第4話:歓迎会


「ただいま帰りました」


 男が管理人室で煙草を吸っていると、一人の少女が管理人室に入ってくる。

 大広間で何人もの少女が話を聞いて見に来て軽く相手にした後に、やっとたどり着いた管理人室でゆっくり出来ると思った矢先だった。

 流石に相手を確認するのも疲れる。


 入ってきた少女は艶のある漆黒の長い髪を、右サイドに纏めて白のリボンで結んでいる。落ち着きがあり、寮内で会った女子生徒達にはないものを感じさせる。

 清浄。

 その言葉が似合う少女だった。


 ただ、男からすればどうでもよく。背中を向けて軽く手を挙げて気づいていることをアピールする。


「新しい管理人きたんだって……って、男か!」


 次に、勢いよく管理人室にまた一人少女が入ってきて、男だと確認した瞬間に嫌そうな声をあげた。


 ボーイッシュ。その一言でその少女の外見が説明できそうなほど、元気で顔立ちのいい青少年を思い起こさせる、スポーツ万能そうな少女だった。


「ああ、おかえり、な」


 また人が増えた。

 吸っていた煙草を犯罪に使えそうなガラスの灰皿に捨てると、煙を逃がすため、窓を開けて換気し、少女達にあいさつを返す。


「新しい管理人さんですか? わた……」


 男の顔を見て少女の声が止まった。 

 窓を開けて少女の顔を見ていなかったが、驚かれたような気配を感じ取った。


 どうせ後に入ってきた少女と同じく後任が男だったことに驚いたのだろうと再度ため息をつく。

 前任はなにをやったのやら。


「ああ、永遠名とわな――」

「――カヤ……ちゃん?」


 『カヤ』と、名を呼ばれて少女を見る。


「……メイ、か……?」


 メイの姿を見て一気にカヤの脳裏に『思い出』がよぎった。


 まず始めに浮かんだのは致命傷を受けた女性を抱き起こす自分。

 そして――


(何で、避けなかったんだよ……)

(……あ、泣いてるね?)


 ぽたっと、女性の顔に水が落ちた。


(初めてだね。カヤ君が泣くところ……)


 口を開くたびに、女性の口元から血が零れ出す。


(私のためだけに泣いてくれてるんだ……。でも、私、もう、駄目だね……)

(馬鹿……やろう……)

(……私のこと、忘れちゃ、駄目だよ?)


 口元から血を零しながら、女性は笑みを浮かべ、血の気のひいた手で俺の頬に触れようとする。


(……メイのこと、よろしくね)


 頬にその手が触れることもなく。

 そして、女性は動かなくなった。


 ――嫌な思い出がカヤの脳裏を掠めていく。


「うん……お久しぶり……」


 その言葉に、カヤは現実に引き戻される。


「……約5年……だな」

「うん……」


 管理人室に重苦しい雰囲気が漂う。


「これ、メイの知り合い?」

「俺は、これ扱いか……」


 言葉使いの荒いもう一人の少女の言葉に、思わず言い返す。


「うん。カヤお兄ちゃん、近所のお兄ちゃんだったの」

「……へ~、近所のねぇ……だったら安心できそうだね」

「……何だ? 前の管理人は安心できなかったのか?」


 満面の笑みを浮かべる少女の言葉に、必要以上の意味が含まれているような気がし、思わず聞き返した。


「……風呂場とか、脱衣所とか、トイレとか、洗濯場とかに隠しカメラ仕掛ける人のこと、安心できるか?」

「ふ~ん」

「……」


 驚くと思っていたのか、平凡な興味なさげな答えが返ってきて、少女は無言になる。


「……ま、確かに安心できないな」


 少女の不満そうな反応を見て、言葉を付け加えておく。


「……普通、驚かない?」

「驚くって言われてもな……『俺』は、別に見られても恥ずかしくもないし。自分の身に降りかかってないから、そんなもんだろ」

「……そう言う問題?」

「そういう問題だな。考えてもみろ。そのカメラで撮った画像やら動画をネットで公開されるよりは、一人が己の欲求で鑑賞してると考えたら――」

「――どっちも嫌だ!」

「うむ。嫌だな」

「くすっ」


 これからヒートしていくであろう二人の会話に、メイが笑う。

 気づけば重々しい雰囲気は霧散していた。


「変わらないね、カヤちゃん……」

「お前も……変わりなし、か」

「……私は、変われません……」


 一瞬、寂しそうな表情が表に出たが、すぐにその表情は隠れて消える。

 そして、いまだ言い足りなさそうなもう一人の少女を連れ、礼儀正しく管理人室から出ていく。


「まだ、忘れられない、か……」


 カヤは呟き、煙草を一本吸い始めた。



・・

・・・

・・・・



「あ~、まあ…その、なんだ。殺人許可証所持者の永遠名とわなカヤだ。そこんとこよろしく」


 歓迎会が食堂で行われ、カヤの最初の自己紹介の言葉がそれだった。


「とわな? どう書くの?」

「終わることのないという意味の永遠に、名前の名、だ」

「珍しい名前。……カヤちゃんって呼ぶね」

「あのな……」

「カヤってどう書くの?」

「何才なの?」


 群がる少女達に聞かれ、一人一人に言葉を返す暇もない。


「そもそも! 許可証に驚けお前等! 言った俺が馬鹿みたいだろ!」

「わ、おじさんが怒った♪」

「誰がおじさんだ!」


 その言葉だけには反論できた。

 いろんな少女達の言葉の中で聞こえた言葉に言い返せた自分が、誇らしかった。


「これだけは、譲れないな」


 微笑を浮かべながら、自分を「おじさん」呼ばわりした少女を見る。


「じゃあ、管理人さん♪ メイの知り合いなんだってね。嬉しそうに教えてくれたよ♪」「変なこと聞いてないだろうな、茜」

「わっ! 何で名前知ってるのっ!」


 驚く顔が面白くて、思わず笑う。


「名簿見ればわかる。そんなことより誰でもいいから、頼むから驚いてくれ……そんな役をお前に任せる」

「聞いて驚いて♪ 私の彼氏が許可証所持者だからです♪」

「うお、所持者の彼女が一般の子なんて聞いたことねぇ。……って俺を驚かしてどうする」

「へへ~♪ 凄いでしょ。だからこの女子寮のみんなは許可証においては免疫がすでにあるの♪」

「いや、それはそれでどうかと思うんだが……」


 人を殺しても咎められない。

 表世界でも一般的に公開されているものではあるが、そんな表世界では非常識な許可証が、今この一般的でもある表世界の、それも女子寮の中で免疫あるということがとてつもなくおかしいと思う。


「それにね♪ 今日ここに呼んでるからもうすぐ来ると思うよ♪」

「……俺の知り合いじゃないだろうな」

「会ってからのお楽しみ♪」


 聞いて損した。

 そんなことは数秒で忘れてしまえと、カヤは煙草の吸えない状況下で溢れ出す煙草を吸いたい欲求をどう発散しようか考える。


「いた! おっさん! ちょっとこっちきなよ!」


 荒い言葉使いをする少女が、少女と少女の間から手招きしているのが見えた。


 赤阪望。先ほど管理人室を訪れた少女だと気づくのに時間はかからなかった。


「それだけじゃなくてね、望も許可証所持者だよ♪」


 茜の言葉にカヤの動きがぴしっと止まった。


「……は?」

「だから別に珍しくもないよ♪」


 許可証所持者のオンパレード。

そんなに安売りしてるのかと思うほど許可証所持者という言葉が出てくる。


「……ありえねぇ……」


 そう呟きながら望を探す。

 望は周りを自分より低学年であろう少女達に囲まれながら笑いあっている。やはり低学年の女の子に人気があるらしい。


「あ~……もしかして前の管理人を追い出したのも望か?」

「あ、前の管理人のこと聞いたの?」

「さっき望が言ってた」

「そうだよ、おかげで安心安心♪」

「俺も追い出されないようにしないとな」


 その前に報復とか考えてなさそうだが、アフターケアはちゃんとしたのだろうか。

 ……いや、今は考えるのはよそう。

 一瞬仕事モードな考えがよぎった自分を戒める。 


「おじさんも仕掛ける気満々なの!?」

「誰がおじさんだっ! って言うか仕掛ける気なんぞあるかっ!」


 ぱこんっと茜の頭を殴るといい音が響いた。

 その音に気づいて望がカヤに手を振る。


「おっさ~ん」

「あ~、今行く」


 とりあえず少女達の囲いから逃げるため望のほうへと避難しよう。

 あそこなら周りは望に向かうだろう。


「おっさんならいいの?」


 移動しようとするカヤの後についてきた茜が、叩かれた後頭部を擦りながら聞いてくる。

 後ろを振り向けばぞろぞろと少女達がついてきていた。


「……お前に言われると、なんか殴りたくなる」

「不公平! それ、絶対に不公平!」

「不公平もくそもあるか!」

「お兄ちゃん!」


 そんな声とともに、がしっと急に背後から抱きつかれた。


「あのなぁ~。なぜ抱きつく……」


 脱力しながら周りを見渡すと、大勢の少女達が楽しそうに話している。

 50人もいれば流石に騒がしい。


 抱きついてきた少女を軽く持ち上げて背中から離す。

 香月美冬。カヤが螺旋状の階段を登っていた時に出会った少女だった。


「ここ、落ち着くんだもん!」

「茜に抱きつけ」


 横にいる茜を指差すと、茜も自分を指差して驚く。


「茜ちゃんは悪戯するから、だめ~」

「他に抱きつけ」

「いつも抱きついてる~」

「……そうなのか?」

「抱きつかれてるね」


 また再度周りを囲む少女達に聞くと揃った答えが返ってきた。

 いや、囲まれると歩きにくいのだが……。


「つまり、お兄ちゃんに抱きつくのだよ」


 そう言うと、また美冬は背中に抱きついてくる。

 何を言っても無駄な気配が漂っていて素直に諦めた。

 ため息をつきながら、持っていたジュースの入ったカップを落ちないように口に挟むと美冬を背負い歩き出す。


 望の元に辿り着くまでの障害物はあまりにも多く。


 歓迎会は時間とともに過ぎていく。

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