愚か者は、噛みついたら離しやしない
野良犬というのは、噛み付いたらなかなか引き剥がせないものだ。見かけはボロ雑巾、ナリは吹けば飛びそうなくらいに小さいくせに、その根性だけは恐ろしく図太い。
噛み付く獲物だって、弱っちい女子供なんかじゃない。自分の図体より、一回りもふた回りもある奴らに向かって、飛びかかり、そして喰らい付く。いくら殴られようとも、噛み付くのをやめず、剥がされたって息をつく間も無くまた飛びかかる。
それでも、力量の差は埋め難く、やがて殴られ通しの負け通し。最後は、ゴミ捨て場にその身を放り込まれる。
「たっく、ガキのくせに生意気やってんじゃねえよ。俺らの財布を力づくで奪おうなんて、バカなことをしやがるもんだぜ」
男どもは、散々に反吐を吐き散らかすと、野良犬を尻目に去っていく。口では大層なことを言ってやがるが、実のところは生々しい傷跡が顔に腕にと刻まれていたりする。だからこそ、相応の代償を野良犬に払わせたわけでもあるが。
さて、その野良犬はというと、先程の喧嘩の傷が深いのか、指一本すら動きはしない。顔も子豚みたく腫れてるもんだから、醜いときたらありゃしない。
……ってえ、今日も生ゴミ漁りってか。
はあ、と一人溜息をつく。
セイマという野良犬は、今日も如何しようもない負けを、噛み締めていた。
野良犬がこんな日々を生きてきて、はや数年にもなろうか。
着々と派手な建物が並び、ネオンが煌々と照る賑わいから外れた処。鼻もつまみたくなるような臭いが蔓延り、行く人来る人誰もが活気のない溜まり場。貧民窟の空はそれを象徴するかのように、どんよりとした排煙に覆われていた。
ある者は仕事をなくしてここに落ち延び、ある者は犯罪を犯してここに逃げ込み、ある者は社会に絶望して流れ着く。まるで、世間や社会から、鼻摘まみにされた人々が集まってるかのようである。
野良犬セイマも例外じゃない。
かつては、幼子の自分を拾いあげてくれた男と暮らしていた。その男は、なかなかに勝手な男であったが意外と世話焼きで、そこそこ幸せに暮らしていた。
しかし、既にその男はもうこの世には亡く、セイマも天涯孤独となるとともに社会から弾き者にされた。
なんとか男が残した金を持ち出してきたが、流石に数年も彼を支えるものではなく、もはや雀の涙ほども残っちゃいない。
そして、いつしかセイマは貧民窟に流れ付く。その様はまさに落ちぶれた野良犬そのものだ。
喉が渇く、腹が減る、少年にとっては堪え難い苦痛。それに喘いでなんとか働いて金を稼ごうとしたって、身寄りのないガキの給料なんぞこれっぽちもありゃしない。更には雇主のあまりに過ぎる横暴さに腹を据えかね、怒りに任せて殴りつけだ挙句クビになるのを繰り返す始末。
故に、今じゃ人を襲って財布を奪いそれで飯を食う有様。ただ、落ちぶれても意地があるのか、その方法はあまりにも正直すぎた。
「おい、あんたのその財布、寄越せよ」
獲物を前にして愚かにも程があるほどに正々堂々。そして、飛びかかっては喧嘩の様相。あとは相手と戦いのめすことができたなら、財布を奪いとっとと逃げる。
それは強奪、というかは財布を賭けた喧嘩を挑みに行っているかの様子。
言葉にすれば簡単だが、だからとてそれがいつも成功するわけではない。むしろ、失敗の方が多かった。
大体は、今回のようにボロ雑巾のようになっての負け通し。それでも腹は減るものだから、仕方なく生ゴミを漁って食い漁る毎日。
スリや、盗みをすればいいじゃないか。
戦うにしても女子供を狙えばいいじゃないか。まだ、そちらの方法の方が利口であるし、普通の人間ならわざわざ傷つきになど行かないだろうて。
けれど、彼はそれをしなかった。それをしたら、筋が通らないのだと言うらしい。
「男ってのは、筋の通らねえ卑怯な事をしねえんだ。たとえ、生きるために人からものを奪う時だって、正々堂々戦わなきゃ男じゃねえ。それも、自分よりも強え奴を、だ。どうしてもそれが欲しいのなら、どんなに強い奴だろうが戦ってみせろ。そう、アイツは言っていた」
そんな事だから、この貧民窟で野良犬セイマの名を知らない者はいない。あんな頭のイカれたたわけのことを、バカにしない者はいない。
それでも野良犬は戦って、そして勝ち取ろうとするのをやめはしなかった。
さて、いつまでもゴミ捨て場に身体を置いておくわけにはいかない。染みる痛みに顔を歪めながらも、ゆっくり、ゆっくりと立ち上がる。幸い、骨折も打撲もないが、数日はこの痛みとお付き合いしなきゃいけないだろう。
今日で何度目の負け通しなんだろな。
などという、不毛な思考が脳裏をよぎる。そんなこと、考えたところでどうしようもねえってのに。と自らに言い聞かせ、傷だらけの野良犬は生ゴミ場へと足を進める。
丁度、彼がいたのはゴミ捨て場なので、たいして距離はない。だが、この傷だらけの体である、歩くのも一苦労。ようやく生ゴミ捨て場に辿り着いた頃には、痛みで体が悲鳴をあげそうになっていた。
それでも食わねば、明日の我が身がどうなっているのか、分かったものではない。鼻にツンとくる臭いも我慢して、手を突っ込んで一心に漁る。そして、食えそうなものを手当たり次第にとっては口に入れると、噛みもせず飲み込んで見せる。
その食い漁りようは、一心不乱。ずるりと体が落ちそうになっても、食わなきゃ生きていけねえんだと堪えて、今度は顔を突っ込む。
度々そこを通りがかって、そんな光景を目にする人々。ある人は目をしかめさせ、ある人は目を背けてとっとと行く。
「やっぱりアイツは人間じゃねえ、人の形をした野良犬でしかねえよ」
大半は、そうやって嘲り笑うばかり。救いようがないキチガイ、とでも言いたいか。
ようやく腹がいっぱいになったセイマは、道行く人の言葉に耳も傾けず傷だらけの体を引きずってまた何処へと。足取りはおぼつかず、吹けば倒れそうな心細さすら感じさせる。
そして、やっとの事で辿り着いた場所が、川のせせらぎが程よく聞こえる橋の下。そこがセイマの寝床だった。
満身創痍の体で寝床に寝転ぶ。もはや、これっぽっちも体力なんざありゃしない。目の前の川で体を洗おうと思っても、指一本も動きはしなくて。さらには疲労からくる睡魔が、徐々に徐々にとセイマに迫り来る。
結局また、いつものごとく……ってかよ。
それから彼が寝落ちるのも、そう遅くはなかった。あれ程荒々しい野良犬も、眠ってしまえばただの少年。寝顔なんかは、年相応の純朴な面持ち。昼間の闘争本能むき出しの顔も、忘れてしまうくらいに穏やかである。
そんな孤独な野良犬を、ぼんやりと照る月明かりが布団がわりに包んでいた。
それが、野良犬の一日。
明日もまた、起きたら金を奪るためにあちこちに喧嘩を仕掛けて、殴り合う。時には、勝って美味しい思いをすることもあるだろう。
だが、前のように負けて、ボロ雑巾の様相で寝床に泥のように眠ることもあるだろう。そして、そんな生き方を嘲笑う人々もまた、変わる事はないだろう。
だからとて、野良犬の生き方は変わらない。
今日も今日とて貧民窟に響き渡るは、野良犬の吠え声。そいつを見かける人々の目は冷たく、バカにしたような口を叩く。
それでも、野良犬はまた愚直に誰かに噛み付いて行く。傷だらけになろうと、生ゴミの飯を漁ることになろうと、噛み付くのをやめはしない。
それが奴の生き方であるゆえに。
……
その日、野良犬が見たのは、惨めに嬲られそうになっている、一人の少年だった。
見たところ、どうも相手の男数人がたいしたことないことで難癖をつけたと見た。しかも、それのタチが悪いのは、その男どもが結構なヤクザの一員らしいというところ。
そんな輩に、わざわざ手を出す人間はいない。絡まれてしまった男の子を可哀想に見やるだけで、助けようと立ち上がるものはいなかった。
当然自分が傷つきたくない、自分可愛さというものがある。それに加えて、皆が皆、他人の事など笑う対象でしかないのが、この貧民窟だ。他人の不幸など、たまにしか味わうことのできない面白おかしく笑える蜜の味、とも言っていいか。
しかし、野良犬は違った。
「おい、あんたら、何してんだよ」
その言葉を飛ばしたすでにその時、野良犬の拳は、輩の一人を叩きつけていやがった。
これには、輩どもも、黙っておけはしない。
「なんだテメェッ」
「やんのかコラァ」
などと、ヤクザ者の常套句を吐き捨て、セイマに立ち返る。セイマはセイマで、据えた目で輩どもを睨みつけている。
「テメェら、そんなガキを嬲って楽しいのかよ」
「るっせえな、こいつが勝手にぶつかってきやがったんだぜ? これくらいされるのは当然じゃねえか?」
「大の大人が、ぶつかられたくらいでギャーギャー喚くなよ。なんだ、むしろてめえらの方がガキなんじゃねえかァ」
「んだとぉ?」
散々に挑発するもんだから、ヤクザ者の顔には血管がヒクヒクと浮き出てきやがった。もはや、ここから後に引くなどはできやしない。もとより、この野良犬は後に引こうとなどは、これっぽちも頭に無い。
「かかってこいよ、そのガキの代わりに俺が相手してやらァ」
堪忍袋の尾が切れた輩に、そんな啖呵を切ってしまうものだから、当然の如く始まるのは大乱闘。人の形をした獣が、噛みつきに噛みつきあう。それこそ、周りの誰もが止めることもかなわないような勢い。まあ、ここの住民に止めようなんて人間はいないのだろうけれど。
ヤクザ者は数の利を利用した暴力をもって、四方から寄ってたかって野良犬を叩きのめす。それで簡単に事は終わりだ、そうたかをくくっていた。
だが、実際はというとそう簡単に事は運ばない。
セイマの尋常じゃない暴れぶりは、一人で多数をまとめて相手にして、五分と五分の殴り合いを演じられるほどだった。何より、いくら殴っても呻き声すら立てず、すぐさま反撃にくるときた。この打たれ強さには、ヤクザ者も閉口する始末。
なにせ、生まれてこのかた殴られ三昧、殴られることがもはや生き方ともいうべき代物。その様はまさに叩けば叩くほどに熱くなる鉄が如く、並の拳じゃ奴を倒すにゃ物足りなさも過ぎるというものだ。
だが、やはりといえばいいか当然といえばいいか、数の差は野良犬をじわじわと苦しめていく。はじめのうちは、猛攻に次ぐ猛攻で凌ぎきっていたものの、次第に押され始めてきた。
ヤクザ者は、ただ寄ってたかっても奴を倒せないと判断したのか、まずは一人が囮としてセイマを相手する。
この野良犬、一度目に入った奴から食いかかってくるのだから、この囮作戦は大成功。後ろに回ったもう一人が、囮に噛みつきにいってる野良犬をあえなく後ろから羽交い締め。
そうなっては、さしものセイマも身動きは取れない。まあ、捕まえられてもなお、足をジタバタとさせ暴れてくれるのにはヤクザ者も閉口したが、捕まえたらもはや彼らのもの。
「このクソガキが舐めたマネをしてくれるぜッ」
と、まさにサンドバックの如くセイマの腹を拳でえぐる。
内臓がかき乱される。痛みに悶絶し、とうとう呻き声をあげるその時、二発目がまたしてもセイマの腹を抉る。
それでもなお牙をおさめず闘争本能むき出しの目を向けてみせるも、今度は頭蓋を叩かれる。脳髄が揺れ、意識は一瞬の混濁。だが、それを自覚する前に、痛みは次から次へとセイマに襲いかかる。
その様は、まさに凄惨。このまま殴られ通せば、打たれ強さを見せたさしもの野良犬も死ぬんじゃないか、と周りの人々は怯えた目で見ている。
それでもやはり、誰も助け舟を出そうとはしない。
「あんな輩にケンカを売るなんて……だからこんなことになるんだ」
などと、冷ややかな視線を送る者もいた。まあ、この貧民窟の人間のことを考えてみれば、当たり前とも言えるが。
そして、セイマの体はついに限界を迎える。
「変に目立とうとするから、こういうことになるんだよっての」
とうとう地に叩きつけられた小さな体には、生々しい青痣がまざまざと広がっていた。あばら骨の一本や二本は、折れていてもおかしくない。また、顔もこれまた酷く晴れ上がり、目の前の光景も血に滲んでいる。その痛めつけられようは、少年が負うには中々重い。
「ようやくくたばったか」
「しかし、いつのまにかさっきのガキは逃げちまってんな」
「全くだ。俺たちがこのガキに夢中になり過ぎてたってのもあるけどな」
そう、セイマに助けられたあの少年は乱闘の最中に忽然と姿を消していた。この乱闘のあまりの恐ろしさに逃げ出したか、或いはこんなのに関わっていたらろくな目に遭わないと悟ったか。
ただ、確かに分かるのは、かの少年は助けてくれた野良犬に一礼もくれず姿をくらましたということ。
「まあそう考えるとつくづく悲しいねえ。礼も言われず、助けもされず、こうしてボコられてしまいとは、なあガキンチョさんや」
ヤクザ者どもは、横たわるセイマに反吐を吐き、散々に嘲笑う。
事実、全てが全て愚かしいと言われても仕方なかった。まるで、自分から傷つけられにいくようなその行為。そして、その果てに待っていたのは、果てない痛みと惨めさ。差し伸べる手も、礼の一つも何もない。
誰もがその姿を嘲り、罵る。自業自得だから、仕方ないと。
そんなこたぁ、俺が一番分かっているのさ。
そう、この野良犬は分かっていた。こんな自分が愚かだと、馬鹿馬鹿しい程に愚か者だと、誰よりも一番自覚していたのだ。
それでもなお、愚か者が愚か者の生き方をやめられないのは、自分の生き方を肯定してもらったから。
いつかの自分を拾い上げてくれたあの男に背中を押されたから。
『いい生き方だ。真正面から正々堂々だなんて、男の中の男さ。あれってな、その方がカッコいいしな』
『どう考えても納得できねえことには、黙ってなくていい。お前はそれでいい。たとえそれが愚かしかろうが関係ねぇ、全力でぶつかっていけ』
『そうさ、筋が通らねえと思うなら、何度倒れても立ち上がれ。そいつは、きっとテメェにとって大切なモンなんだろうさ。それなら、キチッと大事にしねェとなぁ』
背中を押した男もまた、そんな生き方を貫いて、死んでいった。
見惚れてしまいたくなる程に矜持をその背中に魅せ、遂には男の意地と執念とを拳に握って死んでいった。
死んだら、元も子もないとは言うけれど、それでもその言葉通りに全力で生き切ってみせたであろう姿に、愚か者は愚かが過ぎるほどに魅入られて、背中を押されてしまった。
だから愚か者は、立つ。
納得しねえことには、筋が通らねえと思ったなら全力でぶつかれよ。
正々堂々、正面から。何度倒されても、立ち上がってみせろ。
たとえ、それが愚か者と嘲られようと、キチガイと罵られようと、それが俺にとっての全力で生きることならば、筋ってェやつならなァ!
最早、体は死に体。腕は力なくだらりと下がり、片目なんかは腫れ上がってろくに開きやしない。口ん中は血反吐の味で、気持ちが悪い。さながら、その体は憧れという名の執念が動かしているに過ぎないとでも言ったところか。
だが、野良犬のその執念は、何よりそれら全てが燃え盛ったその目は、ヤクザ者を圧倒するには十分すぎた。
愚か者は、一度噛み付いたら何がなんでも離しやしない。
目の前の死に体の野良犬なんぞ、最早臆するものではない。たかがこんなガキ一匹に、何をそんな震える必要がある。あと一撃喰らわせれば、それで終わりじゃないか。
そう言い聞かせても、体が動く者はいない。皆が皆、体を戦慄かせて眼前の野良犬の異様な雰囲気に呑まれ、足がすくんでいた。それはまさに、蛇に睨まれたカエル。
「どうした……かかってこいよ」
野良犬は一歩、踏み出す。その一歩の重みで、ヤクザ者どものすくんだ足は折れ、腰が砕けたように尻をつく。
だが、野良犬は構いやしない。
「何怖気付いてんだよ……やれんなら、かかってこいよ、なァ!」
それは、雄叫びだった。弱っちいなりにも己に嘘をつかない、どこまでも愚直に己の憧れを生きる、愚か者の雄叫び。
その雄叫びが、自身の運命を変えることになったのを、この時の愚か者はまだ知らない。
……
「懐かしい……夢を見た、な」
未だ眠気を引きずる瞼を擦りながら、セイマは夢から覚める。
時間を見れば、次の彼の試合まで残すところ三十分もない。起きるには、ちょうど良い時間だったのかもしれない。
「しっかし……試合前とはいえ、中々に気分をあげさせてくれるもんを見せてくれるじゃねえか」
先ほどの自らの見た夢を思い返し、少しばかり顔を綻ばせる。
アレから数年、今の彼は賭博試合で戦う闘技者の一人となっていた。金をかけられ、金持ちたちに嘲笑われながらも拳を振るう。そして、その戦いに見合った金を報酬としてその日を暮らす、そんな毎日を彼は送っていた。
それもこれも、あの凄まじい喧嘩の後にスポンサアなどという男に拾われたから、というのがあった。あの男が言うには、君こそ僕の賭博試合に相応しい男、だとかなんとか。セイマからしたら、何が相応しいのか今となっても理解に苦しむところではあるが。
正直な話、人の言葉も評価も勝手に言わせておけばいい。己が愚かだということなんぞ、充分承知の上である。
そうさ、愚かなら愚かなりに生き様さえ貫ければ、生きる場所はどこでだっていいのさ。
そうは言えど、しかしこの賭博試合というのは、セイマにとってはどうにも居心地がいいのは確かだった。
観客の野次や嘲笑はやはり随分と喧しいものでもあるし、セイマ自身初めはただの小遣い稼ぎにすぎやしないものと思っていた。
だが、ここには己の生き様を貫こうとする己と同じ輩共がいた。そして、そんな輩どももまた彼のような人間を求めてここに集ってきた。
そんな愚直な奴らとの拳のぶつけ合いが、魂のぶつけ合いが、これがよくよく心に響いて堪らないものがあった。
それに、例え相手が己の生き様にケチをつけようなら、拳を持って決着をつければいい。納得できないことがあるならば、この場に呼び出してタイマンにおいてぶつけ合えばいい。
そんな世界を、セイマは随分と気に入ってしまった。だからこそ、あの気にくわない笑みの男の掌の上だとしても、存分に踊るのだ。
さて、刻々と試合の時間は迫る。一度闘技場に上がれば、今日も今日とて彼は彼の全力を通して、目の前の相手と噛みつき合う。血の沸騰するような、生き様と生き様のぶつかり合いを闘り合ってみせる。
今となっては、それを脳裏に描くだけで、体の中がジンジンと疼いて仕方がない。
かつての野良犬は、今や引くことを知らない闘犬となった。
けれど、その愚直なまでの生き方は、かつての野良犬時代と一片も変わらない。
変わることなど、毛頭ない。
「さてと、行くとすっか」
愚か者は、今日も今日とて喰らい付きにいく。
それが奴の生き方であるゆえに。
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