかましく言おうと、結局の所その男のやることは変わらないということらしい。
楽しむ時も、納得しない時も、怒り滾る時なら尚更、この拳はもう抑えられやしない。
あぁ、馬鹿だと笑え、愚かだと嘲ろ。
だけどな、俺ァ好きでこの道を選んだのさ。この勝手は、やめられねェんだよ。
きっとそれは、あの青年とは交わりもしないだろう道。険しくて、血腥くて、屍どもが広がる道。
その道を、今日もセイマは一人歩む。握られた拳は、血に飢えた獣のように戦慄いていた。
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