店主の日常─② 南沙諸島海戦の真実

#17 店主の日常─②

 時は9月20日午後15時。


 中国雲南省楚雄市にあるバー『喝光』の店主オーナーヤンはいつもと同じようにテレビを見ていた。


 店に客の姿はいない。昼酒常連の1人であるワンも最近は忙しいらしく、ここ数日15時になっても来る気配はない。無論今日もだ。だから、テレビを見ているのである。


 そのテレビにはS.A.T.Oとの全面戦争(この戦争は極東戦争とも呼ばれていた)についての近況─南沙諸島海戦での惨敗、フィリピン上陸作戦の成功、高麗の中国側参戦、日米の参戦など─を事細かく正確にフリップなどを使い説明していた。


 中国当局は初め、情報統制をおこなっていた。しかし、世界の情報網には耐えられず敗北等の情報を隠さず公表することに変えたらしい。


 だが、ヤンはそれをさほど気にしていなかった。中国がそういうものだというのは昔から知っていたし、それが少し改善したところで戦争をしてあるという事実は変わらない。


 ヤンが気にしていたのは店にどれだけ客が入るかということであり、いかに儲けが発生し、来月の生活を維持していくかであった。


 現に、戦争が始まってからの1ヶ月で利益が2割以上下がっている。加えて、税が高くなったことで懐に入る金が減っているのだ。


 戦争は急速に技術を発展させる。いつかきた客が言っていた言葉だ。戦争に勝つために国は技術を高める。相手よりももっと高く、確実に屈服させることができるように。だがそれは代償に国民を喰らう。技術屋は儲かるかもしれないが、末端市民はただ、税によって金が巻き上げられるだけだ。物価は上がり、にも関わらず、軍が、国が、食料を攫っていく。


 新たな働き口でも見つけて働くか……しかし、中年の男が新たに働けるところなど……。


 ヤンは頭を振った。嫌なことは考えたくない。過去は振り返らないと決めたのだ。


 だが、過去が自分を追いかけ、向こうから覗いてくることは避けられない、とヤンは考えていた。その場合、自分は過去と向き合わなければならない。


 そんなことをぼんやりと考えながら、テレビを眺めていると、外から何かが入ってくる音がした。


 ヤンは外から来た何かを視認した。それは人の形をしていて、やつれた顔をした中年男性、彼はスーツを着ていた。


 客であった。それも、ただの客ではない。招かれざれど友好なる自分の過去が入ってきたのだ。


「久しぶりだな、ヤン。呼和浩特号事件以来か。元気にしていたか」


「ああ元気だよ、リー。あんたこそ元気だったかい」


 過去と向かい合うときがもう来たのだ。

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