魔王様が英雄達の前に現れた!!

ねこまんま

第1話 キモオタヒキニート

 地球とは違う惑星ヌスティア。そこには人間と呼ばれる種族と魔族と呼ばれる人間とは違う姿形をした種族が存在していた。共存していた彼らはその姿形の違いからくる文化や生活スタイルの違いにより、次第に仲に亀裂が起こり、いつの日か決定的な亀裂が入った二つの種族の仲は”戦争”互いの種族を支配下に置くという形となって現れた。


 人間・魔族それぞれの勢力圏は北部・南部に二分され、長きにわたって決着のつかないままその戦禍をヌスティアに刻んでいた。


 その戦禍の中で人間、魔族双方の勢力下において、同じ種族間でもこの戦争をどうするかについての意見は割れに割れ、意見が食い違ったもの同士が分裂、同じ意見を持つもの同士による新しい国がいくつも建国され、さらに新しい戦争へと時代は流れた。


 その時代は続き各国による統治が安定した。時に同じ種族同士の他国と協力を重ね、他族の種族を今こそ支配下におかん。と互いに一進一退を繰り返しながら勢力図は激しく変わるそんな時代が始まった頃。それはヌスティアに突然に現れた。


 後に魔王と呼ばれることになる圧倒的な力を持った暴君がヌスティアに生を受けたのである。幼少期から大人顔負けの力を持った魔族の少年は対人間の戦争において百人力、千人力、いやそれでは足りないほどの戦果を挙げ、あっという間に昇進に昇進を重ね、そしてついにその国の王にまでその地位を上り詰めた。


 しかしそれでは彼は満足しなかった。さらなる地位を求め同じ魔族の他国に自身の国の兵とともに戦争を仕掛け、内戦へと発展したのである。過去にも人間間、魔族間での内戦は行われたが、この王が起こした内戦は今までとは比べものにならないもので、いつの間にか魔族の勢力下全土に及んだ。そして吸収、合併を繰り返したその国はいつの日にか魔族の国すべてを支配下に置き、分裂をしたあの日以来、魔族の勢力圏だけではあるが、全土統一を果たした。


 魔族はそんな、かの王の事を魔族の歴史において初めての全土統一を果たした者として魔族の王の中の王“魔王”と呼んだ。


 全土統一という人間界でも成し遂げていない偉業を果たした魔王は、さりとて、満足にはほど遠い気持ちであった。


 「人間界を支配下に置くための前提条件を漸く、漸く満たした。」


 自身の城の中、王座に座りながらそうつぶやく魔王。魔王は賢者ではない。しかし、愚者でもなかった。人間界を本格的に支配下におくためには魔族の一国や二国が協力しあうだけでは決して届かないと考えていた。より確実に成功させるためには魔族を統一する必要があると考えていたのだ。そして内戦という力に訴える方法でそれは成功させた。


 魔王は人間界を攻め入るための準備をさらに進めていた。国民には圧政や重税を課し、無理矢理食料や戦争に使う道具を準備させた。魔王は魔族の中でも他に並ぶ者がいないほどに圧倒的に腕っ節が強かった。そんな魔王は“権力”という力も手に入れた。魔王は愚者ではない。しかし賢者ではなかった。魔王は愚者ではない。しかし暴君だった。逆らう者には容赦はしなかった。統一した魔族界の広大な土地において自身の政策に反抗する国民が一人、二人、百人、千人殺されようが直接的には国に影響がないことを予測していたためだ。しかしそれが長年に渡り行われたとき、この国がどうなっていくか。それを知るために必要な魔族の歴史はまだ浅く、魔王自身も賢人ではないため分からなかった。それを止めるための側近はこのヌスティアにはもう存在していない。暴君である魔王は自身の意見に反対する者を幽閉または処刑していたためだ。


 そんなあるとき、王座に座りこれからのことを考えている魔王の前に彼の側近が少し慌てた様子でやってきた。魔王はそれを見て珍しいものもあるものだと顔にはおくびにも出さないが内心驚いていた。この側近はいつもすました顔で仕事をこなしていることを知っているので、そんな彼のこんな姿は久しぶりに見たと思ったためだ。


 「魔王様。至急お知らせしたいことがあります。」


 「なんだ。どこかの地域で反乱でも起きたか。」


 側近は先ほどの慌てた様子とは裏腹に手本通りの礼を行い、片膝をつき魔王を敬う姿勢を取る。


 魔王の言葉はいつか起こるかもしれないと思っていたことで、始めにそれを告げたのは魔王としては軽い会話のジャブのつもりだった。それが起こる可能性は低いにしても、実際に反乱が起きた場合でも、自身がその地へ赴き皆殺しにして制圧してくれると思っていた矢先、側近が告げた言葉は魔王の予想を遙かに超えた一言だった。


 「いいえ。魔王様。占い師がこんな予言を行ったのです。“このヌスティアにヌスティアではない異なる世界から来た人間がいつの日か魔王を殺すだろう”と。」


 その言葉を聞いた魔王の心中は穏やかではなかった。


 ヌスティア以外の世界から来た者が我を殺すだと。有り得ない。よしんばあり得たとしても、人間だと。身体能力が魔族に比べて低い人間風情が魔族界一の身体能力を持つこの魔王を殺す。そんなことがあり得るか。いや、あり得ぬ!


 驚きの感情から次第に憤怒の感情へと移り変わる魔王。


 この側近は、人間界に侵略を計画しているこの時期にこのような笑えない冗談をしたのか。


 しかし、そんな魔王の思考を冷静にさせたのは側近のこの言葉だった。占い師と。占い師は魔王の側近の一人であり、その占いの力は確かなものであった。先の内戦でもその力は遺憾なく発揮され、魔王の統一に大きな役割を果たした。その精度は驚異の100%。つまりいままで彼女の予言は外れたことがなく、これからも外すことがないと予測される。


 そんな彼女が言ったのだ。それは正しいだろう。このまま何もせず対策を練らずにいると我は殺されてしまうのだ。この世界の者ならまだしもこの世界の者ではない異世界の人間に。


 「そうか。我は殺されてしまうのか。」


 思いの外あっさりと告げられた言葉に驚いてしまうのは側近の方だった。


 「な、何をおっしゃいますか魔王様!予言は回避するためにあるのであります。対策を練り…。」


 側近が言葉を最後まで告げる事はなかった。目の前にいる魔王からものすごい圧がこの部屋全体に襲いかかり、息をすることも出来ない状態に陥ってしまったためだ。


 これが魔王様!!魔族の王の中の王!!ただのオーラでここまでの威圧感を!!さすがでございます!!魔王様万歳!!魔王様万歳!!


 そんな状況の中、側近は心の中で魔王を讃える。彼は力により魔族の土地全土を支配した魔王に対し心酔していたためこのようなオーラによる圧でさえも心地よかった。


 「我を殺す者が存在するとは…。人間界を支配するという我が望み。それを邪魔する者ならばその命、我が力に及ぶ前に殺してやるわ!!」


 魔王は側近が伝えた予言に関して次のような予測を立てていた。


 “ヌスティアではない異なる世界から来た人間がいつの日か魔王様を殺すだろう” そいつがこの地に来たときより、魔王を殺すほど強きものであれば、“いつの日か”など予言に入れるだろうか。魔王は否だと考えていた。


 この地に来たときにはまだそれほど強くないかもしれない。もしもこのヌスティア来た段階でもう既に我を殺すことが出来るほど強かったとしても、それでも、そいつの元の世界では我を殺すほどには強くないはずだ。


 なぜ魔王がこのような推測をしたのか。この占い師の予言には、必要のない言葉は使われない。という一種の約束事のようなものが存在すると魔王は気づいていた。これは占い師の予言を何度も聞き、実際にその予言がどうなったかを何度も見てきた魔王の経験がなせる予測であった。裏を返せば予言に出てきた言葉には何かしらの意味がある。今回に関しては “いつの日か” という言葉がどういった意味を持つのか、それを魔王は魔王なりに解釈してみたのだった。この解釈は魔王に取って都合の良い解釈ではあったが、その実、この解釈は魔王の解釈通りの意味だった。魔王はそれには気づくことはないが…。


 「おい。その予言は確かに一言一句、占い師が告げた通りなのだろうな。」


 「はっ!間違いなく一言一句、占い師が告げた通りであります。」


 この問いは魔王に取っては必要なものだった。この側近が、万が一にもないとは思うが、占い師の予言に関して伝達ミスをしていた場合、魔王が立てた予言の解釈は何の意味のないものになってしまうためである。


 それならばなぜ魔王当人が占い師に予言を聞きに行かないのか。それにはまた訳があるのだがこれはまた別の話にて。


 閑話休題、魔王は異世界よりいずれ来たる人間を確実に殺すため計画を練ることにした。





 魔王が異世界人を殺害する為の計画を練るため、期間は無期限で、内政含むすべての業務は側近を中心に家臣が行うようにと命令を下した後、先ほどまで魔王に占い師の予言を伝えた側近はその足で、占い師の所へ向かった。


 あの予言を聞いて、少しでもこの凶報を魔王様に伝えなければ、と占い師に何も言わずその場を立ち去ってしまったが、魔王様に予言を伝えた後、冷静になった彼はあの予言について山ほど効きたいことが出てきたためである。


 占い師が生活を過ごしているのは魔王城の地下二階にある部屋の一室だ。部屋をノックして入室の許可を得たのを確認してから部屋に入る。


 若い女性の占い師がそこにはいた。そして部屋の中心には彼女が占い師であるために必要な直径一メートルはある透明で完全な球体の水が。左右の本棚には占いや運命論に関する本などがぎっしりと詰まっていた。


 「どうしたんっすか。珍しいこともあるものですねぇ。わざわざあなたが一日に二回もここに来るなんて。」


 ニコニコといつも通り人好きのする笑顔で彼にそう告げる彼女。彼はその顔が殺したいほど嫌いだった。


 裏では一体何を考えているんだこの女は。魔王様に取り付いて。その珍しい能力故、魔王様のお気に入りとなっているが、お前なんて占う能力さえなければただのゴミくずだろうが。

それに珍しいこともあるだと!私がお前のことを殺したいほど憎んでいることを知っているだろうに、わざわざ煽るようにして口にするのは私を挑発しているのか!魔王様のことでなければお前となど合うことは一度としてないわ!


 占い師である彼女も私も同じ魔王様の側近として仕えているが、私の方が彼女よりも戦闘能力は何十、何百倍も上だ。側近同士、発言力は同等であると他ならぬ魔王様直々の御言葉であるから対等に話してやっているがその言葉がなかったら、いつ殺してしまっていてもおかしくはない。それほど彼女のことは嫌いだった。


 その憎しみが彼女の方が魔王様の役に立っているという劣等感から来るものだと気づくのはいつになるだろうか。魔王に心酔しているが故に魔王の一番役に立ちたいという思いと、その一番は他の誰にもない有益な力を持つ彼女が担っているという彼のなかでの認識が彼をこのような気持ちにさせているのだった。


 「いえ、先ほどの予言。にわかには信じられないものでした。今更あなたの力を疑うわけではありませんがあれは本当に起こるものなのでしょうか。」


 いくら憎んでいるといってもそこは大人と大人の会話である。彼は心の奥の気持ちを押し込めてにこやかに彼女に話しかける。


 「ええ。私の予言は絶対です。誰かがこの予言を変えようと行動を起こさない限り予言は確実に訪れます。」


 ニコニコとした笑顔から一転、占いのことになると誰もが好きな笑顔は真面目な顔に変わる。


 「ならば、魔王様が異世界人に殺されるという予言は…。」


 「魔王様がこのまま何の対策を練らない限りは殺されてしまうでしょうね。」


 聞きたくない言葉ではあったが彼女は予言に関しては嘘をつかない。少なくとも予言に関して嘘をついているところを彼は聞いたことがなかった。


 「ではっ!どうやったらその予言が外すことが出来るのかそれを教えなさい!」


 彼女との間合いを詰め、胸ぐらをつかみ挙げ、そう告げる彼。


 魔王様を救いたい一心でこのような暴挙に及んでしまう。憎んでいる彼女に対してもこのような行動をとったことは今までになく、すぐに彼は我に返り手を離す。


 目を丸くして驚いた様子の彼女は目をぱちくりとさせ驚いた表情を彼に見せた後、先ほどのように真面目な顔に戻り、


 「方法ですか。いくつか考えられますが、確実なのは異世界から来る“勇者”を勇者になる前に殺すことです。」


 それならば魔王様を殺す前に逆に殺す事が出来るはずです。と彼にそう告げた。


 勇者とは何でしょうか。勇敢な者のことを勇者と呼びますが、彼女の今の言葉にはそれだけではなくて何かもっと大事な他の意味がある気がします。


 そう思った彼は彼女に勇者とは何かについて聞くが、これ以上伝えることが出来ません。の一点張りで有益なことは何一つとして聞き出すことは出来なかった。

 こうなった彼女から聞き出すのは無理だと言うことを今までの関係から知っていた彼は、それ以上ここに居ても何も得ることはないと一言挨拶を告げ帰ろうとした。


 「まぁ。心配しなくても問題ないっすよ。魔王様なら。どうにかするでしょう。あんなやつ。」


 先ほどまでの彼による激しい言及が済んだため、油断した彼女はポロッと重要な言葉を漏らしてしまう。そしてそんな彼女の言葉を聞き逃す彼ではなかった。


 「ほう。やはりまだ何か隠していることがあるようですね。魔王様の命がかかっているのです。さっさと知っていることは吐いてくださいませんか。」


 失言をしてしまったと焦った顔をしてこの話は終わりと告げる彼女。しかし自身で情報を漏らしておいてそれはいかがなものかと追求する彼に対してついに根負けした彼女は自身に対して言い訳をしながらぽつりぽつりと語る。


 「まぁ、今回は他ならぬ魔王様の危機と言うことで特別にお伝えしまよ。自分で漏らしてしまった部分もありますし。えーっとですねぇ、こっちに来る勇者は勇者になる前はただのキモオタ引きニートで、転生してこっちへ来るんですよ。それからこっちに転生した後はイケメン勇者に生まれ変わって俺TUEEEのチーレムする予定なんですよ。だからそうなる前に、勇者が勇者になる前に、魔王様が殺してしまえば何も問題ありません。魔王様が殺されることはありません。」


 そういった彼女の言葉は彼には全くといって良いほど分からなかった。しかし彼女は真実を告げている。そして、勇者が勇者になる前に殺せ。これが重要なことである。それだけは分かった。

 言葉は少し違えど、魔王が考えていたかの異世界人を確実に殺す方法は、彼女が考える限りなく正解に近い方法だった。勿論側近である彼には魔王の心の内など読めていなかったので魔王がもう既に正解に近い方法を思いついていたとは露にも思っていない。


 「分かりました。いえ、あまり意味は分かりませんでしたが、何をするべきなのかはなんとなくではありますが分かりました。その点に関しては感謝を。」


 「いえ、魔王様が死んでしまうのは私にとっても困りますし、お互い様と言うことで。ただ、今私が言ったことを吹聴されるのは困っちゃうんっすよね。あなたに限ってそんなことはしないと信用していますが、もし仮に誰かに漏らしたりしたら、その時はあなたの血で償ってもらいますからねー。」


 軽い口調とは裏腹にその目は何よりも冷たい目をしていた。彼女のそんな目を見た彼は気づかないうちに冷や汗をかいていたことに気づく。珍しい能力を持つ占い師でしかないと思っていたが、魔王様のお気に入りである以上他にも何か彼女には秘密があるのかもしれない。


 しかし今はそれを探るべき時ではないと彼の第六感はそう告げていた。


 「魔王様の名において吹聴しないと誓いましょう。墓の中まで持って行きますよ。」


 彼はそう告げ、ここで得られる情報は大体得ることが出来たと、来たときと同じく一言挨拶をしてから彼女の部屋から退出した。


 彼女から聞いたことを魔王様に早速お伝えしなければ!!


 側近の彼はまた魔王の所へと足を運んだ。





 魔王城、魔王軍参謀本部大会議室。そこに魔王はいた。人間界にどう攻め入るのか、日々家臣達が会議しているその部屋は今、魔王一人だった。


 「魔王様。占い師より、先ほどの予言に関する情報を得てまいりましたので参上に上がりました。」


 「そうか。しかしその必要はない。」


 自身の命を脅かす未知の存在に関する情報なのにも関わらず、逡巡せずハッキリと言い切った魔王。側近の男は大いに困惑した。魔王が一体何を考えているのか。それが分からず彼は次の口を開けずにいた。


「もう既に計画は決まっている。あとは実行に移すのみよ。」


「な、なるほど。左様でございましたか。さすがは魔王様。聡明なる御方でございます。」


 今日魔王様に予言をお伝え申し上げてからまだ二時間と少し、それなのにもう計画を完成されていたとは。


 側近の男が魔王にさらなる尊敬の念を覚えていると魔王は付け加えていった。


 「異世界人が来る前に、その星に我自ら赴き、その者を始末する。」


 「!!」


 それはもしや先ほど占い師から聞いた魔王様が殺されない方法ではないか。“勇者が勇者になる前に”とはそういうことだったのか。


 「魔王様。才のない我が身には一つ質問がございます。どのようにしてそれを為すのでしょうか。」


 「お前にしては珍しく確かに愚問だな。そんなもの魔法によってに決まっているだろう。」


 魔法。それは魔族が魔族と言われる所以であり、魔王が魔王と呼ばれるになる要因にもなった。人間よりも強力な魔法を使うことが出来る魔族。そんな魔族のなかでも随一の魔法使いでもあった魔族の青年は今日において魔王と言われている。


 魔王様の魔法は世界を超えることすら可能なのか。


 底が見えない魔王の力に戦慄する側近の男。この御方が王で良かったと心からそう思った。


 「確かに愚問でございました。お許しください。」


 頭を下げ慇懃な態度を見せる側近の男。


 「許す。」


 そんな彼を見て魔王はそう告げた。


 「今回の件の対処は早ければ早いほど良い。今夜だ。今夜殺しに行く。」


 「はっ!」


 そう告げた魔王は椅子から立ち上がり会議室を後にしたのだった。





 その男は世間ではオタクと呼ばれる人物だった。

 アニメやゲームを愛し、二次元の嫁が何人もいた。もちろん戸籍上の嫁がいるわけではなくあくまでも彼の中でそう呼ばれているだけであったが。

そしてオタクの他にも彼にはもう一つ世間で一般的に知られている名前が存在していた。


ニート


それが彼だ。付け加えると彼は家に引きこもり、両親に寄生していた。年齢32歳。自他共に認める立派な引きニートであった。


そんな彼の口癖は、異世界転生して俺TUEEEして美少女ハーレムしてー。そんな非現実的で、あり得ない彼の口癖が誰もが信じられないことにあと数日の内に叶おうとしていた。   

 しかし、彼の転生するキッカケが母親との口論の末、血圧が上がり、それによって脳梗塞で死んだことによるものだとは神以外には占い師にしか知るよしはなかったが。


その日もいつもと変わらず彼の平穏な日々が終わろうとしていた。アニメを見て美少女達ヒロインの姿に癒されたのち、SNSで出来た顔も知らないオタク友達とアニメについてひとしきり語りあう。意気投合する話題があり、逆に意見が食い違いネット上で激しい論争を巻き起こしたりもした。そんな時間も彼にとっては楽しいものであり、変えがたいものだった。

親は時たまに働けと言ってくるがもうそれさえも慣れたものだった。こっちが高圧的、威圧的に出ればもうその日は何も言われない。それが良いことかは置いておいてこの家ではもう何年も繰り返されて来たことだった。


さて今日はもう寝るか。そう思ったそのときだった。突然自室にあるパソコンの電源が付く。しかしいつもの様にログイン画面には行かず、真っ白な画面だった。男は驚き、ベッドから文字通り飛び起きた。視線はパソコンにずっと固定されたまま、頭の中でこの原因を考えていた。


まさか頭がおかしくなったのか。こんな非現実的な事が起こるなんて。とりあえず電源を消しに行かないと。いやいや待てよ、どこかでこれと全く同じ状況をどこかで見たことがあるぞ…。そうだこれはあのアニメのシーンとそっくりじゃないか。パソコンの中から自分の描いた理想の少女が現実世界に飛び出してくるあれに。ならこのままにしておこう!まぁただのバグかなんかで電源が付いただけだとは思うが、万が一、億が一にも嫁が出てきたら優しく保護してあげなければならないじゃないか。


頭の中でこんな事を思いながら、しかし数分たっても何の変化も起きないのでやはり何かのバグだったかと密かに落胆しパソコンの電源を落とそうとしたそのときだった。


 画面から突如として手が出てきた。


男は驚いた。だがそれ以上にこの非現実的な状況を歓喜していた。


やはり俺の考えていたことは正しかったんだ!嫁が!嫁が画面から出てくる。一体誰だ。どの娘だっていい。何だったら俺の知らないアニメやゲームからの娘だっていい。だから早く!早く出てきてくれ!


そう思っていた男の中に少し違和感が生まれた気がした。しかし興奮状態にあった男はそれに目を向けなかった。目を向けたところで今更どうにかなる問題ではなかったが、まだそれでも、兆が一にも、正史通り異世界転生出来る可能性もあったかもしれない。それは神にしか分からない問題だが、男はその可能性を知らず知らずのうちに自ら手放した。


画面からいつでるか。今か今かと満面の笑みで待ち構える男。先ほど頭によぎった小さな違和感がもはや違和感では無くなったのは手だけではなく腕まで画面から出た時であった。


ちょっと待て。この腕、明らかに女のものじゃないぞ。それどころか人間かも怪しいじゃないか!


その腕を見て男の脳裏にイメージされたのはアニメやゲームの美少女キャラクターではなく実写ホラー映画のそれだった。


この既視感はアニメなんかじゃない!ホラー映画のそれじゃないか。テレビから這い出て、姿を見られた人を呪い殺す。そんな能力をもったやつが敵役の映画にそっくりだ!


本当に呪い殺されては堪らないと部屋から脱出を試みたそのときだった。パソコンから這い出た手は下のデスクに両手とも突き、そのまま一気に体全体が画面から出てきたのを確認してしまった。


 そして男は目撃してしまったのだ。まさに魔王のようなその姿を


 まず皮膚の色が違う。白人や黒人、自分が属する黄色人種は知っているがまさか青い色をした人間は見たことがない。髪色は白髪だが、男の見立てではそこまで年齢を重ねているようには見えなかった。あくまで男が知っている人間基準にはなるが。しかし顔立ちは特段人間と変わりないので恐らく間違ってはいないだろうと思われた。そして何より人間離れしたナニカが化け物から感じられた。逃げたいのにあまりの恐怖に腰が抜けて動けなかった。せめて目線だけでも離したかったのにそれすらもその化け物から発するナニカが目線を外すことを許さなかった。


 そして目があった。


 「ははっ!なんだお前は。こんな貧弱そうで肥満体の男がそうなのか?」


 もしや魔法が失敗したのか。そう呟いたのを男は確かに耳にした。

 男が驚いたことは明らかに普通の人間ではない化け物が人の言葉を、さらに付け加えると日本語を話した事だった。

漫画やラノベでよく見る翻訳魔法や何故か言葉が通じると言った様子ではなかった。本当に日本語だった。


 「お、お前は誰だ!」


 「お前が知る必要があるのか?」


やけに堂にはいった返答だった。その返答に男は確信した。言葉は通じる。ならば殺されずに済むかも知れない。そもそも殺す気があるのかはわからないが…。


 「わ、わかった。じゃぁ何も聞かない…。だけどこれだけは聞かせてくれ!何をしにここにきたんだ。」


男にとってこれは二つの意味を持った質問だった。この化け物は地球に何をしに来たのか。そして自分に何の目的があってここから出現したのか。自分に対して何の目的もないことを祈る男。

化け物はそれを聞いてよくぞ聞いてくれたと言うようにニヤリと嗤った。


 「いやなに、先ほどのは軽い冗談だ。気にするな。私のことは皆、魔王と呼ぶ。」


気軽に魔王と呼んでくれ。笑みを浮かべて魔王は言った。


 「そして我がここに来た理由だが…。」


魔王は勿体ぶって一度言葉を切り、男が聞く覚悟が出来たことを確認してから続けた。


 貴様を殺しに来たのだ!と。


その瞬間、魔王から溢れんばかりの殺気が男に向けられた。男は人生において殺気なんてものを向けられた事は一度として無かったがこれが殺気だと感覚で理解した。

先ほどまで腰を抜かしていたはずの男は自分がここまで動けるとは思いもよらないような速度で自分の部屋のドアを開けようと動き出した。しかしドアは開かなかった。カギなんて大層なものはこの築何十年も経つこの家には存在しないのに…。

そんな様子を面白がって見ていた魔王は、ドアを開けようと必死になっている男の後ろから肩を叩いて優しく語りかけてやった。


「まぁまぁ。そんなに焦らないでくれ。この空間は結界で覆っておいたのだ。他人の関与は期待出来んぞ。さぁ!焦らずゆっくりと殺し合おうではないか。」


その声に原始的な恐怖を感じた男は思わず魔王へ振り向いてしまい、そして後悔した。


 魔王は笑みを浮かべていた。


 言葉にするとただそれだけ。ただそれだけのことを見た男は失禁した。


 笑顔とは本来、攻撃的なものである。どこかのアニメで聞いたセリフ。それは正しかった、と黄色い液体を漏らしながら男は思っていた。


 魔王は一瞬表情を崩した後、再び笑みを浮かべていた。いや笑みではない。声を上げて笑っていた。


 「なんだそのざまは!ふはははは。私を笑い死にでもさせるつもりか。あぁ、確かにあれの予言は正しかった。危うく笑い死にしてしまうところだったわ。クソッ。こんな者が、こんな弱者が、いずれ私を屠るだと…。初めてあれの予言が外れたのではないか?信じられん。」


 屠る。つまりは殺すという意味。何の間違いだ。男はそう思った。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ!それは何かの間違いだ!俺はお前のことなんか知らないし、ましてや殺すつもりなんてない!」


 絶望的な状況にありながら、男にとって希望の芽が出た気がした。魔王の目的は自分の殺害。その理由がいずれ魔王を殺すからだと言うのならそんなつもりはないと丁寧に説明すれば殺すのは避けることが出来るかもしれない。


 そもそも俺は良くも悪くも引きこもりのニートだ。魔王となんて知り合う予定も殺り合う予定もない。


 「今の時点ではそうだろうな。だが間違いはない。お前はいつの日か我を殺す。なればこそ、芽は小さいうちに摘んでおかねばな。」


 お前を生かす気はない。そう言われたに等しい言葉だった。男に芽生えたわずかな希望は咲くこともなく摘まれてしまった。


 「しない!そんなことはしないと誓う!だから、だから許してくれぇぇぇ!」


 命がかかったこの状況。プライドも何も存在しない。男は魔王の足にしがみついて懇願した。それを見た魔王の変わり様は凄まじいものだった。


 「きさまぁ!我の足を汚したな。貴様の糞尿だらけの体で触るなぁ!」


 魔王は怒りの形相のまま、汚された足で男に蹴りを繰り出した。男はそのまま壁に激突、吐血してうずくまる。


 「軽い。まるで虫のような軽さだな。ヌスティアの人間でもここまで弱い者はそうそう居ないぞ。」


 男は魔王の独り言を聞きながら、どうにか生命活動を維持させようと浅い呼吸を繰り返していた。


 「どうした?このままだと死んでしまうぞ?」


 先ほどまでの怒りは男を蹴ったことで収まった様子で、今度は嘲笑しながら嬲るように優しく、優しく足で男を転がす。


 男は激痛のために満足に動くことが出来ず、魔王のされるがままだ。そんな様子を魔王は面白く思わなかった。


 もっと生に対して必死に足掻け!そこから生まれるわずかばかりの希望を我自ら刈り取るのが最高の遊びだというのに。


 魔王は愚者ではない。しかし魔王は暴君だった。そして残忍でもあった。


 「なんだ、まだ危機感が足りんようだな。今までのやつらはもっと死にものぐるいでかかってきたぞ!」


 魔王は左手で男の胸ぐらをつかんで無理矢理立たせる。男は抵抗しなかった。そんな男を見て魔王は舌打ちを一つ。


 「そこまで死にたいなら。死なせてやろう!」


 魔王は右手を振り上げてそのまま男に向かって一閃。男の左腕を切断した。そのまま左手を離して男を床に落とす。


 鋭い痛みが男の体を襲う。痛みに我慢が出来ず声をあげた。


 「痛い!いたい!いたい!いたい!いたい!」


 「なんだ、まだそんなに元気があるじゃないか。」


 男は魔王の言葉に答える余裕もなく、床を転げ回る。左腕があった場所から血が吹き出ているのもかまわずに叫びながら。


 そして魔王をにらみつけると殺気を飛ばす。


 「ごろじてやるぅ!ごろじてやるぅ!」


 魔王を殺すために立ち上がろうとするが、左腕がないためバランスが上手くとれず、中々立ち上がることが出来なかった。しかしどうにかして立ち上がるとそのままの勢いで魔王に残った右手で殴りかかった。


 魔王はあえて男の攻撃を避けなかった。しかし男の一撃は魔王に傷をつける事はおろかバランスを崩すことも出来ず、むしろ男の方は殴った勢いで床に倒れ込む。


 「いいぞ!やれば出来るじゃないか!」


 魔王は子供のような満面の笑みを浮かべると片足をあげて、うつぶせに倒れている男の右足の太ももの付け根を踏みつぶす。


 男が野太い悲鳴を上げる。


 意識したわけではなかったが半ば反射的に魔王の右足を掴んで離さなかった。

 先ほども足にしがみついたが、その意味は全く異なる。始めは命乞いの為に。そして今回は魔王に抗うために。同じ行為でも全く正反対の意味を持つものだった。

 しかし、悲しいことに男の行為は何も変化をもたらさなかった。


 「…。ここまでだな。まぁ、楽しめたぞ。」


 そう言うと魔王は左足を男の頭の上に乗せる。


 殺される。そう直感した男は最後の抵抗とばかりに足を退かそうと頭に力を込めるが、動くことはなかった。男に出来たのは首を回して、頭を地面に対して平行に、息を吸えるようにすることぐらいであった。


 「どう゛しでう゛ぉれをごろす!」


 男は泣いていた。


 「恨むならお前の運命を恨むんだな。」


 「どう゛じて!どう゛じて!」


 血を吐きながら、それでも殺気を魔王にぶつけることを止めることはなかった。


 「じゃあな。」


 魔王はそのまま男の頭を踏みつぶす。


 男は死んだ。


 糸が切れたのを感じた。


 「終わったか…。」


 終わってみればあっけなかったがそれなりに楽しめた。と魔王は思った。

 これで人間界に攻め入るに当たっての心配事が一つ減った。


 さて体も汚れてしまったことだ。ヌスティアに、魔王の城に帰るか。


 魔王は魔法を使い、自分の世界に、ヌスティアに帰るのだった。


 魔王が帰った後、その次の日に男の母親が息子の遺体を発見。警察に通報して捜査されるも結局犯人は見つからず、死体の損症具合から断じて自殺ではなく、残虐な性格の人物による他殺であることが濃厚であるにもかかわらず証拠が一切なかったことから、世紀の怪奇事件としてニュースになるのだった

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