#13 疑問と定例

すでに戦闘が地上戦に移ってから2時間が経過したが、未だ戦況は膠着している。いたるところで砂煙が舞い、撃たれ千切れたヒューマーが倒れ、高地は味方による砲撃と銃撃と爆撃とで地形を変え、両陣営の兵士の肉や血潮と機体から漏れ出た燃料やオイルで、アクサイチンの大地は黒く染まっていた。だが、兵士たちがその色を視覚的に捉えるのは日が昇ってからであろう。


しかし、そのような状況であっても未だ敵の衰えを感じない。むしろ、勢力が増しているようにも思えた。


「何か変だな」


ジェイコブは機体を岩陰に身を隠しつつ、一旦敵の銃撃が止んだのを確認して自身が抱く違和感を呟いた。


『というのは?』


どうやらジェイコブの声は無線に乗っていたらしく、アンシュが聞いてきた。


「ん?ああ、もう400高地での戦闘が始まって2時間を過ぎている。俺たちはそこに砲爆撃を加えた。夜間で狙いが甘いとはいえかなりの量をな。にも関わらずだ。敵さんはまだ元気よく反撃してくる。400高地の対空陣地制圧、かつ高地駐留部隊の包囲牽制が目的とはいえこれはあまりよくない。それに、敵の航空部隊が沈黙しているのも変だ。ここから近いところは…ウイグルのホータン空港か?30分もかからずに来れるだろうが。夜戦が出来ねぇわけでもないのに何してやがる」


ジェイコブは語尾を強めながら自身の違和感を吐き出した。


『なるほど、言われてみればそうですね。航空部隊のことはわからないですけど、もしかして高地からの反撃自体がむしろ陽動で、どこからか坑道を伝って出てきて我々を殲滅しようとしてたりなんてことはあるんでしょうか』


アンシュが答えた。無線だから表情はわからないが口調から恐らく真面目な顔をして言っているのだろう。


『へぇ、これまた不吉で面白い冗談を言いますね、隊長』


a小隊員の一人、チャドがそれを茶化した。彼は32歳、曹長である。24歳の尉官、少尉であるアンシュより立場こそ下であるが実年齢的にも戦歴としてもアンシュより無論上である。そのため、必要最低限の礼節をもってアンシュを後輩(事実、後輩ともいえるのだが)のようにからかう。つまるところを可愛がっている。


アンシュ曰くそれが許されるような雰囲気を持つのも101中隊、ジェイコブ中隊の良いところらしい。


「言い得て妙かもな。400高地、基地とも繋がってるかもな。こりゃ厄介だ。もし背後を取るつもりなら、俺たちは包囲されて袋叩きにあう。チャド、お前も少しはアンシュを見習ったらどうだ?」


『おお、それはいい考えですね。頭の端に置いておきます。端にね』


無線に、乾いた暗めの笑い声が広がった。この流れはa小隊、特にジェイコブとチャドのお決まりの流れである。というのも、ジェイコブは自身隷下の小隊が無く、a小隊として戦闘を行っているため交流が多いのだ。


『それは置いておくとして、仮に我々が知り得ない坑道の説が本当だとして、それはどこにあるんでしょう』


アンシュが話を戻し、ジェイコブがそれについて考えにふけようとしたとき、再び敵の銃撃が始まった。


『……っ、くそ!夜は大人しく寝てろっての‼︎』


チャドが嫌味を叫びながら岩陰から反撃する。


「何度も言うが敵のマズルフラッシュを見逃すな。熱源捕捉も徹底し、必要最低限撃て。無駄撃ちは敵からの発見を容易にするぞ」


『そうは言ったって消炎制退器付きじゃほとんど見えないんですよね』


消炎制退器は、フラッシュサプレッサーとマズルブレーキを一体化させたもので発火炎マズルフラッシュと反動の抑制を担うものだ。現代ではこれをつけるのが予算が許す限り一般的である。


「お前なら余裕だろうよ……」


ジェイコブは敵に狙いを定めつつ片手間に言った。


『余裕なわけないでしょ。あなたとは違うんですよ、っと』


そう言いつつも、チャドは遥か遠く自分より高い位置のヒューマーの頭部を撃ち抜いた。


『す、すごい。一撃で……』


アンシュが感嘆の声をあげた。彼も撃ってはいたのだが、なかなか当たらずにいた。


「センサーだけ持っていったって生きてるけどな」


『胴体なんか丘陵越しなんだから当たらないんですよ』


『そろそろうるさいぞ、チャド』


ふいに低く渋い声が無線に流れた。


「お、レイノルドに怒られるとはなかなかだな」


『緘黙のレイノルドに怒られちゃったら黙ってるしかないなぁ』


『……小隊長、同士討ちフレンドリーファイアの許可を』


『……ダメ、かな』


『……わかりました』


『おお怖かった』


チャドが冗談めかして言った。もちろん敵を探しながら。


『喧嘩はやめて。仲間が死ぬのは嫌なので』


次に無線に流れたのは女性の声。


『お、さすがは紅一点カイラ。優しい──』


『小隊長、同士討ちフレンドリーファイアの許可を』


カイラがチャドの言葉に間髪いれず許可を求めた。


『ダメだってば』


アンシュが呆れたように言った。その言葉にはさっきまでのような変な硬さは感じられなかった。


そろそろだな。小隊の無線を聞いていたジェイコブは心の中で呟いた。


「お前らそろそろ頼むぜ。少しでも上の連中の頭数減らしておけよ。アンシュの嫌な予感が当たりそうな気がしてきた」


『了解』


中隊からの引き締まった返事が返ってきた。


夜はまだ明けない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る