第16話 魔人の眷族



 遺跡へと踏み込んだ二人が最初に見たのはゴブリンの死体だ。それも入り口付近に折り重なるように倒れている。まるでそこから先に行きたいのに行けないもどかしさをあらわすように手を入口へと伸ばしていた。そしてこのゴブリンは刃物で斬られた痕ではなく、熊か何かに齧られたような痕があった。

 不審に思ったメルが、足元に転がっている石を拾って死体に向かって投げる。すると石は壁に弾かれたように跳ね返って、メルの足元に転がった。


「なんですあれ?」


「結界よ。こういう遺跡だと稀に見かけるわ。ここの遺跡はまだ生きてるって事ね。だとすると、ちょっとこれは遊びで済まないわよ」


 師の纏う雰囲気がただならぬ様相になるのをレーベは肌で感じた。どうやらゴブリン討伐や人探しで終わるような依頼ではないらしい。彼女は竜牙兵を一体生成し、さらに目の前の結界を魔法で解呪してからレーベと共に中に入る。

 結界は一度開いたが、再びじわじわと穴を塞ぎ始めた。


「一度穴を空けても再度塞ぐ…ね。余程この中の物が大事という事よ。中にある物を出したくないのか、外から誰も来てほしくないのかは分からないけど」


 レーベは緊張から背筋に汗がじっとりと滲む感覚を味わう。イグニスドレイクに挑んだ時に感じた感覚に近いが、遺跡の中という閉鎖的な空間が合わさってより研ぎ澄まされるような気分だ。

 一行は先頭に竜牙兵、真ん中にメル、そして最後尾にレーベの順で探索を開始した。

 一階部分は所々崩れた壁から日が差し込んで視界は良好だ。所々にゴブリンの死体があり、争った形跡もある。一体ずつ調べるのは手間なので放って置く。

 一階部分はさして広くないのでそれほど時間は掛からない。あちこち調べた結果、大した事は分からなかったが、一番奥に地下への階段を見つけ、降りてみる事にした。

 地下に降りると、不思議な事に明るい。それも松明のような光源と違って、壁に太陽の光が埋め込まれているような不思議な明かりが無数にある。おかげで地下全体が明るく、メルの魔法の灯りは要らない。


「古代文明の産物でしょうね。何百年も前に遺失してしまった技術の一つよ。こんな生きてる遺跡が見つかったら、とっくに国中が大騒ぎしてるでしょうから、今まで休眠していたのが何らかの理由で目覚めたという事よ」


 メル曰く、ここの壁の灯り一つでも持って帰ればギルドが金貨百枚で買い取るだろうと。それこそ遺跡全体の情報なら領地を与えられて貴族として取り立てられてもおかしくないらしい。フラウ山とは違った意味でここは宝の山なのだ。

 金に執着心の無いレーベでもどういう原理でこの照明が動いているのか気になり、廊下を歩きながら仕事が終わったら一つ持って帰りたいと師に話していた時、かすかに何か動物の鳴き声がしたように思えた。メルもそれに気付いてすぐさま臨戦態勢をとる。

 鳴き声は聞こえなくなったが、代わりに肌を刺す悪寒は徐々に強くなる。二人の居る廊下の先、突き当りの曲がり角。レーベには悪寒の元凶があそこから来る確信があった。


「GURRRRRRR!」


 唸り声と共に曲がり角からナニかが二つ、レーベ達に向かって突撃する。


「ストーンショット!」


 レーベと竜牙兵の後ろから無数の石の礫が発射される。メルの魔法は狭い廊下の全面を覆い隠すほどの圧倒的な面の暴力だった。飛び掛かろうとした二体のナニかは迎撃されて地面を跳ねて転がるが、大した怪我は負っていないらしく、すぐさま起き上がった。

 二体はこちらを警戒し、威嚇する。それは細身の大型犬のような体躯だが、体毛は一本も生えていない。それどころか皮膚すらなく、露出した筋組織と全身に浮き上がる脈打つ血管がグロテスクさを強調している。さらに頭部には鋭い棘が何本も生え、長く二又に別れた尻尾は蛇の舌のようだ。魔法生物のように思えるが、レーベが今まで見た中でも断トツで禍々しい。


「ッ!!こいつ、ヘルハウンドよ!弱点は火!氷の息を吐くから盾に身を隠しながら戦いなさい!」


 メルの言葉に触発されたのか、ヘルハウンドと呼ばれた二頭の犬は大きく息を吸い込み、氷の混じった息をレーベと竜牙兵に吐きかけた。

 レーベは咄嗟に火鱗の盾を前方に掲げて氷の息を防ぐ。大部分は盾が防いでくれるが、所々氷が身体にぶつかる。竜牙兵は元から骨なので気にせず突撃してヘルハウンドを斬りつけた。レーベの方もずっと息を吐いているわけにはいかず、氷の息が途切れた所で猛然と走り、一気に敵との距離を詰めて盾で殴りつけ、怯んだところをミスリルの剣で顔を斬り裂いた。

 痛覚はあるのか、剣で顔を斬られた敵は怯みながらも咆哮を上げて飛び掛かる。レーベは盾で防ぎつつも、圧し掛かられて仰向けに倒れるが、冷静に横腹に剣を深々と刺した。敵は痛みで暴れて滅茶苦茶に氷の息をまき散らし、手が付けられない。剣も腹に刺さったままで、レーベの手には無い。彼は咄嗟に予備の赤い短刀を引き抜いて、さらに横腹に刺した。火属性の剣が致命傷になったのか、ヘルハウンドは痙攣して氷の息を吐かなくなった。抵抗しない敵の身体を押しのけて立ち上がり、もう一体を警戒するが、あちらもほぼ終わりかけていた。

 竜牙兵は多少の損傷など気にせず、盾で敵を壁際に追い込んで、押し潰すように動きを止めて、剣で滅多刺しにしていた。レーベは少しヘルハウンドを気の毒に思った。

 取り敢えずの危機は去ったと判断したレーベは、まだ痙攣している敵の身体からミスリルの剣を引き抜いて、首を切り落とした。もしかしたら瀕死でも飛び掛かって来るかもしれないという警戒から来る行動だった。そしてもう一本の剣を引き抜いて血を払う。


「先生、こいつらを知ってるんですか?」


「図鑑で見た事があるだけよ、現物を見るのは初めて。これ、魔神戦争の時の魔人の番犬よ」


「まじっ……魔神戦争ですって!?あのおとぎ話の!?」


「おとぎ話じゃないわよ。少なくとも魔神は本当にいて、この世界を荒らし回ったのは事実。でも魔神は追い返されて、配下の魔人も悉く討ち取られたって古文書には書いてあったけど、何でこいつらが居るのかしらね?」


 驚くレーベにメルは訂正を入れる。

 魔神戦争とは今から四百年も昔に起きたとされる伝説の戦いである。この世界とは異なる魔界ないし冥界と呼ばれる異世界より、魔神が軍勢を率いて侵攻した時、全ての人々と多くの亜人、そしてドラゴンまでもが協力して撃退したと言われている。

 レーベはこの話を幾度となく寝物語に聞かされて育った。だが、現在は多くの者はこの話をただの創作か、当時あった戦争が誇張されておとぎ話になったと信じている。かく言うレーベも魔神などと言う存在はあまり信じていない。何となく亜人の一種との戦争ではないかと勝手に思っていた。少なくともこの時までは。

 いるはずの無い魔人の眷族の姿にメルは考え込んだが現段階では何も分からなかった。やむを得ず、二人は調査を続行した。


 地下一階は地上部分と違ってかなり広い。それとそこかしこにゴブリンの腐乱死体や汚物が転がって相当に臭い。今は冬だが屋内の地下は外より暖かいので、発酵と腐乱が進みやすいのだろう。

 臭いのを我慢しながら探索を続ける二人は、そこで気になる物を見つけた。それは人間の服と思わしき布の残骸とチェインメイルだった。さらに近くにはまだ肉の付いた沢山の骨が散らばっている。どれも大きさから人間の物に見えた。


「これ、もしかして先に潜った冒険者のものでしょうか?」


「可能性はあるわ。肉の腐敗具合からして六~七日ぐらい?ちょっと聞いてみましょう」


 聞く?いったい何を聞くのか?疑問符で頭がいっぱいのレーベを無視してメルは何かの呪文を唱え、転がっている骨へ杖を向けた。

 すると骨はカタカタと動き出し、青白い半透明の火の玉のような光が浮き上がる。それは以前、共同墓地で見た鎮魂の光景によく似ていた。


『だれだ?誰が俺に語り掛けているんだ?』


「私よ。貴方はなぜここに居て、どうして骨になっているのか教えて」


『俺は第九級の冒険者だったが、ゴブリン共に不覚を取って死んだ。あちこちに隠れていたあいつらに頭を殴られて殺されて食われた』


 どうやらこの骨は最初に依頼を受けた冒険者の物。そしてレーベは師が死者の魂と話せるを初めて知った。彼女は死人に口無しが通じない相手なのだ。


「そう。それと貴方は大きな犬を見たかしら?頭に棘が生えている犬なんだけど。他にもゴブリン以外に何か見た?」


『知らない。俺はクソゴブリンしか見ていない。でも、俺達が食われてから、あのクソ共が妙に騒がしくしていたのは知っている』


 つまり、最初にここに来た第十と第九の冒険者が食われた後に、あのヘルハウンドが現れたと考えれば矛盾は無い。地上の入り口に重なっていたゴブリンはあの犬から逃げとして、結界が張ってあり逃げられずに殺されたのだろう。

 これ以上は何も情報を聞けなかったメルは冒険者の魂を天に還した。そしてもう一人の骨も探して魂に聞いてみたが、こちらも収穫は無く、同様に魂を天に還した。

 結局あちこち歩き回ったが、これ以上の収穫は見込めず、途中で見つけた降りる階段を使ってさらに下へと降りる事になった。


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