エピローグ 哲也

僕はベンチで地区予選決勝を観ていました。負けてしまった後、みんな僕に謝りに来ました。インターハイに行けなくてごめん、勝てなくてごめんと泣いて言われました。それは悲しいことだけど悔しい思いをしましたけど、僕はそれより別のなにか心地よい不思議な気分でした。うまく言えませんが。

 加納キャプテンたち三年生が引退してレイラ先輩と僕とで新しいチームになりました。部員数も減ってしまって練習がずっとできなくなりました。次の年になって僕は二年生になりました。大池君と佐藤君と渡辺君と佐々木君という一年生が入部してきました。みんな僕よりも大きくて、バスケットボール経験者でした。レイラキャプテンのもと、今度はインターハイ出場を決めることができました。だけど全国というのは本当にみんなうまくて、僕たちのチームは三回戦で負けてしまいました。

 バスケットボール部で三年生は僕だけになりました。だけどインターハイ出場したおかげで今度は有望な新入生がたくさん入部してきました。井上先生とよく相談して物事を決めました。僕だけ三年生なので自然に僕がキャプテンになりました。僕がキャプテンなんて照れくさいし、加納キャプテンのようにできるかどうかすごく不安でした。だけど、みんな僕の言うことをよく聞いてくれてよかったです。また地区予選も優勝してインターハイに行くことができました。今度は控えの選手十二人をいっぱい使うことができました。おかげで今度はインターハイを優勝することができました。インターハイ決勝戦では加納キャプテン(あ、もうキャプテンではありませんね、キャプテンは僕です)鈴木先輩、吉井先輩、関山先輩、レイラ先輩が観に来てくれました。みんなが観てくれる中で勝つことができてすごく嬉しかったです。高校三年生最後の夏で優勝できました。本当は加納キャプテンだった一年生のときに優勝したかったのですが、みんな喜んでくれて僕も嬉しかったです。

 僕が高校を卒業する少し前に全日本バスケットボールから強化合宿に参加してほしいと僕の家にいろんな人が来ました。合宿に参加していろんな人と試合をしました。

 高校を卒業するときプロリーグから誘いがありました。僕は進学でもいいと思ったのですが、バスケットボールをしたいという気持ちがとても強くて、僕はプロになることに決めました。

 僕の専属チームに時々関山先輩が参加していました。選手としてではなくてコーチトレーナーだと言っていました。関山先輩は大学で体育関係に進み、その研究の一貫としてプロチームに参加しているようです。関山先輩の話によると大学卒業後は正式のチームアシスタントコーチを目指し、やがて監督になることが目標だと言っていました。僕は関山先輩と思わぬ再会をできてすごく嬉しかったです。

 さらに何年かたち今度は加納先輩が僕のマネージャーになることが決まりました。正式な僕のチームスタッフ社員として採用が決まったようです。その頃僕も正フォワードとして定着していました。オリンピック代表にも選ばれていて、僕だけではどうしたらいいのかよくわからなかったところに加納先輩が来てくれてすごく嬉しかったです。加納先輩の言うことなら安心してなんでも聞くことができます。

 鈴木先輩は公務員になりましたが、僕のチームの熱烈なサポーターです。結構名物といいますか有名な存在です。僕がシュートを決めるとすごく喜んでくれます。僕の応援団長です。

 吉井先輩はしばらく誰もどうなったか知りませんでしたがある日、テレビに出ていてプロバスケのキャスターになっていました。今まで日本においてはプロといってもバスケットボールはあまり扱いがよくありません。だけど吉井先輩はテレビでバスケットボールを国民的スポーツにするって興奮して言っています。バスケットボールの素晴らしさをすごく元気に話してくれます。時々僕のことも言っていてテレビを見ていてすごく恥ずかしくなったりします。

 レイラ先輩は裕子先輩と結婚して、試合に赤ちゃんを連れてきました。僕はその赤ちゃんにシュートをいっぱい見せたくてたくさんゴールしました。赤ちゃんのおかげで僕は試合に勝つことができました。それからレイラ先輩が赤ちゃんを連れてくると試合では負けなしになりました。僕の守り神、天使です。

 清川琴美さんとは今もお付き合いをしています。琴美さんは栄養学を学び、いつも僕のことを気遣ってくれます。琴美さんの料理のおかげで僕は病気も怪我もしません。いつも元気でいられます。試合でもいつも一緒です。同じ腕輪をいつもしています。応援席で探せばいつもすぐ見つけられます。琴美さんがいるから僕もがんばることができます。琴美さんはいつも僕を支えてくれます。僕はなにもしてあげられなくて困ってしまうのですが、琴美さんはいつも僕の傍にいてくれます。すごく優しくて、だから僕はすごく大好きです。

 井上先生は今、どこか過疎地で先生をしているそうです。そこでバスケ部を設立したりしているそうです。前野哲也は自分の教え子だって言っているそうです。僕の名前でバスケットボールが広がってくれるならすごく嬉しいことです。


 僕のチームは僕が入団したときはそれほど強いチームではありませんでした。ですが関山先輩の理論やフロントの出資で補強しながら少しずつ強くなっていきました。

 その年は始めからいいリズムでシーズンをこなしていました。勝てる試合を落とすことがなくなりました。僕もみんなもたいした怪我をすることなくすぎていきました。そしてとうとうチーム設立以来のプレイオフ進出を決めることができました。それだけで快挙だと騒がれましたが、ここまできたら優勝したいとチームのみんながそう思っていました。関山先輩も加納先輩もベンチにいて、鈴木先輩の応援の声が聞こえて、吉井先輩が大きなモニターで喋っている。レイラ先輩もどこかで裕子先輩と赤ちゃんを抱いて見てくれている。井上先生もいるかもしれない。琴美さんの姿ももちろん見える。

 試合開始前に面会を申し込まれました。監督は集中力を高めるときだから最初は断るようにと言っていました。僕もその意見に従うつもりでしたがその面会したいという人は木村君だというのです。

 加納先輩と関山先輩はどうするかと声をかけてくれましたが僕は会うことにしました。木村君は僕だけに会いたいというので心配しているようでしたが僕はひとりで会いに行くことにしました。

 待合室に木村君はいました。最初は木村君から声をかけてくれないとわかりませんでした。それほど変わっていました。やせ細り、髪が伸びていました。木村君は僕に気がついたら立ちあがって、だけど目線は合わせずにうつむいていました。僕は木村君をずっと見ていました。

「前野君、立派になったな。中学の頃はいじめたりして、ごめんな」木村君は言いました。

 木村君は高校一年生の試合の後バスケ部を辞めたそうです。そして三年生で高校も辞めてしまったそうです。地区予選で二年生のときも三年生のときも江南高校と当たっていないので知りませんでした。そもそも江南高校が決勝まで残らなかったということをなんでその時僕は気がつかなかったのでしょうか。

「オレは君をいじめていて、だからその罰なのか、最近なにやってもうまくいかなくてよ。それに引き換え、前野君はすごいよね。プロとしてエースとして活躍しているんだもんな。プロの試合いつも見ているよ」

 木村君、僕は中学生の頃、君を見ては、見ているのを見つかってよく殴られたりしたけど、あの時僕は君に憧れていたんだよ。全国中学校バスケットボール大会で活躍していているのを見てはこっそりプレイを真似していたんだ。僕の今のプロの原点はもしかしたら木村君にあるのかもしれないんだ。

「木村君、このプレイオフが終わったら僕とバスケットボールをしよう。みんなでバスケットボールをしようよ」

 そして僕は木村君に優勝を誓った。木村君は僕に笑ってくれた。木村君は泣きながら僕と握手をしました。

 そういえばこのときからあのお爺さんの声はまったく聞こえなくなりました。高校卒業からも少なくなって途切れ途切れだったけど、木村君と会話したこの時をもって完全にその声は聞こえなくなりました。

 そのかわり僕を励ましてくれるみんなの声はいつまでもいつまでも続いてくれました。

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