3 地区予選

 全員ベンチ入りなので全員背番号が渡された。加納が4番、鈴木が5番、吉井が6番、関山が7番、レイラが8番、そして哲也が9番。

 練習は関山が指摘した通りレイラをセンターに置くことにした。吉井は加納にポジションにこだわりがないのかと笑ったが加納は勝つためだと言ってフォワードにまわった。あとは速攻のチームにしようと作り直した。

哲也と吉井はよく走った。関山の言うとおりこのふたりが機能すればうまいこといきそうだ。吉井はディフェンス練習が大嫌いなのでディフェンス練習に加わらずにシュートの練習ばかり行った。本場アメリカのNBAのビデオをよく見ているだけあって荒削りだがいろいろシュートを試してものにしていった。

哲也は淡々とみんなと練習を行った。加納や関山が期待するようなプレイひとつ見せない。ただミスはおかさない。確実にパス、レイアップシュートをする。

哲也は部活が終わってからひとりで練習をする。哲也は部活では自分を抑えていた。そうしないと自分が嫌われて試合に出してもらえないどころか中学のようにバスケ部をやめさせられるかもしれないと思っているからだ。みんなの言うことをきちんと聞くことだけを哲也は守った。勝手なことはひとりでやればいい。これは加納にも内緒にしていた。

加納はひとつの懸念を抱いた。哲也が日に日に無口になっていくからだ。今までは自分が喋ってもいいと判断すれば止め処なく話してきたのだが今は短くひとことだけ答えるだけだ。試合に緊張感を抱いているのか、練習試合の負けを気にしているのか。哲也にそれを聞いても答えてくれない。関山に相談してもわからないと言うだけだ。だが練習は普通にしている。不調でもない。声も出ている。心配のしすぎだろうか。

ただ哲也は自分の苦手としていたパスを鈴木に教えてもらおうとしていた。鈴木は哲也を嫌っているから難色を示していて、うまく個人練習ができずにいたが無理矢理ふたりでやらせることにした。なにしろポイントガードだけあってパスが一番うまいのは鈴木だ。それを哲也は知ってあえて鈴木にいったのだ。加納はパス練習のときはなるべく間には入らないようにした。鈴木はあまり教えようとする意欲はなかった。


「加納君、緒戦はどうなの」

放課後に井上先生が加納を呼び止める。

「深塚工業高校です。去年はベストエイトまでいっています。春江高校と接戦になって敗れています。かなりの強豪です、古豪といってもいいと思います。去年より身長の高いメンバーが揃っていますしパワーもあります。ただ、この試合に勝てればあとは準決勝まで比較的楽に進めると思います」

井上先生はふーん、と答えて

「君たちで体が強そうなのはレイラ君ぐらいだもんね、あとみんな細いけど大丈夫なの」

加納は少しむっとした。

「その分スピードがあります。大丈夫です。春江高校との練習試合で反省して修正した部分もあります。勝ちます」

井上先生は加納の肩を叩く。

「頼もしいじゃないの、練習試合は行けなかったけど公式戦はずっと顔出すからね、もう負けんじゃないよ」

「はい、がんばります」

公式戦がはじまる。


「前半は哲也をベンチに入れよう。公式戦は練習試合と違ってその場の雰囲気がある。まずはベンチから慣れてもらおう」

加納は哲也の頭の上に軽く手をそえる。

「おーおー相変わらずの過保護だな」鈴木が言う。

「こら、鈴木君、一応加納君はキャプテンなんだから素直に従いなさい」井上先生が言う。

「さあ、私がしっかり応援してあげるから気合い入れてがんばりなさい」井上先生は全員の背中を叩く。

「そうなんだよ、一応監督なのに応援しかできないんだからまいっちゃうよ。NBAにはベストコーチっていう賞もあるっていうのに、ウチにはコーチする大人がいない。こりゃ不利だろ」吉井が肩をすくめる。

「バカ、美人がベンチにいるだけで心強いだろ」

「監督なら少しはバスケの勉強してきてくださいよってことを言いたいの」

「うるさい、もう行くぞ」加納が吉井の背中を拳で叩く。

チームがコートに出る。会場から声があがる。ジャンプボール。公式戦が始まった。

 鈴木がボールをとる。それを強くパスを出す。レイラがとる。レイアップでつっこむと地響きがする。相手が吹っ飛ぶ。笛がなる。シュート、入った「バスケットカウント・ワンスロー」歓声があがる。

 レイラはいきなり点を決めた上、相手にファウルをとらせてフリースローをもらった。裕子がはしゃぐ。

 だがフリースローは入らない。

「おーい、シャック頼むぜ」

吉井がからかう。シャックとはNBAのスタープレイヤーで最強のセンターと呼ばれている。巨体であって並外れたパワーをもつ。そこにいるだけで威圧感のある選手だ。攻撃力の破壊力もすさまじいが、弱点はフリースローがとにかく苦手である。シャックは反則してでも止めろ、フリースローは入らないからといわれている。

 フリースローとはゴールから正面五メートルほど離れたフリースローラインから誰にも妨害されずにシュートをうてることを言う。妨害されないといってもその位置からのシュートを得意としていないと入れるのが難しい。

 リバウンドがとれない。深塚工業のボールになる。全員戻る。毎日速攻の練習をしているだけあって戻りははやくなっている。だがさすがに相手はうまい、スリーポイントをとられる。

 井上先生が精一杯声をはりあげるが「しっかりボールをとれ」「ちゃんとやれ」などしか声をあげられない。鈴木はまた苛立ちを感じていた。ベンチに向かって黙れと言いたい衝動にかられている。意識が他にいくとボールへの集中力がなくなる。パスが通らない。

 ボールを支配できない。点差がみるみる開いていく。

「鈴木、ロングパスでいいからレイラにわたせないか」「だめだ、相手のディフェンスがうますぎる。ドリブルでも抜けない。それよりあの先生の雄叫びをなんとかしろ、気が散ってしょうがねぇよ」

「鈴木、オレにまわせ」吉井が声をかける。吉井がパスをもらってドリブルをかける。ひとり、ふたりを抜く。その先も相手は三人。切り込んでいく、と見せかけ、戻ってストップ、ジャンプシュート。

「ジョーダン直伝、フェイダウェイ・ジャンプショット」吉井は叫びながら後ろに飛びながら狙いすましてボールを放つ。高い軌道を描いてそのままリングに入った。

体育館にどよめきがおこる。鈴木と加納は顔を見合わせて顔をゆるませる。

「なにが直伝だ、会ったこともないくせに」

だが相手は信じられないながらも吉井のほぼ完璧なフェイダウェイに少しばかり度肝を抜かれていた。

 それから吉井に対するマークが厳しくなった。ディフェンスは吉井寄りに配置する。吉井にボールがまわればふたりがかりでマークする。

「6番以外、外はないぞ」相手ベンチから指示が入る。加納はミドルレンジからでも入れられる。加納がパスを要求。しかし通らない。パスカットされる。「このチームであとこの距離でうてるのは、お前しかいないのはもう気づいているんだ」嘲笑された。鈴木が床を蹴る。

 相手チームのディフェンスが崩せない。攻撃としてのシステムはうまくないが守備を生かしたカウンターが確立している。関山は緒戦でいきなり相性の悪いチームと当たったと実感した。ただ強いチームとなら突破口も見出せるかもしれないが相性が悪いとなれば意識も変えないとならない。だが自分はプレイ中であり、自分がマークする相手だけで精一杯で全体を見渡せるほどの余裕が今はない。もっとも加納には意見できるが他のメンバーに自分の思いがどこまで通じるだろうか。

 笛がなる。相手ボール。

「なんで、今敵ボールになるの。なにもやっていないじゃない」

「井上先生、24秒を超えたからです。バスケのルールでその時間内にシュートをしなければ反則になるんです」裕子が井上先生に説明をする。先生はやや釈然としない様子。誰がそんなルールを決めたんだと呟く。

「こら鈴木、さっさと誰かにパスしてシュートすればいいじゃない、あとはどうせ相手ボールになんならボール、投げちゃいなさいよ。

ルール知ってるんでしょう」井上先生は声を張り上げていった。深塚工業ベンチから失笑がおこる。「おい、加納、あのなにもわかっちゃいないバカ女を追い出せよ」鈴木が肘でつく。加納は「試合に集中しろ」と言う。

 深塚工業は全員身長が高くジャンプ力もある。リバウンドで対抗できるのはレイラぐらい。相手チームのシュートはうまくないかわりにリバウンドをことごとく取るのでいつかはシュートが決められてしまう。加納も抵抗するが敵わない。パワーで押されてしまう。吉井と鈴木にはどうすることもできない。関山もイージーボールを狙うがうまくいかない。

 チームがかみあわず、うまく機能しないまま第一クォーターが終了する。

「あの練習試合から懸命に練習したラン&ガン戦法が全然通じないじゃないか。速攻は止められたらそこで終わりなんだ。勢いが全然つかねぇよ」鈴木がタオルを投げつけて叫ぶ。

「落ち着け、最初はうまくいったじゃないか。相手に読まれたらその上をいくようにしないと。動きが単調になっていないか確認する必要があるんじゃないか。少しぐらい通用しないからってすぐ弱気になるな。オレたちはマジックジョンソンのレイカーズを超えたのか。超えてから弱音を言え」

「この口だけ野郎」

鈴木が加納の胸倉につかみかかる。

「バカ、これは公式試合中だぞ。頭を冷やせ」加納が鈴木の手を離す。だが自分も言いすぎたと頭をふる。

「どうしようもないな、こりゃ」吉井が肩をすくめる。

 笛が鳴る。点差は十点。コートに戻るのに勢いがでない。井上先生は激を飛ばすが、ほとんどは聞いていられない。全員無言のままだ。吉井でさえ声を失っていた。逆に相手チームは活気付いている。主導権は完全に持っていかれた。

 意識がどこかに飛んでしまう。隙が生まれる。ボールをとられる。第二クォーター、点差は二十点まで開かれた。入れたシュートもレイラのジャンプシュート一度きり。むしろよく二十点で押さえられたと思える試合内容だった。

 ハーフタイム。全員疲弊しきっていた。

「哲也、悪いな、こんな状況からで。オレと交代してくれ」関山が哲也に言う。

「こっちがいい雰囲気になるとタイムアウトとられただろ、あれでまた持っていかれた」

鈴木が貧乏ゆすりをしながら言う。「一年、ドリンク足りねぇよ、持って来い」ペットボトルを投げつける。

 加納が立ち上がる。

「そうだ、鈴木、タイムアウトをもっと有効に使おう。オレも気がつかなかった。ヤバイと思ったら流れを変えればいい。後半は三回とれるんだ、もっと有効に使おう」

「そのタイムを誰がとるんだよ、ベンチにはお前の妹とボンクラ教師しかいないだろが」

「アンタ、先生になんてこと言うのよ」井上先生は拳をあげるが、そのうち力なく下ろした。

「裕子、そして先生、オレが右腕をつかんだらタイムをとってください。それが合図です。あと鈴木と吉井もタイムを取りたかったら右腕をつかんでくれ。それをオレが判断する」

加納が右腕をつかんで言った。

「試合中にそんな判断できるのかよ」鈴木が加納をにらむ。

「後半はオレがベンチに入る。オレが見極めてタイムをとってもいいだろう」関山が声をかける。鈴木は承諾した。

「よし、後半こそランアンドガンを成功させよう。相手だって戦法を変えてくるだろうと読んでいるハズだ。そうはいかないようにしよう。いくぞ」加納が声をあげる。

 全員が返事する。

「加納君、この第一試合を超えたら後は楽だなんて言っていたよね。超えられそうなの」井上先生がウィンクする。

「超えます」加納は少し照れくさそうに答えた。井上先生が加納の背中を叩く。

「よっしゃ、集中してこい。私はボンクラだからなにもできないけど期待はしてるぞ」

加納はふりかえらないで

「先生はボンクラなんかじゃありませんよ」そう言うと駆け出した。


 後半が開始された。深塚高校のボールから始まる。パスをまわしていていく中、ひとつ手が伸びてボールを弾いた。哲也だ。もう一度強く叩いて鈴木に向かって飛ばした。そして自分はダッシュした。鈴木はボールを受け取って返しのパスを哲也に投げた。強く一直線に放たれたボールを哲也はキャッチ。誰も追いつかない。ストップ、ジャンプ、シュート。高い弾道を描いて吸い込まれるようにリングへ入る。3点シュート、決まった。

相手チーム全員が口を揃えて絶句した。あまりにも動作が速くて体どころか目もついていけなかった。

「誰だ、あれは。あんな一年がいたとは」会場がざわついた。

 哲也は表情ひとつ変えずに走ってバックコートに戻る。練習でやっていたことのひとつにすぎないのだ。

 相手チームの動きが少し固くなった。哲也はボールを持つ相手にマークにつく、これもポイントを抑えていて相手が窮屈になって動けなくなる。哲也は見逃さずボールを奪う。「今、なにやった」これが深塚工業監督のやっと言えた言葉だ。それほど速く、厳しかった。哲也は走る。その速度についていけるのはレイラぐらいであとは深塚工業も誰も追いつけない。哲也は余裕でレイアップシュートを決める。

 哲也はその後もダブルチームも振り切ってシュートを決める。開始一分で哲也だけで9点をとった。

「お前うれしくないのか」加納が声をかけるが哲也は首をかしげる「まだ逆転していませんし、勝ってもませんけど、どうしてうれしいんですか。加納キャプテンは今嬉しいですか」加納は戸惑った「お前は点が入って嬉しくないのかって言っているんだ」哲也の走るスピードが遅くなる「加納キャプテンは怒っているんですか。なら僕にはなんで怒っているのか理由がわかりません。僕は点が入っても嬉しくありません。点が入るようにシュートをしているのですから。かわりにシュートが入らなかったらすごく悔しいですが、入ってもそれは嬉しくはありません」

 加納は言葉を失った。汗をぬぐい、唇を結ぶ。「ああ、哲也、そうだな。オレが悪かったよ」前を向く。

 相手は強豪だけあってミスがでない。鈴木がディフェンスを駆使してもボールを奪えない。ワンオンワンの場面では必ず抜かれる。喰らいついても手が届かない。

「鈴木先輩左手を伸ばして左に回転」哲也が叫んだ。突然の声に鈴木が思わず反応して言われた通りの動作をする。すると左手にボールが当たった。相手のパスをカットした。はじいた本人が訳わからずにいた。こぼれたボールに哲也が飛び込んでつかむ。どうしてこういうことが起こったのか誰にも理解できない。ただ哲也だけがドリブルでゴールに向かって走っていた。「なんで今のパスが読まれた」パスを出した選手がやっと言葉を発した。ベンチで見ていた関山はその一部始終を見ていて驚嘆の声をあげた。確かにドリブルからパスを出すそぶりは一瞬見えた。だがどの方向でどのタイミングで出すかはわからない。バスケは一チーム五人だ。だからおおざっぱにいって四方向のどこかにいくはずなのかはわかる。そのどこに行くかを正面ではなく、次の動作に移りやすいところから指示を送った。それもどこにパスが行くという指示ではなく、その瞬間になにをすべきかを伝えたのだ。哲也は今までまともに試合にでたことがない。経験の少ない中でどうやってそれを予測したのだ。関山は哲也をずっと目で追った。

 哲也はノーマークではシュートを外さない。確実にレイアップシュートを決める。

「9番チェックだ。ヤツがスティール狙ってくるぞ、ディナイディフェンスも気を抜くな」深塚工業監督が叫ぶ。するとチームに集中が分散される。「吉井、止めろ」加納の声に吉井が反応。哲也の表情が一瞬ゆるむ。

ボールが吉井の手に入る。鈴木にパス。全員が走る。鈴木が次に誰にパスを出すか。先頭を走る哲也に意識が動く。そこで鈴木は半回転、再びボールを吉井に戻す。相手チームは哲也にふたりマークがつく。

「ボールを持っているのはオレだぞ、コノヤロウ」フリーの吉井がスリーポイントを放つ。「どうだ、哲也だけじゃねぇぞ、なめんな、コラァ」吉井の右拳があがった。

 タイムアウトをとられた。

「なんだ、まだ点差が8点もあるのにもうタイムかよ、さぞやオレのスリーポントにビビったかぁ」吉井が汗をぬぐって言う。

「最後のスリーポントはよかったな」加納が息をはずませて言う。

「なに言ってやがる前野がマークを集中させたからだろうが。あれで入れなかったら自殺モンだ」鈴木がタオルで顔を拭きながら言う。加納が鈴木を見る「なに、人の顔みてニヤついてやがる、気持ちわりぃな」鈴木がタオルで加納をあしらった。

「このタイムアウトで向こうの監督はどういう指示を送ると思う」関山が言う。

「どうせ今、絶好調の前野にマークをどれだけつけさせるかの確認だろ」鈴木はポイントガードとして自分の役割を考えた上での意見を言った。

「いや、オレが監督ならメンバーチェンジを行う。点数力は落ちるがディフェンスの強いやつを送る。実質4対4のバスケをやらせる。徹底マークを前野につける」

「だけど今の前野は本当に絶好調だ。あまり言いたくないがそれでも前野を止められるヤツがいるのか」鈴木がツバを飲んで言う。

「ひとりいる。実はソイツはオレと中学のときの同級生だ。背が小さくて、だけどバスケが好きでディフェンスだけはすごいのがいるんだ」

 関山はみんなを寄せて小声で話す。

「そこでだ。相手はそうなるとこっちは攻撃の糸口がつかめなくなると踏むハズだ。そこをつけこんで加納、お前スクリーンをうまくかけろ。両手をクロスさせてうまくつっこめばファウルはとられない。吉井とレイラのコンビでボールをまわす意識したプレイをするんだ。あとは鈴木がうまいことやれ」

「お前、簡単に言うんじゃねぇよ、わけわかんねーよ」鈴木が頭をかく。

「相手が4対4として安心するまでにそれを崩しておかないと大変なことになる。逆転できなくなる。オレが外れて、その、うちの得点力が安定しているんだ。4対4のバスケットボールをさせちゃいけない。あくまで5対5のバスケをするんだ。わかるか、鈴木。そうしないと負けるぞ」

 鈴木はツバを飲んだ。まわりも言葉を失った。笛が鳴る。

相手チームがコートにでる。だけど鈴木も加納も吉井も動けない。レイラはどうしたらいいかわからない。哲也は関山をじっと見る。審判が笛を立て続けに鳴らす「どうした、はやく来なさい」

 井上先生が近づいて鈴木の背中を叩く。

「さあ、行きなさい」

「先生に言われなくても行くわ」

加納は点数ボードをみる。危機感という言葉が頭をよぎる。哲也が試合中にも同じようなことを言った。まだ点数は追いついていないのに追い上げムードに気持ちがゆるんでいた。関山の言葉で目が覚めた。気づいていたのは関山と哲也だけだった。

「うおおおおお」加納は叫んだ。

 まわりは全員加納を見る。

「なんだ、キャラ変更か、お前」吉井が声あげて笑う。鈴木も口を押さえて笑う。加納は井上先生をみる。井上先生が親指を立てる。関山は手を叩く。

 関山の読み通り選手交代が告げられた。背の低い選手。吉井が口笛を吹く。鈴木が加納の背中を叩く。加納が頷く。

 試合再開。鈴木がドリブルで切り込む。哲也に案の定厳しいマークがつく。かいくぐろうと動く。加納が体を反転させて当たる。スクリーン。ゴール下で哲也がフリーになる。慌てた相手チームは哲也に向かって殺到する。鈴木はレイラにパス。関山が「それだ」と叫ぶ。レイラがシュートを決める。

 全員満面の笑みでバックコートに戻る。鈴木が言う「これがお前の言っていた5人のバスケか」関山が言う。「まだ基本だ。マークされている哲也をもっとうまく使え」「ベンチ野郎が偉そうに言うんじゃねぇよ」鈴木が親指を下に向ける。関山は小声でつぶやく。「バカ言ってんじゃねぇよ。監督と言え」

 哲也にはマークがついているのに注意が解けない。「コイツのディフェンスはオレにまかせろ。意識をするな」哲也マークが叫ぶ。その迫力に哲也もなかなか振り切れない。リバウンドをレイラがとっても次につながらない。ドリブルが得意ではないレイラはスティールされてボールを奪われる。シュートが飛ぶ。点差が縮まらない。

 哲也に厳しいマークがつく。その上加納もスクリーンをかけられない。加納をマークする選手がそれをさせないように体を入れてくる。鈴木は吉井にパスを出す。それがとられた。

「お前らの攻めのパターンが見えたぜ。一年にボールを送れないと三年だけでボールをまわす。それも最初はいつもコイツからだ。同じ練習しか、しないのか、お前ら」

 言われて鈴木の体が止まった。

「オレ、無意識になにやってんだ」鈴木は内臓ひとつひとつを打たれたような痛みを感じた。「鈴木、なにやってんだ、走れ」加納が叫ぶ。鈴木の視界が揺れる。

 鈴木はたまらず視線を横にうつす。そこにはもがきながらマークをふりきろうとする哲也の姿があった。その目は鈴木には向けられていない。ボールとゴールに向けられていた。鈴木は思った。「前野はもし負けてもオレを責めたりはしないだろう。ただ負けたという真実を受け止めるだけだ」鈴木は走る。「それに比べてオレはどうだ。負けたらオレはいつも誰かのせいにしていた。お前がシュートを外すから、お前がふりきらないからパスが出せなかった、とか」

 哲也がバックステップ、そして回りこんで走った。「9番行ったぞ」深塚高校監督が叫んだ。深塚高校メンバーが全員反応した。そこを見逃さず吉井がボールをとる。フリーになった哲也にパスを投げた。

 哲也は体を低くしながらドリブルを開始。関山は覚えていた。入部のとき見せた哲也のドリブル。だがその時を遥かに上回っているかのような鋭いドリブルと相手を交わすドライブを見た。いつもはそのままレイアップシュートだが哲也は思いっきり飛んだ。ボールを右手でつかみながら宙を舞った。

「アイツ、アイバーソンよりもすげぇぞ」関山はそのシュートを見て気持ちは高ぶっているのに体が少し冷えた気がした。

 ゴールリングが轟音を立てるとともにバックボードも激しく揺れた。この試合初めてのダンクシュートがでた。

 深塚チームは誰も動けない。ベンチにいる全員もただ口を開けて黙っていた。辰巳高校チームも同様だった。吉井はパスを出した動作から動けなくなっていた。哲也だけが息を整えながらコート上を走っていた。

 最初に動いたのは観客だった。まだ一回戦でそれほどの注目試合ではないから人はさほど入っていないのに怒号に近い歓声があがった。それにやっとコート上にいる選手が我に返った。

 その後は試合にならなかった。リードしていた深塚高校は逆転を許し、それがさらに緊張の糸を切らせてしまった。第4クォーターもそのままの流れで深塚高校はなすすべがなかった。終わってみれば十点の差を開かせて辰巳高校が勝っていた。

 試合終了の笛が鳴る。

 加納は最後まで動きが止まらずに走っていた。吉井は笛を確認してようやく笑顔をみせた。レイラも体を張っていた。鈴木は今まで出なかった声が出ていた。笛が鳴ったとき哲也はボールをキープしていた。点差は離れていてもゴールを狙っていた。

「よーし」関山がコートに走り出る。その関山の頭を吉井がはたいた。「バカヤロウ、お前が負けるなんて試合中の選手に一番言っちゃいけないこと言うからゲロ吐きそうな試合になったじゃねぇかよ」

 レイラが笑う。

「やつは本当に監督向きだ」加納が息をつく。そして哲也を見る。哲也もやっと笑顔になっている。加納は哲也の肩を抱いた。

「やったな、お前の初勝利だな」

「はい、僕はすごく今嬉しいです。みんなも嬉しそうで、嬉しいです。加納先輩、点数ボード見てください。僕たち、勝ったんですね。勝って試合終了したんですね。僕、この前初めて試合に出てそれで負けて、僕、やっとバスケをやって嬉しい思いをしました」

「バカ、今日は緒戦だ。まずは礼だ」

吉井が加納の背中を叩く。

「キャプテーン、泣かないでよ」

ベンチでは井上先生が号泣していた。関山は井上先生を見て、哲也のドリブルを見た以上の鳥肌をみせた。

「先生、マスカラ落ちまくってパンダになってますが」


 試合が終わって加納と関山はファミレスに向かった。関山がテーブルにノートを広げる。前半は試合に出ていたため記憶を頼りにと前置きされていたがかなり細かい分析がされていた。後半はずっとベンチにいただけあってさらに細かく試合内容が書かれていた。

「お前、試合中にここまで見ていたのか」

「お前の妹のスコアシートより正確だと思うぜ。さて反省会だ。特に吉井や鈴木に聞かせられない今後の課題だ。前も言ったかもしれないがオレたちにはもう控え選手はいない。けが人や体調不良がひとりでも出たら勝負どころか試合も出られない。どんなオソマツなメンバーでもな」

 加納は関山とファミレスにいるときはドリンクを三つは並べる。そうしないと喉が渇いてしょうがないからだ。もうすでにふたつ飲み干してる。

 今後の課題。それは優勝するための布石。優勝から逆算させてどういう練習をするか。教則本を参考しながら遅くまで語った。加納は試合が終わったばかりで眠くてしょうがなかったが、関山の饒舌はとどまるところを知らなかった。

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