第15話 探索依頼



 レーベが第十級から第九級冒険者に昇級してから一月が経った。晩秋から初冬までの季節の移り変わる時間が経ったが、彼について特筆すべき事はそう多くない。

 『黒魔女』『死霊術の死神』―――第二級冒険者メルの弟子として、時にモンスター討伐の依頼を受け、アトリエで調合をし、野においては様々な植物や魔法生物から素材を採集する生活を送っていた。

 勿論一番最初に取り交わした契約は遵守して、ほぼ毎日レーベは自らの精子を提供し続けている。思春期真っ盛りの14歳には大きな負担と言えないが、精神面では色々と蓄積される物もある。

 見た目は美女の師匠と毎日顔を突き合わせて、何気ないスキンシップも数え切れないほどにある。調合中に付きっ切りで身体を密着させて材料の砕き方や釜の混ぜ方を教わり、褒める時にも女性的な匂いを漂わせ、ローブから時折見えてしまう首筋などにも目が動いてしまう。酷い時は風呂上がりの湯気を立たせた艶姿を見せつけられる。勿論服を着ていても、その色気は少しも衰えない。それどころか裸より艶があって、大抵その日の夜は滾って発散するのに力がこもってしまう。それらが計算通りなら年端もいかない少年を弄ぶ、正しく魔女としか言えなかった。向こうからすればわざわざ性欲処理に協力しているのだから、文句を言われる筋合いはないと言うつもりなのだろうか。

 ただ、彼女の教えは極めて有用であり、かつ彼女の監督下の元で安全に討伐依頼を遂行出来るのは、パーティを組めなかったレーベにとって大きな強みだ。それが無ければオークどころかゴブリンの一団でさえ倒し切れるか分からず、泣く泣く実家に帰るか、困窮の末に餓死する未来とてあったかもしれない。そこは感謝しきれないほどに感謝している。

 そして今日、一月前に製作を頼んだ武具を引き取りに行く。



 雪がちらつき、誰もが防寒具を纏うマイスの街。武器工房は外の寒さとは無縁の炉の熱で汗が滲むほどだ。店主のボルボに二人は挨拶をすると、彼は注文の品と言ってぶっきらぼうに赤い盾と剣を差し出した。

 それを見たレーベは感嘆の息を吐く。やや小ぶりのラウンドシールドは表面にびっしりとイグニスドレイクの赤い鱗が張り付けられており、まるで壁画に描かれたドラゴンの身体を思わせる。よく見れば鱗の隙間には火吹き山羊の革が張られている。裏側には切り取った山羊の赤い毛が無数に貼ってあり、金属製の取っ手と二本のバンドが取り付けられている。これで手に持つ事も、腕に装着する事も出来る。実際に手に取って腕に嵌めてみると、かなり軽くて扱いやすい。これで鉄と同等の強度を誇るのだから魔法生物は恐ろしい。

 そして三本の内で一番長い短剣を鞘から引き抜き、出来を確かめる。剣は赤黒く、金属の光沢と違い、滑らかな質感でありながら、強い生命力に溢れた光を放っている。元が角を削って磨いただけなのでやや反りがあるが、それが艶めかしさと禍々しさを強調している。残り二つの短い短剣も、もう一本と同様に艶めかしい光沢を放っていた。どれも非常に軽いが切れ味は申し分なさそうだ。


「凄い」


「素材が良いからの。これならドラゴンのブレスでもある程度耐えられるじゃろうし鱗も貫けるぞ。肩が凝ったが、久しぶりに身の入った仕事が出来たわ」


「高い代金払ってるのなら当然ね」


 素直に称賛するレーベと違ってメルは出来て当たり前と言い切る。店主の老人ボルボはそのどちらにもニカっと笑って気にしない。

 短剣を差す革製のベルトも追加で購入して、老店主に礼を言って店を出たレーベの足取りは軽い。さっそく新装備を試してみたいという気持ちで胸が一杯だった。そんな子供のような弟子を見て、メルは溜息を吐いて後に続いた。



 冒険者ギルドは相も変わらず盛況である。冒険者達は今日もおなじみのゴブリンやオーク討伐の依頼を受けている者もいれば、餌の乏しい冬場に山から下りてくる獰猛なヒグマ退治を請け負う者や、冷たい水辺のゼリーを相手取る者もいる。武器の受け取りに時間を取られてしまい少し出遅れてしまったが、まだまだ依頼は数多く張り出されている。

 その依頼票を見に行こうとした二人だったが、その前にギルドの受付嬢が近づいて来た。彼女はなにやら深刻そうな顔をしている。メルはその時点で何かトラブルでもあったと経験から感付いた。


「実は第二級のメルさんに緊急の依頼があります。ギルドから強制は出来ませんが、可能ならお願いしたいと上からの要請です」


「つまり、多少の無理は聞いてやる、それと高い報酬は用意するからやれって事ね」


 メルは受付嬢をじっと見つめる。決して非難するような視線ではないが、遠回しの命令と言う形が少々気に入らないので、自然と目元がきつくなる。それを肌で感じた受付嬢は泣きそうになりながらも、自分の職務を全うしようと己を奮い立たせる。


「あうう。ですが、本当に拙い事になるかも知れないんです。今動ける第三級以上はメルさんだけでして……」


「嫌だと言ってるわけじゃないわよ。取り敢えず話してみなさい」


 話すら聞いてもらえないと思っていた受付嬢は、どうにかなりそうだと思って一転して目を輝かせた。


 事の起こりは街から東に歩いて半日の、森の奥にある古い遺跡での事だ。そこはかなり昔から近隣の村人やギルドにも知られている遺跡で、何年かに一度ゴブリンやオークの巣に使われる程度のよくある物でしかない。

 何日か前にギルドに依頼があった時も、ゴブリンがアジトにしているので退治してほしいと村人が頼みに来たので、第九級と第十級の二人組を派遣した。しかし三日経っても一向に音沙汰が無く、仕方なく素行不良で降格寸前の第六級の冒険者三人組に評価を上げる対価に様子を見に行かせた。所がそれも帰ってくる様子すらない。

 これはもうただ事ではないとギルドの上層部も重く見て、さらに上の冒険者を派遣する事を今朝決定した。


「ふーん、それが私と言う訳ね。遺跡、遺跡か。古い物だし古代の仕掛けでも発動して閉じ込められたのかしらね」


「それは現地に行ってみないと何とも。ギルド長はこういう事はメルさんが一番詳しいと言ってまして…あの、受けて頂けますか?」


「報酬は後でいいけど、ギルド長には貸し一つと言っておきなさい。私達は一度家に帰って準備してくるわ。行くわよ坊や」


「ありがとうございます、ありがとうございます!!おかげで譴責から逃れられます!」


 必死に頭を下げる受付嬢の悲壮さがギルドの厳しさを物語っていた。命懸けの冒険者稼業もギルドの職員もそれほど違いは無いのかもしれないとレーベは思った。



 緊急要請の依頼を受けてから、一旦屋敷に戻って準備を整えてきた二人は、街の東にある森に降り立った。そこは一見して何の変哲もない小さな森に見えた。

 一応警戒しながら森の中へ入って行くが、奥へ進んでも一向にゴブリンもオークも、まして冒険者の一人すら姿を見せない。


「本当にこの森であってるんですか?」


「早合点しない。まだ遺跡だって見てないのよ。確証を得るにはまだ早いわ」


「はーい。――――あ、あれが遺跡ですか?」


 レーベの指さす方角をメルも見る。そこには蔦の絡み合った朽ち果てた石の建築物が森に隠れていた。どうやらあそこが件の遺跡らしい。

 二人はまず遺跡の周囲から探索を始めた。すると所々にゴブリンの死体が転がっている。調べてみると何体かは狼か野犬に齧られているが、無事な死骸には刃物傷がある。おそらく冒険者が倒した証だ。

 そして周囲をざっと一周して探索したが、ゴブリンの死体はあっても冒険者らしき死体は見つかっていない。


「ゴブリンが居たのは本当ですね。外に異変が無いとなると、後は中を探すしかないか」


「まあ、予想はしてたわよ。私が先頭に立つから、後ろの警戒は任せたわよ」


 本来なら前衛にはレーベのような戦士が立たねばならないが、彼には遺跡探索の技能は無い。仕方が無いが、経験豊富なメルが先頭に立って進むしかなかった。

 二人は崩れかけた暗い遺跡へと姿を消した。


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