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 少女が帰った後、アオイはコピー用紙の束をめくりはじめた。読み終えたとき、アオイはしばし呆然として視線を宙に泳がせた。


 自分が書いた作品の方がずっとうまい。破綻も少ないし、何よりあの人の作品に対する理解度に雲泥の違いがある。


 けれど、本質的な部分ではそう変わらなかった。胸焼けしそうに甘ったるい感傷の塊。それが行間からにじみ出ている。なるほど、焚き火にはうってつけのテクストだった。


 燃やしてください、か。


 なんて感傷的なんだろう。自分も作品を書き終えていたら同じことをしたのだろうか。


 窓の外では、夕日が地平線の彼方にいましも溶けようとしている。


 アオイはその光景が好きだった。薄暗い部屋に射し込む最後の光をいつくしみながら、ペンを走らせるのが好きだった。けれどいまは天井で蛍光灯がピカピカと光っていて、たとえ日が沈んでも部屋は十分に明るいはずだった。ああ、部屋の隅々まで光が満ちている。あんなところに蜘蛛の巣が張ってるなんて気づかなかった。


 家に帰ろう。


 わたしは長編小説を書かなければならない。

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幽霊と短編小説 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick

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