#16 本当の戦い

「……400高地包囲戦では開始から夜明けまでの数時間で、我々は直接包囲していた装甲歩兵部隊の約2割を失う大損害を負った。強力な通信妨害を受ける中、反扇状に包囲していた両翼が、坑道から出現した敵の白兵戦部隊に強襲されて出た被害だ。しかし、君たち、通称ジェイコブ中隊のa小隊が中心となって被害を食い止めた。実にありがたいことだ。君たちのおかげで坑道も見つかり明日にも400高地は落とせそうだ。」


 アクサイチン攻勢の司令塔、ドゥルーブ中将はそこで言葉を切り、コーヒーを啜った。画面越しではそのコーヒーの芳醇な香りは分からない。


 あれから1ヶ月がたった今日、ジェイコブらは一度前線を離れ、後方にある陣地にいた。彼はそこにある通信設備が整えられた車でドゥルーブ中将と話をしていた。ジェイコブは近場にあった書類に肘をかけていたが、それを気にせず中将が続ける。


「400高地など局地戦では我が軍は未だ優勢を保てている。だがアクサイチン全体の戦況としてみれば、戦線は膠着し、戦略目標のレアメタル採掘場は防衛線が完成してしまい落とせていない。局地戦略として負けていることは個人としては惜しいが、戦争戦略的にはこちらが勝っている。膠着しているとはつまり敵がこちらに尽力しているということだ。9月に入ってきてから宣戦布告してきたパキスタンもカシミールに食いついている。そのおかげかベトナム方面の戦力は増えていないと聞く」


 中将は画面越しのジェイコブに目を向けず、淡々と回りくどく今までの戦況を話し続けている。


「9月4日から行われた南沙諸島海戦でS.A.T.Oは多くの犠牲を出しつつも、南沙諸島を奪取した。これにより中国海軍の活動領域は西沙諸島まで後退した。だがしかし、上海協力機構加盟国高麗によるベトナム行き日本輸送艦の撃沈に伴う日米参戦。これらにより制海権および全体の戦争図は我々が予測していたより大きく異なったものになった。戦争などの段階においても核の総量比が変わらず相互確証破壊にのっとり、核戦争になっていないのが奇跡だ。ルソン島奪還作戦が終了次第という流動的状況のため明確な時間は決まっていないが、今から約2ヶ月後の11月20日、インド海軍の空母艦隊を主力とするS.A.T.O連合海軍は西沙諸島侵攻作戦を実施する予定らしい」


 中将はまるで友人のデートの約束を他人に話すかのような口ぶりでさらっと重要な作戦を話した。


「……それで、このアクサイチン方面の一中隊長に何がおっしゃりたいんです?」


「S.A.T.Oの各軍から現在、兵の引き抜きが行われている。S.A.T.O軍部直属の旅団戦闘団をつくるらしい」


「……ほう」


 ジェイコブは驚きを隠せず片眉を釣り上げ、口を結んだ。


 S.A.T.O軍部直属の部隊か、面白そうだな。しかしなぜ今更……。


「なぜ今更と思っているだろう。私にも分からん。ただ、S.A.T.O総合参謀長であるアールシュ大将の発言で全てが決まったそうだ。あの人のことだ、何か意図があるのだろう。……それで、だ。ジェイコブ君、アクサイチン攻勢において優秀な戦績を残している君の指揮下の部隊に召集がかかった。北方コマンド 14軍団 第8山岳師団 第1歩兵戦闘団 第24装甲歩兵連隊 第1大隊 第101中隊、通称ジェイコブ中隊は本日付で第11旅団戦闘団へ異動とする」


「はっ」


 ジェイコブは敬礼しそれに応えた。


「ジェイコブ君、君は指揮をするよりも自ら戦地に赴く方がいいのかね」


「後者の方がいいですが、誰かの指揮下に入るのは御免です」


 ジェイコブは自らの気持ちをきっぱりと答えた。


「……わかった。おそらく上の人間はそれを知っていたようだ。君は戦闘団の装甲歩兵大隊の長となる。階級は中佐のままだが、今までがおかしかっただけでこれで整合が取れる。大隊長になるが、戦闘参加は君の裁量に任せる」


「随分と待遇がいいですね」


「それだけ期待しているということだろう。息子を、アンシュを頼むよ」


 中将は今までの荘厳な雰囲気から一転し、どこか照れくさそうな顔をした。


「やはり息子さんでしたか」


「ああ、アンシュには七光りなどと思われたくないがね、彼も一緒に連れて行ってくれ。というより、そういう指示なのだがな」


 中将は軽く、はは、と笑い、再び元の雰囲気に戻した。


「さて、そんなわけだ。それに伴い新たな機体に変わる。あとで確認しておいてくれ。最初の任務は最低でも1ヶ月だろう。それまで、ほかの隊員と訓練に励んでくれ。資料は送った。明日、そちらに輸送機をやる。それに乗って戦闘団の基地に行くんだ。では、元気にやってくれ。以上だ」


 一方的に話を畳み、中将は通信を切った。


 ジェイコブは横を向いた。そこには膝掛けにしていた分厚い書類。これがおそらく中将が言っていた隊員の資料なのだろう。


「書類に目を通すのは苦手なんだがなぁ」


 思わず愚痴をこぼす。


 まあいい、とりあえずはアンシュたちに異動のことを伝えよう。そして、長旅になるであろう輸送機での旅路で書類を読もう。そう決めたジェイコブであった。


 今までは前哨戦に過ぎない。これまでの戦闘は正直飽き飽きしていた。ずっと同じ戦場で戦い続けてきた。しかし、どうだ。これからはおそらく転戦に次ぐ転戦になるだろう。こんなに楽しいことはない。俺にとっての本当の戦いはこれから始まる。

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